取りあえずすべきこと 誰もが自覚をしていないだろうが、しっかりの考えに慣らされつつある。 それは、思わぬところで知ることになり、言葉にすれば双方納得。 重大ではないが故に、つい微笑んでしまう。 そんな大切な気持ちを家長も知った。 「ま〜ずは夕餉にしようね〜。何にしようかな〜」 近くの小川で水を調達し、沸かしている最中。 何にとは、何をおかずにしようかという意味で、手持ちの乾飯と梅干しだけで、今までなら十 分だった。 「あの・・・・・・」 「ん〜?譲君がね、この季節、滅多な物は食べない方がって、持たせてくれたんだ〜」 景時が旅支度の籠から取り出した数個の小さな包み。 それらは現代ならば乾燥させた食品で、お湯があれば元通りの品、乾燥食品の類。 譲が保存や移動用に作りたいというので、景時が発明で手を貸して完成させた。 「お湯があれば、炊きたてご飯と味噌汁になるんだよ〜。スゴイよね〜」 この時代でも米は乾燥させていたし、干物もあった。 ならばと考えたのがこれらの物で、豆腐やネギは比較的簡単に乾燥させられた。 乾飯よりもふっくらなご飯はもとより、しっかりと具まである味噌汁が即座に出来あがる。 「・・・確かに味噌の香りがいたします」 「でしょ〜?」 乾飯だって戦の最中はあればマシで、草だって食料に数えていた。 今では贅沢にも、おかずを選ぶことが普通になっている。 「よしっ。おかずはちゃんも大好きな卵焼きにしよう」 調達した卵を、これまた譲の依頼により製作した小ぶりのフライパンで焼き始める。 パンケーキ一枚が焼ける大きさで、持ち運びしても邪魔にならないので重宝している。 一方、家長は、景時が料理をする姿を眺めながら、つい吹き出してしまう。 景時が食事を作っているのもそうだが、いつもは誰が一番食事を楽しそうにしているのかを思い 出したからだ。 「神子様は、本当にお食事を楽しみにされているご様子ですね」 「そうなんだよね〜。オレなんてさ、腹が膨れればいいやとか考えていた時期もあったし。仕事と するなら、どう調達するか悩ましい事だったんだけどね。身体は食べ物で作られるんだから、楽し く、美味しく食べないとダメなんだって。なんだかいいよね、そういう考え方」 卵焼きを各々の皿に上手に等分すると、景時も並べた料理の前に座る。 「じゃ、そういうわけで。いただきますか」 「はい。ご馳走になります」 互いに手を合わせてから箸を手に取る。 予定のお化け退治も難なく済んだ。後は明日、日が昇ってから探し物を始めるしかない。 今宵も穏やかに食事の時間が得られ、休める事に感謝をした。 「朔様。今宵はもう・・・・・・」 月もすっかり高くなり、さすがに朔の表情に疲れが見え始めている。 ただ眺めているのとは違うのだから当然だ。 「そう・・・ですね。その・・・船をもう少し西に進めて頂いてもよろしいでしょうか?たぶん、 この辺りではなく、もっと西方な気がします」 「畏まりました。宵のうちに進めておきましょう。夢占いの試しもございます。その方が声を聞け るかもしれません」 隼人自身はヒノエに比べればそう大した知識も持ち合わせていない。 ただ、何か手掛かりが掴めればと口にした。 「夢・・・・・・」 幾度も夢で会いたいと願ったが、夢でさえその姿を見せてくれなくなった黒龍。 夢とは互いに会いたいと願わねば見られぬものといわれている。 それでも、声を伝えてきた。 遙か京にいた朔のもとへ─── 「お願いします。皆さまがお休みになれなくて申し訳ないのですけれど。私、先に休みます」 今まで集中していた姿とはかけ離れ、むしろ、白龍の神子に近くなった朔。 小走りに与えられた船室へ向かっていた。 「夢か・・・それはいいかもしれない」 朔から少し離れた場所で夜空を眺めていた敦盛が隼人に近づく。 「少々考えなしだったかもしれません。あのような表情をされてしまうと・・・・・・」 「いいえ。もしかしたら、起きている時は思いが強すぎて、聞き取れないのでは?眠りについてい る時が一番無防備な状態ですから」 さらに離れて甲板に立つ人物の方をみれば、彼の人は目を閉じており、眠っているようだ。 