誓いの日 「ね〜、まだ怒ってるの?機嫌直しなよ〜」 「・・・別に・・・・・・」 「もぉ!知盛、歩くのはーやーいっ!!!」 手を繋いでいたため、が止まると知盛の手が引っ張られた。 「・・・なんだよ」 「ちゃんと謝ったのに、まだ怒ってるんだもん。もうしないよ〜、約束は守るよ?」 二人の距離は、それぞれの腕の長さ分離れていた。 「・・・・・・そうじゃない、俺自身に腹立たしいんだ」 すこし強引にの手を引き、再び歩き始める知盛。 「知盛が怒る理由ないじゃん。そういえばさ、どこへ行ってたの?」 早足で知盛の隣に追いつくと、知盛の顔を見上げる。 「・・・・・・そうだな・・・これを買いに・・・・・・」 に貝殻が手渡された。 「貝殻〜?海行ってきたわけじゃないよね?」 の手の平にのるような、小さな貝である。 「・・・クッ、これはなここを開けるんだ」 貝の蓋を知盛が開けた。 「わわ!これ・・・口紅?ピンクだ〜〜」 そっと指へとり、手の甲へつけてみる。 「そこじゃないだろ、つけるのは」 知盛が小指で口紅をの唇へのせた。 「ん〜〜ちゃんとついてる?鏡ないからわかんないな〜。似合う?」 「俺が選んだから似合う」 知盛がの唇を掠め取った。 「そういう事にしてあげる!早く帰ろ〜、景時さんたちを追い抜いちゃおうよ〜〜」 が知盛を急かすと、知盛が肩を竦めた。 「それなら。馬で帰ってきたばかりだからな・・・・・・どうだ?」 「OK!それいい!驚かせよ〜」 知盛は馬を繋いである中務省への手を引いて急いだ。 「知盛〜、いつもと道が違うよ〜?」 知盛にしっかりと抱きつきながら、馬上で流れる風景が違うことが気になる。 「・・・同じ道じゃ、追い越したのがバレちまうだろ?」 恐らく今頃は景時と譲が歩いているだろう大路を外して、東から梶原邸へ向かう二人。 「そっか!玄関で待ち伏せとかしたら驚くかな?」 景時の慌てぶりを想像して、の機嫌は急上昇。 「・・・だったら、先に部屋で休んでいる方が、青い顔が拝めそうだ・・・・・・」 口の端を上げる知盛。 「知盛ってさ〜、ほんと景時さんに意地悪だよね。どうして?」 首を傾げる。 「・・・クッ、お前だってそうだろ。梶原殿は・・・反応が面白くてな」 「ん〜、ヒドイよそれ。でも確かに楽しい、景時さんの反応」 笑い合っているうちに、梶原邸へ到着した。 「朔〜、ただいま〜〜〜」 が玄関へ駆け込む。知盛は、警護の者に馬の手綱を預けてから玄関へ入る。 「?!早かったわね」 奥から出てきた朔が、と知盛を迎え入れた。 「うん!でね、お部屋でお昼寝しててもいい?」 「え、ええ。ところで・・・兄上は?」 「置いてきちゃった!じゃ、部屋行くよ〜。知盛、早く!」 が自室へと駆け出した。 「・・・はい、はい。すぐに参りますよ、姫君」 のんびりと足を洗って、手拭で拭きながら朔を見る知盛。 「・・・・・・何か?」 「すまないが・・・が眠った頃、景時殿と来てもらえないか?」 朔が頷いた。 「何か大切なお話ですのね。兄にも伝えます。・・・早く行かないと・・・・・・」 朔の視線の先を追うと、がひょっこりとこちらの様子を窺っていた。 「・・・どうした?」 簀子をがいる方へ歩き出す知盛。 「内緒話してた〜〜〜」 の頬がふくれた。 「朔殿に・・・紅のつけ方を教えてやって欲しいとお願いしてたんだがな?」 の微かに口紅の残る唇をみて、朔も話を合わせる。 「明日は私が綺麗にお化粧してあげるからね。でも!ひとりで出来るようにならないとね?」 朔に微笑まれ、が真っ赤になって俯いた。 「だ、だってさ・・・口紅は初めてだったんだもん。リップとかはね、いつも塗ってたけど」 もらった口紅を手の平の上で指でつつく。 「はい、はい。