誰のため?





「どうした、今朝は機嫌が良さそうだな?」
 将臣が知盛に声をかけた。
「・・・・・・まぁ、悪くはない」
 あまりにそっけない返事に、悪戯心が湧き上がる将臣。
「だよな〜、明日には妻帯者だしな。にやけるのもわかるケドな!」
 そんな将臣の言葉には返事をせず、昨日から考えていた事を述べる知盛。
「・・・兄上、ひとつお願いがあるのですが?」
 将臣が両手で自分を抱きしめて身震いした。
「うわ、さむっ!お前が兄上って言う時は、マジでロクな事ないからな〜」
 将臣の肩をしっかり掴む知盛。
「・・・・・・東の対に・・・朔殿の部屋をと考えているんだが・・・・・・・・・・・」
 将臣が固まった。
「お、お前まさか!朔に手を出したのか?!」
 顔面蒼白の将臣。
「・・・・・・は?どうしてそうなるんだ・・・・・・が退屈だろうから、いつでも朔殿が気兼ねなく
来られるようにと思ったんだが。へえ?兄上は、俺をそういう風に見ているわけか・・・・・・」
 顎に手をあて、不敵な笑みを浮かべて将臣を見つめる知盛。
「・・・・・・お前の過去を考えたら、誰だってそう考えるだろうが。実は心配なんじゃないのか?
こっちの邸には、昔のお手つき女房もいるしな?」
 態勢を整え、逆に攻撃を仕掛ける将臣。
「さあ?俺には後ろ暗い所等、何一つございませんよ、兄上」
 軽く手を上げて、さっさと仕事を始める知盛。
「・・・・・・かわいくね〜。ばらすぞ、に」
 知盛の過去を暴露したところで、何かが変わるとも思えない。
 ささやかな嫌味を知盛の背にあびせる将臣だった。



「今日はどこへ行くの〜?」
 知盛から恋文をもらい、返歌も果たし。
 朝ご飯もしっかりと食べたは、やや元気すぎな様子。
「野宮、松尾大社、蚕の社ってとこかな。後は途中を適当に〜〜〜」
 景時が本日の行き先を述べる。ただし心中は穏やかではない。
「今日は西なんですね。ところで・・・南と東はどうするんですか?」
 譲が疑問を口にした。
「南から東は水路の拠点だったよね?つまり、オレたちが京へ来るまでに通った所なわけ。だ
から、慌てなくても大丈夫らしいんだよね。ヒノエ君の部下の調査によれば」
 力が弱っていた怨霊は、が通っただけで退治されてしまったとは言わないでおいた景時。
「やった〜!じゃ、今日しっかり頑張っちゃったら、後はお花見の後でいいって事だよね?」
 が景時に確認すると、首が縦にふられた。
「しかぁーし!ちゃん、力加減よろしくね?」
 にさり気なく進言してみる景時。
「もっちろんだよ!早く封印して、知盛を迎えに行こ〜っと。明日は・・・知盛いるんだ
 スキップで道を進むを、景時と譲は呆然と見つめる。
(今日も・・・終った・・・・・・・・・・・・)
(先輩・・・学習機能を装備してください・・・・・・)
 本日の仕事も、周囲の被害防御と決まった二人だった。

 野宮では、怨霊相手に本気を出す
「ヒステリーのおばさんは嫌われるよっ!」
 若いだけが取得の神子様という怨霊の言葉に反応してしまったのだ。
(うわぁぁぁ!竹林がぁぁぁぁ!!!無くなる〜〜!!!)
 景時、必死に防御。
 
 松尾大社では、狸相手に同情し。
「今まで、大変だったんだね。じゃ、痛くないように封印してあげるね」
 景時、譲も一安心の封印。

 蚕の社では、蝶の怨霊だったため大変な事に。
「きゃ〜!虫嫌っ。蝶きらーい!リンプン付いたらやーだーっ!!!」
 、本気の一撃で名物の鳥居も壊れる寸前。
(先輩〜!それは本当の虫とは違いますよぉぉぉぉ!怨霊なんですってば!!!)
 譲、必死に手で支える。

「よぉ〜し!今日はこれでオシマイかなっ」
 ひとり、手を叩いて埃を落とし上機嫌の
 後ろに倒れている屍は景時と譲。
ちゃん・・・・・・頼むよ、ほんと・・・・・・加減して・・・・・・)
(先輩、龍神の神子が寺社を壊して回ったなんて変な噂が立ったらどうする気ですか・・・・・・)
 八葉の力を、ただの一度も怨霊へ使うことなく終った二人。
(これって・・・八葉いらないんじゃ・・・・・・)
 不吉な考えを振り払いつつ、ようやく景時と譲は起き上がり、身体に付いた土埃を払った。

