華やかなる集い





 を片腕に抱えた知盛が姿を見せた。
 将臣たちは構わず宴についての話を続けているが、少しだけ声のトーンを落とす。
 突然静かになる方が起こしてしまうものだ。
 知盛が満足げに口の端を上げ、を膝上に乗せて元の位置に座した。

「宴、雨が上がったから予定通りだ」
「ああ」
 返事をした僅か一瞬だけ止めた手を、再び子供をあやすように一定の速度を保って動かす。
 程良いところで知盛の首に巻きつくの腕を下ろしてやり、按察使に持たされた薄衣をの肩か
らかけてやった。



 しばらくは他愛無い話が続く。
 庭では宴の準備にざわめいているが、室内は静かなものだ。
 九郎だけが耳を赤くして俯き加減なのは知盛が原因で、それはいつもの事。
 そこへヒノエが戻って来た。

「雨が上がって助かったぜ〜?・・・・・・あ〜あ。姫君はお休みか。兄さんが疲れさせるから〜。
朔ちゃんたちは無事。まだ何の成果もないみたいだけどね」
 勝手に御簾を上げて入室した割には、中の空気を瞬時に読んで小声になっている。
「そうか。・・・そんな簡単なもんじゃないだろうしな」
 顎に手を当て天井を仰ぐ将臣。
 まだ一日目だ。成果が出たとしても明後日だろう。

「景時は播磨にいるみたいだぜ。・・・ある陰陽師について聞き込みしてるらしい。恐らく、相国殿を
甦らせた人物だろうけどね」
 頼まれてもいないのに、景時の動向まで気にかけてくれている。
 相変わらずの気配りぶりに、親指を立てて応える。
「じゃ、景時も今日は戻らないな〜」
 考えるのを止めたらしく、将臣は後ろ手に手をついて大欠伸。
 辺りが水を打ったように静まった時、久しぶりに譲が顔を見せた。

「失礼します。・・・おやつの時間にしませんか」
 時間としてはやや遅めだが、、待望のおやつが届く。
 だが、肝心の人物は寝ているようだ。
 その場の全員の視線がに集中した時、知盛がの耳元で名前を呼んでみせた。


・・・・・・」


 低く艶めく声で囁いたが反応なし。
 知盛は首を竦めると、
「・・・そのうち起きるだろう」
 譲に向けておやつを置いておけという仕種をした。


 九郎は沸騰しそうなほどに赤くなり、譲は絶句して耳から湯気が出そうな勢い。
 ヒノエはそんな二人を笑いたいが大声は出せないため、空気が漏れるような笑いをする。
 将臣の首が前のめりに落ち、特大の溜め息が長く辺りに響いた。

「知盛。空気読めっての。・・・・・・っとにマイペースだな」
「耳元で話されるのが苦手らしいので、寝ているか確かめただけですよ」
 しれっとしたもので、知盛の行動はいちいち計算されていて癇に障る。
 この場の者たちに対して、からかい半分、牽制半分でしかない。
 その証拠に、重衡は目蓋を伏せ気味にして無視、教経はヒノエ同様笑いを堪え、経正は微笑んでおり、
弁慶は目を弓なりにさせて喜んでいる。
 結果として弁慶の言いつけを守り、看病している事にもなるからだ。
 そもそも、が知盛の囁きを苦手だという意味が違う。
 何もかもが面倒になり、わざわざ出向いてきた譲に用件を確認する事にした。
 
「譲。台所離れてていいのか?白龍はどうした?」
「・・・ああ。台所に今は玉積さんがいるし、それ以外は俺がいるから。白龍はつまみ食いし放題で、
離れないと思うよ」
 将臣のおかげで復活した譲が、用意してきた水羊羹を順に配る。
 廂で働いている女房たちがいるので言葉を選びながらだが、将臣をはじめ、仲間たちには伝わる。
 信頼のおける誰かが必ず台所を見張っており、食事には特別気を使っている事が。

