桜の下で そろそろの着替えも終わった頃かと、知盛が寝所へ入る。 近江と常陸の二人と、何やら話をしていた。 「ね、知盛。皆もお花見行ってもいいよね〜?」 突然の申し出に返事が出来ないでいると、背後から代わりに返事をする声があった。 「お方様。仕事がございますのでそれだけは・・・・・・」 「あ!おはようございます、按察使さん。駄目・・・ですか?」 のあまりの悲しそうな顔に、決心が揺らぐがここはきちんとしないと示しがつかない。 「皆、仕事がございます。お花見には近江と常陸のみをお連れ下さい」 「え〜〜〜〜〜!だって、ただのお花見じゃないんですよ。知盛とね、私の披露宴のお花見だもん。 もうね、次はないの!次あるとしたら・・・知盛が再婚する時にするかどうかってくらい」 これには知盛の方が慌てての隣に腰を下ろして、そのままを抱き寄せた。 「按察使・・・俺とを離縁させる気か?」 は言い出したらきかない。 知盛としても、按察使を陥落させる方に重きを置く。 「ね、ね!按察使さんもお花見に来てくれるでしょ〜?」 のおねだりポーズに、按察使が負けた。 「・・・仕方ございません。それでは、こちらの対の者を半分にわけて順番にでよろしいでしょうか?」 「はい!そうですよね〜、全員一度には無理ですよね〜〜〜」 途端に笑顔になったを見て、一同安堵の溜め息を吐いた。 「今日は・・・具合はどうだ?」 両手を合わせてご機嫌のに知盛が問いかけた。 「あのね〜、薬もちゃんと飲んでるし。温めたのがよかったみたい。それに・・・コレ!」 が知盛に温石をみせる。 「・・・用意がいいな」 知盛が近江と常陸へ視線を移せば、二人とも頭を下げつつも按察使の方を見ていた。 (・・・クッ、そういう事か) が緊張しないようにと年齢の若い者を集めたが、按察使がいた方がにとっては良さそうだった。 「迎えが来るまでに、軽く朝餉を食べるか」 「えっ?!お迎えって、何か来るのっ?」 本日の花の宴は、帝の主催である。当然、内裏からの迎えが寄越される。 「花見は花見でもな・・・・・・帝が主催者だからな」 「え〜〜〜、堅苦しいのは嫌だなぁ」 の眉間に皺が寄る。 「いや、一般にも神泉苑を開放しているはずだ。そう堅苦しくもならないだろ」 堅苦しくないのではなく、弁慶の策によりさせないが正しい。 警備の事を考えれば、少ない人数の方がいい。しかし、あえて京の町人にも開放する。 人数が多い方が、人目につく分手出しし難いとの考えもあった。 (そうはいっても、馬鹿者はいるだろうが・・・・・・) 馬鹿者がいれば、人知れず排除されるだろう。それだけの事だ。 つい知盛が笑いを漏らすと、が知盛の頬を指でつついた。 「なぁ〜によぅ?何か楽しい事でもあるの?」 「・・・クッ、もちろん。俺たちの披露宴なんだろ?」 「そ!皆にね、仲良しぃ〜って見せてあげようね」 は平穏を取り戻した京で、知盛との婚儀が政略的なものではないと知らしめたかった。 ついでといっては何だが、知盛を自慢したい気持ちも少しはあるのだろう。 過去は気にしないといいつつも、知盛がモテただろう事は、容易に想像がつく。 知盛は、に纏わりつくであろう邪魔モノを排除したかった。 それだけ重い、“龍神の神子”という立場を持っている。利用したい者は、山ほど。 排除するには、の目に触れさせないようにしなくてはならない。しかし、は殺戮を望まない。 「見せつけて済めばいいがな?」 何れにしても、今日がひとつの山場である事には変わりがない。 「ほら。迎えが来る前に、色々済ませないと・・・・・・」 知盛がを抱き上げる。 「うん!天気も良さそうだし。桜、綺麗だといいなぁ〜」 が嬉しそうにしているのを、按察使以下、女房たちは笑みを浮かべて見守っていた。 「お迎えが参りました」 三条が部屋の中へ向かって声をかける。 は知盛の膝の上で、のんびりあやとりをして遊んでいた。 「わ、来ちゃったんだ。知盛の番だったのにぃ〜〜〜」 なかなかに難しそうな形に出来上がり、知盛に負けを言わせたかった。 「・・・クッ、残念だったな?帝の迎えだ。