遠く、近く





 今朝のは穏やかな寝顔をしていた。
 夜の約束を大負けに負けた知盛により、安眠を確保したからだ。

(さて・・・出かける前に起こすべきか、どうかだな・・・・・・)

 今日は布の商人を呼んである。
 の為に選ぶ約束を果たさないと、今後の知盛の立場はかなり危うい。

(将臣に退出願いをしないとな・・・・・・)

 昨日の今日で退出を続けるのも心苦しいが、こればかりは譲れない。
 残念ながらは目覚めていないが、の大好きな顔をしているだろう知盛。
 黙っての額を撫で続けていた。



「う・・・んっ・・・・・・いたっ・・・・・・」
 寝返りをして腰が痛かったのか、が目覚める。
「・・・?」
 知盛が声をかけると、の手が動いた。
「ふわぁ・・・・・・おはよ、知盛」
 目蓋は開かれないものの、起きたに知盛が恒例の朝の行事を行う。
「・・・・・・おはよう、
 の手で胸を押され、知盛が仰向けに転がるとがその上に乗りかかる。
「・・・・・・マッサージして。腰痛い・・・・・・それに、色々ちゃんと決めよ?」
 とりあえずはを抱き締めた状態の知盛。はいまだその目蓋を開いていない。
「・・・クッ、寝ぼけてるのか?」
「てない。マッサージしてくんなきゃ起きられないよ」
「“まっさーじ”を先に説明しろよ・・・・・・」
 知盛がちゃっかりの双丘を撫でた。
「うひゃ!そこじゃないの!こう・・・擦るとか撫でるとかだよぅ」
「擦って撫でるねぇ・・・・・・」
 の腰の辺りを擦る知盛。
「うぅ〜ちょっとチガウ。もう少し上〜で、ちょっと押す感じにしてぇ〜」
 言われるままに手に力を加える。

「あっ、いいっ。ん〜〜〜、早く帰ってきて続きしてね!」
 の目蓋が開かれ、知盛の顔の両脇に手をついた。
「擦って撫でるんだろ?得意だぜ?」
 の腰を支えながら上体を僅かに起こしてに口づけた。
「もぉ!得意じゃない方でいいのっ。えっち!着替えなきゃだよ?お仕事に遅れちゃう」
 からキスをもらうと、知盛もへひとつキスを返す。
「知盛、着替えなきゃだってば。私が奥さん失格になっちゃうでしょ」
「そうだな。珍しく起きられた事だし?」
「珍しくは余計だよ!」
 腕の力を抜くと、知盛の上にまた乗りかかる
「・・・クッ、いつも早起きのお方様だもんな?」
 を横へ寝かせると衾をかけてから起き上がる。
「で?決める事はなんだ?」
「帰ってきてからで、いい。いってらっしゃい。二度寝するぅ・・・・・・」
 の目蓋が閉じられるのを見てから、知盛が寝所を後にした。





 日差しが部屋へ当たる頃に起き出して朝餉を食べ終えた
 箱庭を部屋の真ん中へ置き、銀と桜の部屋を整えながら遊んでいた。
「よかった〜、ちゃんと居てくれて。・・・よく考えたら、銀と桜はラブラブ?違うなら、同じ部屋って
どうなんだろ〜〜〜」
 普通の箱庭は、小さな建物と庭を模した物だが、建物を取って部屋を作ったものというのが
が改造した箱庭だ。
「ね〜?私の言葉ほんとにわかるのかな?」
 桜を手に乗せ話しかけると、桜が飛び跳ねる。
「わわっ!さっすが景時さんだよね。気が利いてるな〜。桜はさ、銀のこと好き?」
 、質問が直球である。桜が小さくなった。
「あらら〜、恥かしいかぁ。じゃ、銀に聞こっ。銀は桜ちゃんと同じ部屋は嫌〜?」
 箱庭の部屋にいる銀をつつく。銀が背を向けた。
「むむっ。ヒネクレ者だなぁ。じゃ、お部屋を別に作ろうか・・・・・・」
 手に桜を乗せたままが立ち上がろうとすると、知盛が帰宅した。

・・・・・・今、戻った・・・・・・」
 またもの手には式神が乗っている。僅かだが、知盛の片眉が上がった。
「おかえり〜、知盛。あのね、銀が・・・・・・りゃ?」
 銀が桜と同じ部屋は嫌みたいと言うまでも無く、桜は銀の隣に移動していた。
 つまりは、この二匹はラブラブという事だ。少なくとも、桜は銀を好き。

