扱いも平等に 寝殿の対の廂へ到着すると、がすべき仕事の準備が済んでいる。 「わ〜〜〜、すごい。これで?」 刀鍛冶が使う金槌が置いてあり、手にしてみると想像より重い。 「・・・およよ?でも、これならいけそ〜〜〜」 「お気をつけ下さい。刀よりはるかに重いのですから」 重衡の前には盥があり、その中に袋詰めされた水晶がある。 「もうしてもいいですか?」 「ええ。いつでもどうぞ。まだまだございます」 重衡に言われて簀子を見ると、菊王丸の前に庭で聖水をかけられた袋が順に並べられている。 「・・・よぉ〜し!気合十分、いきま〜〜す!!!」 高らかに宣誓をしてから金槌を振り下ろす。 景気の良い音が響く中、知盛は母屋の中へ入り腰を下ろす。 御簾も格子も開け放っているので、廂にいるを観察するのにも丁度いい。 遅れてきた教経も知盛と同じように母屋の中へ腰を落ち着けた。 「神子様と重衡殿、楽しそうですね」 教経の手を離れた桜は、菊王丸の前にある袋の山の上で銀と遊んでいる。 空いてしまった手を持て余していると、按察使が白湯を置きに来た。 「いつもお前だけに貸し出していては、あれが拗ねる。少しは遊ばせてやらないとな」 按察使が来たので、知盛はその場に肘をついて寝転がってしまう。 「・・・意外ですね。貴方がそんな気遣い方をするなんて」 幼い時から知盛は兄弟の中でも重衡と徳子にだけは気遣いを見せていた。 それらは当人には知られないよう、とてもさりげないものばかりだった。 だが、今回の気遣いは、はともかく、重衡にはどうだろうか。 (面倒な男・・・か。神子様にとっては違うでしょうね) の中で面倒な男は、知盛ひとりだけだろう。 その面倒な男は、先を考えるのに集中したそうだ。 貸し出しは口実で、重衡と菊王丸に信頼を寄せているのに他ならない。 教経は教経で先を考えていると、徐に知盛の口が開いた。 「・・・将臣と経正をここへ連れて来い」 「ああ、そういう事ですか。ですが、ご心配には及びません。こちらは還内府殿の対。雨も上がって、 仕事も上がりの様ですよ」 座っている教経からは、将臣が経正を引き連れて簀子を歩いてくるのが見える。 将臣も知盛と話がしたいだろうし、それに必要な人も厳選されている。 一方で、九郎と弁慶が庭から戻って来るのが知盛の視界にも入っていた。 「よっ!早速やってるな」 「将臣くん!ありがと。これ楽しいよ」 手を振って挨拶を済ませると、再び景気よく金槌を振り下ろすことに集中する。 重衡が程良いところで袋を裏返してやり、満遍なく割れるよう調整しているので失敗はない。 「おう、任せた。しばらく旦那借りる」 「借りるって、本やCDじゃないんだから、レンタル出来ないって。別にいいよ。中でぐうたらして るだけだと思うし」 知盛がを眺めている眼差しを感じるから、安心して仕事と称したストレス発散をしていられる。 誰が来ても知盛は変わらずを見ているだろうから、否という理由は無い。 「あ!九郎さん、弁慶さん、お帰りなさ〜い」 の雄々しい姿に呆れる九郎の視線と、それらを笑う俯き加減の弁慶。 いつもと変わらぬ様子に、知盛が小さく欠伸をした。 「お前は、ほんっとに働かない男だな。に任せきりか?」 将臣が笑いながら知盛の隣に座ると、その隣に経正も腰を下ろす。 「誰が割るかなど決めていなかった。あいつが名乗りを上げたんだ、それでいいだろう?それに・・・ 源氏の若大将も参加だ」 知盛に言われて廂を見れば、に修行だのとけしかけられた九郎がやる気を出してしまい、菊王丸 に世話をされながら作業を始めている。 「これ、案外二の腕にいいと思わない?素振り千回より利くって」 「確かにいいな。ふむ。こういった修行も悪くない」 仕事ではなく、最早遊び兼修行になってしまっていた。 「・・・喰えねぇヤツ」 「さあな。・・・ようこそ、こちらへどうぞ」 九郎を廂の間に残し、弁慶だけが母屋の奥にまで入って来る。 「おや?こちらは将臣君の対じゃなかったかな。知盛殿に招かれるのは、少し怖いな」 くすくすと笑いながら、ちっとも怖いと思っていないだろう弁慶も教経の隣の円座に座る。 呼びたかった面子が揃ったらしく、寝転んでいた知盛が起き上がり、胡坐になった。 