懐かしき思い出 「っとに。は無鉄砲すぎなんだよな」 「将臣くんには言われたくないよ!」 幼い頃の話をするにつけ、どこからこうなってしまったのかは活発な子供だった。 「・・・・・・小さい頃は可愛かったのになぁ〜〜〜」 「何よぅ!今が可愛くないみたい。・・・・・・・・・あれ?」 の首が傾く。 「将臣くんってば、可愛いと思ってたって事?いっつも何も言ってくれなかったのに?」 よもやそこに話が戻されるとは思っていなかった将臣。 「んあ?ああ。そりゃあ・・・・・・俺たちでの事を守ろうって譲と決めていた程度には 可愛かったぜ?」 内心では慌てつつも、冷静に答える将臣。 今更、に言っても仕方のない気持ちだ。それに─── (ヤキモチ妬きの誰かさんが聞いてるだろうしな───) 場合によっては、ここで騒動になってしまう。 知盛の顔は将臣からは見えないが、その気配を探った。 「なんだ。二人とも、何着ても髪型変えても、なぁ〜んにも言ってくれなかったから」 が口を尖らせる。 「・・・別に、褒める理由もねぇし」 「いいと思うときは褒めるもんなの!」 「そういうのは彼氏にしてもらえ!・・・・・・って、いきなり旦那持ちだしな?」 将臣が知盛を指差すと、の顔が赤くなった。 「いっ、いいでしょ!だって、何だかそうなっちゃったんだし・・・・・・幸せだもん」 声がどんどん小さくなる。 「へえ?・・・・・・知盛を落とす気、満々だったんだろ?」 「誰に聞いたのよぅ、そんな話!」 一度小さくなった声は、また大きくなっていた。 「誰だったかな・・・・・・敦盛・・・か?譲だったかな。お前が格好いいって騒ぎまくったとか なんとか言ってたのは。まてよ・・・白龍だったような・・・・・・とにかく。夕飯食べながらの 時だったのは確かだな」 確実に覚えているのは夕飯時の会話だったという部分だけらしい。 「・・・・・・言ったし、騒いだけどさ。・・・・・・皆に止められたんだぁ」 「止められた?」 唐菓子を食べ終わって満足げに休んでいる式神たちを撫でる。 「・・・うん。だってさ・・・私ってば、結果として源氏側になっちゃってたし。平氏の武将を 好きっていうのは、無理だって・・・・・・。兵士たちの士気にも関わるだろうって」 「・・・まあな。ロミオとジュリエットってとこだな」 将臣の表情が曇る。 「でもさ、変なんだよ。怨霊を封じられるのが私しかいなくて。怨霊を使ってるのが平氏で。 だから流れでなんとなく源氏にいたっていうか・・・・・・いきなり平氏は敵ですって言われて もさ、何か直接されたわけでもないから敵っていう実感無かったんだよね〜〜。私としては、 平氏だから戦うっていうより・・・・・・怨霊を使うのは許せないってだけで。単に八葉が三人 も源氏だったなぁ〜とか、それくらい?将臣くんはさ、どう思う?」 将臣もずっと考えていたことだ。平氏一門には助けてもらった恩義がある。 出来れば戦わずに、このまま穏やかに暮らせるようにと尽力していたつもりが戦になって しまった。 「・・・誰も戦いたくはなかったさ。火花が小さいうちに止まらないからでかくなっちまうんだろ うな・・・・・・」 が頷く。 「だぁ〜よね〜。誰がっていうのがわからなくなった時点で止められないんだろうね。だから! 私はね、知盛の事をあきらめないって思ったの。戦を終わらせれば敵味方なんて関係ない って。ほ〜ら、私って賢くない?」 溜め息を吐く将臣。 「賢いっつうのか?ソレは。まあ、のおかげでさくさく終わった所もあるけどな。それで、 どうやって知盛を止めたんだ?コイツは戦う気満々だったろうに」 知盛とが対決した場に将臣だけ居なかったのだ。 誰に聞いても口篭るばかりで、未だに事の真相を知らない。 「止めたっていうか・・・・・・戦ったらさっさと死ぬ気だったんだよ〜。失礼しちゃうよね。人の 事褒めてさ、散々好きにさせておいてバイバイしようなんて!頭に来たから、海に飛び込も うとしてる時に、こう・・・木箱をぶつけて気絶させたの。でね、ぎゅ〜ってして捕まえた」 一度船上で知盛に尋ねた時に、反応が鈍かった事を思い出す将臣。 (・・・・・・気絶ねぇ・・・知盛を。俺でも出来ない、それは) 将臣の背筋に冷たいものが流れた。 