「そうだね、一通り終った感じかもね〜」
 大きく伸びをしながら景時が答えた。
「じゃあ、知盛の所へ行ってもいいの?」
「よし!後は戻りながら穢れを感じたら浄化して帰ろうか」
 景時の提案に、大きく頷く
「浄化は楽〜、触るだけだもんねっ」
 帰り道もスキップの
 の後ろを景時と譲が、本日の夕餉談義をしながらついていった。





「知盛〜!ただいま〜〜〜!」
 清涼殿の戸を、我が家の如く勢いよく開け放つ
「・・・・・・れ?知盛は?」
 一通り見回し、知盛の姿がない事に気づく
「あ?そのうち戻るだろ」
 将臣が答えると、が将臣の傍へ歩み寄る。
「将臣くん!知盛にたくさん仕事させたりして、意地悪してなぁ〜い?」
 が腰に手をあて、尋問する。
「・・・意地悪なら、俺がされてる方だ。アホ!」
 人差し指で、の額を軽く突付いた。
「・・・・・・そっか。言われてみれば。将臣くんじゃ勝てないよね〜〜〜」
 くるりと踵を返し、弁慶の方を見る
「どこ行っちゃいました?」
「お疲れ様です、さん。すぐに戻るとだけしか聞いていないので・・・・・・仕事は大分早く
終らせていましたよ?」
 どんな時もに対して丁寧な弁慶。
「そうですか・・・・・・すぐって・・・すぐ?」
 首を傾げながら、景時の方を向く
「ん〜、そうだね。すぐって言うのは、人によって違うからね〜〜。オレのすぐは結構遅いよ」
 考えながら堂々といつも言っている『すぐ』は、ちっとも早くないと明かす景時。
「・・・・・・どうりで。お前の“すぐ”は俺の“すぐ”とはあわないと思ってた」
 九郎が景時を白い目で見た。
「いや〜あはは〜〜〜。ほら、なんかつい『すぐ』ってつけちゃうっていうかさ〜。すぐやります!
っていうと、頑張ってるっポイでしょ〜?」
 景時の弁解を聞かずに、手招きする九郎。
「おい、景時。明日の順番だ。覚えておけ!」
「御意〜〜〜」

 それぞれが最後の打ち合わせをしている中、だけがする事がない。
「つまんないよ・・・・・・知盛の馬鹿・・・・・・・・・・・・」
 簀子へ出て、膝を抱えて座り込んだ。



 静かだと寝てしまうのはの特技である。
 自分の身体の揺れに驚いて転寝から目覚めると、背中が温かかった。
「れ?・・・寝ちゃった・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・せめて室内で寝るべきだな」
 を後ろから抱きしめている腕は───
「知盛!どこ行ってたの?」
 振り返れば、知盛の顔。
「・・・・・・まあ・・・色々」
 の頬にキスすると、を抱えたまま立ち上がる。
「ここは貴族が出入りしている場所なんだ。そう姿を見せて寝てるもんじゃないだろ?隙だらけだ」
 の身体を自分の方へ向かせながら、少々小言を述べる。
「知盛が居なかったのが悪いんだもん。ここなら早く会えるかな〜って待ってたのにぃ!」
 を抱きしめ、知盛はなおも続けた。
「・・・俺の所為で何かあったら気分が悪いだろう?せめて八葉の近くに居ろ」
 が知盛を睨む。
「知盛がいいんだもん。そんな事言うの、意地悪だよ」
 知盛が額を押えて天を仰ぐ。
(そこまで言われたら───)
「・・・・・・わかった。だったら、お前も俺の傍にいる努力をしろ」
 妥協案を提示する知盛。
「やだ。知盛が私を探して」
 知盛の意見を突っぱねる
「・・・・・・わかった。それならこうさせてもらう」
 を片手で抱えた。
「ひゃっ!やだ、何?」
 知盛の左肩から両腕をぶら下げている状態の
「・・・探すのは面倒なんでな?最初から逃がさなければいいわけだ」
 の腰を二度軽く叩いた。
「・・・・・・・・・やだ〜!こんな子供扱い。信じられない!」
 暴れるに構わず、部屋の中へ入る知盛。

