流れる時間 「もぉ。花弁が取れないよぉ〜」 が手のひらに桜の花弁を受けようとすると、知盛が手で風を起こして邪魔をする。 そんな繰り返しに焦れたが、ついに声を発した。 「・・・クッ、こうすればいい」 知盛が盃を前に出すと、ひらりと一枚、桜の花弁が酒に浮かんで揺れた。 「あっ!それ、すっごい格好イイ!」 近江がに少しだけ酒の入った盃を手渡す。 「花弁、入るかな〜、入れ〜〜〜」 手を伸ばして待つも、花弁は舞い降りない。 「むぅぅぅぅ!知盛ばっかり、ズルイよっ」 知盛が飲んでいた盃を奪い、無理矢理交換する。 「ふぅ。桜だぁ〜〜〜」 ようやく間近で見られた花弁。どちらかといえば薄桃色よりさらに白めだった。 「桜は・・・どうして待ち遠しいんだろうね?」 語尾は上がっていたが、知盛に問いかけたという訳でもなさそうなの呟き。 常陸に酒を注がれ、また酒を飲む知盛。 「・・・雪解けか、花か、時の流れか・・・・・・」 「うん。たぶん・・・全部だよ・・・・・・意識した事はないけどね」 やはり知盛の方を振り向かない。視線の先は、盃の中の桜。 知盛が盃を置いて、両手でを抱き締めた。 「・・・どうした?」 「どうもしないよ。桜、見られてよかったなぁ〜って」 の手から盃を奪う知盛。 「な、せっかく桜・・・・・・」 盃を取り返そうとするの手を捕まえ、そのまま横抱きに座らせ直す。 「花見で花がしおれてるのは味気ないだろう?」 「花・・・咲いてるよ?満開。どちらかといえば、もう散っちゃう」 空を見上げれば、桜の枝が重なり合っている。 「花違いだ」 知盛がにキスをした。 「花って・・・鼻?!」 何を勘違いしたのか、が指指すモノはの鼻。 「・・・クッ、まったく。女人を花に譬えるのは普通の事だろうが」 「・・・・・・ばか」 真っ赤になってが俯いた。 「それに・・・こうしている所へのこのこ来るのは。余程の馬鹿者か親しい者だけだな」 知盛の視線の先には、前者の馬鹿者が二人の様子を窺っていた。 「新中納言殿に置かれましては、婚儀も恙無く終えられた由・・・・・・」 見るからに人手不足でまぐれの昇進といった手合いの貴族が挨拶に来た。 知盛が続きを延々と述べられる前に手で制した。 「前置きは結構。御用の向きは何ですかな?」 さりげなくが被っていた薄絹を深く被せ直す。も知盛の方を向いてしまっていた。 「いえ、お祝いをと・・・・・・」 素っ気無く返されたため、言葉を続けられなくなってしまっていた。 「わ〜るいんだけどさ、家の妹は人見知りが激しんだよね。どう伝わってるか知らないけどさ、今日は お花見が趣旨なんですよって事で」 景時に肩を叩かれ、その場を立ち去るしかなくなった貴族はすごすごと引っ込んだ。 「ごめ〜んね。注意してたつもりなんだけどさ〜」 朔も隣に来ていた。 「ううん。いいのっ!ニヤニヤしてて気持ち悪い人だったなぁ〜ってしか思ってないから!」 「ぶっ!ソレは可哀相すぎだよ、ちゃ〜ん」 笑いを堪えられなかった景時と、下を向いて堪えている朔。 「お手間を取らせた様で?」 知盛が盃を景時に勧めた。 「あ、ども。いや、いや、ごめんはこっちだよ早く追っ払えなくてさ。時々いるよね〜、間が悪いヒトって。」 「兄上!兄上も同じでしょう?」 しっかりたちの敷物に腰を下ろして飲んでいる景時に、朔の小言が飛んだ。 「家族は違うよ〜?景時お兄ちゃんが来なかったらさ、知盛の目がこぉ〜んなになっちゃったかも」 が目じりを指で吊り上げて、おどけた顔をして見せた。 「・・・・・・。“おしとやか”の件はどうなったのかしら?」 「あっ!もぉ〜、景時さんの所為だよ〜〜〜」 朔の低い声で、が景時の肩を叩く。 「えっ?!オレ〜〜?そんなぁ、それはないよ〜〜〜」 眉毛がハの字になった景時の表情に、笑いが起きた。 「それで?兄上と姉上のご用向きは?」 穏やかさを取り戻した表情の知盛が、ふざけながら景時に問いかけた。 