「・・・・・・お前って、っとに突拍子もない行動するよな」 「あんな重装備してる人を海から助け上げられるほど泳げないもん。だったら、その前しか 止められないじゃない」 「知盛の頭が割れなくてよかったな」 の事だ。小さな箱であるわけがない。 知盛の衝撃を想像するだけで笑いが止まらない将臣。 「う〜ん。ちょっぴり後頭部がコブったけど。治ったよ。顔に当てないように、いちおう狙いを 定めたし」 「一応かよ・・・・・・きわどい賭けだな〜」 昔、キャッチボールをした時にのコントロールがよかった記憶はない。 「・・・・・・お前さ、キャッチボール下手だったの覚えてるか?」 目を瞬かせながらが考え込む。 「下手じゃないもん!将臣くんが取り難い球ばっか投げたからでしょっ!譲くんとした時は 長く続いたよ」 「ば〜か!譲は何でもお前に甘かったんだよ」 伸ばしかけた手を引っ込める。 (この癖は直さないと、知盛が拗ねるな───) 思わぬ所で知盛との馴れ初めを聞けた。 将臣の想いは、が知盛を選んだ壇ノ浦で消えた。将臣が自ら沈めたのだ。 (譲は踏ん切りついてんのかな───) 最近では台所の主になりつつある弟を思い浮かべる。 何を間違ったのか、このままでは料理研究家の肩書きが付きそうな勢いだ。 「譲と最近話したか?」 食事の支度は欠かさずしているし、将臣の部屋へ顔を出すようになった譲。 「・・・そういえば、最近会ってない・・・・・・ううん。こっちのお邸に来てから会ってないかも。 あれ?譲くんって、何か忙しいの?ご飯は譲くん作だと思うんだけど・・・・・・」 幼馴染と会話をしていない事に気づいた。 「別にいつも通りだぜ。料理研究家でも目指してんじゃねぇの?白龍を太らせる計画とか」 「ええっ?!白龍が味見係なの?いいなぁ〜、それ。はちみつプリン食べたいなぁ」 も白龍も同じレベルに苦笑いの将臣。 (こいつら、食べ物イコール譲としか思ってねぇし) 「すいません、先輩。黒ゴマプリンなんですよね・・・今日作ったの」 声を聞いて将臣が顔を上げれば、白龍を連れた譲が渡殿の簀子に立っていた。 「わわ!譲くんの噂してたんだよ〜〜、白龍も、おいで」 「失礼します」 静かに譲と白龍がの近くへ座った。 「具合はどうですか?その・・・・・・敦盛から聞きました。お見舞いのプリンなんですけど」 「ありがとう、譲くん。大分いいよ?ひとりじゃ歩けないのと座れないのが不便だけど。びりびりって したから驚いたよ〜〜〜」 白龍がさらにの傍に寄り、その背で眠る知盛を指差す。 「神子・・・知盛、寝てるの?」 が白龍の頭へ手を伸ばして撫でた。 「そ。寝てるの。だから・・・静かにしてね?」 「うん!わかった」 譲の膝へ座ると、プリンを食べ始める白龍。 「譲くん、最近忙しかったの?久しぶりだよね」 先ほど気づいた疑問をそのまま投げかける。 「・・・忙しいといえば、忙しかったのかな?料理の先生してるんですよ。午前中は弓の稽古も してるし。時々兄さんに使い走りもさせられるしで。こちらへ来られなくて、すいませんでした」 「料理の先生って、オマエ・・・・・・」 さり気なくプリンへ手を伸ばす将臣。 「こちらの女房さんたちが、俺の作る料理を作りたいって仰るので。ね?常陸さん」 自分で言うより早いと思ったのか、控えている常陸を見る譲。 「・・・はい。皆、家の者に食べさせたいと。とても人気があって順番待ちなのです」 「ええっ?!いつのまにそんなに大人気になってたの?知らなかったぁ〜〜。すごいね!」 心底感心したが譲を褒めた。 「いえ・・・そんな・・・・・・すごくはないです。料理・・・好きだし・・・・・・」 褒められて悪い気がする人間はいない。 照れながらも譲は喜んでいた。 「そういえばさ、私と譲くんはすぐに会えたけど。将臣くんとは三年の差があったよね?何して たの?・・・・・・知盛との話とか聞きたかったりして」 「ああ・・・俺か?俺は・・・ここにあった元の六波羅の清盛邸で拾われて。それだけだ」 あまりの手短な説明に、の目が釣りあがる。 「短っ。省略しすぎっ!ちっともわかんないよ、それじゃ」 が動こうとすると、知盛の腕がそれを止めた。 「・・・動くな。また痛いぞ」 「知盛?!起きたの?」 