「・・・何だ?」
「・・・銀、知盛にそっくりだよ。素直じゃなくてさ」
 うにうにと銀の額をつつく。銀が嫌そうに身を捩った。
「・・・クッ、そう意地悪をするなよ。式神も二匹がいいって言ってるんだ。そっとしておけ」
「わかった風な事言って〜。そうだ、マッサージの約束だよ?」
 を膝に乗せながらキスをする知盛。
「撫でて擦るんだったな?」
「そ!ごろんってなるから、腰をマッサージしてね?違うことしたら駄目だからね」
「・・・クッ、わかってる」
 
 本日の担当、常陸と三条が凍った。知盛に擦らせようというのだ。
「北の方様!そのような事でしたら、私が・・・・・・」
 慌てて常陸が立ち上がる。
「い〜の。知盛の所為なんだもん、知盛にしてもらう〜。敷物を用意してもらってもいいですか?
床じゃ痛いしぃ〜〜」
 知盛がマッサージをする事は、の中で決定されているらしい。
 それ以上は言っても無駄と、常陸が褥の用意を始めた。



 うつ伏せに転がるの隣へ腰を下ろした知盛が、の腰部を擦る。
「んっ・・・・・・気持ちぃ・・・・・・」
 知盛が屈んでの耳元で囁く。

 『そういう声で誘うなよ・・・・・・』

 真っ赤になったが起き上がる。
「お馬鹿っ!何考えてるのよっ」
 褥に突っ張るの腕を離させて、またうつ伏せにさせる知盛。
「別に?は何を想像したんだ?」
「・・・・・・知らないっ!真面目にマッサージしてよねっ」
 知盛が座るのとは逆へ顔を向ける。
「・・・クッ、はい、はい。愛しの妻の言いつけは守るぜ?」
 時々悪戯をしてはに手を叩かれるという時間を過ごした。



「知盛様、商人が・・・・・・」
 御簾の外で常陸が中へ声をかける。
「ああ、来たか。中へ通してくれ」

 しばらくすると、箱を手にした商人が荷物持ちの子供と部屋へ入ってくる。
 普通、部屋の中へまでは入れない。まして、龍神の神子の住まう対だ。
 オドオドしているのはご愛嬌というものだろう。しかも、この対の主の夫は知盛。
 武勇伝は数知れず、噂に事欠かない人物。

「灘屋でございます。毎度、御贔屓にしていただき・・・此度は皆様への布の贈り物との事。
良い品を揃えてまいりました」
 床に額が付かんばかりの姿勢の商人二人。
「適当に並べてくれ。・・・・・・三条、常陸、他の者たちも呼んで好きな布を選べ」
 せっせと風呂敷を広げては、その上に布を重ねる商人。この対の女房が集まりだした。
「知盛ったら・・・・・・偉そうだよ、それじゃ。選んで下さいでしょ?」
「・・・クッ、まあそう言うな・・・・・・」

 商人の位置からはの顔は見えない。知盛の陰になっているからだ。
(神子様が御簾のこちら側に?!)
 そこで寝転んでいるのが龍神の神子?!
 あの知盛に腰を擦らせているのが龍神の神子?!
 姿を見たくもあり、それは無理であろうと考えていた時にが動く衣擦れの音がした。

「知盛ぃ・・・私の選んで?」
「そうだったな・・・・・・」
 知盛がを抱きかかえて、布が並べられた所へ腰を下ろす。
「こんにちは。布、見せてくださいね?」
 に声をかけられ、手にしていた布を取り落としそうになる灘屋。
「は、その・・・どうぞ」
 一瞬顔を向けたものの、下を向いてなるべくみない様に気をつける。
「え〜っと、お名前は?小さいのに働いてるんだ〜、えらいね!」
 が少年に気づき声をかけると、手伝いの子供が御辞儀をしながら名乗った。
「あの・・・カズ・・・です」
「カズくんかぁ〜。じゃ、私のはカズくんに手伝ってもらおかな」
 が知盛の膝を叩く。
「・・・クッ・・・カズ・・・そこの布を見せてくれ」
 知盛に指差された布の反を取って手渡す。
 布をにあてると、また違う布を手に取る知盛。

「・・・そんなにたくさんどうするの?」
「さあ・・・が着るんだろうな」
 知盛が手にする布は二つの山になっていた。
「・・・・・・なんかふわふわ白っぽいね。知盛の私のイメージって白?」
 言われて手元の布の山を見れば、見事に淡い色目のものばかりだった。
「・・・クッ、かもな」
 の頬にキスをする知盛。
「なっ、人前だよ〜?」
「・・・さあ?」
 周囲に無頓着な知盛。カズが俯いた。
「ま、いっか!ね、ね・・・・・・」
 知盛の耳元へが小声で願いを伝える。