「さっき、按察使さんも様子を見に来てくれた。袋作りで何人か抜けたけど、人手もギリギリなんとか」
「それはよかった」
「ついでに水晶の粉を裏口に撒いてみたんだ。たぶん・・・全員問題なし」
 将臣の前でかなり小声で報告をした。
「・・・やるじゃん」
「そりゃあね。何がって、食事が無いことが一番怖いでしょう?」
 困るのではなく、怖いと言ったのが譲の優秀なところ。
 将臣も特定の人物を頭に思い浮かべるだけにし、あえて隣は見ない。

「夕飯、何作るんだ?」
「九郎さんたちの歓迎ですから、カレーシーフードドリア。デザートは考え中です。それじゃ」
 譲はさっさと持ち場へ戻ってしまう。


「羊羹か〜。あいつ何でも作れるんだな」
 渋いお茶と羊羹の組み合わせは、菫も好んでよくしていたなと思い出す。
「甘みが程よいですね」
 羊羹を食しながら、今後についての話し合いを再開する。

「まあ・・・朔を待つしかないか」
「そうですね。切り札は今のところそれしかないですし」
 水晶の件など切り札に成り得そうな情報はあるが、不明な点が多すぎて活かしきれない。

「景時は家長連れてるんだろう?」
「・・・そのようだな」
 自ら口を開くことはないが、問われれば無視はしない。
 以前の知盛に比べると成長した部分である。
 それが行動においても成長してくれればいいのだが、の髪を梳いて戯れる姿は、“掌中の珠”とは
上手い言葉があるなと、周囲が呆れるほどの可愛がりよう。

「その・・・なんだ。ストレス解消を始めたのは午後だろう?」
 硬い水晶を砕く作業は疲れただろうが、この様に長い昼寝をしたくなるほどとも思えない。
 言ってからヒノエの言葉が頭の中で木霊した。

「あ゛・・・・・・」
 将臣が隣を見れば、経正はわかっていたらしい。
 実動の必要が無い宴の仕事など、知盛のご機嫌取りに一番の褒美を差し出したようなものだ。
 と過ごさせれば文句も無いだろうとの配慮は、見事に曲解されたらしい。
 の身に何が起きたのかを、この場で理解していないのは九郎ぐらい。

も自分で苦労を背負ってるトコあるよな・・・・・・)
 知盛の気持ちを向かせられるかなど、誰にもわからなかった結果が今の状態だ。
 あれだけ戦いを楽しんでいた男から唯一の楽しみを取りあげたのだから、その執着が新たな楽しみに
向かうのは至極当然、決まっていた未来のようなもの。
 幼馴染の頬に陰があるのを、半ば気の毒に思って見つめていると───


「・・・ふぁ・・・っ。・・・ん〜〜〜〜っ」
 が口元を隠すことなく欠伸をし、両手を天井へ向けて伸ばすのでなく知盛に抱きついた。


「少しは休めたか?」
「うん。ちょっとのつもりが結構寝ちゃったかも・・・知盛の体温がちょうどいい」
 お気に入りのぬいぐるみでも抱えるかのように知盛にすり寄っている。

「・・・・・・おやつの時間?」
「それには少し遅いが・・・もう譲が用意してくれている」
 抱えていたを食べやすいように座り直させる。
 慣れたもので、も上手く知盛に寄り掛かる位置に落ち着き、目的のモノを探し当てた。
「わ〜〜〜、水羊羹だ。夏って感じだよね〜〜〜」
 しかし、今は食べ物より飲み物。
 手を伸ばしたお茶の碗は程よく冷めていた。

「少し待て。すぐに按察使が来る」
 菊王丸はの目覚めと同時に下がっていた。
 新しいお茶がこちらへ届けられるまで、そう時間はかからない。
「・・・のどが渇いてるから、これも飲む」
 一気飲みをし、親父の様に飲み終えた後に声を上げた。

「ぷは〜〜っ。あ・・・もう宴の準備はじめてるんだ〜」
 解放されていた廂には敷物が並べられ、宴の室礼に早変わりを見せている。

「姫君。そろそろ俺に気づいてくれてもいいんじゃないか?朔ちゃんは無事って情報持ってきてるのに」
「ほんとに?朔、寒くないかな〜。朝のうちは雨も降ってたし〜」
 ヒノエを無視しているわけではないのだろうが、重要度は朔より低いらしい。
「ちぇ〜っ。俺様は〜?」
「ヒノエくんが元気なのは、見ればわかるよ」
 さらりと流されてしまっても、なんのその。
「姫君の一言で、俺のやる気も変わると思うよ?」
 片目を閉じ、ふざけた態度でなおも粘る。

