修行は基本から





 貴人は姿を見せないからこそ貴人なのだろう。
 姿を見せまくっている龍神の神子・は貴人に入らないのかもしれない。
 京の町で、その姿を見た事のある者は多くは無いとしてもだ。
 それでも勝手に噂が伝わる。絵物語まであるという話もあるほどに。
 知盛とが一緒にいて、二人が誰であるかわからない京の者はいない程度に容貌が伝わっていた。
 花見の宴での出来事は、京の町の人々に受け入れられていた。



 花見より数日、が大人しい。やはり、花冷え厳しい季節。
 長時間の野外での花見が堪えたのだろうか、微熱続きで部屋で大人しくしていた。
「うぅ〜、背中が寒い気がする・・・・・・」
 それでも起きてゴロゴロしているのは根性としかいいようがない。
「お方様、寝所にてお休みなされたほうが・・・・・・」
 建設的な意見を述べる常陸。
「だってぇ。退屈だし、庭も見えないし。・・・・・・誰か来ないかなぁ。それとも、何かして遊ぶ?!」
 残念ながら、この世界にはがひとりで遊べるテレビゲームのようなものはない。
 碁や貝合わせ、あやとりなど、誰か相手をしてくれる人が必要だった。
「それでは、貝合わせにしましょうか?」
 は碁のルールを覚えられない。神経衰弱と同じ貝合わせか、あやとりくらいしか選択肢がなかった。
「・・・・・・つまんないよ。あれ、合わせるだけなんだもん」
 始めれば、自分が勝つまでやめない割に文句をつける

「・・・北の方様」
 御簾の外で近江の声がする。
「あっ、もしかして朔?」
 勢いよくが起き上がると、ちょうど御簾を上げて中へ招き入れられた朔と目が合う。
「・・・。おしとやかはどうしたの?」
「だ、だって。朔が来るのが遅いから退屈だったんだよぅ」
 朔の手を取り、部屋の中央へ招き入れるとが先に座った。
 ここ数日、朔の方がこちらの邸へ訪れていた。すべては、が邸から抜け出さないようにの配慮から。
「そう言っても、私も家ですることがあるんだから。そうそう、今日は兄上も後でこちらへ伺いますとの事ですので」
 さり気なく近江に来訪予定を告げると、近江が黙って頭を下げて退出した。
「ね、ね!今日は何するの?あやとりも絵巻物ももう飽きた。物語がいい!」
ったら・・・・・・体調悪いのでしょう?飽きたとかではなくて・・・・・・」
 朔がさり気なく扇を置いた。
「だってさ・・・なんかだるいんだよね。どこがどうって言うんじゃなくて・・・・・・」
 が朔の膝に横になった。
「甘えん坊の北の方様ね?皆様にご迷惑でしょう、そんなに文句ばかり」
 の髪を梳きながら頭を撫でると、気持ちいいのかが目を閉じた。
「い〜の。みんな慣れたよ、もう。それよりも、今日は何の話をしてくれるの?」
 朔がに物語を読んで聞かせて、子守をするのが日課だった。
 本当ならば舞の練習をと思っていたのだが、の様子がおかしいのも事実。
 遊んで、寝かせつける為だけに来ている様なものだった。
「今日は、何がいいかしら。あまりぐっすり寝られてしまうと、兄上が来た時に困ってしまうわね」
 寝起きが悪いには、十分に睡眠を与えるか、かなり強引に起こすしか手は残されていない。
「え〜、景時さんすぐに来てくれるの?修行するんだよね。何するのかな〜」
 眼を擦りながらが起き上がると、来客を告げる声。
「もしかして、景時さん?!」
 一気にの眼が見開かれ、起きて御簾際まで走る。