「兄上?をひとりにしておくなんて、随分と無用心な事で・・・・・・」
 将臣が声の方へ首を回した。
「あ・・・・・・忘れてた・・・・・・」
「ええっ?!私って存在感ないの?!」
 暴れていたが動くのを止め、声を上げた。
(そんなわけねぇだろ・・・・・・珍しく静かだから忘れたんだ)
 将臣以下、八葉全員気持ちは同じ。顔に出さないのは成長の証し。
「あ〜〜〜、が静かで、ついうっかり・・・・・・」
(別にひとりだって、ここにいる誰よりも強いんだし・・・・・・)
 将臣が言い訳をすると、知盛の鋭い視線が飛んできた。
「・・・兄上のお考えは、よ〜く理解したぜ?に何かないように守るのが八葉なんだよな?
何もしないなら、居なくても一緒だな」
 知盛が冷たい視線を将臣へ送る。
「うっ・・・その・・・・・・ここは比較的安全だし・・・・・・」
 帝がおわす所が危険でいいはずがない。
「俺が言いたいのは、そういう意味じゃない事ぐらいわかるよな?兄上?」
 の足を床へ下ろしながら、『兄上』の部分をワザとゆっくり言い、将臣を呼ぶ。
「・・・・・・・・・・・・その・・・・・・」
 常にない知盛の冷たい視線と物言いに、怯む将臣。
「敦盛も。わかっているだろう?何とか言えよ・・・・・・・・・・・・」
 容赦なく敦盛へも氷の刃のような視線を向ける。
 不穏な空気に、が知盛にしがみついた。
「ね、ね!知盛。私がね、皆に言わないであそこにいたの。だからね、私が悪くってね・・・・・・」
「煩い。黙ってろ!」
 を抱える手は離さず、知盛は将臣と睨み合う。

「・・・・・・すいません、僕たちが至りませんでした」
 弁慶が頭を下げ、緊張の糸を断ち切った。
「弁慶?!」
 将臣が慌てて弁慶の頭を上げさせる。
「知盛!ね?皆は悪くないんだってば〜〜〜」
 が知盛を宥めにかかる。
「・・・・・・誰も居なかったのは事実だろ?何かあってからじゃ遅いんだよ」
 いつもの声の大きさだが、声に抑揚がない知盛。
「俺たちの不手際だ。すまなかった・・・以後、気をつける」
 九郎も知盛へ頭を下げた。
「知盛!いい加減、機嫌直せよ。ほら・・・仲間なんだし、今回は何もなかったし・・・・・・」
 九郎の肩を叩きながら、将臣が知盛の方を向く。
「何もないからいいとでも?何かあるのが『いつ』なのか・・・わかるってわけか?」
 知盛がまた将臣を責め始めると、が怒鳴った。

「うーるーさーいーーーーーーーーっ!何なのよ、もう!!!」

 一番煩いのは、間違いなく
「・・・・・・耳元で大声出すな・・・・・・・・・・・・」
 から手を離し、左耳を塞ぐ知盛。
「あのねぇ?私が悪かったって言ってるでしょ!無視しないでくれる?」
 知盛の鼻先へ指を突きつける
「そ〜れ〜にぃ〜〜〜」
 が八葉たちの方へ身体を向けた。
「どうしてそう、謝るのよ。何か悪い事したの?してないのに謝っちゃうの?」
 腕組みをして仁王立ちの
「・・・その、から目を離した事は事実だし・・・・・・」
 将臣がへ意見する。
「あっそ。じゃ、これからは私が行き先を言えばいいんでしょ。はい、解決!ごめんなさいでした。
私が不注意でした」
 がその場で頭を下げた。

「・・・・・・何よ、皆して変な顔して。何か不満?」
 首を傾げる
「いや〜、ちゃんが謝るなんて・・・驚いちゃった!」
 景時が目を瞬かせる。
「何ですか〜?それじゃ私が謝らない人みたいじゃないですか。自分が悪かった時は、ちゃんと
ごめんなさいって思うし、謝りますよ?」
 は知盛の腕を引いて、八葉たちの前へ立たせる。
「あのね、知盛は私を心配して怒っちゃったの。でもね、あんな態度はよくないよ。皆に謝って!」
 知盛の方を見る
「・・・悪かった・・・・・・・・・」
 知盛が頭を下げると、の手が知盛の頭を撫でた。
「うん、よくできました。・・・・・・皆、知盛の事をね・・・・・・」
「わかってます。やはり、僕たちも注意が足りませんでした。これからもよろしくお願いします」
 弁慶がの言葉の途中で話をまとめた。
さんは、知盛殿を迎えに来たのでしょう?お二人は明日、忙しいですからね。景時も・・・・・・
今日はもういいですよ。花嫁の・・・兄ですからね?」
「それそれ!明日には、オレってば知盛殿の兄上だよ〜、ツライなぁ」
 景時がふざけて首を左右にふった。
「あ・・・・・・だったら、は俺の妹か?」
 将臣が手を叩く。
「やだ〜!将臣くんなんて却下だよ」
 知盛の腕に掴まり、が将臣に駄目だし。手で払う仕種をする。
「・・・・・・その知盛の陰に隠れる態度は何なんだよ?」
 将臣がをからかう。
「いいんだもん。知盛が守ってくれるから。それに、景時お兄ちゃんがいるから、定員いっぱい!」
「兄弟に定員があるのかよ・・・・・・」
「あるみたいだね〜、これが。オレがいいってさ!さすがちゃん、見る目ある〜」
 の屁理屈と景時の軽口に、仲間が笑い場が和んだ。

