俯角と仰角 「ふう。・・・思ったより簡単に聞き込み出来るね〜、奇妙な出来事って」 “人”について尋ねると、有名な人ほど尾ひれがついて、正しい人となりは伝わらない。 けれど、人の口は面白いもので、変わった出来事については話したくて仕方ないらしい。 「そうですね。人については・・・場合によっては警戒されてしまいますから」 景時が探しているのは、ヒノエの推理通り、清盛を甦らせた人物の情報。 その陰陽師の足跡を辿り、途中から聞き込みの仕方を変えた。 道孝と呼ばれる呪師についてから、この辺りの怪異について─── 手繰り寄せた糸は、蘆屋道満の子孫と名乗っていた陰陽師に行き当たった。 そこから先は“道孝”について聞き込みをしていたが、その人物が活動していた範囲をある程度 まで絞り込んだ後、近所で奇妙な出来事がないかを尋ねて回るよう変えた。 景時が探しているのは道孝自身の情報よりも、道孝が暮らしていた所。 頼まれれば呪いでも卜占でもして食いつないでいたようだが、どこかに拠点としていた場所が存 在していると睨んでいる。 それも、福原からそう遠くないところ。 宗盛程度の男が楽々と見つけて呼び寄せられる、狭い範囲のはずだ。 (何か手掛かりになるものがあれば・・・・・・) 清盛を甦らせたとするならば、術について何か記されたモノ等が残っていないか。 相手の力量を探る意味でも、その場所を特定したい。 「梶原様。そろそろ陽が・・・・・・」 「あ、うん。そうだね。でも、陽が落ちてくれないと動きにくいからさ。家長には悪いんだけど、 野宿の準備をしてもいいかな?それから・・・・・・」 町中で必要なものを調達しておかないと、田舎へ行けばいくほど買う事は出来なくなる。 物々交換が普通の田舎まで行ってしまうと、相手が望む交換できる品を持ち合わせていない。 「様・・・なしで頼むよ。その・・・家長はオレの部下じゃないし・・・、知盛の好意で手伝って もらってるっていうか・・・・・・。それに、様付きで呼ばれると、それこそ警戒されるし?」 「左様ですね・・・ならば、今後はそのようにさせていただきます。主の件は皆のためですから、 お気になさらず。・・・若君の機嫌が悪いと、周囲の者たちが大変なのです」 続きは言われずともわかる。 知盛の機嫌が左右されるのは、に纏わる事しかない。 「ははっ・・・笑えない事実で楽しいな〜。最後はちゃんしか止められないだろうし」 力で捻じ伏せるというならば、八葉が揃えば無理ではない。 だが、それでは戦と変わらない。 誰も力で解決が最上だとは思っていないし、力以外の解決があるのを証明したい。 「私も最初は目を疑いました。神子様が木陰でお休みされていて・・・・・・」 「そ?知盛が寝やすい場所を探してくれてるんだよ?ちゃん、疲れやすいからさ」 ところ構わず眠ってしまうのは、まだ力の配分が掴み切れていない所為だ。 最近では別の原因もあり、その原因たる知盛が番をしているとも言える。 「はあ・・・その件も含めて、若君は他人に触れられるのを嫌がる方でしたので・・・あのよう に神子様を抱いて機嫌が良い様子など、想像も出来なかったものですから・・・・・・」 「最初はちゃんがやたら飛びついていたんだ。そのうち、知盛の方が離れなくなったってワケ。 オレの首が危ないから本人には言ったこと無いけど、お気に入りの玩具が手放せない子供みたいだ よね〜〜〜。わかりやすいんだか、捻くれているんだか」 首を軽く回してから伸びをする。 何れにしてもの想いは通じたし、二人の婚姻が和議をより強固なものにしてくれている。 「三条からの文に書かれていたのですが、目にするまで、いや、目にしてもしばらくは信じられず におりました」 「だよね〜。