新婚さんの朝ご飯





「よう、来たな」
 将臣が知盛とを待ち構えていた。
「兄上自らお出迎えとは・・・・・・」
 牛車からを抱えたまま知盛が降りてきた。
「・・・・・・遅いからトラブルでもあったかと思って、迎えに行こうとしてたんだよ」
 将臣が後ろの敦盛へ合図を送る。
 賊などの心配はなくなったので、武器は不要。敦盛が片付けた。
「トラブル・・・これとか?・・・・・・」
 半分夢の住民になっているの額にキスをする知盛。
「あ〜、なんつうか・・・・・・ま、飯の匂いで起きるだろ」
 笑いを堪えながら将臣が先導する。
「・・・クッ、どうだかな?」
 振動を極力抑え、静かに簀子を歩む知盛。
 広い客室へ入ると、譲と白龍が朝餉の準備をしていた。

「あ!知盛さん。この度はおめでとうございます。先輩の好きなものをたくさん用
意しましたよ」
 見回せば、確かに知らない料理が並んでいた。
「手間かけたな。花嫁はこの通りなんだが・・・・・・」
 知盛の腕の存在に目を向ければ、ゆらゆらと睡魔の波に漂っていた。
「・・・先輩は、もう・・・仕方ないなぁ・・・・・・」
 譲が額を抑えた。
「寝ているはいいとして。知盛とは向こう。後は皆適当に座ってくれ」
 将臣が九郎たちに席を勧める。各自膳の前に腰を下ろした。

「なんだ、本当なら色々挨拶だの祝辞を言うんだろうけどな。俺はそんなの知ら
ないし。だから、簡単に済ませ・・・・・・」
 将臣が話している途中で、の目が覚めた。
「・・・いい匂いがするぅ〜。これって焼売?何だろ?」
 の目は、目の前のお膳に釘付け。
「・・・クッ、。将臣の挨拶の途中なんだが?」
「へ?あれれ?いつ着いたの?お腹空いたよぉ〜、早くしてよ!将臣くん」
 の所為で進行が遅れたのだが、いつもの事とばかりに将臣は受け流す。
「あ〜ったく、お前は。知盛との結婚を祝して!朝飯食おうぜ。酒は明日の
花見の時に、いくらでも飲んでくれ」
「わ〜い。いただきま〜す」
 の声にあわせたように各自が箸を持ち、食べ始めた。
「すごぉ〜い。これって小龍包だよ〜。譲くん、天才!」
 が一口で食べる。
「んふふ〜、おいしぃ。あ、これ中が熱いから注意してね」
 の様子を見ていた白龍が、真似をして一口で食べる。
「・・・ひゃ!・・・・・・・・・熱いけど、おいしいね」
 白龍が口を忙しく動かす。
 ヒノエなどは見たことがなくても箸をつけることができるが、九郎は周囲を窺い
ながらと、それぞれの性格を反映した食べ方だ。

「食べるの疲れた〜」
 衣が重いは、ぐったりと背中を知盛へ預けた。
「・・・今日はこれから内裏だ。食べないとまた腹が鳴るぞ?」
 意地悪くの耳元へ囁いた。
「・・・・・・食べさせてあげよ〜とか、優しい心遣いはないの?」
 の発言に、周囲の箸を持つ手が一瞬止まる。
「・・・・・・花嫁がお望みならいたしましょう」
 片手で膳を引き寄せ、親鳥よろしくの口へ料理を運ぶ。
「ん。おいし・・・・・・・・・・・・次は、あれ。春巻きぃ。知盛も食べなよ」
 知盛に食べさせてもらっておきながら、食べない知盛を心配する
 朔は俯いて笑い、九郎は絶句していた。
 他の者たちは、見て見ぬふりと抜かりない。
 箸を持って食べさせる人物が逆だったとしても、新婚さんの朝ご飯は定番通り
に済んだ。



