銀に光る守りの刀子





 かつて清盛が仏教の熱心な信奉者になり、やたら仏像を並べて祈っていた時期がある。
 当時の祈りの間を復元したようなその場所は、現在は何もない広い部屋。
 位置が寝殿の奥のため、当主以外は立ち入り難い。
 そこに小部屋があり、ある程度の財宝が収められている。
 知盛は重衡を連れ立ち、その小部屋の前までやって来た。

「今、扉をお開けします」
 経正より預けられた別の鍵を使い、小部屋の入り口の閂にかかる鍵を開けた。

 カチャリ───

「で?・・・一部ではなくか?」
 重衡が扉を開けると、知盛は真っ直ぐ進む。
 周囲を見回すと適当に箱が積まれており、見た感じは武器庫と変わらない。
「はい。仏像の類は失われましたが、水晶の箱は、箱自体を開けられなかったようです。鍵は還内府殿と
経正殿へ、それぞれに渡されていたものを、一端は源氏の検分のために渡したらしいのですが、箱と併せ
てこちらに戻ってきております」
「ほう・・・鍵があっても源氏は諦めたというわけか」
 目的の箱らしきは、正面奥に鎮座している。
 その蓋に手を滑らせると、うっすら積もっていた埃が扉から差し込む日の光の中で舞う。

「中は水晶であろう事がわかっておりましたし、何より箱が鉄製で開けようがなかったようです。こちらは
弁慶様にも確認しました。まるで・・・からくり箱のようだったという報告を受けたと」
「鍵があっても開けられぬ箱・・・か。クッ・・・まるでお前の宝箱のようじゃないか」
 重衡も箱の前に立ち、その外装を眺める。
 確かにこの箱が邸にあった記憶がある。
 しかも、開いた状態で清盛が仏像を収めていたのを目撃している。

「何かあてはあるのか?」
「恐らく、兄上の考えと同じかと・・・・・・現物の鍵というならば、将臣殿と経正殿が持っていた鍵。これは、
目くらましの意味も考えられます。しかし、父上の息子である私たちに何も残さないのは・・・・・・」
 将臣は重衡と認知されていたのだから、鍵を預けられたのは頷ける。
 経正にしても、実務全般を重盛の補佐として務めて長い。
 その彼に鍵を渡したのも理解の範囲だ。
 だが、肝心の家族に何も残さなかったのは何故か。

「お前は壇ノ浦までは来なかったからな」
「・・・はい。ですが、兄上には?それに、一応は宗盛兄上も・・・・・・」
 振り返った知盛が見せた顔は、相当に皮肉ったものだ。

「父上ほど敏いお方が、あれの行動を知らないとも考えられない。最初から除外していただろうさ。残るは
お前と俺、そして、その役目は開けるために知恵を使え・・・いや。開けた後も・・・か」
 将臣たちも同じ結論にたどり着いたからこそ、重衡を遣わしたのだと思われる。
 だが、幼い姿の清盛と話をした記憶はあまりにも少ない。
 還内府である将臣か、妻である二位の尼君が一番多く接触している。
 姿を見せても言葉を交わすとなると、かなり限られた人間だけだった。

「では、直接兄上に何も?」
「ああ、まったく何もこの件に関して言葉を賜わっていない。が、・・・鍵穴はこれだけではなさそうだな」
 鍵穴が合うことの方を疑うべきだ。目に見える場所、すぐにわかる場所では意味がない。

(隠したくてこの箱にしたのだろうに、鍵だけで開けられるようなものにしはしない・・・・・・)
 源氏に手に入れられたくはなかった。
 そして、身内にも見られたくなかった。
 だが、身内には持っていて欲しかった、そんなモノが入っていそうだ。

「お前は、甦りに使った道具類については知っているのか?」
「残念ながら・・・・・・」
 邸に寄りつかなかった重衡が、甦りの儀式に参加するわけもない。
 毎夜違う花の宿を尋ね歩いていたのだから、無理というものだ。

