お引越し





「知盛殿」
 呼ばれて知盛が振り返る。
「あの・・・・・・の機嫌が悪くて・・・・・・」
 申し訳なさそうに朔が頭を下げた。
「・・・薬が効かないとか?」
 朔の目が見開かれた。
「まだ・・・今飲ませたばかりなので・・・・・・動きたくないと・・・・・・」
「わかりました」
 立ち上がると、知盛は寝所へ足を踏み入れた。

 見れば可愛らしく唐衣裳を着て座っている。ほんのり化粧もされていた。
「痛いーーー!」
 せっかくの化粧も台無しな程の剥れ顔のが、知盛を見るなり叫ぶ。
 知盛が溜息を吐く。
(月の穢れか・・・・・・)
 確かに少々支度に時間がかかってはいた。
「折角綺麗にしてもらったのに・・・そう膨れるな」
 の前に座ると、頬に手を添える。
「・・・痛い・・・痛い、痛い、いーたーいーっ!」
 知盛の直衣に、がしがみ付いた。
「・・・今日は歩かなくていいから」
 知盛がを抱き上げて立ち上がる。
「似合ってる」
 に口づけると、寝所を出て行く知盛。
 部屋では、景時が待ち構えていた。

「あれ〜?どうしたの、ちゃん。調子悪い?」
 景時が心配そうに知盛に抱きかかえられて座るを見ると、後ろから朔に頭を
叩かれた。
「痛っ!・・・朔〜?」
「気にしなくていいんです!」
 ピシャリと景時を黙らせる朔。
「ほら・・・これならいいだろ・・・・・・」
 知盛はを膝に乗せると、胸に寄りかからせ片手をの下腹にあてた。
「うぅぅぅぅぅ・・・・・・」
 唸りながら、知盛に抱えられるを、朔が心配そうに見つめる。
 船旅の疲れもあるのか、常よりも症状が重そうだった。
「もう少ししたら薬が効いて楽になる・・・大人しくしてろ・・・・・・」
 目を閉じているの瞼にキスをする。
 が腹部にあてられている知盛の手の上に、自分の手を重ねた。
「うぅ・・・・・・痛い・・・けど・・・あったかぁ・・・・・・」
 景時もが病気では無いと気づき、それならばと前へ進み出る。
「この度は我が家の姫を娶り下さり、今後も・・・って・・・家に通わないよ、知盛殿は」
 挨拶が途中になる景時。朔に腕を抓られた。
「い、痛いって〜。だってさ〜、今気づいたんだし・・・・・・」
 景時と朔の遣り取りに、が笑い出した。
「変なの〜。今後もなあに?」
 が景時を見ると、景時が頬を指で掻きながら答える。
「その・・・マメに家に通ってねって・・・・・・なるんだけど・・・ちゃんはさ、お嫁に
行くから違うんだよね。オレの妹を、末永くよろしくって感じ?」
「兄上!!!」
 景時のあまりに軽い口調に、朔の目がつり上がる。
「だってさぁ〜〜〜」
 このままでは景時に朔の雷がという寸前に知盛が口を開く。
「・・・大切な妹君をお迎え出来て、ありがたいですよ。兄上?」
 の手を取り、キスをする知盛。景時の顔が真っ赤になった。
「あ、うん。その・・・とっても、とっても大切な妹だから。居なくなっちゃうと家が静かに
なっちゃうかな〜っていうくらいなんだよね。その・・・・・・」
 言ってから景時自身も気づいた。の明るさで、どんなにこの家が居心地の良い
場所になっていたかを。
 朔も、元の静かな、景時だけが無理にはしゃぐ家に戻るのだと改めて考えていた。
「それって、それって!私が居なくて静かでいいな〜ってことぉ?!」
 しんみりしそうな空気を、がぶち壊す。
「・・・クッ、違うだろ。の声がしない家は寂しいって事だ・・・・・・」
 知盛がを抱え直し、景時と朔の代りにに告げた。
「でもさ、毎日でも遊びに来ていいんだよね?だから、寂しくないよ」
 が俯いてしまった景時に確認をする。
「それは、そうなんだけど・・・・・・あ!」
 景時が顔を上げると、知盛と目が合ったが、そのまま視線をに移す。
「肝心な事をちゃんに言うの忘れてた〜。知盛殿の前で言うのも何なんだけどさ。
行儀作法とか、教える時間なかったから。そういうのはあっちでもいいと思うんだ。でも、
舞はどうする?今まで通り、朔がよければそれはそれだし。剣の稽古も続けるなら、リ
ズ先生にも言わないとだし。ついでにさ、もう少しちゃんが楽になるように、オレが
陰陽術を教えようかな〜とも思ってたんだけど。どうする〜?」
 新しいもの好きのが飛びつかないハズがない。
 先程まであんなに痛がっていたのに、知盛の膝から降りて床をずりずりと景時の前ま
で移動する。
「陰陽術、教えてくれるの?花火とかも?あんなの出来ちゃう?」
 期待に満ちた目で景時を見上げる
「あはは〜、そんなすぐには無理だけど。少しずつ覚えたら、いつかは・・・ね?」
「やるーーーーっ!どうしよ、こっちに来た方がいいよね。毎日来る〜〜!」
 景時に飛びつきそうな勢いのを、背中から知盛が抱き寄せ、また元の姿勢に戻る。
「ね、ね、知盛。いいよね?ぱぱぱって、すごいんだよ。出来るようになったら、見せてあ
げるよ〜」
「わかったから・・・・・・そんなに動くな」
 今度はしっかりとを抱えた。
「まあ、毎日とはいわなくても。お互い都合がいい時に、都合がいい場所ですればいいと
思うんだ。ほら、剣の稽古なら京都守護邸でもいいよね?そんな感じで、楽〜に考えて