「で?今日は知盛とが挨拶だけで退出していいんだよな」
 将臣が弁慶へ確認をする。
「ええ。帝がさんの花嫁姿を見たいでしょうし。我々は帰れませんけどね」
 に会った後、『帰るな』と帝が言ってもそれは弁慶の預かり知らぬ所。
 知盛が何とかするだろうと、特に策があるわけでもない。
「帰れないのは別にどうでもいいんだけどな。・・・子守しないと」
 声を立てて将臣が笑った。
「その前に・・・・・・一度を東の対で休ませたいんだが」
 このまま内裏にでは困るので、知盛が口を挟んだ。
「はあ?寝る時間なんてないぞ?」
 将臣が知盛を見る。
「・・・別にを寝せるわけじゃない。支度を直すのと紹介くらいはするもんだろ」
「私も手伝わせていただきますわ」
 朔も申し出た事により、少々食後の休憩を取ることになった。

「すぐ戻る・・・・・・」
 を抱き上げて簀子を歩く知盛の後を、朔が着いて歩いて行く。

「・・・・・・いいのか?」
 許可をしたものの、時間が心配な将臣は弁慶の方を向く。
「ええ。僕も少し席を外させていただきますね。ヒノエ、頼みましたよ」
「どうして俺なんだよ、わっかんないな〜」
「いいから。こちらで皆様と・・・ね」
 弁慶が部屋から出て行った。
「・・・・・・何?」
 ヒノエが景時を見ると、景時が困った様に笑う。
「あ〜、まぁ・・・・・・女の子の事情ってやつ?」
 景時の言葉で全てを理解したのは、ヒノエと将臣だけだった。



「・・・知盛・・・・・・ありがと」
 抱き上げられて連れられているが、知盛を見上げる。
「・・・・・・礼なら、違うものがいい」
 知盛の言葉に、が知盛の頬を引っ張った。
「せっかく感謝したのにぃ・・・・・・もう知らない」
「冷たい北の方様だ」
 礼が貰えないなら、勝手に貰うと言わんばかりにの唇を掠め取った。
 二人の様子を後ろから朔が見守る。
「・・・朔殿。こちらの部屋を朔殿にと考えているんだが」
 の部屋の手前の対。
「えっ?私に・・・ですか?」
「いつでも遊びに来て頂けるようにと。殆どが梶原邸へお邪魔する事になると
思いますが」
 知盛がに視線を合わせると、既にの頬はいい具合に膨れていた。
「・・・いいでしょっ。あっちは実家なんだし。お転婆しても怒られないもん」
 叱っても聞かないとは知盛も朔も言わないでおいた。
「ほら。お前付の女房に紹介しよう」
 部屋の前に控える女房が二人。足音でここへ先に控えていた様子。
「俺の北の方が今日からこちらへ移られる。よろしく頼む」
 二人の女房は、より深く平伏すと、それぞれ自己紹介を始めた。
「近江と申します」
「常陸と申します」
 も自己紹介をした。
「えっと・・・・・・です。よろしくお願いします」
 近江が御簾を上げ、三人を中へ通す。
 常陸が客人の分も含めて座る場所を整えた。
、今日からはじゃないだろう。間違うなよ」
「じゃ、私ってば何?」
「新中納言が室の
 が首を傾げた。
「・・・・・・私、オマケみたい」
「・・・嫌か?」
「ううん。嫌じゃないよ。奥さんだもんね」
 知盛との様子を見て、見慣れないものは絶句。
 近江と常陸も、それなりに衝撃だった。
 知盛の過去を知るものならば、当然の反応だろう。
「・・・すまないが、の支度を直してやってくれ。詳しくは朔殿に従ってくれ」
 知盛はを抱えて寝所へ入ると、を褥の上に下ろす。
「知盛?」
「安心しろ。向こうにいるから」
 そのまま知盛は部屋へ戻った。