一見変わってないから。だけど、知盛は・・・ちゃんのためなら耳を傾けてくれ るようになったよ。すっごくオレの義妹を大切にしてくれる婿殿で、嬉しい限り〜」 景時の家族となった。 頼朝にとっては源氏の神子を強調する、形式だけのモノとしてもだ。 その形式のおかげで家族が増えたのだから、景時としては感謝している。 「ええ。他の方では無理でしょう。だから私もお役に立ちたい。この度の災いを退けられる何かが あるのなら」 「助かるよ〜。正直この辺りは不案内だし。と、いうわけで。今夜はお化け退治しようね〜」 「はい」 油や食料などを調達し、怪異の噂がある山を目指した。 「朔様。そろそろ一度お休みになられた方が・・・・・・」 朝から海面を祈る様に見続けていた朔。 昼の食事の時以外、船縁を離れる事が無かった。 隼人としてしても、範囲の特定は朔に頼るしかない。 だが─── (だからといって、あまり無理をされるのも・・・・・・) 源氏の神子と呼ばれたといい、黒龍の神子である朔といい、逞しいとしか言いようがない。 見た目や体力ではない。精神力の面でだ。 「陽が落ちてからの方がいいのかもしれません。元より黒龍は闇を好みますし」 ゆるゆると船を西へ進めてくれている。 曇り空でも波間に光るモノがあり眩しく感じるが、探しているモノではない。 「闇・・・ですか?」 「ええ。昼間は出歩くのを嫌がりましたの。でも・・・夜はよく二人で庭を歩きました」 月明かりの中、黒龍に手を取られてのそぞろ歩きは楽しかった。 昼間は姿を見せてくれない事もあり、思い返せば黒龍は夜を好んでいたのだと気づく。 「そうですわ。夜、月明かりの中で祈りを捧げれば・・・・・・」 「では、夜、月と星を頼りに船を進ませましょう。陽が落ちるまで、少しお休み下さい」 やるべき事が決まれば簡単だ。 夜の航海にも慣れているし、嵐でもない限り、夜の海での遊泳も悪くない。 「ええ。そうさせていただきます。・・・うふふ。なら、おやつとか言い出しそう」 福原にいる親友はおやつが大好きだ。 甘い食べ物が貴重品と知ってからは、何でも大切に食べている。 今頃は知盛に世話を焼かれているのだろうか。 「譲ほど上手くはないけれど、プリンを作ってみました。試食していただけますか?」 「敦盛殿が?それは、ぜひ頂かなくては」 そういえば午後から敦盛の姿を見ていなかったと、手渡された碗を手に取った。 「神子も今頃はおやつの時間でしょう」 「知盛殿にご面倒をかけていないといいのだけれど・・・・・・」 甲板に移動し、用意された敷物の上に座る。 続いて敦盛も座り、リズヴァーンは柱に背を預けて立ったままでいた。 「知盛殿があのように人に執着したのは初めてですよ。口では面倒といいながら、教経殿の相手を したり、気遣いの出来る人であったけれど。あの方の視界に入らない人間は、砂浜の砂に等しい扱 いしかされない。でも、神子なら頷けます。自由で・・・飛び立っていかれそうで」 見上げれば空にはカモメが飛び交っている。 あちらも食事の時間らしく、獲物を狙って船の周囲に群がって来た。 「は頑張りすぎるところがあるから・・・知盛殿はをからかうようにして気を逸らせて下 さるのがとても上手。それに、あの寝起きの悪さに付き合えるなんて、我慢強い方ですわ」 「知盛殿にとっては我慢ではないからでしょう」 少しばかりプリンが硬すぎたかもしれない。 匙の通りが悪く感じる。 「少し硬すぎてしまいました」 「そうかもしれませんね。でも、味はそっくり」 誰もが聞けないでいたが、朔にとっての黒龍の存在は大きい。 どのような姿であれ、朔のもとに戻ってくれれば─── (この笑顔が本物になる日が来るのでしょうか。