「今宵は私が寝ずの番をいたします。隼人殿はお休みになって下さい。明朝、交代をお願いします」 リズヴァーンには声をかけずとも聞こえているだろう。 分担を決めると、敦盛はさっさと船の船縁に添って歩きだす。 「お任せさせていただきます。それでは」 一礼をし、船を漕ぐ者たちに指示を出してから隼人も眠りについた。 ぐったりとしているに悪いと思いながらも、その僅かに口を開けて眠る無防備な寝顔を眺め られる特権を行使していたい。 だがそれは、菊王丸の気配がなければの話。 既にかなり待たせている。 このまま無視する事は出来なくもないが─── (お前は無茶をやらかすだろう?) のためを思うならば、現時点までの情報整理は行っておきたい。 この場を離れるからにはと、眠る妻の顎に手を添え、口を閉じさせようとしてみる。 だが、顔をしかめて首を振り、すぐに元通り口を開いてしまう。 果ては、触れる寸前に手を叩き落とされる始末。 諦めて小さく笑いを零すと、数度頭を撫でてから褥を離れた。 菊王丸は景時の部屋へは入れない。 それを周囲に覚られぬ振舞いをするよう指示されている。 従者らしく簀子の端で控え知盛を待ち続けていると、床の軋む音に、さらに深く頭を垂れた。 「待たせたな」 扉が僅かに開かれる。 菊王丸を招き入れるためのものではなく、声が届くようにと、明かりとりのため。 「いえ。特に変わったことはございませんでした」 警備には教経の部下を借り受けている。 精鋭だけを集めて見張らせているからには、そうそう不審者は近づけない。 「だろうな。それで?」 「・・・消えました。故に何もございません。他はお考えの通りかと」 仕掛けに反応があったからこそ、消えてしまった存在は戻らないし、何もない。 もう一つの知盛の策略については、教経よりさりげなく菊王丸に伝えられ、声にするには憚ら れる内容が故に耳がほんのり色づいてしまう。 幸いなのは、扉の向こうで壁に背を預けて座っているだろう知盛にそれを見られずに済む。 「ついで・・・だがな。教経は知っていたか」 知盛がではなく、がしたことだ。 誘発させるのが知盛で、その引き金になるのが知盛にとって一番楽しいコト。 清浄なる存在の無意識の奥にある純粋な気持ちが、浄化の空気を辺りに広める。 目に見えずとも、誰もが心地よくなっている不思議な事象については、春先の京でよくあった。 「はい・・・その・・・・・・」 知らされた内容を細かく確認されても困る。 口ごもっていると、 「ここしばらくは腰痛があったからな」 あっさりと知盛の方から受け流してくれた。 「還内府殿からの言伝があれば・・・そのままの言葉で」 知盛の行動に対し、弁慶は文句を言わないだろう。 ヒノエにしても、もしも文句があるとするならば、に負担があることについてと推測される。 しかしながらヒノエという男は、本人が知盛を非難しない限り、何も口にしたりしない。 残るは将臣だけだ。 特に言葉を飾ってもらう必要がないため、菊王丸に言い替える時間は不要だと告げた時─── ドサッ─── 母屋の奥から大きな物音がした。 音の主は一人しか存在しておらず、日頃の気だるげな知盛からは考えられない俊敏さを見せつけ られた。 「?」 起き上がろうとして転がってしまったのか、褥の脇で蹲っている。 急いで身体を起こしてやり、怪我が無いのを確認していると、襟元を掴まれた。 「・・・の、ダメって言ったよ?」 「ああ。悪かった。菊王丸に少し話があった」 即座に詫びると、抱えなおして知盛に抱きつきやすいようにしてやる。 すると、大人しく知盛の肩に頭を預け、まどろみ始めた。 「クッ・・・しばらく付き合え」 横抱きに抱えると、菊王丸と話をしていた場所まで戻る。 菊王丸もやや重みのある足音の違いで気づいたらしい。 面を上げた気配を感じる。 「問題ない。が寝ぼけただけだ」 「左様でしたか」 あれだけ素早い行動をしておきながら、とぼけた返答だ。 教経が二人はそれぞれに興味深い行動をしていると言っていた。 なるほど、には考えつかない行動で驚かされ、知盛にはらしくない行動で笑いを誘われる。 