「ふむ。答えは存外簡単なことかもしれん。わざわざ託すほど大袈裟でない・・・か」
 面倒そうに首を回すと、その場に肘枕で転がってしまう知盛。
 それを見た重衡は一瞬天井を仰ぐと、知盛の肩を揺すりだす。

「いくら面倒だからといって、これでは何も進みません」
「ああ。そうだな」
 まるで意に介する風もない。

「神子様にお清めいただくにしても、配っていただくにしても、まずはものを探さねばならないというのに」
 ワザとらしく溜め息を吐いて見せても、身動ぎひとつしない。



「まったく。あれほど甲斐甲斐しく神子様をお世話しているご様子を見て、少しは変わったかと思えば、まっ
たくお変わりないようですね、兄上は」
 あてに出来ないと、さっさとひとりで箱の前へ移動して片膝をつき、丁寧に端から調べてゆく。
 所々装飾が剥げ落ちてしまっているのが勿体無いとさえ思えるが、人一人は優に入るだろう事を考えれば、
あちらこちらへ移動され傷みがあるのが当たり前だ。

「兄上」
「・・・何だ」
「金箔が剥げている箇所については何となく予想がつきますし、装飾の足りない部分も何であったのかわか
るような気も致しますが・・・・・・」
「だろうな。その穴のどれかが何かであって、無駄に開いてるのではなさそうだな」
 それだけ言うと、今度は仰向けになってしまう。
「・・・気づいていらっしゃったのなら」
「ああ。だが、父上様ならそれも解っていらっしゃっただろう。お前が丁寧に箱を調べる事を・・・な」
「・・・・・・・・・・・・」
 何か言って返してやりたいのだが、言うだけ無駄に終わりそうで、まずは再び箱に向き合う。



「兄上は・・・どうしてそうわかっているのに言わなかったり、遠まわしなのでしょう。思わせぶりといいますか」
「ほう・・・も同じ事を言っていたな」
 興味を持ったのか、閉じていた目蓋が開かれる。

「そういう問題ではございません。私だけが必死で・・・・・・」
「だから、それも含めてだと言っている。父上はお前のその態度も含めてご存知だった事だろうさ。褒められよう、
心配かけぬよう、上手くやろう・・・とな。だからこそ、お前を一番可愛がった。素直じゃないのはお前の方だ。
俺は誰にも合わせはしないと言っただろう?」
 重衡が振り返ると、知盛は胡坐になって座っていた。

「刀子だ。あれならば・・・お前と俺の刀子をどこかに差し込め。その意味の無い装飾を全部取っ払うんだな。
刀子を持たせるなど珍しいと思っていたが・・・わざわざ銀細工の鞘まで作らせた物だ。探して来い」
「兄上!そこまで考えておいででしたのなら。・・・按察使に確認して参ります。私と兄上のですね」
 宋との交易で得た刀子の細工が気に入ったのか、清盛は子供たちへ元服や裳着の時に刀子を与えていた。
 違っていたのは、知盛と重衡の時だけ銀細工。
 他の子供たちには金細工だったり紫檀の細工物だったりと素材からして違う。

 入り口の扉の前で重衡が振り返る。
「兄上は、父上様の最後を・・・・・・」
「ああ。が封印するのを見ていた。が、黒龍の鱗を持っていたのでな・・・・・・封印しきれず零れた想いが
あったのだろうさ」
「左様でしたか。すぐに戻ります」
 重衡の気配がなくなってから、箱の前に座る知盛。


(鍵穴は二つ。鍵を差し入れただけでは反応せず・・・・・・)
 箱の周囲にあった装飾でも、角が当たる四隅は穴が深い。
 
(装飾品に付いていた宝珠に惹きつければ、穴の細工には気づかれまい)
 位置からして前面の脇。
 他では面倒すぎて幼い姿の清盛では開閉が出来なかっただろう。
 知盛も重衡も戦に刀子は携帯していなかった。
 邸に残っていた者たちを考えれば、刀子の在り処を知り、それを任された人物は自ずと特定できる。
 重衡の判断は正しいといえそうだ。