お昼寝するんでしょう?なくさないように紅は寝る前にしまいなさいね」 帰りの遅い兄を迎える準備をすべく、朔は奥へ下がっていった。 「・・・ほら。行くぞ」 を抱き上げ、部屋へ足を進めた。 「ね、ね。抱っこして、抱っこ」 に言われるままに、に衾をかけて横抱きにする。 「温か〜い・・・・・・どうして眠いのがわかるの?」 知盛に寄りかかりながら目を閉じる。 「・・・さあ・・・・・・どうしてだろうな・・・・・・・・・・・・」 知盛なりの仮説はあるが、には言わずに黙って髪を撫でる。 「昨日みたく・・・起こしてね?」 「・・・クッ、それはの腹が鳴らなきゃ無理そうだな・・・・・・・・・・・・」 が知盛の腕を抓った。 「意地悪!そういうのは、聞こえないふりするもんなの。ちゃんと優しく起こしてね・・・・・・」 の意識はもう途切れ途切れになっていた。 「・・・・・・わかってる」 の鼻先に口づけると、しっかりと抱え直した。 やや遅れて帰宅した景時と譲。 「ええっ?!先に着いてるの?」 物凄い驚きの姿勢をとる景時。何もそんなに驚かなくてもいいだろうにと思う朔。 「馬で帰ってきましたわよ?もう部屋で寛いでますわ」 景時が埃を払った手拭を受け取りながら、しっかりと事実を告げる。 「大変だ!俺、先に台所へ行きますね」 夕飯の支度の為に譲が慌てて台所へ向かった。 「・・・兄上。知盛殿がお話があるらしいの。今からよろしいかしら?が寝た頃にって」 「へ?オレに?朔ならともかく・・・・・・」 景時が首を傾げる。 「私も同席します。そろそろが寝た頃だと思うし・・・・・・」 景時を見上げる朔。 「御意〜ってね。なんだかわかんないけど、行こうか」 「着替えてからね。埃っぽいままでの部屋へ行かないで」 「はい、はい」 まずは景時の部屋へ二人は向かった。 「知盛殿、よろしいかしら?」 部屋の入口で朔が声をかける。 返事がないと言う事は、は寝ていると考え、そろりと足を踏み入れる。 再び寝所の前で声をかける朔。 「・・・・・・すまない、こちらへ。は簡単には起きない」 静かに景時と朔は寝所へ入ると、が知盛に抱えられて眠っていた。 「わ・・・よく寝てるね」 知盛に背中を預けて、気持ち良さそうに寝ている。 見ている方が幸せな気分にさせられる。 「・・・この件で話があるんだ」 知盛が景時に視線を移す。 「へ?眠ってるんだよね?」 景時が知盛からに視線を移し、そのまま朔と顔を合わせる。 朔もわからないのか、首が横にふられた。 「俺の推測でしかないんだが・・・もともとよく眠るんだと思う。将臣も譲も特に変だとは思って いないようだしな・・・・・・」 景時が頷く。確かには最初からよく眠る方だった。 「ただ・・・五行の力が怨霊で汚されていたり、龍脈が弱っている時にも龍神の力を使っていた だろ?それには、かなり自身の力を使って封印をしていたんだと思う。つまり、少ない気を かき集めて大きな力にしていたと考えてもらえば・・・・・・」 「あ〜、なる程。わかった気がする」 知盛の言葉で、最近のの力について景時にも理由がわかった。 「だからあんなにものすごい力になっちゃうんだ・・・・・・」 景時の呟きに、事の次第がわからない朔が首を傾げた。 「そう・・・だから、龍神の力が戻り、龍脈も正常になった今、前と同じ分量の力を使って龍神の 力を使えば、大きすぎるんだ・・・の身体には」 知盛の説明に、朔の目が見開かれた。 「眠そうな時には二種類あって。単に眠そうなのは、もともとの事だと思う。だが、今のように身 体が冷たくなって眠いのは・・・・・・」 「龍神の力を使った後ってわけか・・・・・・力の加減の仕方を覚えないと、ちゃんの身体が もたないね」 「冷たい・・・・・・」 朔がの手の甲を撫でた。 