神子はどのように考えておられるのか) 敦盛がリズヴァーンを見ると、黙って頷かれる。 朔の気持ちも大切だが、まずは見つけなくてはならない。 食べ終えた朔に部屋で休むよう勧め、敦盛とリズヴァーンは、夜の海に関しての注意事項を隼人 に尋ねる事にした。 「景時・・・様。その・・・・・・」 「う〜ん。名前だからヨシとしようかな、様がついても。仕掛けは、仕掛けた本人が亡くなってい れば発動しないと思うんだけど・・・稀に変な事が起きるから、気をつけてて」 付近の住人曰く、お化けが出る森との事。 小さな庵と社があっただけで、他に何もなかったその場所に、いつからか化け物がでると子供た ちが言うようになり、誰も寄りつかなくなった。 そう深い森でも無く、大人たちも季節になると山菜採りなどをしたものだが、確かにあったと記 憶している庵等の場所に辿りつけなくなった。 『真っ直ぐ森に入っているのに、入口に戻っちまう』 大人たちは口を揃えてそう言った。 子供だと面白がって何度でも挑戦されてしまう。 だからだろうか、子供たちからは違う答えが返って来る。 『ぶわって大きな白い物が追いかけてくる』 身長で引っかかる仕掛けが違うのだと思っているが、それだけ話を聞ければ充分だ。 何度もそのような目にあっていれば、今は何もなくなっていても足を踏み入れたりしない。 人は一度怖いと思うと立ち向かう気力を失くすものだ。 (オレは・・・恐怖に支配される心の弱さも知っているから。でもね〜。) 小枝を踏んだ音が響き渡る。 わざわざ夜にこの森に入ったのは、昼間では入るなと注意されてしまうから。 人知れず用事を済ませたい。 「あ〜、やっぱり。大人用は健在みたいだなぁ・・・・・・」 結界の名残を感じる。 術だけでなく、何かを使って結界を張ったのならば、探すモノは限定出来る。 「家長〜、ぴかっと光るモノ見つけたら教えてね。それが結界の呪いのモトだから」 「でしたら、その大木の上に」 月でも星でも無い何かが光を受けて輝いている。 景時に言われる前に気になって眺めていた方角を指差して見せた。 「早っ。・・・この年で木登りしたのが朔にバレるとなぁ・・・・・・」 「何も申し上げませんよ。私が登りましょう」 家長が踏み出すと、 「待って。オレじゃないと結界を解けないから。・・・朔には黙っててね〜」 親指を立てて片目を閉じられた。 するすると木の上に登り、大振りの枝に腰を落ち着けたようだ。 何か一瞬大きな光が発せられたが、以降は景時が鏡を手に取り丹念に調べている。 満足したのか、一度下を見下ろすと、今度はのたのたと木から下りてきた。 「いや〜、行きはよいよいだよね。帰りは高いところから下りるから、怖いもんだ」 「首尾は?」 「うん。これ。こんなに小さいま〜るい鏡が結界の正体。これで丁度こんな感じに視覚を狂わせて 森の中に入れないってワケ」 手近な枝を手に取り、鏡合わせの図を描いて説明をしてやる。 「・・・あそこにあった鏡は一枚ですよね?」 「そ。実際に二枚要るわけじゃないんだ。まあ・・・映っている画が必要なだけ〜。どこを見ても 木だしね。森にこの手の結界を張るのって楽なんだ」 楽だと言ってのける景時を頼もしく思う。 そして、知盛が言っていた通りだ。 『の式神を見ればわかるだろう?兄上様の実力が』 が名前までつけて可愛がっているおかげで、貴族が猫を飼っているのと同じようにしか見え なくなっているが、人の言葉を理解する式神。 それを、朔にも持たせているし、他にも呼び出せる余力がありそうだ。 見た目が朗らかで口数も多いので、実力が過小評価されやすい。 こうして景時と共に行動してみると、それらについて身を持って知ることになった。 (鼻歌交じりで、楽しんでいるようにしか・・・・・・) 笑いを堪えて景時の背中を見つめながら歩み続ける家長。 「後は・・・踏んだら出るからね。子供じゃ怖いだろうけど・・・・・・うわぁ!!!」 辺りを確認しながら踏みしめていた景時こそが声を上げる。 景時の二倍はありそうな大きな白い影が景時の目の前に揺れていた。 「・・・もう見られちゃった。こういうのがどこかに埋まってるかもしれないんだけど、こっちは 実害無いから流しといて。庵と社、探そう。野宿より屋根があった方がいいといえばいいしね〜」 手を打ち鳴らして化け物を消すと、月明かりを頼りに坂を登り始める。 庵というより、小屋だろう。 物置程度の建物は、大抵が道沿いにはない。 しゃがんで松明を用意すると、火打ち石で火を点ける。 「ここまでくれば火を使っても大丈夫。今度は鬼火〜とか、変な噂が立っても困るしね」 配慮が行き届いているというか、景時の気配りには家長の方が頭が下がる。 「私がお持ちいたしましょう。向こうにけもの道があるようです。恐らく庵への入り口かと」 「じゃ、頼むね。オレも夜目は利く方なんだ〜」 手ぶらになったのをいいことに、辺りを探りながら家長の後を歩く。 今までの仕掛けからして、道孝は用心深いけれど、相手の心理を読むのには長けていない。 (隠したいモノは、人の目につく場所の方が見つからないんだよね〜) 何をといって、景時が隠したいのは銃。 自ら印を結ぶのが遅いと白状し、剣術が苦手な事を暴露しているこの道具。 仲間も認めてくれている今では、あの苦々しい感情は霧散している。 「あ〜んなとこにも何か仕掛けていたみたいだけど、何だったかわからないなぁ」 本当に術のみの仕掛けは、弱い呪いでは術自体が無効化されている。 念のため術を解除しながら道を歩く。 何かで偶然発動し、怪我でもしたら大変だ。 「何かわかんないって、それはそれで気になる。うぅ〜〜〜〜〜」 頭を抱えてしゃがみ込む景時を放って、家長は先に進む。 どうやら影が濃い辺りに建物がありそうだ。 「景時様、ございましたよ。野宿は免れそうです」 「えっ、ほんと?」 ガサガサと明かりもなしに家長に追い付いてきた。 夜目が利くのも本当のようだ。 「うわ・・・小屋だ。おっと!オレが先に行ってみるね。家長はここにいて」 明かりを分けると、燭台を手に景時だけが敷地に立ちいる。 外から見ると、手掛かりは何も残っていない。 人が生活していた名残を探すべく、戸に手をかけて建物内に足を踏み入れた。 「埃で窒息出来るね、こりゃ」 建物自体に隙間が有りすぎる。 対して、外から拭き込んだ塵やゴミの出口が狭いのだから、中にたまるのはごく自然な事。 「明日一日、この辺りを探索すればいいか!」 取りあえずは、開けられるだけ格子や戸の類を開けて空気を取り入れる。 「家長!外じゃない分マシ程度だけど、今夜はここで休もう。土間もあるしね」 小さいながら炊事場があるのは有り難い。 外で待っている家長を呼びいれた。 「星が・・・・・・」 「明日も何とか天気は持ちそうですね」 雨期に雨が止むのは珍しい。 鬱陶しい湿度は相変わらずだが、龍神の神子姫が二人も揃えば、天候すら変えられるのかと、 勘違いをしそうになる。 「雨も・・・いいものですよ。音が聞こえるの。でも、今は別の声を聞きたいから」 手を合わせて水面に祈りを捧げる朔。 誰もが音を立てぬよう、静かにその姿を見守っていた。 月明かりの下、それぞれの想いが動き始めた。 |
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あとがき:バラバラの二方向になります(笑) (2009.09.19サイト掲載)