導かれるままに 何度も口づけているうちに、知盛の思惑通りは眠ってしまった。 今宵の事を考えて昼間に無理をさせたわけではないが、結果として文句も少なく眠ってくれたの だから、上手くいったものだ。 「騒ぎが起きても関係ないしな?」 外が騒がしくなろうとも、部屋を出るつもりはない。 そのために堂々と宴を退いてきた。 「明日も・・・姫君は遊びたいのだろう?」 が砕いた水晶はほんの一部。 もっと大きな塊を別の場所で腹心の部下に砕かせていた。 それが今宵の宴の陰の仕掛け用。 守り袋に詰めるのは、一袋につきひとつまみで十分。 が楽しく作業をし、少し疲れる程度でいいと指示をしておいたが、そこは重衡の事。 それなりの量があるように見せつつ、上手く誘導してくれたものだ。 の額に手を当てると、少し汗ばんでいる程度で熱は無い。 「何がかかるか、お楽しみとするか・・・・・・」 かかれば儲けものだし、獲物がかからなくても問題は無い。 最初からどちらでもよいのだから。 肘枕で寝そべり、眠るの胸に手を置く。 伝わる温もりと鼓動を確認してから目蓋を閉じた。 「これぞ、どんちゃん騒ぎ〜って感じだな」 重衡たちのおかげで雅やかではあるが、騒々しいことに変わりはない。 「いいじゃないですか。さんもお休みになったようですし」 「まあな。大人しくしてもらいたけりゃ、腹いっぱい食わせて眠らせるしかない」 按察使と玉積だけが寝殿の奥まで出入り自由の女房だ。 守り袋の件、たちの様子、すべて将臣たちの耳に入って来ている。 「そろそろ撒き時でしょうね」 「ああ。ヒノエがしてんだろ?」 「もちろん。僕は労働には向きませんから」 弁慶が一瞬だけ九郎たちの方を振り返る。 労働向きだが、隠密行動には向いていない。 「・・・頭脳派ね。はい、はい」 ヒノエも強制されて動いているわけではない。 何故か仲間たちは自然と役割分担が出来ており、その点は気遣い無用で楽なものだ。 「そっちは朝には結果が出るしな。で?」 「僕の方は微妙ですね。さすがというか、内部にはいないようです」 「へっ!残党処理くらいは想定してんだろ?」 頼朝の事だ。和議反対派の残党処理くらいは想定しているに違いない。 それで手を打ってこないとなると─── 「失敗したところで九郎を処分する・・・とも考えられますし。相討ち狙い・・・・・・」 「今回は景時の方を追いかけてるとか?動きが変なのはあっちの方が上だ」 「疑り深い人の考える事はわかりませんね。あれこそ仲間のためにしか動かない人物ですよ」 景時を手懐けたいのなら、仲間や家族を人質にすればいい。 頼朝もそれをわかっていて景時を意のままに従わせていたのだから、再び同じ手を使えば済む。 ところが、そのような動きも無い。 景時を探られて困る情報もないので、現時点で不都合は皆無。 頼朝が恐れているだろう事象の残りはひとつ。 「ああ。僕としたことが読み誤ったかな。さんだとすれば、さんの近くに九郎がいる方が 安心。後は福原へ来た理由ですが、さん絡みとなると鎌倉殿でも読めないでしょうねぇ」 「違いない!あれは計算とかじゃなくて、基本、食い物。・・・知盛絡みもか」 平家云々というより、知盛が暮らしていた福原へが訪問したがっても変では無い。 あれだけの転戦をしてきた神子が、出かけるのを厭うなど考えられない。 途中、図らずも住吉詣をしたりと完全にお遊び要素が色濃く、何を報告されても疑われるような 動きにもなっていない。 福原での邸の部屋まで元の知盛の対なのだから、知盛の思い出めぐりと考える事もでき、あまり 疑われなかったのだとすれば辻褄が合う。 「さんに助けられてしまったかな」 「とりあえず重衡が最初にな。ついでに俺たちの順」 此度の件に関して、東国はさほど考慮せずとも済みそうだ。 後は怨霊を鎮め、黒龍が見つかった場合の処置。 「白黒両方が西にいては、東が許してはくれないでしょうね」 「あ〜、チカラが使えるならな。無ければ問題ねぇだろ」 応龍の力は脅威だろうが、白龍だけなら現状と変わらない。 そこに駆け引きできる要素が残されている。 念のため黒龍という言葉は差し控えた。 「黒が・・・姿を保っているとなれば話は別ですよ。さすがに誤魔化しきれない」 「出来るって。白龍なんてチビのままだと思われてんじゃん。実際は、が小さい方が可愛いと 言ったのと、小さい方がお菓子を貰えるだけなんだぜ?」 