焔の輝き





 もそもそとが動き出した。そろそろ目覚めの時間らしい。
 の唇を啄ばんでいたが、試しに深めの口づけをしてみる知盛。

「・・・・・・んうっ?!」

 肩を叩かれたが、わざとゆっくり唇を離した。

「・・・・・・いつも言ってると思うんですケド」
 知盛を睨む
「・・・クッ、俺もいつも言っていると思うが?」
 しばし睨み合いの膠着状態が続く。



 先に折れたのはだった。
「・・・・・・誘ってないとも言ってると思うんですケド」
 知盛の片頬に人差し指で触れる、どちらかといえば突付く動きをするの指。
「・・・・・・だったら俺の前で寝ないことだな?」
 
 の片眉がピクリと動く。
「・・・じゃあどこで寝ろっていうのよぉぉぉ!他なんてないでしょっ!!!」
 少しイラついたのか、知盛の頬を抓んだ。
 しかし、自身の発言に問題がある事には気づいていない。
 無自覚で知盛を喜ばせる発言をしているのだ。

(・・・クッ、他はない・・・か。悪い女だな・・・・・・・・・・・・)
 の機嫌は下降線だが、知盛の機嫌はその分よくなっていた。

「・・・・・・そうか」
 軽くの額へキスすると、起き上がる知盛。
 の脇へ腕を差し入れて、自分の膝へ抱える。

「・・・痛くないか?」
「・・・・・・ん。・・・・・・庭、綺麗だね」
 人払いをしていたため、未だに泉殿には明りがない。
 太陽が沈んだ宵の口に、庭を照らす篝火の明りが揺れている。
 先程までとは打って変ってが大人しくなった。



「・・・初めて・・・戦場に行った時にね・・・・・・」
「ん?」
 を抱えて庭を眺めながら相槌を打つ知盛。

「・・・私たちの世界では明るくするのに火は使ってなくて。だから・・・時々ロウソクを
点けたりすると・・・火がユラユラするのが嬉しくて・・・・・・でも・・・・・・・・・・・・」
 を抱える知盛の手に、自分の手を重ねる
「同じ明りなのに・・・・・・怖かったんだよ。怖いものってわかってるんだけど・・・・・・
怖いって自分で思ったのは初めてだったの・・・・・・山が・・・人が・・・動物が・・・・・・
すべて燃えたんだ・・・・・・」

 続きの言葉は声に出さなかったが、真っ先に思い出したのは三草山。
 次いで知盛によって火をつけられた京の町。
 そして、仲間たちと京邸へ閉じ込められて火を放たれた記憶までもが甦る───

(どうしてかな・・・・・・あの時の知盛と生田の知盛が重ならない・・・・・・・・・・・・)

 どちらも知盛である。
 京邸に火をかけた知盛は、仲間を殺した知盛。生田で会った知盛は───

(・・・私が守る力を手に入れたからだ・・・・・・・・・・・・)

 変わったのは、知盛ではなくの方───

「・・・怖かったけど・・・この明りは・・・お家の明りだから嬉しい明りだね」
 庭の池に映る炎の紅。知盛に背を預けて、ぼんやりと眺める。
「・・・家の・・・明り?」
「うん・・・家っていうか・・・帰る場所・・・かな。知盛はさ、ここへ帰ってきてよかったって
思った事ないの?」
 がいう家が建物をさすならば、それはない事もない。
「・・・・・・なくもないが・・・建物より、人・・・か・・・・・・・・・・・・」
 
 振り返って知盛を見上げる
「どうしちゃったの?でも、そんな感じ。『ただいま』とか『お帰り』って、人が居ないと成立
しないんだよね。それにさ、明りの炎は明りに使ってるからだよ」
「・・・他にどう使うんだ?」
 がまた池に映る炎を見つめる。
「ギリシャ神話で・・・あ、遠い異国の神様の話って事ね。最初に人に火をくれた神様は、
神様の中の王様に怒られて長い長い罰を受けちゃうの。人に火を与えてはいけないって
決まりを破ったから」
 返事はしないが、聞いているという合図代わりに空いている片手での髪を梳く知盛。
「火をくれた神様が人の様子を見守るの。始めは暗いところが明るくなって喜んでいて。次
は食べ物を調理するのに使われて。次は鍛冶に使うの。えっと・・・包丁とか、畑を耕すた
めの道具とか。そこまではね、その神様もよかったなって思ってるんだけど。剣を作り、戦
をはじめ、火を放ち町を焼いてってなると、ようやく決まりの意味を知るんだよね」
「・・・それで?」
 まるで今の京の話のようだ。戦乱を起こしたがる人の集まり。
 自分の欲を満たすためだけの駆け引きと犠牲。
「それだけ。そのお話は、だいたいそういう始まりの部分しか書かれていない。後は人が
自分で考えなさいって事だと思うんだ。だから・・・・・・人がどうするかなんだよね」
 知盛のを抱く力が強くなる。
「・・・そうか」
「うん。そうなの」
 しばらく会話もなく、ただ庭の明りを二人で見つめていた。



「失礼いたします。お食事をお持ちしました」
 常陸が泉殿へ明りを入れ、三条たちが食事の膳を運んできた。
「わ〜、そういえばお腹空いてる・・・・・・。でも、ここで?」
 部屋へ戻らなくてもいいのかと、知盛の様子を窺う
「ああ。二人で・・・は、お嫌ですか?北の方様は」
 さり気なく他は居なくなるようにという意味を込めて知盛がに返事をした。
「うん。いいね、たまにはお部屋じゃないのも」
 いつもと違い、食事の膳ではなく庭へ視線を移す
 知盛は黙って三条たちへ頷いて退出を促した。