待たせるわけにもいかないだろう」 の指からあやとりの紐を抜き取り、近江に手渡す知盛。 「あ〜〜〜!ずるい。取っちゃった!」 「はい、はい。続きは・・・花見でするか?」 を抱き上げ、知盛が立ち上がる。 「・・・しないもん。お花見は忙しいからしてられないよ!」 が知盛の首に腕を回したのを合図に、知盛が歩き出す。 「・・・忙しい花見ねぇ?・・・・・・・・・・・・」 「バタバタとか。そういうんじゃないよっ!桜がね〜、花びらがね〜、ひらひらって。瞬きしたら見られ ないでしょっ」 相変わらずの理屈は謎である。しかし─── 「そうだな。桜は・・・花は見逃せない・・・・・・」 壇ノ浦で戦っている時に、誰が今年の花見が出来ると思っただろうか? 戦いが終わったといって、すぐに花見をするような気力が人々に残っていると思っただろうか? の『桜に間に合わせて』という言葉の真意は、どこにあるのか? 車寄せに着くと、リズヴァーンとヒノエが待っていた。 「わわ!先生に、ヒノエくんも!」 「ひどいなぁ〜、姫君は。俺はついでかい?」 ヒノエが軽く両手を上げながらも笑っていた。 知盛が黙ってリズヴァーンに頭を下げる。 「今日はさ、将臣たちは帝側だろ?一応接待側っていうのかな。九郎たちは招待客だし。で、警護に 俺とリズ先生が来たってわけ。姫君の牛車の前には、花弁をあの子たちがってね」 かわいらしく着付けられた童が二人、牛車の脇に立っている。 どこから集めたのか、桜の花弁がたくさん入った籠を手にしていた。 「可愛い〜〜。おはよう!今日はよろしくね?」 に声をかけられ、童たちは真っ赤になる。 龍神の神子に言葉を賜ったのだ。彼らにしてみれば大変なことである。 「・・・ほら。乗るぞ」 を抱いたまま牛車に乗り込む知盛。 動き出した牛車は、邸の門を出て表の行列の間に加わり神泉苑を目指して進み出した。 「。・・・・・・俺の過去が気になるか?」 が知盛の小さい頃から最近までの話を聞きたがっているのはわかりきっていた。 「ん〜、そりゃ知りたいよ?好きな人の事は、何でも知りたくない?」 逆に尋ねられ、返答に困る知盛。 どうも今まで、“別世界から来た”と思っていた所為か、の過去には思い至らなかった。 「・・・・・・何でもかはわからんが。そうだな、知りたいかもな」 船上で将臣に色々訊ねた事もある。それは知りたかったからに他ならない。 「でもね、別に何でもは全部じゃないからね。今の知盛があるのは、過去があるからって事だよ」 「・・・そうか・・・・・・・・・・・・」 黙っての髪に顔を埋める知盛。またもに負けた気分。 (なる様にしかならないって事だな・・・・・・) 過去は清算したつもりだった。貴族の姫君たちとの艶聞は、都落ちと同時に自然に無くなった。 落ちぶれた平氏との関係を良しとする者等居なかったし、問題はなかった。 が、女房程度になれば幾ばくかの金子が目当てでという者もいた。だが、金で解決するならば簡単。 涼風だけは、知盛の室の座を狙っていたのか諦めが悪かった。 (まさか、将臣の対の女房として紛れているとはな・・・・・・) の対に仕える者には気を配ったが、再びこの邸で女房仕えをしているとは思っていなかった。 涼風も、実家へ帰れば受領の娘でそこそこの暮らしは保障されている。 (と決闘にでもなったら大事だな) 不謹慎だが、つい笑いがこぼれる。 生田で会った時の勢いで斬り込まれたら、知盛だって大変だったのだ。 の手を取って口づけた。 「なあに?」 が知盛の手を伸ばし、知盛の頬を撫でた。 「・・・この手で剣を持っていたんだな」 「うん。あれね、割と重くって。白龍もさ、私がか弱いって事を考えて欲しいよね」 「・・・クッ、俺を遣り込めた女の言う事じゃないな」 知盛が両手でを抱え直した。 膝の上にいるは、知盛を叩こうにも身動きがとれず、その手の甲を抓った。 「・・・・・・痛いだろ」 「痛くしてるのっ。もぉ!どうして私の事を、デストロイヤー扱いするかなぁ〜〜〜」 の頬が脹れた。 「ですと・・・?」 「あ、そっか。何でも壊す人。破壊って感じ?」 堪らず知盛が笑い出す。 「・・・破壊って・・・クッ、クッ、クッ・・・・・・」 「りゃ?