寛ぎのひと時





 さっさと仕事を終わらせ内裏を退出する知盛。
 噂が立つことは必至だが、内容は分岐するであろう。

(俺がにご執心というのはいいんだがな───)
 知盛が夢中ともなれば、いかほどの姫君かと狙う輩も現れるだろう。
(悪いが・・・・・・消えてもらうしかないな)
 牛車の物見窓から外を眺める。
 木々が青々としており、風が爽やかだった。



「・・・・・・はどうしてる?」
 静かに御簾を上げての帰宅第一声がこれである。
 常陸と近江が顔を見合わせた。
 初めは腹も立ったが、が知盛を許しているのだ。怒る理由はもう無い。
「一時前からお休みになられたようでございます・・・・・・」
「そうか・・・眠れたか・・・・・・」
 知盛の口元が緩むのを見て、三条の言葉を思い出す。


 若君は変わられたから───


「泉殿で休ませようと思う。用意を頼む」
 そのまま寝所へ入る知盛。

「・・・・・・確かに寝所では暗いですものね。神子様も退屈でしょうし」
「それだけ神子様が大切って事よ」
 知盛のへの気遣いが微笑ましく、常陸は立ち上がると泉殿を整えに向かった。



「・・・はどうだ?」
 几帳の内側へ知盛が足音を立てずに入った。
「いえ。とくに何もございませんでしたが・・・・・・お一人では歩けないようです」
「そうか・・・・・・その姿勢で大丈夫なのか?」
 小さく丸くなって眠っている
「はい。色々試して、その姿勢が一番いいと仰って・・・・・・若君の小袖を抱えて丸まら
れてます」
 衾を被っているので丸くなっているのはわかったが、手にしているのが知盛の小袖と
は思いつかなかった。
「・・・・・・今朝はかけてやるのを忘れたな・・・・・・」
 按察使が静かに頷いた。
「無いと仰るので、お探ししてお渡ししました。今後は忘れない方がよろしいかと」
 の枕上に腰を下ろした知盛。
「手間をかけたな・・・すまなかった」
 まさか自分にまで謝罪の言葉を言うとは考えていなかった按察使は、驚いて返事を忘れた。
 知盛には気にならなかったらしく、そっとの髪に手を伸ばして口づけている。

「・・・按察使?」
「は、はい。何でしょう」
 呼ばれて意識を取り戻した按察使。
「俺の直衣と帯を用意しておいてくれるか?起きたらに着せて泉殿で休もうと考えて
いるんだが・・・・・・」
 小声で話をしているが、知盛の視線は常にに向けられている。
「若君の・・・お直衣をですか?」
「ああ。袿を着せるのは可哀想だからな・・・・・・」
 理由はわかるが、わざわざ自分の着物を着せようというのだ。
 これには按察使も呆れ顔になってしまった。
「・・・・・・面白い顔だな。俺がここにいるから、行っていいぜ?」
 一言、二言、言い返したかったががようやく眠れたのだ。
 按察使は静かにその場を辞した。

「こんなに小さいのにな・・・・・・無理をさせすぎたな」
 そっと頭を撫でると、寝言らしきを発するが聞き取れる程のものではなかった。





「うぅ〜ん・・・・・・・・・・・・アイタッ」
 起きるのに伸びをしようとしたが、腰が痛くて伸びなかった
「・・・動くな。腰が痛いんだろ?」
「れ?知盛がいるってことは・・・もう午後なんだ・・・・・・」
 首だけを声のする方へ向けて知盛の存在を確認すると、再びもとの姿勢になった。
「・・・どうした?」
「だって・・・今朝はさ、置いていってくれないし。知盛の匂いがないとよぉ〜く寝られないの
知ってるくせに。腰痛くて泣きそうだし・・・・・・。もうイライラするのっ!」
 衾を深く被り、もそもそと頭まで隠れてしまった。

