宝は平等に





 足早に部屋へ戻れば、は教経と楽しそうに談笑中。
 按察使へ箱を放り投げて預けると、すぐさまの隣に座る知盛。

「おかえり!重衡さんがさっき来たから、そろそろ宝箱が開きそうだねって噂してたんだよ」
「その割には出迎えがなかった様だが?」
 の為に箱の開封をしたというのに、空振りもいいところだ。
「だって、直ぐには立てないもん。知盛が座るの待ってたんだよ」
 座り位置を上手く知盛に寄り掛かれるよう修正する
 定番の背もたれ扱いである。

「それに、知盛がいて開けられないっていうのも考えられないし。私の出番?」
「クッ・・・そう急くこともあるまい。菊王丸。重衡の伝令役を。準備が必要だ」
 すぐに意図が伝わり、のもとに桜を残し、銀を連れて菊王丸が素早く身を翻した。

「準備〜?ど〜して?」
「先に泉の水で清めてから・・・だ。粉々になった後では流れてしまう」
「あ、そっか」
 納得したらしいは、手を伸ばして菊王丸が床へ残した桜へ差し伸べる。
「桜ちゃん、おいで〜。銀はお仕事なんだって。準備が出来たら教えてね」
 式神たちに全幅の信頼を寄せている
 時に頑張りすぎて心配なくらいだ。
 指で頭を撫でてやると、桜もそれに応じて飛び跳ねた。

「お前も支度が必要だ。金槌で思う存分叩かせてやる」
「そうかも〜。袖が邪魔だ〜」
 弾みをつけて立ち上がり、袖を振るって見せる。
 すぐに按察使がの手を取り、そのまま着替えのために隣室へ向かった。
 二人の後ろ姿が扉の向こうへ消えたのを確認し、知盛が口を開く。


「・・・将臣たちの予定は?」
「本日は早めに切り上げたいとは仰っておりました」
 あの小箱の中身について確認を取りたいが、他の者たちにはまだ聞かれたくない。
「もしもの場合、先ほど按察使に預けた箱はお前に任せる。いいな?」
「は?・・・はい、畏まりました」
 不測の事態には対処せよという意味なのだろう。
 意味が分からずとも即座に引き受けた。

「で?今度はと何を?」
 意外な事に、教経とがした会話の内容を気にしているらしい。
 緩みそうになる口元を出来るだけ引き締め、加持祈祷で護摩木を使う話や、それにまつわる
知盛の居眠りなどについて等、順を追いながらあるがままに話して聞かせた。



「お待たせっ。袖さえ邪魔にならなければ、ど〜んとコイだよ」
 重ねを一枚減らし、袖を後ろでまとめ上げてある。
 膝をついて知盛の背に負ぶさった。

「勇ましい事ですね」
「そりゃあ・・・お仕事ですから。がっちり割りますよ〜」
 右手を拳にして教経へ気合を見せ、そのままその手を知盛の頬へ押し当てる。
「面倒なこと、重衡さんに押し付けたでしょ?とうす?を取りに来たよ」
「宝箱の見張りを引き受けただけだ。・・・誰かが残っていないと困るだろう?」
 白々しくも堂々と分担したと言い切られる。
「ふ〜〜〜ん。そういう事にしておいてあげる」
「後で神子殿に差し上げると致しましょう。刀子を懐にでも入れておけ。何かの役には立つだろうさ」
 現代でいうところの万能ナイフ。
 こちらでは雑用よりも装飾品の類になりつつあるが、やはり小さくとも刀の類。
 人を傷つける事は出来る。
 箱の中味を出してしまえば必要がないそれを、護身用に持たせたい。

「ペーパーナイフみたいで綺麗だったもんね。銀色好きなんだ。知盛のお下がり貰うの、嬉しいかも」
 按察使が重衡に差し出した一瞬だけ実物を見たが、まるで知盛と重衡が並んでいる様な刀子に心魅かれ
たのは事実だ。

「神子様?ぺーぱー・・・とは?・・・ナイフは刀の事ですよね?」
「あ、そうです。ペーパーは紙。文とかで使う方の紙です。紙って、刀ほど研いでなくても薄ければ切れ
るんですよ。えっと・・・だから・・・形が刀に似ている紙を切る道具の事です。持つところとかに細工
がしてあったりして可愛いの。実際にそれを使うほど文をもらったこと無いから、私は持ってなくて」
 携帯のメールで済んでしまうのだから、映画で見なければその存在も知らなかった。
 試しに実物を見てみたくて、デパートの高級文具売り場を冷やかした事がある。
 真鍮製で細工がしてあり、封筒を開けるためだけの道具としては美しく、値段も高かった。

