繋いだ手





 夕刻までには、梶原邸から帰宅した知盛と
「どうしよ〜。お水の中がいいのかな?」
 銀と桜は、とりあえず用意された箱の中にいる。
 布を敷かれているので、豪華な饅頭が膳の上にのっているような、妙な状態。
「式神なんだろ?」
「それはそうなんだけど・・・・・・」

 見た目が見た目なだけに、近江や常陸あたりは遠巻きに式神を見つめている。
「ほら。まだ見えない“うおいち”と“うおに”はさ〜、そこの池にって言ってたから」
 知盛にだけ見えるはずの“うおいち”も、いつ消えたのかの対の部屋にはいない。

「ね〜、桜ちゃん。可愛い組紐編んであげるからね」
 リボンがないので、組紐が桜の胴には巻かれている。
 朔が組紐を切ってくれたのだが、少々紐が太すぎて歩く時に邪魔に見えなくもない。
「あ・・・それとも、お洋服の方がいいのかな?」
 すっかり人形遊びのように、二匹に夢中な

 知盛の眉が面白くなさそうに動いたのを、交替に来た三条だけが見ていた。



 せっかく二人でいるのに、一向にが知盛を振り返る気配はない。
 桜の為に、ひたすら糸を編む

「夕餉の支度が整いました」
 近江が声をかけると、がようやく顔を上げる。
「ご飯?!もう、そんな時間なんだ〜〜〜。片付けますね」
 箱に糸や糸切り鋏をしまうと、嬉しそうに褥に座る。
「ご飯、ごは〜ん!」
 膳が運ばれるのを待ち構える
「今日は何かな〜」
 膳が置かれると、箸を持ち一言。
「いただきま〜す」

 ここまで、一度も知盛を見ることはなかった。



 食事が済むと、また箱の中を広げて平に紐を編み始める
 編めるのは器用といえるが、いかんせん遅い。
 のたのたと数色の糸を編み続けるの手元を見ていた知盛が突然立ち上がる。
 知盛が部屋を出てしまっても、は気づかなかった。





 泉殿で、月見酒をする知盛。傍らには三条が控えていた。
「若君。もう、お話しましたの?」
「・・・いや・・・・・・」
 話す機会がありそうでないまま今に至っている。
「神子様に相手にしてもらえなくて、拗ねていらっしゃるの?」
「・・・・・・フンッ」
 景時からに贈られた式盤を眺める知盛。
 
 の興味の対象から外れてしまったのが面白くないのは事実。
 それを言い当てられたのが、さらに面白くない。
 盃を出すと、黙って三条が酒を注いだ。


「なんかイ〜感じだよね。そうしてると、夫婦みたい」
 泉殿への入り口にが常陸と立っていた。
 悪意があってのセリフではなかったが、知盛を密かに慌てさせる効果は十分だった。
 知盛の隣から、後ろへ控える三条。
「・・・だったらがしてくれよ」
「嫌だよ。お酒の匂いキライだも〜んだ」
 さっさと知盛の前に置いてある式盤の所まで歩むと、肘をついて転がる。
 コロコロと式盤を回して、星座を比べる。
「これとかかな〜。あの白いのがね、スピカだよ」
 知盛の隣へ移動すると、肩に寄りかかる
「あっちのオレンジ色が・・・あっ。えっと・・・蜜柑色っぽいのがアークトゥルス。だからあっちが
デボラだとは思うんだけど。春の大三角形っていうんだ」
 知盛が盃を置くと、を膝に抱える。三条は常陸へ合図をし、退出させた。
「“オレンジ”は蜜柑なのか?」
「うん、そうだよ」
 が自分の腰に腰に回されている知盛の手に手を重ねた。
「・・・・・・知盛、もしかして拗ねてる?」
「・・・別に」
 が知盛の膝を叩く。
「正直にいいなよ〜。でもさ、それのもっと痛いバージョンがヤキモチなんだよね。知盛ってさ、
ヤキモチ妬いた事ある?」
 軽く息を吐き出すと、腕に力を入れる知盛。
「最近まで無かったみたいだな」
「そ。それは・・・残念だったね。ヤキモチって痛いんだけどさ、痛いくらい好きなんだなぁ〜って
自覚するんだよね。偶にはいいよ」
「・・・クッ、そうか」
 が知盛の頬を撫でて、その肩に頭をのせた。
「そ〜なんだよ。春の星、覚えた?知盛ってさ、ほんと頭いいよね。同じコト聞かないもんね?」
「・・・どうかな。ただ、の言葉の意味は全部知りたいし覚えたいからだろ」
 自ら覚えたい場合の集中力は、させられている時の比ではない。