「箱は開いたんだが・・・更に中に小箱があった。中身が何か知っていたのか?」 既にが作業をしているからには、箱は清盛の宝箱の事。 あえてこの少ない人数のうちに確認をしたいらしい。 すぐに将臣が鍵を託された時の事を語り出した。 「黒水晶だとは言っていたが、実物は見てないぜ?水晶の山の方は見たけどな。ただ、俺も経正も、箱 には一切触れていない。鍵を渡されただけ。仏像でも彫らせるのに集めたもんだと思っていたし」 金や銀ではないのだから、戦の物資調達の役には立たない。 さして興味もなかったから、源氏に検分されるまで鍵の存在すら忘れていた。 「景時がいればよかったんですが・・・・・・」 「いや、数日の内にわかればいい。物は按察使に預けたが、開けられるのは重衡と俺のみ。小箱の方も、 ちょっとしたからくりがあってな」 知盛が口の端を上げ、皮肉った笑みを浮かべて見せる。 「あのな、それは・・・・・・」 意味が無いと言いかけて止めた。 開けられる人物が限定されているのは、災いを被る場合も同様だ。 「お前、何考えてるんだ?」 「クッ・・・何も。ただ、水晶という宝と、父上が与えていた勾玉の関係が気になっているだけだ」 清盛が与える勾玉があると怨霊が操れるのだという。 呪いの方は怨霊使いを縛るためのもので、怨霊を使役するのとは別物だと考えている。 「そういうのを考えてるっつーの!・・・ったく。無理に聞いても口を割るタイプじゃねぇし」 特大の溜め息を吐き、額に手をやる。 「まあ、まあ。景時が何かを掴んでくるかもしれませんし。美作の方まで足を伸ばすような事も言って いましたから、まったく当てがない旅でもなさそうですよ」 弁慶がとりなす。 「それで?皆様は玉をお持ちと聞いたが・・・弁慶殿、教経にもあるのか?」 「ええ。僕は黄水晶の数珠がありますよ。将臣君は紅玉の耳飾りがありましたし・・・・・・」 弁慶が手早く他の八葉についても説明をする。 「私は幼き時、母から紅水晶の数珠を頂き、いつも身につけております故」 教経が腰に下げていた袋から数珠を知盛に見せた。 「通盛殿も・・・か?」 「はい。母はこの桜の様な色合いを好んでいましたから。兄弟で同じものを所持しております」 ふと引っかかりを覚え、経正へ視線を向ける。 「但馬守は・・・・・・」 「数珠でしたら、水晶と黒曜石の略式のものを・・・この様に」 袖を捲り、腕にある透明と黒い玉が交互に繋がれた数珠を知盛へ見せた。 「・・・水晶に触れても問題なしか?」 「ええ。これは以前より身につけておりましたし、特別外すこともございません」 言われてみれば、護摩修法ではさらに長い本式のものを使っていたように思う。 「何か・・・妙ですね?」 「だな」 弁慶が感じた違和感は、将臣をはじめ誰もが持った。 景時曰く、魔を寄せ付けぬための守り。 清盛や怨霊兵は嫌っていたし、力が足りない者は一時的であろうとも消滅してしまうそれ。 (甦りに必要なのは陽の気を宿した宝珠・・・・・・水晶は?) 陰陽で考えれば、陽であると考えるべきだ。 だが、その必要なはずの陽の気を恐れるとなると、辻褄が合わない。 「優秀な陰陽師の兄上がお戻りになれば、すべて解けるだろうさ。他は後ほどにでも」 かみ合わない箇所が整理出来ただけでも十分だ。 将臣たちも同じ考えらしく、別の話題に移る。 さしずめ急ぎは今宵の宴の方だ。 何か言われる前にと立ち上がり廂まで歩くと、の金槌を取りあげる。 「な・・・何?知盛もしたかった?」 「いや・・・今日はそろそろ止めておけ。今宵は舞を皆に披露するのだろう?」 言われてみればその為に邸に残ったのだから、汗だくになってへばっている場合ではない。 「あ、そっか。九郎さん!今日は宴があるから、おしまいにしましょう?明日また頑張るよ」 「そうか?・・・そうだな。そうしよう」 九郎が手の甲で汗を拭う。 知盛は片腕でを抱え、母屋の中にいる将臣に、 「塗籠をお借りする。着替えをさせたい」 「ああ。勝手に使え」 一応は許可を得てから塗籠の中へと姿を消した。 