打ち破れ!





 知盛と手を繋ぎ、ご機嫌で内裏の大路を歩き梶原邸へ到着の
 玄関で二人を迎える景時は大笑いし、朔は絶句した。
「いらっしゃ〜い!まあ、夕餉まで後少しかかるからちゃんの部屋で寛いで
いてね〜。あ!まだしちゃ駄目だよ?アッチは。それだけは守って」
 景時が人差し指を立て、ビシッと知盛に告げた。
「・・・・・・煩い兄上だな?」
 景時が固まった。
「あ、兄ぃ〜?」
 軽く肩を竦める知盛。
「・・・クッ、の兄上なのだろう?ならば、俺の兄上でもあるよな?」
 景時撃沈。先程までの余裕が消えた。

「こんな出来のいい弟、欲しくな〜〜〜い!!!」
 景時、全力で走り去る。
「兄上・・・・・・馬鹿すぎです・・・・・・」
 朔の首が、これ以上無理と言うところまで前屈みになった。

「駄目だよ知盛、景時さんイジメたら。泣いちゃったかもだよ?」
 益々朔の首が下がる。
「・・・クッ、男が泣くかよ?」
 朔は情けない兄を取り繕えないと判断するや素早く復活。
「ようこそおいで下さいました。夕餉はの部屋に運ばせますので・・・
案内はしないから後はよろしくね」
 知盛に礼をすると、朔は台所の方へ去った。

「・・・ねぇ。朔はお姉さんだよ?」
 が知盛を部屋へ案内しつつ、思いついた事を問いかける。
「・・・ああ。姉上はしっかり者だな」
 平氏一門は大人数だったため、年下の兄だろうが年上の妹がいようが普通の
事だった。知盛にとってあまり気になる事ではない。
「うん。朔はね、とってもしっかりさんなの〜・・・・・・姉上って呼ぶの?」
 が部屋の戸を開けると、を抱えて素早く部屋へ入る知盛。
「呼ぶわけないだろう・・・朔殿は朔殿だ・・・・・・景時殿も。からかったんだよ」
 そのまま知盛の足は寝所へ向かっている。
「どこ行くの〜?」
「・・・さあ?」
 を褥へ下ろした。
「お兄ちゃんに駄目って言われたでしょ?」
 知盛の頬を引っ張る
「・・・・・・時間があるとも言われただろ」
 に覆い被さろうとした知盛を、は両手で押し返した。
「や・だ!今日は外で封印して回ったから、埃っぽいもん」
 知盛の手が止まった。が嫌というのに無理矢理は出来ない。
 諦めて仰向けに転がると、が知盛の胸に乗りかかる。
「今日はさ・・・一緒にお風呂入ろうよ。ね?」
 知盛が深い溜息を吐く。
(・・・そんな事をしたら、朔殿が倒れるだろうが・・・・・・景時殿が倒れるのはかま
わんが・・・・・・)
 朔だけは敵に回したくない知盛の心中を知ってか、知らずか、が楽しそうに
話を続ける。
「背中を洗いっこしたりぃ〜、髪も洗ってあげるね!今日はご飯も一緒なんだよね。
そうだ!明日も早く来ればいいんだよ〜。頑張って封印してきちゃうから。知盛も
早く仕事終わらせなよ!」
 笑いたいが笑えない知盛。
・・・婚儀はまだ済んでいないんだぞ?」
 三日夜餅を食べあって婚儀が成立なのだ。まだ三日目を迎えていない二人は、
現代でいえば婚約状態。
「そんなの、カタチが欲しい人たちの話でしょ?何よ、私とお風呂がそんなに嫌?」
 嫌というより、世間体の問題である。
(まあ・・・相手じゃそんなの通用しないか・・・・・・)
「・・・クッ、風呂が長くなるな?」
 口の端を上げてを見つめる知盛。
「へ?長く?そりゃひとりじゃなくて洗う時間も二人分なんだし・・・・・・」
 が首を傾けて考え出す。
「・・・意味が違う」
 知盛の手が伸び、するりとの腰を撫でる。
「・・・そういうお誘いなんだろ?」
 ようやく知盛の期待している意味がわかり、の顔が赤くなる。
「どうしてそうなるのよぅ!知盛のえっち!」
 手のひらで知盛の顎を押す
 それに負けまいとに口づけようとする知盛。
「・・・・・・会いたいし触れたいって言ってるんだぜ?返事はそれか?」
 は自分の内裏での発言を、ようやく失敗だったと覚る。
 今後、すべて知盛に逆手にとられるであろう。
「知盛の・・・・・・揚げ足取りぃ!!!」
 知盛に跨ると、襟元を掴み上げから口づけた。
「ぷはぁ〜!あのね、女の子は綺麗な自分しか見せたくないもんなのっ!そこのと
ころ、わかってよ。こんな埃まみれで髪ジャリジャリなんてイ・ヤなのっ!」
 知盛の上にどっかり座り、腕組みする
「・・・・・・クッ・・・いい眺めだな?」
 、ミニスカで知盛に跨るの図。
 本日は封印に出かけたため、こちらを着用。
「・・・・・・ぎゃーっ!!!」
 飛び退こうとするの脚を押さえつける。
「さて、姫君の言い分はわかった。こい」
 左腕を伸ばし、を呼ぶと、がころりと知盛の腕を枕に転がった。
「知盛って、どうしてそうえっちなんだろ・・・・・・タラシだよ・・・・・・」
 が溜息を吐くと知盛が姿勢をの方へ向き直す。
「・・・・・・ハッ!そんな男がいいんだろ?」
 白々しく言い返す知盛。
「なんかほんとムカツクほどいい顔してるのは認めるよ。ちょっと寝る!疲れた」
 が目を閉じると、衾を手に取り二人へかける知盛。
「・・・クッ、夜に頑張ってもらうから休んでろ・・・・・・」
 の両目が瞬時に開いた。
「だから〜!どうしてそうえっちなのよぅ!」
 が知盛の腕を抓る。
「さあな・・・・・・それも含めて責任とってくれるんだろ・・・・・・」
 に構わず目を閉じる。だからとは言いたくない知盛。
「もぉ〜責任取るのは知盛の方だよ。これからはあんまり女の子誉めて歩いちゃ駄目
だからね!」
 もそのまま目を閉じて、知盛に身体を寄せて眠りについた。