「何か、私に言いたいことは?」
「・・・そうだな、ある・・・な・・・・・・」
 知盛の口から、三条との関係が語られた。
 単に時々供寝をする仲だったとしても、お互い嫌いあう仲だったわけでもなく。
 説明に困りながらも知盛は真実の気持ちのみを話した。



「えっと・・・物語とかで、そういうの多かったから。うん・・・・・・」
 いわゆる、“筒井筒”という幼馴染だ。
 小さい頃から、一番多く一緒にいた男女としたら王道パターンだろう。
「・・・別に、好きか嫌いかなら嫌いじゃない部類だが、それだけだ」
 
 分別のつく年齢になれば、身分違いの二人の間にあるのは主従関係。
 三条は知盛の伯父邸で仕えていた。宮家との婚姻が決まって、打ち捨てられたのだ。
 伯父との仲が破局したのが知盛との関係のきっかけではあった。

「神子様、若君は・・・戻って来いとそう仰って下さったんです・・・・・・」
 館の主との関係が終わった女房の末路はあまりいいものではない。
 
 知盛は、そうなる前にと自分の対へ幼馴染を引き取ったのだった。

「・・・・・・神子様?」
 静かになったが怒っているのか悲しんでいるのか心配になり、三条がその様子を窺う。


「・・・今は・・・・・・今も?えっと・・・知盛は、たくさん奥さんいてもいいんだもんね・・・・・・」
 この時代、正妻である北の方以外にもたくさん妻を娶ってもいいのだ。
以外の妻はいらない。それに、今は・・・約束を果たすだけだ。そうだな?三条」
 の瞳をまっすぐに見つめて知盛が三条へ言葉だけをかける。
「はい」


「約束って?」
「まだ若い時の戯言なんだがな・・・お互い大切なモノを見つけたら、お互いがそれを守れるように
協力すると。幸いというのもおかしいが、男同士では出来ない事もあるだろう?そういう事だ」
 お互い伴侶を見つけたら、と。そういった意味での約束。
「だからって、迷惑かけたらダメなんだよ?ちゃんと謝ったの?」
「ああ。今朝・・・・・・明日にでも商人を呼ぶから。皆で布を選ぶといい」
 が頷いた。
「うん。そ〜する。そんな顔しなくても、信じてるからへ〜きだよ?」
 が目を閉じたのを合図に、軽くキスを交わした。
「・・・・・・そうか」
「うん。そ〜なの。話してくれて嬉しかったよ?三条さんも、気を遣わせてごめんなさい」
 知盛の肩からひょっこり顔を出して、三条へ頭を下げる

「い、いえ。その、私も黙っていて・・・・・・」
 上手く言葉が出てこない。
「うん。それもわかる。言い難いよね。・・・・・・知盛の行いが悪いからだしね!」
 片目を瞑る。三条もつられて笑ってしまう。

「・・・また俺が悪者なのか?」
「どうだろね?えっとね、知盛はお休みってもらえないの?」
 知盛の膝に座りなおす。
「ん?それは将臣次第だな・・・・・・」
「じゃ、もらおう!こうね、ひろ〜くて、空が見られる丘でゴロンしよ?楽しいよ」
 貴族の女君が出歩くのすら珍しいのに、はその姿を晒す事をしようと言うのだ。
「おしとやか・・・はどうしたんだ?」
 どちらにしても、を止める事は不可能だ。ならば、せめてとばかりに言ってみる。
「そういう嫌味を言うのはこの口かな〜?それに、明日は早く帰ってきて!」
 に頬を摘まれる知盛。どうにもの手は除けるのが難しい。
「・・・・・・何だよ、いつも通りじゃ駄目なのか?」
 ゆっくりとが知盛の背に両手を回した。
「駄目だよ。知盛はね、私のいう事聞かなきゃだよ。反省してね?だから、知盛が私の布を選ぶの」
「・・・俺が?」
 許された事実が、体温を通じても伝わる。そっとの髪に触れた。
「だってさ、似合うのがいいもん。だったら、知盛がごめんなさいって、私に一番似合う布を選ぶべき
だよ。勝手に買えって、ほったらかしでムカツク」