神様の割に威厳が無いといっては申し訳ないが、事実、白龍はお菓子が欲しくて小さい姿を保っ ている。 「・・・そちらは欠片が見つかってから考えましょうか」 「いや、見つかる。見つかっても姿は無い。だったらいいだろ?これからする事は、どこにも、何 にも残らないようにしねぇとな。何故戦ったのかなんて、俺たち以外知らなくていいんだ」 敵と味方を分けさえすれば、諍いは簡単に起きる。 人は守りたいモノのためには、手段を選ばなくなる傾向がある。 ただの騒動にして済ませてしまいたい。 “戦”という大きなバケモノになる前に。 「・・・合戦の時、将臣君も怨霊を使っていましたよね?」 「ああ、あれな。・・・清盛から貰った勾玉を撒くと出てくんだよ。俺は持たされただけで、それが 何で出来ていたのか、どうやって作ったのかも知らないぜ?経正も同じ。・・・ただの勾玉の山」 戦局が厳しかった屋島で海岸に勾玉をばら撒いた。 あまり気にしていなかったが、一度怨霊が蘇り始めると、その場で亡くなった者たちも怨霊となり 蘇りだしていた。 勾玉の数と怨霊の数は常に一致していない。 戦況が酷い時ほど数は増したし、怨霊の使い手が居ない時は、源平の区別なく人を襲う。 怨霊を放った後は、兵士たちは即座に撤退するという決まりを徹底させていた。 万が一その場に残るとしたら、平家の武将、または、命を受けた怨霊使いのみ。 普通の兵では太刀打ちできないし、従わせる術も持ち合わせていなかったからだ。 「あの勾玉で・・・磁場みたいなのを作るのかもな」 「怨霊使いの方は、相国殿から呪いを施され、勾玉を持たされたんですよね?」 「ああ。そっちは撒いたりしない」 どちらもその場にあったという意味では同じだ。 手放すか、それを使って使役したかの違いのみ。 「・・・・・・あれ?」 「ええ。何らかの玉に術を施して勾玉にしていたとか」 弁慶に順に尋ねられると、今まで考えていなかった事について思い出せる。 「何らかのって・・・が砕いた水晶は、たぶん仏像用だぜ?とすれば・・・・・・」 清盛が他にも大量に水晶を集めていた事になる。 「撒いたのは小石程度の粒。色は・・・黒っぽいけど完全な黒じゃねぇ。持たされる方は赤っつうか、 みかん色?二色が混じった感じの首から下げられるちゃんとした勾玉」 「八尺瓊勾玉を敦盛にと言ってましたね?陽の気を発する。その玉も陽の気の塊なんでしょうか」 色で陰陽を判じていいものかとも思うが、八尺瓊勾玉は赤くて陽。 怨霊使いが使用していた勾玉も暖色であるという。 「兵が足りなかったからな・・・怨霊に頼っちまった。製造過程なんざ気にしてなかったぜ」 すぐに使える物があれば何でも使った。 どうしても平家一門を無事に逃がしたかった。 細かな事を気にする余裕は失われていた─── 「ええ。もう過ぎた事ですし、責めるつもりも無いんです。ただし、そこに何か鍵がある」 「確かにな。死反の術も、八咫鏡、反魂香、術者が揃ってから実行された。景時が探してるのって、 その辺りなんだろ?」 「ええ。勘が鋭いというか、すでに滅された術者からあたろうというのだから大したものです」 一気に話して疲れたのか、互いに小さく息を吐き出すと、白湯の碗を手に取る。 思わず盃でもないのに乾杯をしてしまった。 「ま〜た水晶に話が戻っちまうな」 「ふふふっ。そこは熊野の働き者がいますからね。働いていただきましょう」 丁度戻って来たヒノエに聞かせるように返答の言葉を選ぶ。 「・・・働けよ、元熊野。あんた、元々は熊野の者だろ?怠け者」 不貞腐れたふりをしながら弁慶の隣に座ると盃を呷る。 「首尾は?」 「さっそく消えた。・・・霧散したっていう感じだな。人が消えたように見えるけど、怨霊だっただけ。 姫君の封印時の浄化の光みたいな綺麗なもんじゃない。きな臭い霧みたいなもんだね、あれは」 偶然にも水晶の粉末を撒いてすぐに裏口から出ようとする人影を見つけた。 後をつけさせるより早く、その姿が煙となって消えてしまった。 「もう何も残ってない。臭いもすぐに消えちまったし。かかったけど、何もかからなかった状態だね」 「消えましたか。やはり、水晶は苦手なんですね。それなのに・・・・・・」 弁慶とヒノエの視線が将臣に向く。 「ああ。経正も通盛も・・・平家の武将は水晶の数珠をしていても問題なし。