 しばし時間を潰すべく、簀子へ出で庭を眺める知盛。
 弁慶がこちらの対へ渡るのを見つけ、軽く手を上げる。
「・・・薬でも届けに足をお運びかな」
「わかりましたか。そろそろ残りも少なかったかと。その様子なら大丈夫そうですね」
 弁慶が知盛に薬の入った袋を差し出す。
「・・・気が紛れてれば大丈夫そうだ」
「ぜひお願いします。そろそろヒノエの話のネタも尽きた頃でしょうし」
 弁慶が肩を竦める。
「それは悪い事を。熊野別当殿なら、話題を選ばなければ千夜でも話せましょうに」
「おやおや。バレましたか。・・・こちらの庭は、日当たりがいいですね」
 一通り季節を楽しむようには設えてあるが、春を一番意識した造りだ。
「・・・弁慶殿の指示だろ?俺はここへ住むだけだ」
 知盛が弁慶を見上げた。
さんには、春が似合うと思いましたから。答えは見つかりましたか?」
「いや。景時殿と朔殿に任せるしかなさそうだ。しばらくは封印も無しでいいんだろ?」
「どちらにしろ、さんは三日は無理でしょう。それに、こちらへ落ち着くまでは」
 大きな溜息を知盛が吐いた。
「・・・クッ、耳の痛い話だな。将臣にも言われたよ」
「過去は消せませんからね?」
「何とかなるさ。アイツは・・・はこれからの俺の全てをご所望だからな」
 頷くと、弁慶は将臣の対の方へ戻って行った。
(先に問題を起こすように仕向けるかだな───)

 知盛の乳兄弟である三条が姿を見せた。
「若君」
「・・・・・・何だよ」
 立ち上がらずに三条を見上げる知盛。
「あら、冷たい。母が怒ってますわ。若君の北の方を紹介していただけないのかって」
「お前の母より、帝が先だ」
 三条は知盛の隣に腰を下ろした。
「若君は・・・大切なものを見つけられたのね?」
「・・・・・・ようやくな。お前は・・・まだみたいだな」
 知盛の視線の先にあるものは、からのヒナスミレが植えてある場所。
「嫌味な言い方。母には後日改めてと言っておきますわ」
 立ち上がると、知盛の部屋がある対の方へ簀子を歩いて去って行く。
「・・・・・・改めるような日は持ち合わせていないんだがな」
 改めるくらいなら、一度で片付けるに限る。
 知盛は立ち上がると、の様子を窺うべく部屋へ戻った。



 座って常陸に髪を梳かれている。朔を相手に楽しそうにしゃべっていた。
 構わず割り込むと、を抱きしめる知盛。
「・・・・・・知盛?」
「・・・・・・もう・・・痛くないのか?」
 頷いて返事の替わりにする
「・・・・・・そうか」
 から身体を離し、朔に向き合う知盛。
「・・・至らないところがあるかもしれないが・・・・・・」
 今後、何かあった時にが駆け込む先は間違いなく梶原邸である。
 正直、に関しては知盛にも完璧に自信があるわけではない。
 言葉を迷っている知盛の気持ちを察して、朔が諾の返事をする。
「大丈夫ですわ。そうですね、が脱走した時は、捕まえるお手伝いをいたします」
 知盛の言いたい意味を理解しつつ、焦点を暈す朔。
「ちょっとぉ〜!そこ、二人!!!私の事、珍獣扱いしてるぅ〜」
 が床を叩く。やや拗ね加減。
「・・・仕方ないだろう。俺がを探すのにも限度がある」
「へ?どうして探すの?」
 首を傾げるを抱きかかえて立ち上がる知盛。
「オマエが俺に探せと言ったんだ。そろそろ行くぞ」
 ようやく昨日の内裏での出来事を思い出す
「あ゛・・・・・・」
 二人の後ろを歩く朔が笑うと、が不満を漏らす。
「朔ぅ・・・どうして笑うのよぅ・・・・・・」
「だって・・・を探すのなんて大変ですもの。知盛殿の苦労を考えると・・・・・・」
 俯きながら笑いつづける朔。
「・・・・・・どうして朔が知ってるの?」
 内裏に朔は居なかったはずである。
「兄上に決まってるじゃない。隠れたい時は家に来てね。何日でも閉じ込めてあげる」
 顔は笑っているが、本気で手足を縛られて閉じ込められそうな朔の言葉に、
大人しくなった。
「・・・へーきだもん。ちゃんとお作法覚えるもん・・・出来るもん・・・・・・」
「ぜひ、そうしてくれ」
 知盛にキスされ、いよいよ大人しくなった。しっかりと知盛の首に腕を回す。
「いいもん。二人とも私を馬鹿にして。すっごいおしとやか〜な奥さんするから」
 出来そうもない事をぶつぶつと呟いているが可笑しく、つい微笑んでしまう朔。