妻にこれだけ弱い男はそうそう見かけない。 どうやらをかまっているらしく、菊王丸に対し言葉はない。 ならば─── 「還内府様からのお言葉の件ですが、“に蹴られても面倒みてやんねぇ”とのことでした」 飾らずにありのままを伝えた。 「クッ・・・蹴られはしないが、腕が空かなくなったな。動きようがない」 やはりを抱えて座っているらしく、声が幾分こもっている。 扉が開いているのが救いで聞き逃さずに済む。 「お伝えしますか?」 「クッ・・・常の事だろうと言われるだけだ。今宵はこのままこちらで休む。お前ももう休んで おけ。・・・次は飯時前に来ればいい」 「畏まりました」 知盛の足音が遠ざかるのを待ってから、菊王丸が庭へと下りた。 用事は言いつけられなかったが、だからこそできる事をしておきたい。 対をぐるりと一周し、不審なものがないか見回ってから教経の元へ戻った。 「お、戻って来た」 舞台では最後の仕上げに、ヒノエと重衡を中心に華やかでありながら、少し砕けた催しが披露さ れている。 教経はお役御免と、将臣たちがいる寝殿の廂に上がり酒を飲んでいた。 「神子様のご様子は?」 「はい。とてもよくお休みで・・・知盛様より明日の朝餉前までお休みを頂きました」 本来の主である教経へ端的に報告をする。 「の腹が基準か〜。わかりやすいことで」 将臣の伝言は知盛に聞き流されたらしい。 元々単なる冷やかしのつもりだったのでかまいはしない。 将臣が酒を呷った。 「起きられれば・・・の話ですけれどね」 弁慶がさらりと確信を持って未来を予言すれば、 「だよな。腕が空かないくらいは言ってただろ?こっちに自分で来るつもりはまったくナシ」 将臣も知盛の行動をしっかり読んでいた。 「お二方からそう言われては、菊王丸が返答に困っておりますよ。そうだな・・・もう休んでおく といい。宿直は他の者がしている。お前は明日に備えなさい」 知盛がわざわざ朝までと刻限を指定したのには理由がありそうだ。 ならば、それに適う行動をとれるようにしておかねばならない。 「はっ。御前を失礼させていただきます」 深く一礼をすると、菊王丸は舞台も見ずにその場を退出していった。 「真面目だな〜、アイツ。・・・大変だろうに」 教経が菊王丸を選任したのは、の相手を務められ、知盛にも気に入られる必要があったため。 指示待ちでは務まらない。 「問題ございません。還内府殿のように最初から先を読む能力があればいいのですが・・・無いのな ら、それを補う経験が必要。経験が何かと問われるなら、己以外の者を知るのが近道。考え方はひと つではないからです。そして、神子様のお考えは誠に尊い。しかも、行動においては、あの知盛殿も 手を焼かれている。菊王丸ならば糧に出来ると思い、従者にとお願いしました」 大役を負担に思うか、喜びとするか。 菊王丸ならば期待にそいたいと考えるだろう。 「今宵はよい収穫を得られましたからね。交代で休むとしましょう」 「そうだな。俺たちがこのまま待機。あいつ等を先に休ませて、朝には揃うようにするか」 一時半で交代すれば陽が昇る。 間者が昼間に活発な動きをする事は無い。 「揃えるんですよ。九郎は叩き起こすんです。寝ているだけだなんて、そんな大層な仕事は有り得な いですから」 「こわっ・・・こういうヤツなんだぜ?弁慶は」 肩を竦めて教経に向かう将臣。 「皆さまは本当に知恵者で行動力もあり頼もしい。私など、いかようにすれば神子様のご希望に叶う のか、頭を悩ませてばかりおります」 こちらも涼しい顔で将臣に向かって柄にもない言葉を紡ぐ。 「・・・好きに言ってろ。本日の功労者は、ヒノエと重衡だからな。俺たちは明日、明日」 行動を起こすのは明日から。 宴の翌日は休みにしてあろうとも、目に見える復興の仕事以外の方が重要なのだ。 「ええ。明日が楽しみですよ」 すべては明日。 和やかに宴の幕が下ろされようとしていた。 |
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あとがき:あちこの状況説明など。 (2010.03.22サイト掲載)