区別つかないだろ?」 この場合の区別は、人と怨霊の区別も含めてという意味だ。 「姫君の従者が知盛殿の仕事してるぜ?教経殿たちと連絡とってたな」 「・・・っとに、あの男は。働いてんのか、サボってるのかハッキリしろっての」 どうにも知盛の話を聞くと飲まずにはいられない。 手酌で酒を含むと、 「半分、半分だねぇ。本日の功労者に褒美を与えたのは九郎って事なんだし?」 ヒノエに盃を差し出され、ついでに注いでやった。 「何か考えがあるのかも知れねぇが、素直にゃ吐かないな」 をからかうのが一番の楽しみで、に構って欲しいだけに過ぎない。 そういった意味では、とても単純とも言える。 「そうでもなさそうですよ。菊王丸が来ています」 弁慶が手招きをすると、廂と簀子の境目まで近づいて来た。 「ま、こっち来て飲め。ほれ」 盃を差し出すと、将臣の傍へと膝を進めてくる。 「・・・頂戴いたします」 「安心しろ。譲特製の生姜湯だ。が飲んだのと同じ」 酒は飲めるだろうが、本人は希望していないだろう。 傍からみれば酒を賜った様にし、中身は親切にも別のモノを注いでやる。 一瞬躊躇いを見せた菊王丸もそれを察し、素直に一気に飲み干してみせた。 「ははっ。いい飲みっぷりだ。それで?」 「主自身をお求めと考えておられます。別当殿に伺った件等は、しばらく後に報告せよと能登様より 指示を受けました。私もこれを授けられました。粉末を結界とし、白き力が流れるだろうと」 教経より授けられた水晶の勾玉を、革紐で首から下げておいた。 将臣に見えるよう少しだけ持ち上げてみせるとすぐに胸元に収める。 「白きって・・・・・・ありえねぇ・・・・・・」 この程度の酒量で酔った例はないが、くらりとした頭を支える事が出来ず首が反る。 京に新築された邸での事象しかない。 「・・・起きてんのか?」 「いえ、寝ていても可能でしょう」 弁慶がさらりととんでもない返答を寄こす。 「何考えてんのかと思えば、そんなの最初から計算していたとしか・・・・・・」 「姫君には災難だろうけどね。そういう事か」 教経は知盛の考えが読めていたのだろう。 粉末の仕掛けにはもう一つの意味がある事を。 結界内に何かを留める、満たすのも、ひとつの方法である。 「だから宴なのか?ぎっちぎちに詰め込んで」 「舞や楽は神が喜ぶものでもありますしね。教経殿は京の出来事をご存じだったという事でしょう」 庭をみれば、場は和やかな空気のまま。 「八葉ならば・・・さんの心に強い変化があればわかりますけれどね」 「これが見える方が神秘的で、また別の感じがしていいもんだけどね」 ヒノエはこちらの庭にまで漂ってきた白き龍神の神子の気を目で追っている。 ほとんどの者たちに見えないそれは、見えなくても穏やかな空気で福原の邸内を包み込んでゆく。 「・・・はぁ。菊王丸、知盛に伝言を頼む。に蹴られても面倒みてやんねぇ。以上」 将臣の言葉に礼で返す菊王丸とは対照的に、弁慶は俯いて笑い、ヒノエは月を見上げて微笑んだ。 「べっつに〜?姫君が幸せなら余計な事だろうさ。・・・朝まで暇だし、飲むか!」 「それもそうだ」 仲間たちとただ朝を待つことが出来る時間というのは貴重なものだ。 ヒノエに誘われるように将臣が盃を手に取る。 「朔が・・・会えるようにと、景時の戻り待ちだな」 「そうですね」 弁慶も盃を手にし、ちらりと九郎を振り返る。 「飲み過ぎの薬も処方済みですし、心置きなくどうぞ」 「へっ!そんなヘマしないって」 ヒノエが口元を手の甲で拭う。 「そう、そう。宴は楽しくねぇとな。・・・次は誰が歌うんだ?」 将臣は廂から庭先へと歩み、次の演目を催促した。 「・・・次かよ。俺様は休憩。最後に派手に終わらせてやる」 ゴロリと横になるヒノエ。 見上げれば月は高く、空には星が輝いている。 「そうして下さい」 目に見えずとも、の穏やかな神気が辺りに揺らぐのが伝わってくる。 知盛の計略までは読めなかったが、良き方に転がるだけで問題は無い。 雨期には珍しくハッキリと姿を見せている月を見上げた。 明日になれば─── 誰もが夜明けを心待ちにしていた。 |
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あとがき:説明ちっくな回かも(汗) (2009.09.20サイト掲載)