「じゃあ・・・えっと、雨の中、お疲れさまでした。明日も朔について教えて下さい」
 が頭を下げると、
「いえいえ。姫君の願いならば、何でも叶えてみせると致しましょう」
 礼を返したヒノエが顔を上げた時に視線が合い、どちらからともなく笑い出した。

「ヒノエは少しでいいから九郎を指導してやれよ」
「さあ?九郎だって、これくらいは言えるだろ」
 内裏に呼ばれて、この程度の言葉遊びを返せないようでは覚束ない。
 情報は手管に長けた女房連中と仲良くして噂話を仕入れるに限るからだ。

「なっ!俺はだな!」
「はい、はい。九郎もむきになって立たないで下さい」
 弁慶に言われるとこれ以上怒り続けるわけにはいかない。
 まだ腕組みで拗ねているが、九郎が大人しくなった。


「姉上様がお持ちなのは・・・黒水晶の勾玉だったな?」
「うん。ヒノエくんがくれたの。ね?」
 がヒノエに向けて問いかける。

「あれは前回の交易で手に入れてね。黒水晶でもあれだけ罅がないのは珍しい。もともと罅が入ってい
るのがうりっていう水晶もあるけど、黒水晶はそうはいかない。古くは巫女が悪霊祓いなどに使用して
いた代物だから・・・そう思って黒龍の神子の朔ちゃんにいいと思ったんだ」
「実際の儀式を知っているのか?」
 ヒノエが神職も務めているのは知っているし、交易の知識も一番だろう。
 先般より引っかかっていた件の解決に繋がるかもしれないと、将臣が尋ねた。

「ああ。朔ちゃんそのものだよ。御霊を鎮めて祓う。力技じゃないんだ。封印が御霊を輪廻の輪に戻す
というなら、祓うはその前の段階っていうのかな。安眠・・・が近いか。次に必要とされる時まで、永
い眠りにつく。その声を聞くために黒水晶が使われる。交易だと茶水晶を黒水晶だといって売りつけら
れたりするから注意がいるけどね。あれは正真正銘の本物」
 質問したのは将臣だが、思考を巡らせているのは知盛の方だろう。
 将臣はその手助けのために、自ら気になっていた事を次々とヒノエに問いかける。

「んじゃさ、水晶の種類って、どう分けてんだ?」
「簡単にいうと、色の有無、中に何かが含まれているか無いか。一般に水晶っていうと、透明なやつを
いうけどね。兄さんがに贈った指輪の紫水晶なんて、かなり濃い紫色だっただろ?色がはっきりし
ているほど値段も張る。宝珠としちゃ、色つきの方が高いね」
 ヒノエが目利きなのはわかっている。
 説明を簡単にしてくれるのは、素人の将臣にしてみれば有り難い限り。
 
(清盛が集めていたのは・・・透明でガラスのようだった・・・・・・)
 箱のほとんどを占めていたのは透明水晶。
 大きさから考えると値段も相当だろう。
 小箱に少しだけ黒水晶を隠すように入れたのは何故なのだろうか───

 ふと知盛の方を見れば、考えてはいるのだろうが、まったくそうは見えない態度。
 すでに仮説を立てているのだろう。
 それの答えはこの場に無く、知盛に必要な残りの情報の主はただひとり。

「・・・景時待ちでペンディング」
「は?」
 聞き覚えのない語彙に首を傾げると、将臣が片手を上げた。
「ああ、悪い。未解決で保留」
「そうかい?気になるなら調べるぜ?」
 あの清盛が集めたというのだから、物は最上級、量も相当だろう。
 それをあっさり割らせる事に賛同した平氏の公達連中。