(・・・・そういう事か)
 に何か贈りたいという気持ちと。何がいいのかわからない気持ち。
 ならば、が自分で欲しいものを選べばよいと思ったのだ。

・・・最高・・・・・・」
 しっかりとのカタチを、存在を確認するように抱き締める。
「最初から言ってるのにぃ。損しなかったでしょ?」
「・・・クッ、損はしなかったな。二匹はどうしたんだ?」
 を抱き上げて立つ知盛。
「あのね、お家作ってあげたの。ちゃんとね、寝るとこも作ったんだ」
「へえ?それは、それは・・・・・・見にいくか」
 それは、按察使の機転で用意された箱庭。
 が作ったわけではないが、ものの配置を決めたのはだ。
「うん。でも、戻る頃にはお風呂の用意出来てて暇がないかも」
「それは・・・好都合」
 知盛が舌での首筋を舐めた。

「知盛のえっちぃ!」
「上等」

 かみ合わない会話をしながら立ち去る知盛と
 三条は辺りを片付けだす。
「よかった・・・・・・」
 知盛が初めて見つけた大切な人を失わずに済んだ事に。に許された過去に。
「さて!お手伝いしないと、お方様が大変な目に合わされそうですものね」
 知盛のへの溺愛ぶりは少々限度を超えている。
 あの知盛から“ヤキモチ”という感情まで引き出してしまったのだ。
「式盤もお部屋へ戻さなくては」
 酒の膳と式盤を持って泉殿を後にした。



 

「知盛の考えなしっ!」
 の項に残る痣から、すべての出来事を悟る近江と三条。
 小袖を着ただけでその場から飛び出しかねないの腕を掴む知盛。
「・・・その姿で歩くつもりじゃないよな?」
「走ればいいんでしょっ!歩いてないもん」
 知盛にきつく抱き締められる。
「歩かないよな?」
「・・・・・・ぅぅ〜〜〜。知盛が悪戯するからだもん」
 知盛を見上げる
「まあ・・・さっきは無視されたし。今も無視されたし・・・仕方ないよなぁ?」

 風呂は二人ではなく、二人と二匹。
 は式神を桶でせっせと洗ったりして遊んでいたのだ。
 可愛いモノのツボにヒットしたのが、サンショウウオの泳ぎ。

 知盛がに悪戯をしたのには、それなりに理由がある。
 他者からみれば相当くだらない事だとしても、無視はいただけない。

 三条が大きな音を立てて手を叩いた。
「はい、そこまでにして下さいな。北の方様の御髪を乾かさないといけませんし。この子
たちも。私か北の方様以外、触れられないようですし」
 すっかり水気を拭かれて、気持ち良さそうに布の上にのっている銀と桜。
「・・・・・・知盛も仲良くしなよ。可愛いよ?ね〜、知盛ぃ〜」
 知盛が三条の手にのる二匹へ視線を移す。
 の昼間の退屈をしのげればと思ったが。
「・・・強い衝撃があると消えるんだよな?」
「ちょっ、知盛?!」
 知盛が銀を掴むと、眼前に持ってくる。
「・・・俺がいる時は遠慮しろよ」
 知盛に言われると、小さな音を立ててその姿を消した銀。
「あ〜〜〜〜〜〜!!!」
 が手を伸ばしても、間に合わなかった。
 桜も銀と同じタイミングで三条の手から消えていた。
「知盛のお馬鹿ぁ!!!」
「お前には俺がいるだろ。俺がいない時に遊ぶんだな」
 知盛がを子供抱きすると、近江が衣を手渡した。
 しっかりにかけて、その姿を隠しつつ歩き出す知盛。
「あ、あの・・・知盛?知盛がいるって・・・・・・」
 
「・・・今晩も頑張るんだから、そんな余裕はないはずだよな?」
「お馬鹿、お馬鹿、お馬鹿〜〜〜!知盛えっちすぎぃ〜〜〜!!!」

「フンッ」
 


 知盛にとって、『お馬鹿』に続いて『えっち』も悪くない言葉に加えられた───






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 あとがき:色々バレるよりは言ってみようv知盛くんが崩れ気味で(笑)     (2005.8.25サイト掲載)




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