挨拶は大切 内裏の寝殿近くまで行列をし、そのまま清涼殿へ渡る事になる。 知盛はに薄衣を被せると横抱きにし、牛車を降りた。 「、檜扇は持ったか?」 「うん・・・・・・持ってる」 まだ寝たりないのか、ぼんやりしている。 言い換えれば、大人しくて実に都合がいい。 「・・・クッ、落とすなよ。開かなくても、顔は見えないから安心しろ」 簀子を歩く知盛。将臣たちが先に帝と謁見しているはずである。 「うん・・・・・・あと五分したらちゃんと起きる」 五分の意味はわからないが、時間の事だろうと考える知盛。 熟睡しているわけではないので、それなりに返事もする。 (まあ・・・・・・このままでも・・・・・・) そのまま殿上の間へ足を踏み入れた。 「知盛殿、よく参られた」 帝のみならず、何やら御簾の奥の几帳辺りに気配。 「・・・この度は、花の宴まで。ありがたき・・・・・・」 「堅苦しくしなくていいではないか!」 帝が御簾の奥から飛び出してくる。 「・・・帝・・・・・・」 将臣の影響か、平和になって本来の子供らしさが出たのか。 どうしたものかとを抱えたまま遠くに座していると、帝自ら近くまで来 られてしまった。 「知盛。大臣以外は人払いしてあるし、そう堅苦しくなくてもな?」 将臣が帝を抱えて立ち上がる。 「そうだ。向こうで話そう!・・・そちらは神子殿なのだろう?」 帝が知盛の腕の薄衣に包まれた存在に視線を向ける。 「・・・・・・少々疲れておりまして」 知盛の返事を無視して、将臣が真実を告げる。 「・・・寝てるだけだろ。帝、は寝てるんだな〜、これが」 「・・・・・・休んでおられるのか。それは悪い事をした」 帝が項垂れた。 「ほら。さっさとを起こして、向こうでお菓子でも食べながら話をしようぜ」 将臣はそのまま帝を連れて元の場所へ歩いていった。 「・・・・・・仕方ない、起こすか」 もうしばらくと思ったが、帝はとの会話を楽しみにしている様子。 いつもの如く、口を塞いで起こす知盛。 今日は比較的楽に目覚めさせる事が出来た。 「んぅぅぅ!な、何?」 「・・・起きたか。帝が待ってる」 が天井から視線を移すと、見覚えのある顔ぶれが既に集まっていた。 「あちゃ!また寝ちゃった。知盛も、もっと早く起こしてくれればいいのにぃ」 起こしても、起こさなくても文句を言われる運命にある知盛。 「それは失礼。このまま行くか?歩くか?」 殿上の間で、帝の眼前という自覚はある。 「このまま!だって、結婚のご挨拶だもん。思いっきりイチャイチャしよ」 知盛の頬にキスした。 「・・・クッ、仰せのままに」 を抱いたまま立ち上がり、わざと見せつけるように歩く。 「・・・・・・帝。私の北の方でございます」 帝の目の前まで来ると、を立たせた。 「お久しぶりです。ちゃんと知盛と結婚させてくれて、ありがと」 は帝の前に座ると、頭を下げた。 「それは・・・他の方々のおかげだよ?でも、幸せそうでよかった」 帝がの前に座り、手を取った。 「私がここにいられるのは、あなた方のおかげなのだから」 「それこそ違うよ?帝が頑張ったからだよ。ちゃんと京をよい町にしたいって、 平和な国にしたいって思い続けたから。私たちは、手助けをしただけ」 が帝の頭を撫でた。 「・・・母上が、貴女に会いたいというので。あちらに・・・・・・」 帝に言われるも、どうすればいいかわからず振り返り知盛を見る。 「大丈夫だ。中宮様は、俺の妹にあたる。御簾の向こうへ・・・・・・」 大きく頷くと、帝の背中の御簾を上げて中へ入る。 几帳の奥から声がした。 「貴女が・・・兄上の北の方様・・・・・・」 大人の女性の声に、が元気に答える。 「はい!船では・・・筝のお祝いをありがとうございました」 明かりの場所から言って、からは中宮は見えないが、向こうからは見え るだろうと、頭を下げた。 「勿体無い事ですわ。頭を上げて下さいな。可愛らしい方でよかった。少し変っ てますでしょ?知盛兄上は」 くすくすと笑い声が聞こえたかと思うと、中宮が姿を現した。 「考えてみれば、家族の前ですもの。