「銀色がお好みでしたか・・・・・・」
 教経に説明しているの髪を手に取り気を惹く。
「・・・もうその手には乗らないんだから!」
 銀色が好きな理由は、口が裂けても言いたくない。
 紫色の時で学習済み。
 少しでも何かを言おうものなら誘導されてしまうだろうから、ここは無視に限る。
 顔を背け、話は中断という意思表示をして見せた。

「まあ・・・いい。膝を貸せ。四半時程度は準備にかかるだろうさ」
 了承の声を待たずにの膝へ頭を乗せると、すぐに目蓋を閉じてしまう。

「あのぅ・・・準備って、そんなに大掛かり?」
 寝てしまった人物に質問しても無駄だ。
 教経がいる理由はこのような事に対処するためだと教経自身が言っていた。
 ならば、その人物に聞くしかない。

「水晶に竜の泉の水をかけてから袋詰めにして・・・といったところでしょう。泉の水汲みに多少手が
入りそうですが、その後はすぐですよ」
「・・・袋詰め?袋に入れて泉に運んで浸すんじゃなくて?」
 順番が逆に感じる。
「ええ。重い物を運ぶより、盥の中で水をかける方が楽でしょう?袋に入れるのは、砕くと飛び散って
しまいますから。先に袋に入れておけば、粉々でも集めやすいのです」
「あ、な〜るほど。お餅つきのイメージしかなかった。そうですよね。水晶じゃ飛び散っちゃう」
 勢いをつけて叩けば、それだけ破片が飛散してしまう。
 特に何か打ち合わせをした風でもないのによく伝わっているものだと、そちらに関心を持ってしまった。

「・・・ど〜して知盛が何も言わないのに、みんなわかってるの?さっき、菊王丸くんも、銀は連れて
行ったのに、桜ちゃんを置いて行ったし・・・・・・」
 にはわからない事ばかり。
「私の場合は長く御一緒させていただいているから。還内府殿は知盛殿を頼りにされ、よく相談なさって
おいでです。彼のお方自身も無駄を厭います。他の者たちは、それぐらい思い付かないようでは、お側に
おいてもらえませぬ故。残っている者は、知盛殿のご希望に添う者ばかりとなりますね」
 簡単に言っているが、知盛から声がかかる者は優秀だという事だ。

「もしかして、呼ばれるのって嬉しかったりします?」
「その通りですよ。知盛殿の陣に参加出来るのは、名誉な事なのです」
 確かに、快進撃を続けていた源氏軍を止めたのは、生田の知盛のみ。
 景時の転進の決断がなければ、源氏軍はより大勢の兵を失っていただろう。

「こぉ〜んな乱暴者の陣がいいなんて、物好きさんが多いなぁ。私の事、さっくり斬る気だったし」
 悔しいので寝ている知盛の前髪を摘まんで引っ張る。
「それは頼もしいお言葉ですね。神子様が勝利した証拠でもある」
 狸寝入りの対の主に聞こえるよう、勝敗の部分を強調した。
「あ、それはですね、最初は引き分け。二人だけで戦えるんだったらよかったんだけど。どっちの軍も
引き上げるところだったから、中断っていうか、お預けっていうか」
 にすれば幸いな事だった。
 あの時の腕前と残された体力では、勝負を続けていたら確実に知盛に負けていた。

「それで・・・か。知盛殿にしては珍しく未練がお有りで、再び見えたいなどと」
「ご指名されれば期待に応えたいですもん!勝てば文句も言わせないし〜、私のもの!総取りってやつ
です」
 戦の元も最初は単なる利権争い。
 決着がつかないほど長引くし、戦域は広がる。此度の源平の合戦など最たるものだ。
 だが、勝敗は周囲に対しても明確に従うべき順位を示す。

「ふふふっ。知盛殿を手に入れようとお考えになるとは。他の物好き連中を笑えませんね?」
「だってぇ・・・こんなに綺麗でドキドキさせてくれる男の人、初めてだったんだもん。死ぬかと思った
けど、負けるなんて一瞬だって考えたくなかった。これから負けなしで行く覚悟決めてるから、大丈夫」
 頬を染めて文をしたためるでなし、楽を奏で相手を想うでなし。
 どこにでもいるような姫君ではない。
 だが、知盛の髪を梳いている手は慈しみに満ちており、辺りの空気がやわらかに感じられる。

「何だか不思議・・・教経さんって、話しやすい。知盛も話しやすいけど、すぐにからかうんだもん」
 たちの世界にしかないモノの名詞など、通じ合えない語彙が存在するのはわかっている。
 教経に感じるのは別の種類のモノ。
 