「・・・しかも、確実に一時から一時半は起きない。この間に何かあったら・・・・・・」 知盛がの頬を撫でる。 「それでか・・・清涼殿でのあれは。少しはちゃんも気をつけてくれるだろうけどね」 「すまなかった。他に方法が思いつかなかった・・・・・・コイツに気にさせるのは本意じゃなかった んだが・・・・・・」 景時が顎に手を当てて考える。 「そうだな〜、陰陽寮にいい文献があるか調べるけど。五行の使い方を覚えてもらわないと難し そうだよね。オレが少しあたってみるよ」 「すまない・・・たぶんチビはわからないと思う。だから・・・・・・」 知盛の視線に、景時と朔が頷く。 「私も何か調べてみます。もちろん白龍には秘密で。白龍は始めからあの姿だったから・・・記憶 や知識が失われているんだと思うの・・・・・・」 朔が景時を見る。 「黒龍は大きかったもんね。確かに白龍は知らなさそうだ。オレたちで出来る限りの事をするから。 ど〜んと任せちゃってと断言は出来ないけどね。何とかしないとね」 調子よく景時が請け負った。 「よろしく頼む・・・・・・それと、朔殿に、あちらの邸に来てもらえないだろうか?」 知盛の言葉に、景時の口が開きっぱなしになった。 「それは・・・どういう・・・・・・」 朔はしっかりと理由を知盛に訊ねる。 「出仕をサボればコイツが剥れるだろうし・・・・・・かといって、昼間抜け出す可能性もある。だからと いって譲に頼んでも、譲は男だ。チビは論外」 「にずっとついていられるのは、女性じゃないと嫌ってことなのかしら。だったらお邸の女房殿で もよろしいのでは?」 知盛のあまりの言い様に、笑いを堪えながら朔が続きを訊ねる。 「・・・・・・に撒かれるような女房じゃ意味がないんだ。朔殿の言う事だけはよく聞くからな」 知盛がの頬をつついた。少し動くが、まったく起きる気配はない。 「そうなると、家が母上だけになっちゃうからな〜。少し考えさせて欲しいな」 復活した景時が、話に割り込んだ。 「もちろん・・・無理にとは言わない。そういつも頼むのも悪いしな・・・・・・」 の髪を愛しそうに梳く知盛を見て、朔が微笑む。 「の事、よろしくお願いします。そろそろ失礼しますね。あまりお邪魔しては悪いから」 景時の肩を叩き、静かに寝所を退出した。 知盛は二人が出て行った戸を見つめる。 「俺には何の力もない・・・・・・役に立たないな・・・・・・」 今まで自分に出来ない事はないと思っていた。 それなりに集中すれば、大抵の事は人より上手く出来る方だった。 「八葉だったら・・・・・・お前の事を守れるのか?」 返事があるわけがないのだが、ついに問いかけてしまう。 「どうして俺を選んだ?」 の頬に触れると、いつもより早く体温が戻ってきていた。 「何か言えよ・・・・・・」 その時、の口が動いた。 「知盛・・・抱っこして・・・・・・」 の肩に顔を寄せる。 「・・・クッ、今してるだろうが・・・・・・他にあるのかよ・・・・・・」 が眠っているのをいい事に、言い返してみる。 「・・・返事はなしか・・・・・・俺も少し休むか・・・・・・」 の身体を褥に横たえた。 知盛も衾を被って横になると、の頭を腕に乗せる。 他人に対して、初めて劣等感を持った知盛。 落ち着かない感情の正体。 「退屈はしないが・・・・・・大忙しだ・・・・・・」 静かに目を閉じ、浅い眠りについた。 何を犠牲にしても、の為に─── 知盛、密かなる誓いの日。 |
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あとがき:望美ちゃんはのん気です。知盛くんが一生懸命守るのでした。 (2005.5.24サイト掲載)