「九郎も、あちらで支度を整えて来て下さい」 「そうさせていただく」 弁慶に言われるまでもなく待ち構えていた玉積が、湯の入った桶と手拭を手に、九郎を几帳の裏へ 案内する。 按察使ひとりが居るだけで無駄がなくなるのだから感心してしまう。 つい弁慶が将臣の方へ視線を投げかけると、 「按察使がいるだけでココも中心で、京と同じになったよな〜。知盛も弁慶の言いつけは守らせ てるみたいだし?部屋割りも丁度イイみたいだし?」 将臣が肩を竦め、両手のひらを天井へ向けて上げた。 奥向きについては按察使に聞けという意味を込めての仕種。 当の按察使は今頃は塗籠での着替え等の世話をしているだろう。 「熱は下がっているようですしね。過ごしやすいのは良いことです」 将臣の含みを理解した合図に、深く頷いて返した。 「・・・知盛。あっち向いてるか、向こうにいればいいのにぃ」 確かに歩かず楽をして連れてきてもらったが、汗を拭ってもらってから支度をするまでの一部始終 を観察しなくてもいいと思う。 お見せする理由がない。 「隠す仲でもあるまい?」 「そういう事じゃないと思うんだけど・・・・・・恥ずかしいんだよ」 温かい手拭で背中を拭ってもらうのは気持ちがいい。 けれど、余分な視線のおかげで二割増体温が上昇してしまう。 そもそも、恥ずかしさに関する概念が知盛とはズレがある。 いや、知盛の脳内に恥ずかしいという語彙が存在しているか自体が疑わしい。 「若君。待ちきれないのはわかりますが・・・・・・」 振り返る按察使へ視線を一瞬移す。 の背に残る痕を確認すると、後ろ手を着いて身体の向きを変えた。 「さ、神子様。急いでお支度をいたしましょう」 「はい!」 知盛が背を向けているのを確認してからが立ち上がる。 まずは腰に巻いてある布から巻き直しだ。 そうして按察使に言われるがままに手を上げたり袖を通したりしているうちに支度は整った。 按察使が辺りを片づけ退出した後、知盛がに向き合うように座り直し両手を広げる。 「・・・な〜に?」 「少し休め」 それならばと膝に座ろうとすると、コアラのポーズになるよう直される。 袴なので別段問題はないのだが、知盛に促されると気になる。 つい問いかけが口をついた。 「どうして?どうしてこっちの姿勢なの?」 「ああ。しばらく・・・な」 の頭へ手を添え左の肩へ乗せさせると、腰を抱えて安定させてやる。 もう片方の手は背を一定のリズムで軽く叩く。 いわゆる、あやすという状態だ。 「腰・・・あったかぁ・・・い」 知盛が支えてくれている腕の温もりが伝わってくる。 「舞えそうか?」 「うん。・・・ありがと。張り切りすぎて、失敗しちゃうトコだったね」 按察使が腰に布を巻いてくれていたからいいようなものの、少しばかり無茶をしてしまった。 知盛はお見通しだったらしい。 「舞えるなら問題ないだろう」 「ん」 うとうとと意識を手放しそうになっているのために背中を叩く速度を緩めてやると、体重を すべて預けてくるのがわかる。 (そうだな・・・これか・・・・・・) 面倒くさがりとよく評されているし、己の怠惰な部分の自覚もある。 ただ、に関してだけは別。 重衡曰く、お世話を甲斐甲斐しくというのも少し違う。 (クッ・・・お前の面倒だけは楽しいぜ?) 戦で強そうな相手と対峙する高揚感とも似ているけれど違う。 不快感は無く、喜ばしさすら感じる何か。 「。戻るぞ」 「・・・ん」 一応まだ意識は残っているらしく、知盛の首へ腕を回してくる。 ほとんど力は入っておらず、の体重を支える上では意味のない行為だ。 「クッ・・・落ちるぞ?」 「・・・な・・・い・・・ん。・・・さな・・・い・・・・・・」 聞き取れはしないが、言いたいことはわかる。 「確かに落としはしないが・・・な」 身体を密着させ、腰の位置で腕を固定してを抱えたままで立ち上がる。 これで起きないのだから相当だ。 「お連れ致します・・・か」 仲間たちが集う場所へ向かう。 母屋の外では、宴の準備が整えられつつあった。 |
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あとがき:知盛くんは働くのが嫌い。動くのが嫌いなのではないのです。 (2009.05.13サイト掲載)