「あ、わかった。景時さんだ。同じタイプなのかな〜」
 聞き役でありながら、助言もしてくれ、説明も加えてくれる。
 冗談もほどよく解して笑ってくれるし、その逆も。
「さあ・・・どうでしょう。父上にはもう少し愛想良くしろと言われておりましたが。神子様があまりに
普通に私に接して下さるから、自然と私も飾らずに済むだけでしょう」
 内裏で言い寄られても気が乗らなかったし、縁談も断っているうちに父親の方が折れた。
 兄・通盛の話は羨ましく感じるが、どこかでそこまで願う様な強い思いは無いと、心に虚無を感じていた。
 と話すことで、これから埋めるためにそれはあるのだと気づかされ、考えを改める事が出来た。

「神子様。式神が」
「あ、ほんとだ。知盛、起きて〜」
 知盛の頬を軽く叩くと、すぐに目蓋が開く。

「桜ちゃんが跳ねたの。もう準備できたと思う」
「・・・目覚めの決まりごとはしていただけないのか?」
 が最初に知盛に言ったのは、朝目覚めた時にして欲しい事。
 昼寝でも何でもという意味合いのモノではない。

「・・・嫌」
「冷たい事だな」
 手を使わずに身体を起こし、の頬に軽く触れる。
「久しぶりに思う存分暴れるんだな」
「うん!」
 先に立ち上がるとの手を取り立たせてやり、そのまま片腕を提供する。
「行くか」
「賛成〜。桜ちゃんも行こうね」
 が手を伸ばすより早く、教経が優しく自らの手のひらに乗せる。
 桜も抵抗せずに教経の手のひらに納まったままだ。
「お供させていただきます」
「桜ちゃん、よかったね」
 当初、福原での式神たちは、大層嫌われたものだった。
 考えてみれば、菊王丸も銀と桜の相手をしてくれていたし、按察使も何も言わないので忘れていた。

(あ、そっか。知盛だ)
 特別何か知盛が言ったのではないだろうが、教経の話から察するに、知盛が認めた人物ならば気遣い
無用という事なのだろう。
 腕を借りている人物をふと見上げる。

「・・・気が変わったか?」
「う〜ん。ちょびっとだけ」
 ぐいと知盛の腕を引くと、の意図を理解した知盛が身体を傾ける。
 知盛の頬へキスすると、再び知盛の横顔を眺めながら歩き出す。

「クッ・・・俺の顔に何かついているか?」
「美人さんだよね」
 目を見開いた知盛は僅かに口の端を上げるのみ。
 の思考がどこへ向いているか知るのは難しい。
 だが、少なくとも今は知盛について何かを考えているのがわかるので、教経の目から見ても明らかな
ほどに知盛の機嫌は更に上向いている。
 渡殿を過ぎ、寝殿に辿りつく頃には、知盛との手は繋がれていた。


「君の主は・・・人の心を読むのがお上手だ」
 知盛との数歩後から歩く教経。
 手のひらにいる桜にこっそり話しかける。
 確かに過去の知盛について多少は語りはしたが、その程度で人ひとりのすべてを理解できるわけがない。

(気持ちを酌むのに優れていらっしゃる・・・・・・)
 菊王丸を従者に差し出した時もそう。
 教経はもっと早く手を打つべきだったと後悔していた。
 詫びる隙は与えられず、拒否されたのかと思ったものだが、それは違うとすぐにわかった。
 終わった事として切り替えようとしているのに、蒸し返すなという意思が感じられた。
 その上、菊王丸に朝餉の膳を勧めてくれた。

(強く・・・あろうとされていらっしゃる)
 きっと、知盛が魅かれたのは、そんな強さと、その陰の部分。


「残される方は、かなり大変だろうけどね」
 肩へ桜を乗せると、いつの間にか雨は上がっていたようだ。
 珍しくも知盛が先に教経に告げたのだ。
 を追いかけて行ってしまうという教経の推測を否定しなかった。

(私で何か神子様の助けが出来るのならば)
 知盛が抜けても問題のない指揮系統を決めておかねばならない。
 が自由に動き回れるには、味方の布陣が乱れたり、押されるような事態はあってはならない。


「ああ。廂を開けて用意したんだ。あれなら階からの出入りも楽だな」
 廂で控える重衡と、簀子で控える菊王丸が目に入る。
 知盛とに少し遅れ、教経も寝殿の簀子を渡った。



 雨上がりの午後。
 単純な仕事は楽しそうだと、誰もが期待をしていた。










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 あとがき:がっちり働くんです。妻が(笑)力仕事は妻な夫婦って・・・・・・。     (2009.05.09サイト掲載)




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