ちゃんがしたいようにしようね」
 景時の提案にが手を打つ。
「それいい!そう、そんな感じ好き〜。知盛も一緒に稽古すればいいんだよ。リズ先生は
すごいんだから」
(どうして俺まで・・・・・・)
 先程まで月の穢れで不貞腐れていた人物と同一人物とは思えないほどのはしゃぎ様に、
知盛は静かにの頭を撫でた。
「・・・クッ、わかったから。義経殿に挨拶しないとな」
 知盛の言葉で、景時が叫ぶ。
「うわ〜!忘れてたよ!!!向こうの部屋で源氏の大将の名代として九郎が待ってるん
だった!慌ただしくて、ごめんね〜〜」
 景時の先導で、客間に向かえば不機嫌を絵に描いたような九郎が座っていた。
「景時!昨日あれほど打ち合わせをしただろうが!!!」
 景時を見るなり怒鳴りつける九郎。
「ごめんね〜〜。ほら・・・つい、うっかりってやつ?」
 しれっとしながら九郎の側へ腰を下ろす景時。
「九郎。今日はさんのおめでたい日なのですから。穏やかに・・・ね?」
 まだ何か言いたそうな九郎だったが、弁慶に諭され静かになった。
「・・・そうだな。大変失礼致しました。婚儀も恙無く済ませられ、おめでとうございます。こち
らに、鎌倉より文を預かっております。我等が神子姫を、よろしくお願い致します」
 知盛に頭を下げる九郎。九郎の正面にを抱えた知盛が座っている。
「これはご丁寧に・・・・・・鎌倉殿から?」
 差し出された文箱を開け、文を読み始める知盛。首を伸ばして覗く
「うわ〜〜〜ミミズってる・・・・・・」
 九郎が怒りそうになるのを、弁慶が手で制した。
「・・・・・・これは。ぜひ北の方より返事をと思いますが」
 知盛がに文を手渡した。
「どうして私?こんな達筆読めないよ?」
 知盛の視線が弁慶へ移る。
(雨の件が伝わったのか・・・・・・)
 どこかから内裏でが雨を降らせた件が、鎌倉の頼朝に伝わった様子。
 九郎は気づいていないだろうが、弁慶ならこのような文くらいは盗み見ているだろう。
 ありのままをに伝える事にした。
「・・・謎かけだ。神子の力は移りしものかと。源氏から平氏への力が移ってしまったの
だろうか?という内容の歌だ。返事は?」
 が目を瞬かせた。
「変なの、頼朝さんって。私の力は私のもので、誰のものでもないよ?龍神の力も、そうだよ。
龍神のもので、誰のものでもない。源氏も平氏も関係ないのに、意味不明〜〜〜」
 動揺を隠せない九郎をよそに、弁慶が進み出た。
「では、その様に返事を。景時が兄代わりですからね、代筆頼みましたよ」
「御意〜〜〜」
 の一言によって、鎌倉の疑念は晴れるだろう。源氏は同族で戦ってきた一族だ。
 かなり疑り深いのは仕方ないが、弁慶に言わせれば頼朝は甘い。
(頼朝様も・・・さんをきちんと理解して下さればいいんですけどね・・・・・・)
「九郎。さんに言葉はないんですか?」
「なっ!そ・・・その・・・・・・」
 頼朝の文の内容が信じられず、考え込んでいた九郎は言葉を用意していなかった。
「こういう時は!すっげー最高に綺麗だぜ、姫君って言えばいいんだぜ?九郎」
 客間の戸口にヒノエとリズヴァーンが立っていた。
「ヒノエくん!どうしたの?先生も!」
 の傍まで歩くと、手を取るヒノエ。
「花嫁行列の護衛に。お供に加えてくださいますか?姫君」
「もちろん!先生もすいません・・・・・・」
 がリズヴァーンを見る。
「気にするな・・・・・・」
 リズヴァーンが先に部屋を出て行った。
「それじゃ牛車の準備も出来たようですし。さんの嫁入り行列と参りましょうか」
 弁慶の先導で仲間が動き出すと、知盛がに動く合図をする。
「・・・参りますよ、姫」
「うん」
 が知盛の首に手を回すと、そのまま抱き上げられた。
「具合はどうだ?」
「朝ほどは痛くないよ。いつもすっごくよく効くもん、弁慶さんの薬」
「そうか・・・ならば少しだけ我慢しろ」
 を抱えて牛車へ乗り込む知盛。
 平氏の邸まで遠くは無いのだが、京の人々に知らせるためにわざと華々しく移動する。
「将臣たちが、朝餉を用意して待ってるから・・・・・・」
「そうだった!朝ご飯まだだよ〜〜〜。何かな〜、譲くんのご飯」
 薬は効いているのだろうが、動きが鈍いは大人しく知盛に抱えられている。
「・・・クッ、皆でがいいんだろ?北の方は」
「えっ?!皆で食べられるの?朔も?」
「ああ」
 が知盛にキスをする。
「ありがと。すっごい嬉しい」
 その時、のお腹の音が鳴る。
「・・・・・・ご飯、すぐ食べられるかな?」
「・・・クッ、そっちが先か」
 仲良く語り合いながら新居を目指す。



 久しぶりの全員集合となる朝餉まで後少し。
 の機嫌が持つかは、邸の主である将臣の采配次第───
 





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 あとがき:何気に望美の性格をよくご存知の皆さん(笑)知らぬは本人ばかり。     (2005.6.1サイト掲載)




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