 

 夕餉までの時間、景時の言いつけを一応は守った知盛。
 人の気配を感じてはいたが、が寝ているので無視をしていると、寝所の戸口で
朔の声がした。
「・・・・・・知盛殿・・・・・・?」
 使用人の者が食事を運んだものの、二人の姿が無かったため朔を呼んだらしい。
 小声で一度しか呼ばない辺り、返事をしないと下がられてしまう。
 知盛は、の機嫌が悪くならないよう返事をする事にした。
「・・・朔殿。は昼寝中なのですが・・・・・・」
 身の潔白と、大きな声を出せない理由を小声で伝える。
 戸口で小さな笑い声がし静かに戸の音がしたかと思うと、几帳の向こうに人の気配。
「・・・・・・知盛殿。夕餉を食べないと、の機嫌が悪くなりますわね?」
 その通りだが、起こすのも大仕事である。
「・・・そうなんだが・・・・・・・・・・・・」
 知盛の返事が鈍い。先に打開案を提示する朔。
「半時後に温かい食事をまたお持ちしますわ。それまでに起こしてくださいな」
 静かに足音が遠ざかった。
「参ったな・・・・・・」
(しっかりさん・・・か・・・確かにな・・・・・・)
 の言葉を思い出し、自然と頬が緩む。
 は、大体一時から一時半眠るのが常だ。朔の計算は、ほぼ正しい。
(どうやって起こすかだな・・・・・・)
 機嫌を損ねず、しっかり食事をとらせないと風呂も今夜の行事もお流れとなる。
 
 ふと知盛は、こんなに色々考えている自分が可笑しくなった。
(幼い頃、兄上に遊んで欲しくて・・・あの時に似てるな・・・・・・)
 一番上の重盛とは、十歳以上年齢が離れていた。少々大人びていた知盛は、重盛
の後を追いかける。ちょうど今の将臣くらいの重盛を。しかし、重盛は一族の後継者だ。
 そうそう遊んではもらえないが、手伝いをするならば傍に居る事が出来た。
(退屈どころか・・・気を遣ってばかりだな?)
 の頭を軽く撫で、そのまま頬を撫でる。
 寝ている時は静かだが、一度目覚めれば予想不可能な行動と発言ばかり。
「困った姫君だ・・・・・・」
 の頬に口づけを繰り返す。
「起きろよ・・・眠り姫・・・・・・・・・」
 起きた時にどんな顔を見せてくれるのかを想像しつつ、の頬にキスを続けた。

 優しく起こそうとした知盛の努力も空しく、はお腹の音で目覚める。
「・・・あ・・・私のお腹だ・・・お腹空いた・・・・・・・・・・・・・・・」
 完全には目覚めておらず、知盛の腕枕の上で転がるの頭。
「・・・知盛・・・お腹空いた・・・ね・・・・・・・・・・・・」
 一応隣の人物が誰であったかは記憶にあるらしい。
「・・・クッ、俺もだ・・・・・・・・・・・・」
 知盛の場合は意味が違いそうだが、の目が開いた。
「だよね!今、何時かな〜?ご飯まだ?!」
 目覚めて直にご飯の心配をするに、知盛は脱力した。
「・・・・・・俺に言う事は?」
 将臣に教えられた通り、精一杯『王子様』をしたのだ。褒美が欲しい知盛。
「え?知盛もお腹、空いたんだよね?ご飯まだか聞きに行こうよ!」
 起き上がったの腕を掴む知盛。
「それなら・・・・・・そろそろ運んでくれる。ここには何もなしなのか?」
 知盛が指差す先は、知盛の唇。
「・・・・・・もぉ〜知盛って、わけわかんない」
「・・・・・・ここだ。見えないか?」
「見えるけど・・・・・・」
 