(クッ・・・取った装飾と穴の大きさが違っていたなど、誰も確認しなかったか)
 装飾の類は鍵ではないのだから、見える部分だけがはまっていれば、型が違うなどとは考えないだろう。
 後は重衡が戻ってから試してみればいい。
 またもすることがなくなった知盛は、箱の前で寝転がる。

 
「本当に父上様は・・・ズルくていらっしゃることだな」
 めったに言葉がない。
 知盛に対してとくに褒めることも、文句を言う事もなかった。


 『勝手ばかりしおって・・・・・・』
 『程々にしておりますよ。何事も・・・面倒は嫌いな性質でして』


 知盛が公家の姫と通じて騒ぎになった時も、清盛は婚儀をと急かすでなく、公家からの苦情に対応するで
なく、知盛任せだった。


 『一番に心配してくれる姫でも傍におればいいのだが』
 『何人もおりますよ。もっとも・・・私の方ではどうでもいい事ですが』
 『お前が一番私に似ているから仕方がない。そなたの隣に立てる程の女人は、そうそうおるまいて』
 『クッ・・・木曽の女傑の様なということですか?都ではとても無理でしょう。卑賤な者でないと』
 『巴御前というなら、あれでは不足だ。・・・そう、逆らうほど激しい、獣のような女人がいい』


 その時は妻を娶らぬ知盛に対する戯言と聞き流していたが、振り返れば的を射ていた。
 知盛自身が好む女である前に、女の方で知盛に執着を見せないと話にならない。

(俺を・・・殺してでも手に入れようとするほどの執着を見せたのは、が初めてだったな)
 最後の戦いの船上で、剣を握り直して挑んできた。
 そして、あの交換条件。


 『戦いより楽しい事みつけてあげる』


「クッ・・・日々、楽しいもんだ・・・・・・」
「そうでしょうとも。ごろごろと働かずに、神子様と睦み合っているだけなのですから」
 振り返ると、刀子を手にした重衡が立っている。

「文句か?」
「いえ。事実かと。・・・それより、こちらに」
 膝をついて知盛へ二本の刀子を差し出すが、
「形に合う方へ挿してみろ。だが・・・左が俺のだろうがな」
 受け取らずに箱を指差すのみ。
 重衡が箱の装飾があった穴を確かめ、言われた通りに刀子を挿し入れた。


 カチッ───


 小さな音とともに、何かが箱の中で動く。
 続いて正面の鍵穴へ鍵を入れて回すと確かな手ごたえがある。
 もうひとつの鍵を同じようにすると、先ほどより大きな音がした。


 ガチャリ───


「開いた・・・な」
「はい!」
 重い蓋を開けると、探していた水晶の原石が入っている。

「これほど集めていらっしゃったとは・・・・・・」
 室内が薄暗いのに、わずかな光を受けただけでその存在を指し示している。
 ふと、箱の隅に新たなる小箱を見つけた。

「兄上。水晶の原石のほかに箱がございます」
「・・・これへ持て」
 手に取りあげると、重衡の宝箱と同じ様なつくりのからくり箱。
 知盛へ手渡すと、片手で周囲を眺めた後、そのまま床へと置かれた。

「水晶の件、箱の中身を知っていたのは経正か?」
 胡坐になると重衡を手招きする。

「はい。将臣殿もご存知でした。ただ・・・お二人以外の者が箱へこれらを入れたようです。その後、
鍵をかけ、お二方のそれぞれへ手渡されたとか。よって水晶だと。水晶を箱へ入れた者は、翌日には
骸で発見されたとも」
「箱の中身を知る者は四人、触れた者は一人だけ。その者は既に父上によって口封じ済み・・・か」
 水晶は魔を遠ざけると云われている。
 清盛がそれを恐れていたとすれば、自身からは遠ざけた事だろう。
 人を使ったのも頷ける。

