気持ちの変化 いつもの如く、知盛に抱き上げられてが部屋へ戻って来た。 「お腹空いた〜〜〜」 先程までの静けさは、もうこの部屋にはない。 「あのね〜、ぐるぐるいってて死にそう〜」 そのまま褥に座らせられる。 「や。抱っこして。もう座ってるのも面倒」 がころんと後ろに倒れる。 「・・・クッ、少しばかり夕餉が遅くなったしな」 いつもに比べれば小半時も遅い。のお腹が主張するのも無理は無かった。 知盛がを抱えて座りなおす。 の背もたれ替りの扱いだが、それでもよかった。 手を払われた時の、あの気持ちに比べれば。 女房たちは、いつもの二人の遣り取りに笑いを堪えながらも迅速に食事の支度を整える。 今日はの前に二人分の膳を整えた。 「ごは〜ん!わ〜、今日は洋風だ〜〜〜」 メインシディッシュはドリア。冬ほど寒くはないが、まだまだ美味しい気候だった。 「このさ、木のシャモジがちょっと悲しいんだよね〜。熱くならなくていいけど」 が両手を合わせた。 「いただきま〜す!」 シャモジを手に、ドリアと格闘を始める。 知盛は、のんびりと酒を飲み始めた。 半分ほど食べた所で落ち着いたのか、が振り返る。 「知盛はさ、食べないの?お酒ば〜っかだよ?」 「食べても、食べなくてもそう変わらないだろ。食事ってもんは」 実際、知盛が食事にかける時間など僅かだ。 が美味しそうに食べるのを見ているのが好きなだけで、食事はどうでもいい。 しかし、船での事を考えると食べないわけにはいかないとも思う。 「え〜〜〜。温かいものは温かいうちが美味しいもん。食べなよ〜〜〜」 が知盛の膳を知盛の右手付近へ引き寄せた。 知盛の左手はを支えているので使用不可。 「せっかく譲くんが作ったんだよ〜。ちょっと珍しい料理だと思わない?」 に言われて、知盛が盃を置いてシャモジに持ち替える。 「・・・食べればいいんだろ?」 「うん、そう!」 が見守る中、一口食べてみる知盛。表現のしようがない味が口に広がった。 「ね〜?美味しいでしょ〜???」 満足げに微笑む。 「・・・・・・の方がウマイ」 「お馬鹿な事、言わないのっ!」 にぺちりと額を軽く叩かれる。 ならば見た目に分かるものをと、箸に持ち替えて知盛はサラダを食べる。 はもう前を向いて食事に大忙し。知盛の相手はしないと決めたようだった。 (・・・クッ、食事中は大人しくするか) 適当に食べ物を口へ入れて食事を済ませる。 美味いかと問われれば、食べられるから美味いとしか返事のしようがない。 本当にマズイものは、飲み込めないからだ。 (酒は・・・控えるか・・・・・・) あまり飲みすぎるとが嫌がる。は酒の匂いは好きではないらしい。 することも無く大人しくしていると、庭から笛の音が微かに聞こえてきた。 (敦盛か・・・・・・将臣の対の方だな) どうやら、本日は将臣の住む秋の御殿で月見の宴の様だった。 方角で邸が区切られている。将臣の秋の御殿は西。 笛の音だけではなく、ざわめく気配も感じる。 (都合がいいのか、悪いのか・・・・・・) 今日の騒動の事もある。将臣あたりが振舞い酒を決めたのだろう。 「知盛も参加したいの?」 食事を終えたが振り返れば、知盛が静かに笛を聞いていたので気になったようだ。 「いや・・・庭が騒がしいなと・・・・・・廂で聞くか?」 「いいの?」 部屋の中では少々音が小さすぎる。 しかし、外へといえば叱られるだろうと思っていた矢先の出来事に、がはしゃぐ。 「ああ。髪を乾かす間は退屈だろう?」 「うん!知盛が乾かして〜。あ・・・・・・乾かすのは別の人に頼んで、知盛もこっちから何か 弾きなよ。それがいい!」 に強請られては、否とは言えない。 「・・・クッ。じゃあ、次の曲が聞こえたら琵琶を合わせるとしましょう。いかがですか?」 「えへへ。また知盛の琵琶が聴ける〜〜〜。よろしくてよ?」 知盛の伺い立てに返事をし、廂へとが駆け出した。 廂に座を設えられ、の後ろでは常陸が髪を拭いている。 知盛が琵琶を抱えて座っていると、敦盛の笛の音が再び聞こえてきた。 黙って撥を手に取り、合わせ始める知盛。 絵物語でみた公達のような姿の知盛から、は目が離せないでいた。 (船でも思ったけど・・・憎たらしいくらい似合うんだよね〜〜〜) 月夜の合奏に、の対の者たちは全員聞入っている。 (こぉ〜んなに格好いいけど、可愛いんだよ〜って叫びたいっ!) 、ジタバタしたい気持ちを必死に抑えて時を過ごした。 「、冷えるから中へ」 一曲だけ合わせ終わると、琵琶を置いた知盛がの手を取る。 「え〜〜〜、もう少しぃ」 の頬が脹れた。 「・・・次はいつでもあるだろ?手が冷たい・・・・・・」 脹れままのを抱き上げ、部屋へ入る知盛。 「ね〜、もう少しぃ」 「・・・駄目だ。それに・・・・・・」 知盛がの耳元へ唇を寄せる。 「・・・俺に協力してもらわないとな?」 耳元で囁かれ、挙句に甘噛みされてが真っ赤になる。 頬の脹らみは元に戻っていた。 「な、何するの?」 「後でわかる。風呂で約束したろ?」 、記憶の糸をひたすら辿るが、一向に記憶に無い。 「ね、知盛。何すればいいの?」 帳台で褥へ座らせられた。 「俺が大切なのはだけという証明の手伝い・・・だな」 「・・・え?」 知盛がの手を取る。 「・・・今日は・・・すまなかった。俺は・・・・・・」 「ちょ〜っと待って!知盛ってば、皆に謝ったっけ?」 雰囲気ぶち壊しの。どちらかといえば、の方がロマンチックではない。 「・・・・・・クッ。・・・クッ、クッ、クッ・・・・・・らしいな」 を抱き寄せる知盛。 「明日・・・侘びを入れるから・・・・・・そう俺の邪魔をするなよ」 「何よ〜、邪魔って」 の頬に手を伸ばす。 「・・・に触れようとしているのにな?そう逃げるなよ」 「に、逃げてないもん!好きに触ればいいでしょっ」 照れ隠しなのか、顔が赤いのに強気なセリフで応酬する。 「では、遠慮なく」 知盛の唇がに触れる。 「・・・・・・ずっと我慢してたのに。今日はと思えば騒動で・・・・・・俺が悪いんだが」 「我慢?」 がしっかり目を開いて知盛を見つめる。 「・・・・・・駄目なんだろ?月の・・・時は。五日も待たされたし、責任持って協力しろよ?」 「協力って・・・・・・」 「・・・野暮な事は言うなよ?」 はそのまま知盛に口を塞がれた。 まだ夜明け前に知盛が起き上がる。 傍らには、余程疲れたのか軽く口を開けて寝ているがいた。 (・・・・・・起きたら、怒るか?) 龍神の力も使っていないのに、ここまでぐっすり寝ているのは滅多に無い。 裏を返せば、起きる可能性がない。を抱き上げて、しっかり口づける。 「・・・・・・あんまり誘うなよ・・・・・・」 知盛の体温が欲しいだけなのだろうが、擦り寄ってくる。 このままでいると確実に出仕に遅れるという微妙な時に、咳払いが聞こえた。 「・・・・・・三条か」 「はい。出仕に遅れます。お支度を」 小さな声だが、はっきりと言い切られる。 (遅れたと知れても面倒だ・・・・・・) そっとを褥に寝かせると、衾をかけ直す。 今一度とばかりに頬にキスをしてから寝所を出た。 「・・・で?話すのか?」 支度をされながら知盛が三条へ問いかける。 「・・・場合によりますけど。後で知れる方が困りますよ?」 「・・・・・・俺から話す。そうだな、が起きていられたらな」 (呆れた方!・・・・・・今日だけは話さないで差し上げますけどね) 目を見開いてものの、今日は話さないという意味で三条は軽く頷いた。 「それより・・・昨日はすまなかったな」 「・・・はぁ?!」 突然の知盛の侘びに、三条、地が出てしまった。 「クッ、そう大きな声を上げるなよ。・・・は起きないだろうが」 あまりの声と顔をしている三条だが、顔については触れないでおいた知盛。 「わ、若君?!今、何と・・・・・・」 「二度目はない。残念だったな?」 支度を済ませた知盛は、脱いだ小袖を持って寝所へ行ってしまった。 「・・・・・・すまないって・・・雨が降るかしら」 に言われたという事は想像がつくが、知盛が実行に移すとは。 (早く母上に言いたい!佐保は何してるのよ〜) 交替の佐保がこないため、この場を離れられない。 考えている内に知盛が戻ってきてしまった。 が起きない時は、自分の代わりとばかりに小袖をかけるのが習慣らしい。 「・・・何だよ、その顔は」 「いえ、何も」 手で頬を叩くと、気合を入れなおして知盛の送り出しの礼を取る三条。 「昼には起きると思うが・・・・・・出かけるようなら出かけさせてやってくれ」 それだけを三条へ言い置いて知盛は内裏へ出仕すべく、部屋を出て行った。 「・・・何だか、変わられたみたい」 知盛の背を見送りながら、幼い頃の姿を回想する。 (要領はいいのよね・・・ただ、人に拒絶された事なんてないから・・・・・・) 自分が大切だと思う人物に拒否されるという思いをした事がなかったのだ。 どうでもいい人間に拒否されるのとは、比重が違う。 軽く息を吐き出すと、次なる問題について思いを巡らせる。 「北の方様・・・起きられないんじゃないかしら・・・・・・」 起きられない、出かけられない、不機嫌の流れが頭の中で組み立てられる。 もっとも、機嫌が悪くてもが原因のモノ以外にあたる事はない。 この場合、起きられない原因は知盛なので、三条たちにはまったく影響はない。 「それよりも。佐保ったら、いつ交替にくるのよ」 落ち着かない気持ちでその場で控え続けていた。 が目覚めるのは、日が高く上りきった頃。 邸中のものが噂を始め、京の町へ広まるほうが先だった。 知らぬはのみ─── |
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あとがき:喧嘩の後はってヤツです
(2005.8.9サイト掲載)