景時と朔を兄上、姉上と呼ぶ辺り、ご機嫌斜めは回避出来たようだ。 「え?別にないよ。そうだな〜、しいて言うなら・・・・・・あっちから逃げてきたって感じ?」 帝と将臣、九郎の周囲には、人が溢れかえっていた。媚を売るのに大忙しの連中。 一方で、知盛たちの方へ人が来ないよう、ヒノエたちが防御していたのだった。一人取逃がしがあったが。 「兄上様におかれましては、義経殿を見捨てたと?」 それこそ笑いを堪えた表情の知盛が景時に尋ねる。 「あっ。ヒドイなぁ〜、いいんだよ、九郎には弁慶がいるしさ。オレはね、朔が心配だから避難して来たの」 僧籍にあろうとも、あの辺りの敷物にいる女人は朔のみ。 集まる酔っ払いの貴族に悪さをされないか心配で、朔だけでもこちらへと伴ってきたらしい。 「そ〜だよ。あんなニヤケ顔さんが大勢の所より、こっちがいいよ。ね、そろそろお菓子食べよ〜〜〜」 桜をそれなりに堪能したが、次に興味を示すものは決まっていた。 「ったら・・・・・・」 今度ばかりは朔もに小言を言うことはなかった。 常陸と近江に席を整えられ、四人での花見となる。 「まあ・・・のんびり花見って感じにはならなかったけど。これはこれでいいよね」 景時が盃を傾けた。 「うん。いいの、別に。うんとね・・・花も大切だけど、皆がそろって京に着くことが願いだったから」 が大きな口で菓子を頬張る。朔も注意を諦めたようだった。 「、向こう」 口を忙しく動かすに、警備の人垣の向こうを示す知盛。 京に着いたときに寄った小間物屋の店主が手を振っていた。 「あ!おじさんだぁ〜。これ買ったお店のおじさんだよね?」 が知盛を仰ぎ見る。 「・・・だな。呼んでいるようだが・・・・・・行くか?」 少々距離があるのと、警備の者に咎められたのかこちらへ来る様子はなかった。 「行くっ!!!連れてって」 「ちゃん?!」 驚いたのは景時と朔の方。 いくら一般に開放しており、警備もそれなりにしていようとも、こちらから出向くとなれば話は別。 「だぁ〜いじょうぶだよ。知盛いるし、私歩かないもん。着物、汚さないよ?」 一気に脱力する梶原兄弟。着物の汚れの心配など、誰もしていない。 「、そうではなくてね・・・・・・」 「・・・クッ、大丈夫でしょう。もしもの時は・・・頼みます」 知盛が朔へ頭を下げ、を抱きかかえて立ち上がる。 「兄上は術が使えるのですよね?」 「・・・・・・知盛殿は。ちゃんに甘すぎかもね〜〜〜」 これ位の結界ならば、わざわざ銃を使うほどでもない。手を振って術の完了の合図をする景時。 今は弱っている望美に、どこから穢れに触れてしまうからわからない。念のため清浄の結界を張る。 「ちっとも甘くないよ。すんごい意地悪なんだよ?さっきも桜の花弁をね・・・・・・」 「行くぞ」 景時に、いかに知盛が意地悪かを語ろうとしただったが、知盛に歩き出されてしまい、 話は自然と中断した。 「ま、仲良きことはいいよね〜〜〜」 二人の背中を見送りながら、また一口酒を飲む景時。 「・・・兄上ったら。でも、二人を見ているのは楽しいですわね。皆様にはいつもお世話をおかけして・・・・・・」 朔がさり気なく近江と常陸にお礼を述べると、二人が笑い出す。 「そんな事はございませんわ。本日もお方様のおかげで、お仕えしている者は順番にこちらへ来られる事に なりまして」 「ええ。楽しく過ごさせていただいております」 二人の言葉に、朔が長い溜め息。景時はしっかり笑い出した。 「ったら、型破りばかりしているのね・・・・・・」 「いいじゃないの〜〜〜、楽しいのが一番だよね、うん」 主役がいなくなろうとも、この敷物の辺りだけは何故か楽しそうに語らいが続いていた。 「ちょっと通して下さいね?」 が警備の者たちへ声をかける。 「それは・・・許可がありませんと・・・・・・」 困り顔の警備の者たち。