初雁のはつかにこゑを





 本日のの封印は、方角にして西。
 白虎の二人連れにはもってこいである。
 それは、起きて封印に行けばの話。

 昨日と違い、文が届いても起きない
 そろそろ朝餉の時間なので、朔が早めに起こしに向かう。
、起きて!朝餉の時間よ」
 の身体を揺するが、まったく起きる気配がない。
「ふぅ・・・・・・知盛殿って偉大だわ・・・・・・」
 朔がいいかげん起こすのに疲れた頃、ようやくから声が聞こえた。
「・・・・・・ぅぅ・・・まぶし・・・・・・」
 眩しいも何も。戸を開けて、衾を剥がされても起きない
!起きなさいっ!!!」
 いよいよ朔が大声を上げると、ようやくの瞼が開いた。
「・・・・・・あ、朔。・・・おはよぉ・・・ふぁぁぁぁ〜っ!」
 挨拶の後の大欠伸に、朔はを叱る時機を逃してしまった。
「おはよう、。知盛殿から文が届いてるわよ?」
 朔に言われて、が枕元の文箱を掴む。

「えへへ。今日はね、ちゃんと読める文くれたかな〜〜〜」
 箱の蓋を開けると、今日は花が添えていなかった。
「・・・・・・花、忘れちゃったのかな〜?」
「え?」
 あの知盛が花を忘れるわけが無い。
 これは、に対する昨日のお返しだと朔は気づいた。
「綺麗な料紙だよね。空色だ・・・うっ、お歌だ・・・・・・」

 
 はつかりの はつかにこゑを ききしより ・・・・・・

         捕まったから、責任とれ。 知盛


「ん?捕まった?うん。確かに。知盛が欲しかったから、それはあってる」
 読めたものの、が首を捻る。
 聞き様によっては、かなり大胆発言のを朔が嗜めた。
・・・・・・知盛殿は物ではないのだから・・・欲しかったというのは・・・・・・」
「う〜ん。でも。知盛が欲しかったが一番ピッタリくるんだけどなぁ?」
 文を広げ、褥に転がり何度も読み返す
「せめて、恋しいとか愛しいとか・・・・・・」
 真っ赤になりながら、朔なりに相応しそうな言葉を選ぶ。
「それはちょっと。弱々しくない?もうね、すっごく好きで知盛しか嫌って感じの言葉ないかな?」
 朔は眩暈を覚えたが、ここは気力で持ちこたえる。
「そ、そんなのは・・・すぐには・・・・・・」
 頭を必死に働かせていると、が文を朔に見せる。
「ね〜、朔。このお歌の意味がわかんない。教えて?」
 読めても解釈までは無理な
 人の恋文を読んでもいいものだろうかと思うのだが、教えないとの臍が曲る。
 仕方無しに受け取って歌の部分を黙読する朔。
「あら・・・古今集のお歌よ。全部書かれていないのね。風に言うなら、熱烈な恋のお歌よ」


 はつかりの はつかにこゑほ ききしより なかぞらにのみ ものをおもふかな


「・・・・・・歌詠まれてもわかんないよ」
 が拗ねた。
「はいはい。意味はね、あなたの声をわずかに聞いたあの日から、あなたの事だけ考えてます
から転じて、あなたに夢中って事ね」
「うひゃ〜〜!」
 が手を頬にあてて真っ赤になった。
「と、知盛ったら!なにそんな文を堂々と送ってくるのよ!」
 恋文をもらっておいて、こんな文句をいう女君は、まずいないだろう。
「・・・・・・。返歌をするの?しなくても知盛殿なら何も言わないでしょうけど」
 あの知盛にここまでさせておいて文句を言う。しかも何か企んでいる表情。
(また変なこと考えないで頂戴!)
 朔の背中は冷汗で湿ってきた。
「そうだ!じゃ、私もお歌を書けばいいんだ。何かないかな〜、ドッキドキな歌!」
 緊張の糸が切れた朔は、床に手をついた。
「ね〜、朔ぅ。すっごいドキドキしちゃうお歌!」
 朔を揺する。朔、心臓停止寸前。
?そういうのは兄上が得意だから・・・・・・」
 景時にこの面倒な大役を押し付ける事にした朔。
「あ、そっか〜。そうだよね。前にヘンテコなお歌を見せてもらったよね」

(兄上・・・ごめんなさい。しかも、ヘンテコとか言われてます・・・・・・)
「じゃあ、まずは着替えてからにしましょう」
 順序よくの支度を整える朔。
「じゃ、兄上の部屋へ・・・・・・」
「大丈夫!わかってるから!」
 が文箱を取ると、中に別の紙が入っていた。
「れれ?見逃した〜。何だろ・・・・・・」
 ヒナスミレが、筆で見事に描かれていた。おそらく、朝描いたものと思われる。
「・・・・・・イチイチ格好良すぎだよ。負けないんだからっ!」
 文箱に絵と文を戻して手に持つと、は景時の部屋へ駆けて行った。