 大きく溜め息を吐くと、おそらくの腰であろうと思われる部分を擦り始める。
「・・・悪かったよ。今朝は・・・その・・・に悪くて・・・慌ててた・・・・・・」
 ぴくりとの肩辺りが動いた。
「俺の所為でこんなに痛い思いさせてるのはわかってるし、出仕はサボるなと言われるし」
 再び大きな溜め息を吐く知盛。
「悪かった・・・・・・だから、そう蝸牛みたいに隠れないでくれ。薬も新しいものに換えないと。
が起きられたら、泉殿で今日は過ごそうと考えていたんだ・・・・・・」
「・・・ほんとに?」
 衾から首だけ出したが知盛を睨みつける。やや信用ならんといったところだろうか。
「ああ。朝は食べたのか?」
 按察使が一人では歩けないと言っていたのだ。起きるだけなら出来たともとれる。
「・・・按察使さんに食べさせてもらった。色々他の人の手を煩わせるの嫌なのにぃ・・・・・・」
 未だに知盛を睨みつけている。
「・・・そう言うなよ・・・・・・薬、貼りかえるから」
 衾を剥ぐと、をそろりと起き上がらせ膝立ちにさせる。
 手早く小袖を脱がせ、薬を貼りかえると新しい小袖を着せた。

「もう少し・・・我慢できるか?」
 黙ってが頷くのを確認すると、
「按察使。俺の袍と帯をこちらへ」
 準備は出来ていたらしく、按察使が篭に入った一式を携えて几帳の内側へ入る。
「右から着せるからな」
 按察使がの背後から袍を着せ、知盛が支える。
 被せるだけなので、簡単に帯を結んで支度は終わった。
「これ・・・知盛の?長〜いね」
 差貫に挿まないので、だらりと長いままだ。
「ああ。小袖で連れ歩くわけにもいかないし、袿は重いだろ?」
 女物の着物は、袖が長いのも重い原因である。
「えへへ。知盛のだ」
「・・・クッ、そうだ。俺のだ・・・・・・泉殿へ行けそうか?」
 の脇から腕を差し入れ抱える知盛。
「うん。このままならへ〜き。座るのが出来ないだけなの」
 軽く笑って返すと、そのまま部屋を出て渡殿をゆっくりと歩く知盛。
 荷物を抱えているようにしか見えないが、が足をぶらぶら動かしているので、それが人で
あることに周囲は気づく。

 庭では雑色たちが知盛の噂をし、渡殿では二人を見かけた女房たちが噂をする。
 を連れている事をわざわざ知らせて歩いているのだ。
 ただし、の顔は見せないよう細心の注意を払っている。

「ね、銀と桜ちゃんも連れてくればよかったよぅ」
「・・・クッ、呼べば勝手に来るだろう?」
「あ、そうだった」
 会話をしながらも、周囲の視線を感じている知盛。
 は気づいていない。
「そぉ〜だ。今がチャンスじゃない?」
 知盛の首にしがみついているが動く。
「・・・何のチャンスなんだ?」
「目印の!」
 突然によって首筋に口づけられる。
「・・・ここは渡殿なんだが」
「見えなければいいんだも〜ん」
 確かにが何をしているかは余程の至近距離でない限り見えない。
「・・・クッ、誘うなといつも言ってるだろう?」
「目印は誘ってないもん!知盛は私のってしシルシ」
 再びきゅっと首にしがみつく。
 軽く数度腰を叩いて返すと、目の前はもう泉殿だった。



「庭向きで寝るか?」
「うん!」
 先に用意されている褥にを寝せると、その背中側へ腰を下ろす知盛。
「ど〜してそっち?」
「・・・こう出来るからだ」
 の腰を擦り始める。
「話しにくいよ。こっち向きがいい」
「・・・無理ばかりいうなよ」
 の耳にキスした。
「・・・・・・うぅ。いいもん、貝合せしよ?」
「ああ」
 知盛の返事を聞いて、常陸が準備を始めた。