「じゃ、もう帰るね。景時さんは〜?」
 が知盛と手を繋ぎながら、景時を見た。
「ん〜?もちろん、オレと譲君は・・・先に走って帰るってね!お先っ♪」
 景時がさっさとその場を後にする。続いて譲も走り出した。
「ど〜して走るかなぁ?一緒に帰ればいいのにね?」
 が知盛を見上げた。
「・・・さあな」
 気を利かせるのが普通だとは言わないでおいた。
「・・・じゃ、お先に。明日二人でこちらへ参りますよ・・・・・・・・・・・・」
 知盛は軽く手を上げると、を促して退出した。

「・・・・・・怖かった・・・・・・」
 将臣が大きく息を吐き出した。
「そうですねぇ、でも一応打ち合わせ通りなんですけどね」
 弁慶が笑った。
「「は?」」
 九郎と将臣から、そろって声が上がる。
「あ!僕とした事が。うっかり伝えるのを忘れました。さんに危険を自覚してもらうよう、ワザと
知盛殿が八葉に怒るようにしなくてはと思っていたんですけど。偶然ですね〜、今日そのままこん
な事になるなんて!」
 それこそわざとらしく弁慶が自らの手を叩いた。
「・・・・・・・・・つまり?」
 将臣が声を絞り出す。
「つまりですね、さんがひとりでフラフラ〜っとしなくなれば良しという事で」
 弁慶の言葉に、九郎は口を開けて放心していた。
「俺か?!どうして俺が怖い目に合わなきゃならないんだよ。アイツ・・・知盛は俺に平気で刀で
切りつけてくるような男なんだぞ?!」
 将臣が弁慶に文句を言う。
「おや。それは大変ですね?でも。知盛殿の本気は大変怖そうですねぇ?」
 弁慶がさり気なく遠巻きに様子を窺っている貴族たちを眺める。
 青ざめている者、既に意識がない者、震えている者。
 とても龍神の神子に手を出す根性がある者がいるとは思えなかった。
(知盛殿も心配症ですねぇ・・・・・・あなたに喧嘩を売る根性がある者はいませんよ・・・・・・)
 知盛にの自覚を促したいと話を持ちかけられた時を回想する弁慶。
「心臓にわりぃって・・・いつ刀抜かれるかと思ったぜ・・・・・・」
 将臣が正直に心境を吐露した。
さんは女性ですからね。知盛殿も心配だったのでしょう、北の方になられる方がご自由な
方ですから」
「あれだってのためだろ?・・・バカだ、あいつ。クールな奴だと思ってたのに。あ、今朝の
話もしないとな。朔に家に来てもらうのは無理かな〜?」
 将臣が今朝の知盛の話を八葉にする。
「・・・そうですね。景時次第でしょうか」
「な〜んだ!知盛殿の思惑通りじゃん!」
 ヒノエが肩を竦める。
「・・・・・・どうし・・・・・・」
 九郎が理由を尋ねる前に、珍しくリズヴァーンが口を開いた。
「それが神子の望みならば」
 将臣が溜息を吐く。
「結局・・・全部がの為なんだよなぁ。怒られ損だぜ」
「たまにはいいだろ?将臣だってさ、結構言いたい放題してるもんな!」
 ヒノエが茶化すと笑いが起こった。
「さ!花見は明後日ですけど、明日の引越しと挨拶もありますからね」
 弁慶の号令で、それぞれは残りの仕事を片付けるべく働き始めた。



 止まった時間が動き出す───





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 あとがき:また揉め事?!懲りない二人ですね〜(笑)将臣くんは、単なるとばっちりですね。はい。     (2005.5.19サイト掲載)




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