 ずっと髪を梳いてくれていたのは知盛の手。
 ずっと頬にキスをしてくれていたのも知盛。
 眠ってはいたが、なんとなく感覚は伝わっていた。
 しかし、素直に要求に応えたくはない

「ちゃんと自分で起きたもん。私の方がエライよ!こっちにして!」
 は自分の唇を指差し、まだ横になっているままの知盛を見る。
「・・・・・・クッ、いいんだな?」
「いいよっ!」
 褥の上に座り、胸をそらせてが返事をした。
 今から武道をするわけでもないのに、その堂々とした態度に知盛が笑い出す。
「・・・・・・クッ、クッ、クッ・・・肩にそんなに力を入れるなよ・・・キスなんだぜ?」
「何よ、するの?しないの?」
 空腹時のをこれ以上苛立たせるのは、知盛に都合が悪い。
「・・・イタダキマス」
 身体を起こし、ゆっくりとの唇に触れる。
「・・・んっ」
「・・・・・・ゴチソウサマデシタ」
 に頭を下げる知盛。
「知盛のお腹が空いたって・・・・・・」
 口の端を上げて笑うと、知盛はの首筋に口づけた。
「・・・俺の食事はこっち。そろそろ譲が作った飯が来るな。行くか」
 立ち上がると、の手を引く知盛。
「・・・うん。食べる。でもね・・・・・・・・・・・・」
 が爪先立ちで知盛の耳へ囁く。

 私も知盛食べるの好きだよ?キスって食べてるみたいだよね───

 知盛がを見つめる。
(・・・クッ・・・俺が食べられていたのか・・・・・・)
「食べ合うのも悪くないだろ?」
「そうだね。でも今は、ご飯食べないと死んじゃう!」
 二人は寝所を後にした。



 しっかりデザートまで食べたはご機嫌。
 の機嫌がよければ知盛も満足。
 風呂も恙無く済ませ、本来ならば知盛が来る時間。
「なんだか、すっごく得した感じ。だって・・・もう知盛いるし・・・・・・」
 褥でコロコロと転がる
「・・・・・・遅いと姫君がお休みになってしまうからな?」
 肘枕でを眺めている。
「だってさ・・・静かだと、眠くならない?」
「・・・・・・ならない」
 知盛の傍まで転がってきて止まる
「すごいね、知盛。私ね、静かだと眠くなるよ?」
「・・・さっきも寝てただろうが・・・・・・」
 またも転がって知盛から遠ざかる
「うぅ・・・それでも、目がね、閉じちゃうんだもん。眠いの!」
「・・・・・・そうかよ」
 何故そんなに眠くなるのか?という疑問を顔に出さないように努めた。





 が眠っている隣を抜け出し、帰り支度をする知盛。
「明日は・・・・・・・・・」
 明日は、二人の元へ景時が三日夜の餅を持って来るだろう。
「・・・帰らないが。姫君は新しい邸へ移らないとな・・・・・・・・・・・・」
 露顕しに集まるのは、妻側の親族。
「・・・お前が居たい場所にいればいいさ・・・・・・」
 通常は通い婚である。妻の家に夫が通い続けるのが古くからの習わし。
 ただし、の場合は家がないため、源氏の後ろ盾と平氏の嫁になるという
立場上、平氏の邸へと決まっただけだ。
 知盛はそっとの頬に口づけし、足音を忍ばせ寝所を出る。
(俺が・・・がいる所へ帰ればいいだけだろ?)

 は普通を好まない。
 他が言う事に、正しいと思えば従うが、そうでない場合は反発する。

 まだ暗い帰り道すがら、知盛は考える。
 今日もは内裏へ現れるだろう。それまでに───
「・・・つまらん仕事を終らせておくか・・・・・・・・・・・・」
 つまらない等と、の前で言おうものなら怒りの拳を頂戴するだろう。
 だが、この場合のつまらないの意味は違う。

「素直に逢いたいと言えばいいんだよな?」
 忍び笑いを漏らしつつ、自室の戸を開ける知盛。
 実には面白い。
「・・・クッ、素直に言わせてもらうぜ?」
 文机で、今度はでも読める文字で文をしたためる。
 


 昨日のお返しをまず、文でする事に決めたようだった。
 、本日は目覚めず。
 文を読む頃には、太陽はもう昇っていた。





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 あとがき:静かだと寝るっていうのは・・・・・・氷輪だったり(笑)いよいよ婚儀も終盤!しかし、季節があわなくなってきた(汗)     (2005.5.14サイト掲載)




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