「銀〜、桜ちゃ〜ん、おいで。一緒に遊ぼ」
 貝合せの貝が並べられたところで、が式神を呼ぶと二匹が姿を現す。
「桜ちゃん、今日は私の代わりに貝をとってね?」
 式神に出来るのだろうかと、知盛が様子を窺うと上手に貝を反した。
「・・・クッ、こんな事までさせて。景時殿が知ったら驚くだろうに」
「褒めてくれるよ。いい子たちだな〜って。銀の次が知盛だからね」
 見ていると、銀も巧く貝を反す。
「・・・・・・参った。遊びまで仕込んであるとはな」
 順番なので貝を反すと、残念ながら今回は組のものではなかった。



 何度か交互に貝を反し、銀の勝利で終わりそうな頃に来客を知らせる先触れが来た。
「どうした?」
 入り口で頭を下げた女房が、口を開く。
「・・・還内府様がお帰りになりまして・・・こちらへ伺うとの事で・・・・・・」
「へえ?兄上がか。いつでもお通ししてくれ」
 知盛の返事を伝えるべく、その女房はすぐにその場を立ち去った。
、将臣が来るから。遊びは終わりだ」
「う〜ん、途中なのにぃ。銀が一番だね!お茶の時間にしてもらお〜」
 が勝利判定をすると、常陸が貝を片付け始める。



 近江とともに将臣が現れた。
「よっ!腰の具合はどうだ?」
「将臣くん!もうね、朝ほどじゃないの。さすが弁慶さんの薬って感じぃ」
 それでも起き上がることはできないので、横になったままで返事をする
「まあな〜、誰かさんの所為だから。せっせと世話してもらうんだな。ほら、土産だ。帝から」
 将臣が箱を出すと、そこには綺麗な唐菓子が並べられていた。
「わ〜、美味しそう!」
 目を輝かせて箱の中を覗き込む
「帝・・・?」
 知盛が将臣へ視線を移した。
「ああ。神子へお見舞いをってウルサイからな。食いもんでいいって言ったんだよ。じゃなきゃ、
こっちへ来る騒ぎだぜ?」
「それは、それは。お気遣いいただき、有難いですよ、兄上」

 近江がお茶を出し終えたのを合図に、菓子の箱へ手を伸ばす
「どれがいい?」
 どうやら、銀と桜に選ばせているらしい。
「・・・その饅頭みたいのが式神か?」
「失礼ねっ!銀と桜ちゃんだよ!将臣くんなんて、無視していいからねっ」
 可愛がっている式神を饅頭と言われ、の機嫌ゲージが一気に下降した。

 知盛が突き刺すような視線を将臣へ向ける。
「・・・・・・どうしてくれるんだよ、兄上。ちなみに銀は俺への使いをしてくれる相棒なんだが」
「そうは言っても見た目がなぁ・・・・・・どうなんだよ。それ」
 将臣が二匹を指差す。

 は式神たちと一緒に将臣の無視を決め込んだようで、話に加わらない。
 そっぽを向いて菓子選びを続行し、自分の分も決めたようだった。

「・・・さあ?が可愛いといえば可愛い」
 知盛の言葉に、将臣が大きな溜め息を吐いた。
「・・・やってらんねぇ。自分の直衣を着せてやがるし。まあ、それはいいけどよ。で?この後、
どうするつもりだ」
 将臣とて、知盛がとった行動の結果によって引き起こされる事態を心配して来たのだ。
 知盛が嫌な笑いを将臣にだけ見せた。
「・・・さあ?熊野の水は美味いらしいな」
 額を押さえる将臣。朝、知盛と弁慶が共に参内したのだ。答えは簡単だった。

 突然が床を叩く。
「ね、ね!熊野の水って美味しいの?有名???名水百選?」
 すぐに飲ませろという勢いで捲し立てる。
「ば〜か!水といえば・・・・・・こっち」
 将臣が盃をあおる仕種をする。に気づかれないように話を逸らした。
「なんだ。お酒かぁ・・・つまんないの」
 菓子を食べる式神へ再び視線を戻す
「美味い物にだけ反応すんだな、は」
 将臣がの額をつつく。
「べ〜だ!将臣くんだって似たようなものでしょっ!」
 舌をだして将臣を牽制するの額を、知盛が撫でた。
「・・・触るなよ、将臣。俺のだって言ってるだろ?」
 知盛が将臣を睨むのを見て、が知盛の手を取る。
「え〜っと。怒ってるの?将臣くんはふざけただけだし・・・・・・おやつは楽しく食べようよ?」
「悪かったよ、知盛。もうしねぇから、機嫌直せよ」
 将臣も頭を掻きながら、困った表情で知盛を見ている。