・・・勝負事じゃないと思うの・・・・・・言っても無駄ね」
 朔は大きな溜息を吐くと、の寝所を片付け始めた。



「景時さ〜ん、おっはよ〜!!!」
 勢いよく景時の部屋の戸を開けると、そこには座禅をしてる景時。
「あ゛!邪魔しちゃった。ごめんなさい」
 が頭を下げて謝る。
「おはよ〜、起きられたね?どうしたの、ご飯はもうすぐだと思うよ?」
 が朝一番に自分の部屋を訪ねる理由がわからず、考えられそうな食事の話題
を出してみる。
「違うよぉ、食べるけど。そうじゃなくて、景時さんの頭が必要なの!」
 景時の前にが向かい合わせに座る。
「オレの・・・頭?」
 首を傾げながら髪の毛を指で摘まむ景時。
「そっちの頭じゃなくて。あのね、お歌を教えて欲しいの。知盛に返歌したいんだ〜」
 嬉しそうに文箱を開ける
「ちょっ!ちゃん、それは誰にでもホイホイ見せるようなものじゃ・・・・・・」
 慌てて両手で蓋を押し止める景時。
「みなきゃ教えてもらえないよ〜。お兄ちゃんは妹を助けるものだよ〜」

(助けなよって言われても・・・・・・恋文だよ?)

 景時のこめかみを汗が伝う。今日は朝から心臓に悪い。
「あのね〜、これよりすっごいドッキドキ〜な恋のお歌を返歌したいの。だから、みて!」
 料紙と花の代わりの絵が描かれた紙をひろげて見せる
「これ昨日の花だね」
 知盛なら、こういう絵も簡単に描けるのだろうが。
ちゃ〜ん、こんな上級者に太刀打ち出来る人材は源氏にはいないよ〜〜)
 ヒナスミレが描かれた紙を手にして悩む景時。
「絵は、いいのっ。花はね。今から考えるから。それよりお歌をみて〜」
 に急かされ、渋々恋文を手に取る。
「・・・・・・これよりすごいのを?」
 が大きく頷く。
「負けるの嫌だもん。これより凄いの書きたいの!」
 が期待に満ちた瞳で景時を見つめる。

(そんなキラキラの目で見られても・・・・・・古今集だよなぁ・・・・・・あ、そうか!)
「古今集なんだから、古今集で返せばいいんだ」
 景時が書物が積まれた棚を漁り始めた。
「これこれ。いくつかの歌意を教えるから、ちゃんが気に入ったのをそのまま書き写
せばいいんじゃないかな」
 
 景時が歌を読み、意味を言う。が駄目出し。
 それを幾度繰り返した事だろうか。
 突然景時の歯切れが悪くなった。

「何?どうしたの、景時さん」
 が景時の手元を覗く。まったく読めないので、景時の顔を見上げる。
 真っ赤になって汗をかいていた。
「景時さん、このお歌は?ね、このお歌の意味は?」
 にこの歌に何かがあると思われた時点で景時の負け。
 わかるまで、誰彼構わずに訊ね続けるだろう。
「えっと・・・・・・非常に説明し難いなぁ。その・・・読んだままだから!」
「わかんないよ、そんなんじゃ!」
 が景時の手から古今集を奪う。
「いいよ、誰かに聞いてくるから」
 出て行こうとするの腕を、寸での所で掴んだ景時。
「ご、ごめんねちゃん。オレが悪かった!そのね、少し恥かしいなぁ〜って思って」
 景時の様子に、も納得して元の場所に座る。
「この歌はね、ほんの少しだけ見かけた姿を忘れられないっていう意味」
 の首が傾く。
「・・・・・・どこが恥かしいの?」
 あまりに意味を暈かしすぎたかと、景時はさらに考える。
ちゃん。オレや朔に意味を聞くのはいい。もちろん、今後は知盛殿に聞くのもいい。
でもね、うっかり他の人に聞くと勘違いされちゃうから。それだけは守ってね」
 大きくが頷いた。
「では。美しく咲いている山桜をこう・・・霞の切れ間から見られたような一瞬を思い浮かべ
てみて?そんな一瞬みただけなのに、あなたが恋しくてたまりませんって意味。一目ぼれ
したって事かな〜」
「それ!それがいい。・・・一目ぼれくらいで、そんなに照れてたの?景時さん」
 景時が頷いた。
「だって、一目ぼれだよ?一瞬で心を奪われる程の恋だよ?凄いよ〜〜」
「・・・・・・ほんとだ。でも・・・一瞬でわかるんだよ?知盛がそうだもん」
 が歌の頁に紙を挟んだ。
「・・・そっか。なんだか羨ましい気もするね」
 途端に景時の顔が真面目になった。
「景時さんは・・・なかったの?」
 景時が柔らかく笑った。
「無いねぇ・・・そんな余裕も無かったし。ま!これから平和になればさ、そういう出会いも
あるかもしれないしね」
 景時がの頭を撫でた。
「うん。あるよ、きっと!後はお花だぁ〜、何にしようかな〜」
「桜の花弁にしようか」
 景時が手を叩く。
「無いよ〜そんなにたくさん」
「大丈夫。ばっさり取ってくるから、箱に詰めるとさ、歌の通りみたくない?」
 景時がに考えを述べる。
「あっ、そうか!」
「だからちゃんは、ここで歌を書いて待ってて。料紙はこの中から選ぶといいよ」
 紙が入った箱をの前に置くと、景時が庭へと消えた。