上司の許可なく通したら、叱られてしまう。 「いいんだよ、私が通りたいんだから。通してっ!」 「・・・後で還内府殿に俺から話を通す」 知盛が将臣の名を出すと、二人が通れるだけの隙間が作られた。 「ありがと!」 に礼を言われ、満更でもない。しかも、神子をこの至近距離で見られたのだ。 本日の話題には、事欠かなくなった。 「おじさぁ〜ん!あの時は、ありがとねっ。ほら、今日してるんだよ〜〜〜」 それこそ、神子の方から話しかけられている店主に羨望の眼差しが集まる。 「神子様!あの時仰って下されば、お代などいただかなかったんですが・・・・・・」 「そういうのは嫌。おじさんは商売をしているんだから。そういう特別はダメだよ、お客さんだったんだから。 それに、自分の事を“神子です”って言いながら歩く人なんていないってば」 にぴしゃりと言い切られる。 「ですが・・・お祝いの品を贈りたかったですよ?あれ以来、商売繁盛してましてね」 龍神の神子様もお買い上げの店として、ちょっとした話題の店になっていた。店主が宣伝した為だが。 「そうなのぉ?私がっていうのは偶然だと思うけど。おじさんが頑張ったからだよ。あ、ごめんなさい。あのね、 着物を汚すと怒られちゃうし。ちょっと色々あってこの姿勢のままなの」 知盛が抱き上げたままの状態での会話。 京の町人、とくに女性陣からは悲鳴が上がる。 麗しい公達に抱かれての散歩ともなれば、絵巻物の世界のよう。 「・・・・・・私は構いませんが・・・これを」 「なあに?」 の手に渡されたそれは、櫛だった。 「わっ。可愛いよ、これ」 「お祝いにと、取り寄せました。その・・・・・・」 店主が知盛の顔を窺うと、問題なさそうだった。 「いいのっ?もしかして、くれちゃうの?」 「もちろんです。神子様に差し上げたくて、こちらへ参りました。お邸には入れませんから」 出入りの商人以外が、将臣クラスの貴族の邸へ入るのは、余程の伝手がない限りは不可能だ。 「わ〜い!また知盛とおじさんのお店にお買い物に行くからね?」 「ありがとうございます」 深々と店主が頭を下げたのを見て、周囲を取り巻いていた町人たちが近づいてくる。 「神子様、あの・・・・・・」 「なあに?」 に気さくに返事をされ、それぞれが言葉を交わす。 誰もが龍神の神子と話をしたかったのだ。偶然だが、の方から人々の輪に飛び込む事になった。 「知盛、降りてもいい?」 「ああ」 知盛が振り返れば、履物を手にした常陸がすでに控えていた。 (・・・クッ、準備がいいな) 朔に言われてなのか、常陸が自分でなのかはどうでもよかった。 ただ、誰もがのしたい事をさせたいと思っているという事実だけがあればいい。 「よぉ〜いしょっと」 は自分で地面に降り立ち、子供たちと話を始める。 子供と話すときは、同じ目線でというこだわりがあるらしい。 「ちゃんとお父さんとお母さんのお手伝いするんだぞぉ〜」 頭を撫でられて喜ぶ者、握手する者、様々だ。 出された菓子まで食べているに、知盛が頭を抑える。 (・・・おい、おい。いくら何でも警戒心がなさすぎだ・・・・・・) 溜め息を吐いていると、団子の串を差し出される。 「知盛も食べなよ。これ、美味しいよ?」 の意見にのってみるのも悪くないと、出されたものを食し始める。 (これはこれで・・・いいのか) 空を仰ぎ見れば、穏やかに雲が流れて、戦の時とは打って変っての時間の流れ。 いつの間にか知盛まで差し出された酒を酌み交わし、町人たちに馴染んでしまっていた。 風に花弁が舞い散る。 桜の季節も過ぎ去ろうとしている、春の日の宴は常らしからぬ風情のまま執り行なわれた。 |
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あとがき:出来ないと思っていた事が、出来てしまう瞬間。影響って大切。 (2005.7.16サイト掲載)