(・・・将臣は実戦第一だろうし。あっちの兄さんは姫君の楽しみ優先とくりゃ、水晶の価値なんてね)
 清盛が居れば、悲鳴を上げたであろう。
 それなりに勿体無く感じなくもないが、価値の基準はそれぞれだ。

「じいさんがどこから集めたかなんてのは重要じゃなくてさ。魔除けの謂われ?みたいな方が知りて〜
って感じなんだよな」
「謂われ・・・ねぇ・・・・・・。まさに景時や弁慶が好きそうな話題」
 ヒノエは隣人を見るが、弁慶はをからかう方に参加していた。

「こうして円になって座っていても、重要な話をしているのが二人だけってのが・・・・・・」
「・・・だな。こっちだけで話しても虚しいだけだぜ。アホらし」
 興味がない話題には参加しないのが
 それなのに、中心になるのはなのだから性質が悪い。



「そうしていると、知盛殿の猫のようですね?」
「そう、そう。敦盛が猫がいなくなったと探す時は、知盛殿を探していました。猫は知盛殿の傍がお気に
入りで」
 教経と経正は、一門が華やかに過ごしていた頃を思い出したらしい。

「えっ?ど〜して知盛が猫に好かれるの?」
「・・・大変申し上げ難いのですが、兄上はよく日当たりのよい場所で昼寝をしておりましたので」
「ああ、そうでしたね。でも、肘枕なだけで、真実お休みをしていたわけではないから。うっかり近くで
話をしていると筒抜けになっていて」
 重衡も知盛の行状をここぞとばかりにに話す。

「そうですね。本当にさんは可愛らしくて。そう、そう。木登りも得意でしたよね?」
「きゃ〜っ!何そんなに古い話をしちゃってるんですか。朔に叱られてから、もうしてないです!!!」
 弁慶までもがをからかうから、話は拡大するばかり。
 の髪を梳いて話に参加していなかった知盛が、ここでようやく口を開いた。


「皆さま、あまり私の可愛い仔猫をからかわないでいただきたい。爪を立てられて痛いのは、私ひとりな
のですから」
 の髪をかきわけ、現れた耳朶を噛んでみせた。


「うぎゃーーーっ!か、噛んだ。ち、ちがっ。な、舐めた〜〜〜!!!」
 恥ずかしさのあまり暴れても、所詮知盛の膝の上。
 巻きついている腕はを放してくれそうにない。
 の仕種が面白すぎて、艶めくどころが笑いの渦が起きてしまう。
 ここで真っ赤になって俯いているのは、やはり九郎だけ。



「・・・ここまで上機嫌のあいつ、初めて見た」
「へぇ?それは・・・神子姫様の魅力ってやつかな。あやかりたいね」
「いや・・・魅力ってのは・・・・・・」
 のどこを褒めればいいのか困るのだが、確かに広い意味では魅力なのだろう。
 当時は想像もできなかった風景が目の前にある。

 源氏も平氏もなく、語り合うひと時───

「ま!明日は休みだ。飲もうぜ?」
「賛成〜。姫君の舞がまた拝めるんだしね。・・・九郎!いつまで真っ赤になってるんだよ。飲む前から
そんなんで大丈夫なのか?」
 ヒノエが九郎の背中を叩くと、少しだけ顔を上げてくれた。

「その・・・すまん。どうも俺は・・・・・・」
「いいって。に捕まったのはあっちの方なんだから。さすが元・源氏の神子だよな」
 ヒノエに促されて知盛の表情を窺えば、どこか柔らかい。
 決戦の時、冷めた視線で戦いを挑んでいた男と同一人物には見えない。

「・・・はすごいな」
「だろ?九郎も少しは変わろうぜ。と、いうわけで。今夜は飲むからな」
 肩を叩くと、元気に頷かれる。

「ヒノエが飲みたいだけだろうが・・・・・・」
「な〜に言ってんだ。今日の主役は大いに飲まないとね」

 今宵の潰され役が決定した。
 主犯が会話に参加していないのは常の事。

 敵を欺くには味方から───

 九郎には受難の宴、もうすぐ開催。










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 あとがき:九郎は純情で可愛いな〜。いじられキャラですよね☆     (2009.05.30サイト掲載)




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