「何色がいいかな〜。霞だから・・・銀色とかかな」
 箱に詰めた桜の花弁の中に隠れた白銀色の文。
「知盛の髪の色だし。桜は私の髪の色だし。うん!いい演出だよね」
 景時の文机に正座し、既にそこにあって墨を拝借して文を書き始めた。

「よし、出来たっ!」
 が筆を置くと、景時が籠いっぱいに桜の花弁を持ってきた。
「お待たせ〜〜。桜の木を揺らしてとったから、全部綺麗だよ〜」
「わ〜〜〜すごぉ〜い!残ったらお風呂に入れたいなぁ」
 景時が大きい方の文箱を出す。
「文は書けた?」
「はい!」
 景時に文を出す
「あはは。ちょっと待っててね。こっちの紙で包んで。花弁を詰めよう・・・・・・これでよしっ!」
 蓋を閉める前に、に箱を見せる。
「すごぉ〜い。桜の洪水みたい・・・・・・」
「では、すぐに届けさせよう。出仕する前に間に合わないとね。ちゃんはご飯だよ」
 景時が部屋を足早に出て行った。
「そっか!朝ご飯まだだった。早く食べなきゃ」
 も朝ご飯を食べるべく、部屋を後にした。





「今日は・・・起きられなかっただろうな・・・・・・」
 日が昇り、人々が動き出す時間。
 が朝に弱いことを知っている知盛。
 とくに気にするでもなく、庭のヒナスミレを眺めていた。
(明日はがここへ来る───)
 騒がしくなると思うが、それを咎めるような人物はこの邸には居ない。
 船旅での事は、よく見知ったものばかり。
 が覚えているかは別として。
(平氏の船へはあまり近づかせなかったからな───)
 今後は口煩い女房たちが、に何を吹き込むか。
「・・・・・・クッ、毎日暴れられそうだ」
 立ち上がり、出仕の支度をするべく部屋へ戻ろうとする知盛。
 部屋の簀子に文遣いの女房が歩いている姿が目に入る。
(・・・・・・起きられたのか?)
 思わず空を見上げるが、本日は雨は降りそうに無い。
(・・・クッ、今日は何が入っていることやら)
 さっさと簀子へ上がり、途中で女房を引き止める。
「俺宛だろ?」
 少し大きめの文箱を受け取ると、ひとり部屋へ入る。

「・・・・・・軽い・・・な・・・・・・・・・」
 昨日に比べると軽い。紐を解いて、両手で蓋を取る。
「これは・・・・・・桜・・・だな・・・・・・」
 箱いっぱいに桜の花弁。念のため、花弁を掻き分けると、そこには紙が入っていた。
 紙に包まれている物が文だろうと、さらに開く。
 白銀色の料紙が桜によく合っていた。
「へえ?・・・・・・」
 丁寧に料紙をひろげ、読み進む。


 山ざくら かすみのまより ほのかにも 見てし人こそ こひしかりけれ

       私が知盛を見初めたんだからね!私が先!銀と桜わかった?


「・・・・・・先って・・・クッ、・・・クッ、クッ・・・・・・」
 の順番の主張が可笑しく、知盛が笑い出す。
(銀色が俺で、桜色がなんだろ?髪紐の時も言ってたよな───)
 蓋をせずに、床で文箱を開けたままにする。
 開け放たれた戸から入る風で、部屋の中で花弁が舞った。
 文を手に持ち、仰向けに転がる知盛。
 舞った花弁が、知盛に降りかかる。

 ハラリ、ハラリ───

 手を伸ばし、ひとひら捕まえる。
「・・・・・・早く、来い。順番なら・・・譲ってやるから・・・・・・・・・・・・」

 恋の順番の主張。が先だと言うのだろう。

「・・・一瞬で目を奪われたのは・・・俺の方・・・・・・・・・・・・」
 に睨みつけられ、高揚したあの瞬間。

 ───戦うなら・・・私が相手になるよ!

「女の名が気になったのは・・・初めてだったしな・・・・・・」

 
 生田でもう捕まっていたのか───
 壇ノ浦よりも早くに捕まっていたと気づかされた、知盛独身最後の朝。 





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 あとがき:すっきりした!知盛くんの引用した恋歌が使いたかった〜(笑)それだけっす!     (2005.5.15サイト掲載)




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