(そうね・・・貴族のお邸暮らしもだけど。知盛殿の過去も大変そうね)
 知盛が言いたかったのは、過去の清算だろう。
 が誤解した時に、どういう行動をとるかは一目瞭然。
 他にも、作法など大人しく出来るとも思えない。
(家へ来てくれるといいんだけど・・・意地っ張りだから、心配)
 今の出来事を景時に報告して式神をつけてもらうように頼もうと考える朔。
(知盛殿が兄上に頼むかしら。でも、が見つからないのだけは困るもの・・・・・・)
 春色に染まる庭を眺めながら、朔は知盛を応援する決心を固めた。



「おっ、来たな。何だ、大人しくなって」
 将臣が、静かに知盛にしがみついているをからかう。
「・・・いいでしょ。知盛の奥さんは、とってもおしとやかって評判になるようにしてるの」
 一斉に横に首をふりたかっただろうが、思い止まる八葉の面々。
。そういうのは、付焼刃って言うのよ。ちゃんとお作法覚えないとね」
 静かなだけでは意味がないとばかりに、朔がと視線を合わせた。
(せっかく大人しくなってるのに!)
 冷たい汗が流れる者、数名。
「・・・・・・うん。ちゃんとする、明日から。今日はこれでいい?」
「檜扇をお忘れでしてよ?お顔はあまり外では見せないようにね」
 朔に檜扇を手渡される
「簀子とかで隠せばいいんだよね?」
「牛車に乗る時も、降りる時もよ。知らない人が居る場所は全部」
「はぁ〜い」
 素直にが返事をすると、敦盛が薄衣をに渡す。
「なあに?」
「知盛殿にかけてもらえば・・・・・・姿もあまり見せるものではない」
「うぅ・・・急に大変になった」
 が顔を顰めるのを見て、その場にいた者たちが笑い出す。
!今までが自由すぎたんですっ!!!」
「うひゃっ!お兄ちゃんが怒られないから、妹にきたよぉ〜。景時さぁ〜ん!」
 知盛に抱きついて顔を隠す
「そんな事言ったって・・・何もしてないのに朔に叱られたら、オレだって可哀相だよ」
 景時の眉が下がった顔が、益々仲間の笑いを誘う。
「何かしてでも妹を庇うのっ!」
「えぇ〜〜っ!?そんなぁ〜〜〜」
 一頻り笑った後、いよいよ内裏へ向けて出発する。



「軽〜く挨拶したら済むからな。少しの我慢だ」
 牛車に乗るに声をかける将臣。
「うん。大丈夫だよ」
 行列の先頭へ将臣は戻って行った。

「知盛、内裏までどれくらいかかるかな?」
「・・・半時くらいだろ。いいから寝てろ」
「うん」
 知盛の肩に頭を預けて目を閉じる

 

 源氏の神子の嫁入りの話題と、明日の花見の一般解放の話題を振り撒きながら、
一行は大内裏へ入って行った。





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 あとがき:やっぱり将臣くんは便利キャラだ〜。朔ちゃんも好きです♪知盛くんは過去の悪さがバレ・・・るのか?!(笑)      (2005.6.8サイト掲載)




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