「有川は重盛兄上と思われ、経正を甦らせたのは父上。と、なれば・・・・・・」
「触れさせずにお二人に託した・・・というわけですね?」
「ああ」
 単純に考えれば、清盛が使う術の解除作用があるから、水晶を集めて遠ざけたでいいだろう。
 源氏軍には渡したくない、手元に置いておきたい、二つの条件に適っている。

「父上は既に魔に属するモノに成果てていた。水晶が苦手なのはわかる。が、我らに知らせぬ理由は
無い。父上に反抗する意思は無いのだから」
「ええ。そう・・・ですね」
 最後まで一門と行動を共にしなかった重衡としては、知盛の考えに異論はない。
 知盛の方がより多くの戦をし、清盛を助け続けていたのだから。

「触れられる者と触れられぬ者。生身である俺たちは、これを手に取ることは容易い・・・・・・」
 小箱を手に取ると、重衡がからくり箱を開けたように、順に細工を動かし始める知盛。
 重衡は一瞬目を見開くが、相手が知盛では、やはりという思いしかない。

「兄上に隠し事は出来ませんね」
「クッ・・・したければご自由に?」
 まるで関心がないかというように作業を続け、最後の細工を動かすと簡単に箱は開いた。

「黒・・・水晶のように見えますが・・・・・・」
「そうだな」
 黒水晶だけ小箱に除けていた理由が知りたい。
 水晶の原石より、こちらに意味がありそうだ。

「蓋は・・・閉めるだけで開かなくなるのか?」
「はい」
 小箱の蓋を閉めると、
「これは按察使に預けておく。後で将臣と経正に報告しておけ。を連れてくる」
 重衡を残して小部屋を出て行った。


「何かお考えがあるのでしょうが・・・・・・」
 とりあえずはが水晶を砕く手伝いをすればいい。
 気になるのはあの小箱だ。
 按察使に預けても開けられない。
 からくりを知っているのは知盛と重衡のみ。
 では、小箱の中身を知っている人間はどれだけいるのだろうか───

「父上が託したかったのは、小箱の方かもしれませんね」
 知盛と重衡が揃わなければ開かないように細工された事実から推測される。
 そして、知盛が言うように最初から数えられていなかった宗盛。

「ふふっ。父上も、兄上も、お人が悪い」
 清盛に一番似ているのは、知盛かも知れない。
 大切なもの以外には容赦無しな点においてだ。
 清盛は時子や家族、一門までを大切にしていたから、身内からは寛大に見えただけだ。
 一門以外からすれば、冷酷で非道という噂通りの男。
 知盛は大切にしているものが少なすぎただけで、本質は清盛と変わらない。
 ようやく見つけた想い人を、ことのほか大切にしすぎているから違って見えるだけの話。

「兄上が誰か人を寄こして下さるまで動けませんね」
 小部屋の戸口へ立ち、辺りを見回す。
 壁に背を預けると、大きく息を吐き出してから座り込んだ。


 が楽しげに水晶を割る作業を想像し口元を緩ませる。
 知盛に言いつけられた針仕事はしていないだろう。
 は気が向いたらと言っていたし、そこには暗に針仕事はしたくないという含みがある。

「本当にお可愛らしい義姉上様ですね」
 静ではなく、動の美しさを持つ者。
 陰りではなく、光を放つ存在。

「すべてが片付いたら・・・・・・」
 消息の知れた乳兄弟に会いに行こうと思う。
 知盛が見せた温情を素直に受け取りたい。

「私にも、何か出来るのでしょうか・・・・・・」
 問いかけたい人は、今頃は知盛にからかわれているだろう。
 重く空に広がる雨雲へ視線向ける。



 この曇り空の下でも明るく響く、涼やかな声を聞けるだけでいい。
 時の波に逆らうことなく、光の訪れを待った。










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 あとがき:刀子(とうす)って読みます。便利小刀で、後の懐刀らしいです。     (2009.04.27サイト掲載)




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