神子様とは、几帳なしで・・・・・・」 の前に座ると、檜扇を閉じた。 「あ・・・あの・・・・・・」 妙齢の、姫君の見本のような中宮には気圧された。 「言仁が・・・安徳帝がきちんと政治を行えるようになったら出家しようと考えて いたのだけれど。もうしばらく、現世にいようかしら。あの世の中に無関心な兄 上のお心を射止めた姫君と、こうしてお話が出来るのだし・・・・・・」 微笑まれて、は思わず見惚れていた。 (わ・・・・・・平氏さんって、みんな顔が綺麗なんだぁ・・・・・・・・・・・・) 経正も敦盛も綺麗な顔をしていたと思い出す。 その時、御簾の外から知盛の声がした。 「そろそろ私の北の方を返していただきたいのですが?中宮様」 仮にも国母である中宮に対して、あまりの口の聞き様に周囲に緊張が走った。 「・・・・・・兄上様。私、神子様ともう少しお話をしたいのですけれど」 中宮はの手を取った。 「・・・クッ、徳子は気兼ねない相手と話がしたいだけだろう?悪いが、今日は返し てくれ。話をしたければ、後日使いを寄越すなり好きにしてくれ」 立ち上がると、御簾の中へ入る知盛。誰も止める事が出来なかった。 「久しいな・・・・・・」 「兄上様も、お変わりなく・・・・・・」 二人の遣り取りに、が首を傾げる。 「あの・・・船で会わなかったの?」 の隣へ腰を下ろす知盛。 「徳子は・・・高倉帝の中宮だ。家族とはいえ、俺は臣下になる。人妻と顔を合わ せる訳がないだろう?」 さり気なく中宮からを引き寄せる知盛。 「兄上様ったら。神子様を誰にも触らせたくないのね?」 扇で口元を隠してはいるが、笑っているのは一目瞭然。 「・・・悪いか?」 「いえ。兄上様は、いつも涼しげなお顔でしたので。初めてですわ、そんなお顔」 まだ笑っている徳子を見て、顔を顰める知盛。 「・・・俺の顔が見たいだけならコイツは返してもらう」 を抱き上げて立ち上がる知盛。 「うふふ。そうですわね、今日はそのお顔が見られたから許して差し上げまして よ?兄上。・・・神子様、ごめんなさいね」 知盛には悪戯顔、へはすまなさそうな顔で声をかける徳子。 「あ、あの。また今度お話したいです!」 が大きな声で返事をする。 「ありがとう、神子様」 徳子はまた几帳の陰に戻った。 それを見届けてから知盛は御簾を撥ね上げて元の場所へを抱きかかえて 戻ると、そのまま膝にを乗せて座った。 「知盛・・・いくらなんでも・・・・・・」 将臣が知盛の方を向いて、眉を寄せる。 「・・・フンッ。いいんだ、今日は帰りたいんだよ」 将臣と知盛の遣り取りを見て、帝が将臣の肩を叩く。 「還内府殿。神子殿もお疲れであろうし、今日のところは・・・明日の宴の事もある」 「・・・わかったよ、帝。知盛、帝のお許しが出た」 将臣が帝の頭を撫でる。 「それでは、御前失礼させていただきます。また、明日に・・・・・・」 優雅に立ち上がると、を抱えて退出する知盛。 は帝に手を振る。 将臣がそれを見て、帝の手を取りに向かってふらせた。 「還内府殿。これは何の合図なのだ?」 「ん?これは、仲良しがまた明日に会おうっていう合図。いいもんだろ?」 「うむ。手をこうすればいいのだな!神子は面白い」 御簾の向こうへ消える帝。恐らく、中宮へ今の合図の話をするのだろう。 「・・・ったく。知盛の奴、後で扱き使ってやるから覚悟しろよ?」 将臣の呟きに、仲間が笑い出す。 「そうは言ってもさ、姫君にバレたら将臣の方が酷い目にあうぜ?」 ヒノエが将臣を突付く。 「そうですねぇ。今日のところは祝いの席ですし。大目に見て差し上げた方が」 弁慶も知盛の味方らしい。 「・・・はい、はい、はい!俺が悪かったって。さて、明日の話でもするか」 将臣の声で敦盛が重臣を呼びに走る。 花の宴の準備は、着々と進められていった。 「知盛ぃ・・・大丈夫だったの?」 帰りの牛車の中で、知盛の膝に乗せられ寄りかかっている。 「いいから・・・少し休め」 「うん」 はそのまま眠りに落ちた。 次にが目覚めた時は、見知らぬ天井の部屋。 