もお、もお、もお!おしとやかな妻でしょっ。破壊でそんなにウケないでよ」 犬も食わない喧嘩をしている内に、神泉苑へ着いてしまった。 先に帝や将臣が敷物の上で桜を眺めていた。 ここだけは一般とは隔離されており、警備も厳しい。 「神子殿、よく参られた」 「こんにちは。お天気も良くて、お花見日和ですねっ」 帝に堂々とが挨拶を返す。 「〜〜〜。つか、知盛か問題は。過保護過ぎだろ」 黙ってを抱えている知盛に、将臣があきれ声を上げる。 「・・・煩いな。花嫁を大切にして何が悪い?」 「そぉ〜だよ、将臣くん。お姫様待遇してもらってるんだから。可愛い妻を大切にしてるんだし」 嬉しそうに知盛に頬を摺り寄せる。 帝は赤くなり俯き、隣の敷物にいた九郎の口は開いたままになっていた。 「!周囲の目を考えろっ!」 意識を取り戻した九郎がを注意する。 「周囲って〜?わ〜、なんだか人がたくさんだね。いいんだよ、見せにきたんだから」 神泉苑の敷地内には、京の町の者たちも集っていた。 「なっ、ばっ、それ・・・・・・」 「まあ、まあ。九郎、今日はそのための宴ですよ?」 弁慶が両手で九郎の口を塞ぎ、小言を中断させた。 その隣の敷物では、朔が下を向いて笑っている。 と知盛がどのような行動をとるかなど、九郎と白龍以外には容易に想像がついていた。 「・・・それでは、帝。あちらで宴を楽しませていただきます」 隣の桜の木の下に設えられた席へと知盛が足を進める。 が仲間に手を振る。手を振り返す者たちと、顔を背ける者に分かれた。 背けたのは九郎だけだが。 「九郎。そう不機嫌そうな顔をするものではありませんよ?めでたい席ですのに」 顔を背けている九郎を弁慶が嗜める。 「・・・・・・あいつが何を考えているのかわからん!戦も終わり、平和を取り戻した宴だというのに」 九郎にしてみれば、全員で楽しむ宴が正しいと思う。自分は東国の、頼朝の名代の立場である。 (平和を取り戻したという・・・そういう意味じゃないのか?) 朔がぽつりと口を開いた。 「は・・・自分で選んでここに居るのだと。そう言いたいのですわ。それだけなの・・・・・・」 「そ〜、そ〜。知盛殿とさ、無理矢理くっつけられて戦の和解とは思われたくないだろうしね」 景時も言葉を足した。 「・・・もっと大きな意味もありそうだけどな〜。姫君の頭の中は、俺でもわかんないね」 つまみを食べながら、いつの間に座ったのかヒノエも九郎に意見した。 「九郎。人にはそれぞれの立場と考え方がある・・・・・・」 桜の木に背を預けて立つリズヴァーンが、珍しく長めの言葉を紡いだ。 「先生・・・・・・」 九郎が振り返った。 「私にしてみれば、知盛殿のあの様子は初めてみるものです。神子が変えたのでしょう」 敦盛でも見たことが無い知盛の表情。 「先輩が何を考えているのかはわからないですけど・・・・・・桜って、特別な花なんですよ。誰もが 花開くのを待つ花といいますか。そういう特別な何かが欲しかったんじゃないでしょうか?」 日本で花といえば、桜を指すほど誰もが知っている花。 しかし、こればかりは春という芽吹きの季節に限定されているものだ。 花だけではなく、春という季節がまた人々の心を捉えるのだろう。 「ケジメなのかな。あいつは区切りをつけたかったんだろう。ま、花見は楽しくやろうぜ?」 将臣の言葉に九郎が頷く。 「そうだな・・・ケジメか。町の者達も楽しそうだ」 この区切られた場所の隣では、京の人々が勝手に持ち込んだ酒を飲んだり、楽しんでいる。 奥では祝い酒を配っているのだが、あまりにも長い行列に耐えられない者は持ち見込み、 気長な者は並びといった具合。 知盛との方を見れば、が手のひらに桜の花弁を受けようとするのを知盛が邪魔をして じゃれあっていた。 今はまだ仮初の平和でしかない京。 桜の木の下で、様々な想いが交錯していた─── |
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あとがき:桜の下で。騒ぐだけが花見ではないですv (2005.7.10サイト掲載)