「・・・。俺が食べさせる分には、誰の手も煩わせないだろう?」
 自分の事は自分でするのが好きらしい
 今朝は按察使に食べさせてもらったのが悔しかったのだろうと、知盛が気遣いを見せた。
「・・・もしかして、それでこっち?」
「ああ。誰も控えていなくても不自然じゃない・・・・・・それに、景色もいいだろう?」
 片手での膳を引き寄せる知盛。
「えっと・・・どうしたの?知盛、変・・・・・・」
「・・・クッ、そういう事を言うと食事は食べられなくなるぞ?」
 引き寄せた膳を遠ざけようとする知盛の腕を掴む
「やっ。意地悪しないで。膳をね、ここにのせてくれたら自分で食べられると思うんだ」
 が自分の膝を叩く。
「・・・そうか」
 片手でを支えて、さらにもう片方の手で膳をの膝へ置くと膳の端を支えた。

「ありがと。急いで食べるから」
「・・・そう慌てるな。俺も・・・酒を楽しみたい」
 酒の膳を引き寄せれば、知盛の膳にはとは違う料理がのっていた。
「・・・・・・知盛のと私のお料理、違う・・・・・・」
 言われて膳を見れば、知盛の膳には小鉢系の料理ばかりだった。
「・・・クッ、こっちも食べるか?」
 知盛が手を伸ばすと、が首を横に振る。
「いい。多分・・・辛いのとかなんだよ、それ。飲む人には美味しい料理なんじゃないかな?」
 枝豆だったり、塩辛らしきものだったり、何かをスライスした揚げ物だったりだ。
 のご飯のおかずには無理があるものばかり。
「へぇ?食べてみるか・・・・・・」
 珍しく知盛が食べ物に興味を示し、手を伸ばした。

「・・・どう?きっと譲くんの自信作だよ?」
「・・・ウマイ」
 知盛が素直に褒めた。
「わ〜。後で譲くんをちゃんと褒めてね!頑張ってるんだから」
「・・・クッ、わかったよ。大人しく食え」
「はぁ〜い」
 本日ののディナーは、食べ易い焼きおにぎりとおかずの定食風で茶碗蒸し付。
 知盛の膳にも茶碗蒸しが付いていた。
「ね、茶碗蒸しもついてるよ。こっちは熱い方が美味しいよ」
 が茶碗蒸しを手に取ると、知盛が膳を下へ置く。
「ほら。プリンと似てるけどね、こっちはお出汁でいい感じだよ〜」
 機嫌よくが食べる様を見ているのは飽きない知盛。自分でも茶碗蒸しを食べてみる。
「・・・・・・胡麻よりウマイ」
「そう言うと思った。知盛が食べられるなら、どっちがどうでもいいんだけどね」
 が笑う。

「腰が治ったらさ・・・知盛に何か作るから食べてね」
「・・・クッ、無理しなくていいぜ?譲の料理は美味いしな」
 が知盛の手の甲を抓る。
「・・・いかにも私には出来ないという感じにしか聞こえないんですけど」
「・・・クッ、そう聞こえたなら、何か思い当たる節でも?」
 食べ終わった茶碗を知盛へ手渡す
「すっごく美味しくて、作ってくださいお願いしますって言わせるんだから!」
 茶碗を膳へ置くと、を抱え直す。
「・・・言ってみたいもんだな」
 の頬に口づけると、再びの膳をの膝へ置いた。
「ありがと。・・・ちゃんと譲くんに教わるも〜んだ」
 もそもそと食事を続ける
 知盛ものんびりとつまみを食べながら、少しだけ酒を飲んで食事を終えた。





「・・・お風呂、入りたいな」
「ああ。俺がするから・・・・・・」
 が振り向く。
「至れり尽くせりって感じ。そんなに気にしなくていいのに・・・・・・」
 心配をかけすぎたかと、が知盛の手を取ると逆に掴まれてしまった。
「・・・俺の都合」
 の指を口に含む知盛。
「うぎゃーーーっ!何、それ」
「・・・クッ、早く治してもらわないと・・・な?」
 の項に唇を這わせる。
「・・・・・・そんな都合、知らないっ!でも、お風呂は入る〜」
「それでは、参りますか」
 を抱えて立ち上がると、そのまま歩き出す知盛。

「知盛?だって・・・・・・勝手に・・・・・・」
「大丈夫だ。いつでもいいようにしてある」
 歩きながらの腰を撫でている。
「・・・・・・う〜ん。行き着く先が全部知盛の都合かと思うと複雑」
 知盛の眉が上がる。
「・・・どこへ行き着こうとも・・・・・・そう変わりはないさ」
「普通でよかったのに。どこへ行っちゃうんだか・・・・・・」
 が知盛の首にしがみつく。
「・・・・・・が俺の明りだ。他へは行かない」
 一気にが赤くなった。
「信じられない。ど〜して突然そう気障な事言えるのかなぁ〜〜。・・・油断したっ!」
 恥かしいのか、知盛の肩に顔をつけてが顔を隠した。
「・・・クッ、いくらでも。愛しの妻に捧げる睦言ならば・・・な」


 
 の世話はすべて知盛がし、一日が終わろうとしていた───






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 あとがき:半日くらいはイチャイチャしても。明日は大変かもだし?!     (2005.11.25サイト掲載)




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