正確には、一度は見ている筈なのたが寝起きではっきりしない頭では思い出せ なかった。 「あれ・・・ここって・・・・・・」 「お前の部屋」 が寝ている背中から知盛の声がした。 「・・・寝ちゃってた?」 「ここに寝せても起きないくらいにな?」 の髪を取り、口づける知盛。 「うぅ〜ん。だるくて・・・温かいと眠くなるんだも・・・ん」 肘枕で寝そべる知盛の方へ向き直し、また目を閉じる。 「起きろ。そろそろ薬を飲まないと・・・・・・」 「そうだったぁ・・・あれ苦いんだよね・・・・・・」 今は痛くないため、ついつい文句が口から零れる。 「痛いよりいいだろ?」 起き上がると、近江に目で合図を送る知盛。 「菓子があるから。口直しすればいい・・・・・・」 近江がの側に置いた膳には、弁慶の薬と白湯。 もうひとつの膳には、お菓子がのっていた。 「お菓子が誘惑するぅ〜〜〜」 も起き上がり、薬を口に含むと白湯で流し込む。 「ぷはぁ〜!お菓子っ!!!」 大きな一口でカリントウを齧る。 「甘ぁ〜い。嬉しっ」 が美味しそうに食べるのを、微笑んで眺めている知盛。 その知盛を怪訝そうに窺う近江と常陸。 さらにその光景を遠巻きに見つめる目がある事に気づいているのは、知盛だけ だった。 (按察使か・・・三条か・・・・・・また面倒が起きそうだ) 気配が遠ざかるのを感じつつ、今夜にでも小言が来そうな予感。 「・・・普通じゃなくていいんだよな?」 言葉を省きまくって、問いかけだけをにする知盛。 「んぐぐ?んぐっ。・・・・・・普通がいいんだよ?でも、自分にとって普通じゃなけれ ば、普通って何って思うでしょ!自分にとっての普通が大切なの」 小さなカリントウを知盛の唇へあてる。 知盛が素直に口を開くと、の指がカリントウを知盛の口へ押し込んだ。 「小難しい事考えてないで!美味しいモノ食べたら幸せだよ〜?」 もカリントウを頬張ると、忙しく口を動かす。 「・・・・・・これ、旨いのか?」 口中が大変な事になっている。 「うん。外側のガジガジが甘くって。中のサクサクがいいんだよ!」 さらに口へカリントウを放り込む。 「・・・クッ、わからん」 白湯で流し込むと、口の中がスッキリした。 まずは乳母の按察使を自陣へ引き込むべく頭を働かせる知盛。 「・・・。俺の乳母に会ってくれるか?」 の首が傾いた。 「“うば”って何?」 「・・・・・・育ててくれた人・・・だな」 首の傾きが戻る。 「わわわ!知盛を育ててくれた人って事?!小さい時の話とか、聞きたい放題な んだよね?!」 膝立ちになるとそのまま知盛の方へ倒れる。 知盛が受け止めるとわかっているからこその行動。 難なくを受け止め、抱きかかえる知盛。 「・・・聞きたい放題はともかく。俺の北の方の尊顔を拝し奉りたいらしいからな」 「え〜、そんな大層な物じゃないし。何でもいいよぅ」 知盛の指がの眉間を押す。 「朔殿と・・・なにやら約束をされていなかったかな?我、北の方様は」 「あっ!」 しとやかな北の方になる─── またも自らの発言で首が絞まる。 「〜〜〜!知盛の・・・」 「揚げ足とり・・・だろ?」 「〜〜〜!!!」 言葉の続きまで先に言われてしまい、の頬が膨れた。 知盛がの頬をつつくと、徐々に元に戻った。 「いいもん。猫被るから。若君は、何て素敵な北の方様をお迎えにって言われちゃ うんだから!よかったね〜、知盛」 の表情は、何かを思いついた時のそれ。 軽く眉を上げると、を抱きしめた。 「・・・ま、向こうが怒鳴り込んでくる予定だから。お前が騒いでも目立たん」 「へ?」 知盛の言葉の意味がわからないまま、大人しく抱きしめられている。 夕日も大分傾いて、そろそろ夕餉の時間。 「すぐにわかる・・・・・・」 しばらくは、家の中での戦いを切り抜けなければならない予感の知盛。 花見を和やかに迎えるために─── |
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あとがき:知盛くんをいじめたい気持ち♪簡単に幸せにはさせないのよん(笑) (2005.6.14サイト掲載)