「フンッ。少し休むから、の話相手をしてくれ・・・・・・」
 そのままの隣へ横になり、しっかりを抱える姿勢になると目を閉じてしまった。
 はっきりいって、見せ付けて当て擦りをしているだけ。
 困りながらもは常陸を呼ぶ。
「あの・・・風邪ひいたら困るので、何かかけてあげてもらえますか?」
 心得たとばかりにと知盛へ衣をかける常陸だった。


「・・・・・・そいつの相手、疲れんだろ?」
 将臣が立膝に肘をついて、呆れ顔での背で狸寝入りする人物を見る。
「う〜ん。将臣くんには言われたくないって言うよ、きっと」
 背中から伝わる温もりを感じながらが笑う。
「・・・いかにも減らず口のそいつなら言いそうだ!腰痛の件は、程々にしてって頼むんだな」
 菓子をひとつ頬張る将臣。
 将臣の中では、知盛が悪いと確定しているらしい。が、は気にしていない。
 むしろ、庇う様な答えが返ってきた。
「・・・・・・いいのっ、私も悪かったんだから。前々から、痛いなぁ〜とは思ってたんだけど」
「けど?」
 将臣が首を傾げた。
「知盛と居たかったんだもん。いいの、決まり作ったから」
「知盛が守るか〜?」
 とても約束事を守る性格とは思えない。
「守ってくれるの!私を一番大切にしてくれるんだから。もしも守ってくれない時は・・・・・・」
 お茶を啜っていた将臣が、手で続きを言うのを止めるよう合図した。
「それだけはするな!被害が広がるだけだ。お前等でなんとか出来る範囲にしておいてくれ!」
 両手を上げて降参のポーズをとる将臣。
「・・・・・・言わないうちから何よ、ソレ」
「いや、被害が甚大にならないように・・・大人の配慮ってもんだろうが」
 将臣が手をひらひらさせて宥める。
「ふ〜んだ。知盛は・・・・・・大丈夫だもん。しかも、本気で寝てるし」
 先ほどから、背中に感じる知盛の寝息。
「はあ?!そいつが人前で?いつ寝てるのかわかんないような奴だったのに・・・・・・」
 まじまじとの背中に張り付いている人物を眺める。
「えへへ。私もね、知盛がいると安心して寝られるの。知盛もね、私の傍だと寝られるって」
「へえ?そいつも寝るんだ・・・・・・」
 が口元へ人差し指を立てる。
「ね、静かにして。もう少し寝かせてあげたいから。将臣くん、暇だったらここにいてよ」
「なんで俺が暇なんだよ・・・・・・」
 溜め息を吐きながらも膝を入れ替えて座りなおす将臣。
「だって・・・きっとね、将臣くんもいるから休んじゃおうって思ったんだよ。だから・・・ね?」
 言われてみれば、知盛の神経が休まるには最適の条件が今の状態だ。
「・・・っとに。いっつも俺が知盛の割り食ってる気がすんだよな」
「そういう事言わないの!八葉でしょ。神子様がここにいるのよ?今まで八葉の仕事サボってた
んだからご奉仕しなさい!」
 ぴしゃりとに言い切られ、逃げるに逃げられない状況になってしまった。
「・・・仕方ねぇなぁ。のおしゃべりに付き合うか」
「そう、そう。久しぶりだよね、将臣くんとのんびり話せるのって」



 しばし、将臣も還内府の仕事を忘れて懐かしい時間をと過ごした───






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 あとがき:望美ちゃんに触ると怒られます。知盛くんに(笑)     (2005.9.30サイト掲載)




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