が振り向けば、の背に顔を摺り寄せている知盛。 「・・・まあ・・・そうだ・・・な。将臣は手短過ぎだ。もう少し筋道立てて話が出来ないのか?」 そのまま肘枕の姿勢になって、軽く片手を上げた。 「よう、譲とチビ。・・・久しいな」 「こんにちは。知盛さんの分もプリンあるんですよ」 譲が勧める方向を見れば、なにやら灰色の物体が碗に収まっている。 「・・・これはまた・・・妙な色だな」 知盛が笑みを零す姿に、譲は見入っていた。 自分との差と、穏やかな空気を備えるようになった顔に何かを学ぶべく。 「もぉ!失礼だよ、知盛。私、知盛が起きるの待ってたんだからね?起こしてもらわないと、 食べられないの知ってるでしょ〜〜〜」 が腰に添えられている知盛の手を叩くと、知盛が起き上がった。 「・・・・・・先に唐菓子食ってただろ?まだ食うのかよ」 「食べるのっ。ゴマのおやつって美味しいんだよね〜〜〜」 うっとりとが手を頬に当てて、食べた時のイメージを思い出していた。 「・・・・・・はい、はい。待ってろ」 を起こすと、座りやすいように手を貸してやりそのままの背もたれになる様に知盛 も座った。 「・・・寝て・・・たのか?」 将臣がにプリンを手渡しながら知盛を見る。 知盛の動きが緩慢なのだ。しかし、話は聞いていたらしい。 「・・・ああ。寝てはいた・・・くらいには」 二人の間で首だけを動かす。 「んな事だろうと思ったぜ。まあ、休めはしたんだろうから、文句はナシで頼むぜ?」 「・・・クッ、文句はないさ」 二人の話が済んだと見ると、が知盛へ一匙プリンを掬う。 「あ〜んして。はい!」 大人しく口に含むと、そのまま飲み込む知盛。 「美味しい?」 「・・・・・確かに胡麻・・・・・・が、噛んだ気がしない」 「プリンだもん。・・・・・・茶碗蒸しのお菓子バージョン・・・かな?」 同意を求めるべく、譲の方を向く。 「今度、茶碗蒸し作りますから!比べてみてください」 「・・・ああ。これも美味いぜ?」 に出されれば食べるくらいの割には、プリンを褒める知盛。 将臣にはそれが意外だった。 (・・・変わったな、知盛) は自分が好きな食べ物を認められて単純に喜んでいる。 しかし、およそ他人に気遣うという事をしなかったのが知盛なのだ。 (俺って、ほんといい兄貴だよなぁ〜〜〜。知盛と譲の) 知盛に褒められて喜ぶ譲の横顔を眺めながら、大きくひとつ伸びをした。 「譲。親父に作ってたみたいの、今度作れよ。酒のツマミになりそうなヤツ。知盛と飲む時とか あったらいいよな〜〜」 「あっ、そうか!それなら知盛さんも・・・その方がいいな・・・・・・」 「・・・俺は無視かよ」 料理を考え込んでしまった譲は、もう将臣の文句は聞いていなかった。 「将臣くんたら。あんまりお酒の飲みすぎはよくないよ〜?」 「でもなぁ・・・梅雨までに色々片付けねぇとな。息抜きに酒くらいいいだろ?」 酒を飲む仕種をしてみせる将臣。 「少しだけだよ?京の梅雨って、どんななんだろうね。ほら、暑いね〜って言ってたら熊野へ 行かなきゃだったから、知らないの」 暑い、遠い、坂道。果ては崖から落ちた熊野の旅。 それでも涼しかったし、海もあった。 「サウナだ。もっとも、慣れればどうってことねぇけどな。熊野よりは厳しい事だけは確かだな」 が知盛を振り返る。 「すっごく蒸し暑いの?」 「さあ・・・・・・衣も薄くなるし。目には楽しいぜ?」 知盛の含み笑いを見て、は常陸の方を向く。 「常陸さん。夏って、どんな感じですか?衣って、楽しいんですか?」 「夏ですから、今よりは暑いですが・・・・・・衣は薄衣だけになりますので、軽くなりますよ」 「なんだ!軽いんだ〜、よかった」 常陸にとっては常識なので、何も知らないは笑顔になっていた。 将臣は清盛の邸で世話になっていたからどのような服装か知っている。 譲も古典の知識として、現物を見たわけではないが想像はつく。 知盛は、いかに自分だけが楽しむかに思考を巡らせている。 夏の薄着で、大暴れの予感─── |
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あとがき:そんなこんなで。将臣くんは兄貴な自分を自覚するわけで(笑) (2005.10.13サイト掲載)