 『あのね・・・お外でデートの時用が欲しいな』


「・・・クッ、いくつか選ぶか。カズ、向こうの物が見たい」
 “デート”といえば、公式の外出ではなく京の町中を歩きたいという事だろう。
 豪華な布である必要はない。それでは町に馴染まないからだ。
「は、はい!」
 貴族の奥方用には地味だろうと、女房たちの方へ並べていた反の束を指差され、
カズが今まで知盛が選んだ色目に近い物をまとめて持ってきた。
「・・・カズは賢いな」
 ただ全部持ってくるようでは役立たず。
 きちんと客の好みを見分けているのを知盛は褒めた。
「うん!えらいよね、カズくんは。そうだ。常陸さん、お菓子をね、持って帰れるように・・・・・・」
 常陸がしっかりと膳に紙に包まれた菓子を用意していた。
「こちらに」
「わっ!どうしてわかっちゃったんだろ〜〜〜」
 ここへ通された時にがカズを褒めたのだ。
 性格的に何か持たせようとするなど誰もが想像がつく。まして相手が子供ならば菓子。
「カズくん、ありがと。これね、後で食べてね?」
 知盛の膝から下りると常陸が用意した菓子の包みを手渡す。
「ありがとうございます、神子様」
 知盛との二人に褒められた顔を朱に染めるカズ。
 言葉を交わしただけでも飛び上がらんばかりなのにお土産つき。
「ありがとうございます」
 灘屋の方も知盛とへ頭を下げた。

、これでどうだ?」
 知盛に手渡された布は、とても可愛らしい小花柄だった。
「可愛い〜。ありがと、知盛」
 周囲を見渡せば、女房たちも思い思いに品を選び終えたようだった。

(よかった・・・・・・みんな楽しそう・・・・・・)
 手に布を持ち語らう女房の顔を一通り眺めてから、知盛に寄りかかる
「・・・どうした?」
「うん、ちょっとお昼寝したいかも。泉殿が景色もイイよね・・・・・・」
 軽く息を吐くと、知盛はを抱えて立ち上がる。
「按察使、後は任せる。灘屋、今日は急に呼びたててすまなかったな。後は按察使に」
 もうの首は揺ら揺らと眠そうだ。
「・・・クッ、口は開けて寝るなよ?」
「・・・うん・・・・・・」
 振動を抑えて泉殿へ向かって歩く。
 龍神の神子の力を使っていないのだから、疲れによる居眠りだ。
 池が見渡せる泉殿へ着く頃には、の目蓋は開いていなかった。




「やれ、やれ。決める事の話はどうなったんだか・・・・・・」
 を膝枕して、髪を梳きながら眠りを守る。
「うんとね・・・明日からはお出かけしたいなって・・・・・・」
 眼を擦りながらが起きた。
「・・・クッ、寝ていなかったのか?」
「違う・・・ちょっと寝た・・・・・・腕がいいから知盛も寝よ?」
 知盛に抱えられる姿勢では、腰に負担がかかり上手く寝られなかったのだ。
「・・・ほら」
 庭の方へ身体を向けて横になる知盛。
 が知盛の腕枕に合わせるように横になる。
 庭からはの背中しか見えない向き。
「・・・ありがと。これなら寝られる」
 まだ眠ろうとするに、知盛の顔も緩む。
「・・・決める事は?」
 面倒そうにが目蓋を開く。
「・・・・・・起きたら説明するけど。お出かけ勝手にするって話ぃ・・・・・・」
 もう黙れとでもいうように、の手が知盛の口元へ当てられる。

(・・・お出かけねぇ・・・梶原殿のところか、京都守護邸辺りか・・・・・・・・・・・・)
 の出かける範囲は限られている。
(供の者を決めないと・・・な?)
 知盛には内裏での仕事がまだまだ山盛りだ。いつも共には出かけられない。
(・・・・・・あいつにするか)
 知盛が頭に思い浮かべた人物は譲。


「起きたら・・・話し合わないとな?」


 今頃、の対では女房たちの布の見せ合いだろう。
 がそうなるように気遣ってこちらへ昼寝に来たとも思えないが、丁度良かった
事は事実だ。



 八葉ではない知盛。いかにを守るのかを考えながらのとのお昼寝───

 





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 あとがき:大切なモノは、物だったり、気持ちだったりv     (2005.8.26サイト掲載)




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