 御簾が上げられ、知盛と景時が姿を現す。
「・・・。真っ先に姿を現すな」
 片手でを捕まえると、強引に引き寄せる知盛。
「れれれ?知盛、仕事は〜?景時さん、いらっしゃいっ。待ってたよ!」
 知盛に抱えられながらも、しっかりと景時に挨拶する
「あはは。こんにちは〜かな。今日はね、ぜひ一緒にってお願いしてきたんだよ」
 景時、しっかり弁慶に許可をもらった。
 知盛がを抱えて座ると、は景時の方を向く。
「ね、何するの?」
「ん〜?まずはコレからってね!」
 景時が懐から取り出したものは暦。
「・・・これって、暦だよね?見方わかんないけど」
 それがカレンダーなのだとは理解している。ただし、見方はわからない。
 まだ太陰暦な上に、中国から伝わったそのままの状態。
「それじゃダ〜メなんだな、これが。ちゃんも、五行は知ってるよね?」
 先生の様に景時が暦を開いて指差す。
「うん。毎朝、朔に言われた通りにしてたもん」
 日々、五行に関連している。五行の属性の日に動けば、術の効果も高い。
「そ!それをね、まず知ってもらわないと話が進まないんだけど。オレよりも適任者がいるからさ。
連れてきたんだよね」
 暦を閉じて、の前に差し出した。
「へ?誰か来るの?」
 の首が傾いた。
「暦が基本で、次が星。天文学の知識が必要なんだよ、陰陽術は。今日の先生はちゃんの後ろ」
 がくるりと振り返れば、知盛の顔しかなく。
「・・・・・・いないし。ぽわんって出てくるの?」
ちゃん、知盛殿だよ先生は」
 ここまで気づかないと、景時も困ってしまい名を告げた。
「ええっ?!知盛が?出来るの?陰陽術」
「あのね・・・そうじゃなくて。都の貴族の方々の方が暦の読み方は詳しいって話。生活の一部だし。毎朝
占術をして、その日の行動を決めてるんだよ?方違え〜とか、物忌み〜とか聞いたことない?」
 景時がとりあえず思いつく事を述べる。
「あ・・・・・・そういうのしてたんだ〜、知盛も」
 感心した様に頷くに、梶原兄弟が額を押さえる。
「ま、とにかくそういうことなんで。暦を覚えてから次の段階に進もうね」
 用件は終わったとばかりに立ち上がる景時。
「え〜〜〜、もう帰っちゃうの?つまんないよぉ」
 が脹れてしまった。これには景時も焦りだす。
「な、そんな事言ってもさ。それが基本だから覚えてもらわない事には・・・・・・」
「そっちは後で教わるもん。何かして遊ぼうよ。おしゃべりでもいいしぃ」
 困った景時は、天井を見上げて顎の辺りを指で掻く。
「ん〜っと、でもさ。それを今日覚えてもらったら、明日は星かな〜なんて考えていたんだけど・・・な?」
「ほんとっ?!そうしたら、花火出来る?」
 苦笑いの景時。
「花火はちゃん次第かな?オレの計画では、夏には出来る予定なんだけどな〜」
 ここぞとばかりに駆け引きをする景時。なかなかの扱いが上手い。
「うん、じゃ今日はこれする。頑張るよ!」
 床の暦を手に取り、パラパラと捲る
 ようやく興味を示してくれた様子に、景時は安堵の溜め息を吐く。
「じゃ、オレはこれで」
 今度こそ立ち去ろうと景時が御簾の方を向く。
「ありがと、景時お兄ちゃん。微熱引いたら遊びに行くね」
 が手を振ると、景時も手を振り返した。式神を残していく事も忘れずに済ませながら。
「それでは、私も失礼しようかしら」
 朔も景時に続いて立ち上がる。
「えっ?!朔も?え〜〜〜〜〜っ」
 またも不満の声を上げる
。しっかりお勉強して、覚えたら家に修行に来てね?」
 朔も手を振って、景時の後に続く。

「ヒドイよ、お勉強だけ残して帰っちゃうなんてさ」
 ずりずりと滑り落ちそうになるを抱え直す知盛。
「そう言うな。朔殿が覚えたら梶原邸へと仰っていただろう?」
 の気分を盛り上げさせるべく、覚えられて体調が良ければ外出できる事を暗にほのめかす。
「そ〜だ!早く覚えなきゃだよ。さ、知盛。教えてっ」
「・・・クッ、それが教わる態度なのかよ」
 を足の間に置いて座りなおし、文机を持ってこさせる。
「まずは漢字の読み方からだな・・・・・・」
 流麗な文字を白紙の紙に書き付ける知盛。その隣に平仮名でかなをふり、用の一覧を作成した。
「これからだな」
「・・・・・・なんか、いちいちムカツクんですけど」
 何でも出来てしまう知盛と、何も出来ない自分との差に。
「・・・まあ、生まれた時からあったものだしな。が言う“かれんだー”は知らないぜ?」
 以前、と譲の会話で、暦をカレンダーという事は知っていた。
 の世界では、行事が色々あるようだ。
 こちらの世界でも宮中の行事があるといえばあるのだが、もっと個人的な行事も含めたものもあるらしい。
「そっか。そうだよね〜。でもさ、こんなにややこしい取り決めはないよ。曜日と日だけだもん」
 知盛が記した一覧を広げて両手で持ち、眉間に皺を寄せながら眺めている
「物事に、そう大した違いはない。ほら、覚えるんだろ?」
「うん!」
 知盛の声を聞きながら覚えられるのだ。学習の効果は上がるだろう。
 体調が良くないの心細さを思った景時の苦肉の策。ある意味、一挙両得。
 その日の午後は、真面目にが暦の学習に励んだ。



 夕方になり、の部屋に、将臣の使いの者が来た。
「で?俺だけわざわざ呼び出しなのか?」
 知盛が怪訝そうな顔をする。
「はい。そう伺っております・・・・・・」
 詳しい話はされていないようで、女房もそれきり顔を伏せたままになっていた。
「行きなよ、知盛。何か大切な相談かもだよ?大丈夫だって!今日は大人しくお勉強の続きしてるから」
 に言われて、仕方なしに重い腰を上げる知盛。
「・・・部屋からは出るなよ?三条は・・・いないのか。常陸、後を頼んだぞ。それと、近江か三条が戻り次第、
按察使をここへ。俺は出来るだけ早く戻る」
 言い置いてから、再びに向き直る。
「いい子にしてろ。すぐ戻るから・・・・・・」
 の頬にキスしてから、御簾を上げて知盛が立ち去った。
「もぉ!知盛がいなくたって、ちゃんとおしとやか〜にしてるんだから。子ども扱いしてっ」
 やや機嫌が斜め加減になったものの、はせっせと暦の見方を復習している。
 常陸も、近江の戻りが遅い事は気になっていた。しかし、の傍を離れるわけにはいかない。
「うぅ〜、暗記苦手なんだよね。でもな〜、知盛に馬鹿にされるの悔しいし」
 ぶつぶつ呟きながら、漢字の読みを暗記中のを見ているのは楽しかったりもする。
(大丈夫・・・よね?)
 知盛に後を任された緊張で膝が震えるが、を眺めているとそんな事も忘れてしまう。
(お方様ったら、心配されて言われたのに勘違いされていて・・・・・・)
 の身を案じての知盛の言葉が、何を勘違いしてしまうのか脱走を心配されたと思っている
 ここでは、以外全員が知盛の言葉の真意を理解している。
(こんなに大切にされていますのに)
 ついついがいるだけで、笑いが零れてしまう。
 我侭な主に使えるのは大変なものだが、の我侭は微笑ましい。
 つい、のんびりと時間を過ごしていた。



(三条がいなくて、近江もいないとなると・・・・・・)
 ここで引き返してもいいのだが、将臣の用事が気にならない訳でもない。
(罠なら罠で、揉め事は早く済んだ方が楽だしな・・・・・・)
 将臣の対近くまで歩きながら、涼風の罠では無いかとも考える。
「兄上の機嫌は良さそうだったか?」
 先導の女房に話しかける知盛。
「その・・・とくに悪いご様子はなかったかと・・・・・・」
「・・・そうか」
 渡殿から庭を眺める。日が傾きかけており、池に反射して美しかった。
(早く戻って、泉殿でと眺めてもいいな・・・・・・)
 微熱があるものの、活動的なが退屈しきっているのはわかっていた。
 庭から視線を戻して、再び西の対へ向かって歩き出す。



 空が橙色に染まり始める時刻、逢魔が時まで後半時の頃───
 





Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


 あとがき:景時くんも賢いトコを偶には披露!暦、意味不明ですよね〜。     (2005.7.31サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる