過現 経正も知らなかったであろう重衡の乳兄弟の顛末。 知盛はようやく重衡に伝える事が出来た。 重衡の態度によっては伝えるつもりはなかったが、今ならば受け入れられるだろうと感じたから話した。 重衡が感情を表に出したことで、盛長や阿波がとった行動が報われたと思う。 だが─── 重衡の左腕にある腕輪は、なかなかに目立つ。 目立つのだが、隠そうとしていないのがそれをさらに目立たせている。 どちらかというと、に気づかせようとしている作為的なものすら感じる。 まんまとつられるようにが腕輪について口にした。 「あの・・・重衡さんって、腕輪してる人でしたっけ?」 「いえ。ですが・・・そうですね。神子様と対の様に見えなくもございませんね。出来れば私も姫君に贈り たいと考えているのですが、受け取っていただける方が居りませぬ故、こうして身に着けております」 さらりと思わせぶりな言葉を紡ぐ重衡へ向け、知盛の呆れた視線が絡みつく。 も特大の溜め息を吐いてよこすのだから、重衡の思惑は外れたのか、当たっているのか。 「可笑しいんだ〜。ヒノエくんで慣れたつもりだったけど、重衡さんのは遠回りでご近所みたいな」 ヒノエの言葉は、所々がわからないためぼかされた部分が多く存在する。 だが、後から確認するにつけ、大変まっすぐで恥かしすぎるものだと知る。 だから冗談で済ませられる。 それに比べると重衡の言葉は、どうとでもとれる逃げ道が最初から用意されているように感じるのだ。 「神子様ほどではございませんよ。私を惑わすのがお上手だ。・・・おっと、兄上の前でする話ではござい ませんね」 「知盛がいない時に言われる方が大問題だと思いますけど?今なら旦那様も知ってるから、お咎めナシで誤 解もナシ。ね?むふふ〜ん」 昼は蒸し暑さを考慮したのか、メインは焼きおにぎり。 の大好物であり、鼻歌交じりで大きな口を開けて頬張っている。 この時期、熱処理していない食べ物は食中毒が心配。いかにも譲らしい。 宴のメニューを決めたり、その下準備、密かに任された聞き込みもあるだろうに、昼も時間を見計らって 用意していたようで、温かいものばかりだ。 「サラダとか冷たいモノ食べたい気分なんだけどな〜」 「身体を冷やさぬようにと譲が配慮してくれたのだろう。今日までは・・・アレも忘れるなよ」 玉積が後から用意してきた膳には、お約束の薬湯の碗がある。 「げっ!・・・でも、飲まないと九郎さんになっちゃう。頑張ろうっと」 九郎が聞いたら怒りそうな呟き。 そして、デザートの存在を知っているからこその気合でもある。 食事が済んでいる知盛は、白湯の碗を手に持ち、庭を眺めながら考える。 福原還都は僅かな間だった。 一門の拠点はむしろ屋島の方にあったのだ。 軍の最西を彦島とし、厳島近辺は宋との交易が主流の拠点。 どちらかというと仏像や経典等を集めていた清盛の趣味が凝縮した土地だ。 甦った清盛はあんなに集めていた宝飾品の中でも水晶を遠ざけていた。 (水晶には撥ね付けられ・・・黒龍の鱗には同調し・・・他の何かに取り込まれたか・・・・・・) 魔を祓うのが水晶なのだとしたら、取り込んだのは何であったのか。 (小松の兄上の魂魄は、器がなかった。父上も熱病で器がなかった。子供の姿はまやかし・・・・・・) 大きな姿を映すことが出来ずに幼い姿だったとすれば、合点がいく。 何かは必要なのだ。 (敦盛は器はあったが・・・何かが足りずに怨霊を使ったという。足りなかったのは魂魄の方なのか?) 躯はまだ温かかったという。 器に問題はなさそうだ。 「知盛?何かあった?」 隣に座っている知盛の膝を叩いて注意を促がす。 「いや?薬湯は飲んだのか?」 「うっ・・・まだ半分。でもね、頑張ってるの。白湯で薄めるんじゃ、飲む量が増えちゃうしぃ。何気に 重衡さんにも見られてるからズルできないしぃ」 飲まずに捨てるという選択肢は存在しない。 考え事をしていた知盛対し、微笑みを浮かべてを見つめている重衡。 隣にいる知盛から逃げ切れる距離ではないし、少しも視線を逸らしてくれない重衡もいる。 二人を誤魔化すのは不可能だ。 (・・・まさか、弁慶さんに言われて見張りとか?) 重衡の想いには微塵も気づかず、それどころか勘ぐっている始末。 見つめあうではなく、睨みあう状態では、知盛が憂慮している事態になりようがない。 「・・・クッ、そう重衡を睨まないでやってくれ」 「だって・・・・・・」 重衡へ向けて碗の中を見せる。 あと少しで飲み終える量だ。 見張らなくても飲んでいるというアピールは、重衡の気持ちはまったく通じていないのだと思い知らさ れる。だが、それでいいのだ。 「神子様。それを一口で飲んでしまえば・・・ほら」 譲が用意してくれた本日のデザートであるマドレーヌがある膳を手で指し示される。 「で、ですよね。わかってるんですけど・・・・・・」 碗の中身を睨みつけると、大きく息を吸い込む。 「・・・逆だ。息を吐き出してから飲み込め」 軽くの背を叩くと、文句を言われる前に碗を口へあてさせ、残りを一気に飲ませることに成功した。 「・・・けふっ。・・・ひどいよ、知盛。なにも・・・・・・っ!」 白湯を一口飲んでから、涙目で知盛を見上げる。 「これで文句もないだろう?」 続いての口へマドレーヌを押し込むと、念願のデザートに満足したのか大人しく食べている。 「重衡。水晶の箱は?」 「はい。こちらの造営が済みました後、祈りの間へ運び込んだとの事です。鍵はこちらに」 重衡が己の胸へ手をあてた。預かり物は首飾りになっているらしい。 「コイツのデザートとやらが済んだら、宝探しだな」 の頭へ手のひらを置くと、がマドレーヌのひとつを手に取り知盛の口元へ近づける。 「食べる?はちみつ味で美味しいよ?」 「ああ」 一口齧り、その噛み応えのなさと甘さに顔を顰める。 「そんな変な顔しなくってもいいのに。残りは食べちゃうからね」 知盛の齧りかけのマドレーヌに躊躇することなくかじりついている。 の手首を掴むと、最後のひと欠片をの指から食べてみた。 「そんなに食べたいなら言ってよ。まだあるんだし、わざわざ私のとらなくたって・・・・・・」 知盛の意味がありそうで、無さそうな行動。 そもそも一度知盛に勧めたのだから、のと断言し難い食べ終えてしまったマドレーヌ。 知盛のためのデザートは用意されていない。 の分は山盛りで、重衡の分は二個ばかり用意されていただけ。 「あれ?もしかして、食べたかったとか?」 例に新しいひとつをて取り半分にして知盛へ渡そうとすると、知盛は受け取らない。 首を傾げると、口を開いて返された。 「・・・自分で食べなよ〜。これ、レモン味もして、さっぱりしてるよね」 半分をさらに割り、口の中におさまるサイズにしてから知盛の口へと放り込む。 知盛が嫌がることなく食べているのが妙な気分だ。 知盛との遣り取りを見るにつけ胸に痛みが走るが、区切りをつけねばならない自覚もある。 重衡の乳兄弟の件では温情を、の件では容赦なしの知盛の態度。 挑発するのでなく、無視するのでもなく、あるがままなのだろう。 おしゃべりとは無縁の知盛にこれだけ話をさせているのだ。 の存在の大きさがわかる。 「指なめないで!もぉ〜、甘いもの好きだったの?」 「クッ・・・言ってもいいのか?」 「いいっ!絶対に聞かない。もう何も言わないで!おやつもあげない。残りは全部私の!あ。一個は銀と 桜でわけてね〜。この後、宝探しの探検らしいから」 掴まれていた手首を振り払い自由を得ると、式神たち用の皿にもうひとつマドレーヌを等分してから置 いてやる。 二匹が食べる様子を楽しむに対し、知盛はまたも庭を眺めている。 (兄上?) 最初はと式神たちを見ていた重衡だが、知盛の視線の先を追う。 庭には新たに移植された木々があり、その景観は都とされた時に引けをとらない。 風景を楽しんでいるのではないとすれば、その方向に何かがあるのだろう。 それからしばし沈黙が広がる中、食事の膳を片付けに来た女房たちが辺りで動いている。 は玉積に連れられて几帳の裏へと姿を隠した。 化粧と支度を整えられているのだろう。 それでも知盛が動く気配はない。 ただ胡坐で雨空を見ているようにしか見えない。 片付けを終えた女房たちが退出すると、いよいよ物音も無くなる。 重衡も合わせるように黙ってその場にいると、やがて戻ってきたが重衡の疑問を代弁してくれた。 「ね、知盛。宝探しに行かないの?水晶・・・探すんだよね?私が割るんでしょ?」 「ああ」 手を広げて待たれているからには、知盛の膝へ座れという事なのだろう。 腑に落ちないながらもは大人しく指定席に座り重衡と向き合う。 首を傾げると、重衡もわからないのか、僅かに横に首を振って返された。 その直後に簀子の軋む気配を感じて重衡が片膝を立てると、御簾の外から先導の女房も遣わさずに 来た教経の涼やかな声がした。 「知盛殿、神子様。私も宝探しに加えていただけませんか?今日は雨が強くならないので、仕事もあがり にしていただけないのです。とはいえ、サボリも気が引けますからね。宝探しなら立派な仕事でしょう?」 「入れ。菊王丸もだ」 知盛に招かれ、二人が御簾を上げて礼をしてから近づいてくる。 「仕事帰りの割には・・・着替えが済んでいるようだが?」 「髪や衣が濡れたままで参るのは失礼ですし、第一私が病になってしまいます。それぐらいはご容赦くだ さい。重衡殿とて、着替えているではありませんか」 さっさと重衡の隣に胡坐で座る。 「還内府殿が何か?」 「いいえ。神子様のお話を菊王丸が報告したところ、“ストレス解消にちょうどいいだろう”と仰って、 ついでに私も解放して下さりましたよ。もっとも、私は自ら申し出たのですが」 「クッ・・・今朝方の件が心配でか?」 「お人が悪い。心配のしようもございませんでしょうに」 知盛の機嫌が良いのは、何も教経の読みが当たって参上したからだけではない。 朝からと睦み合えた方に比重がありそうだ。 の体調に障りがないかと心配したが、どうにか杞憂で済んだ様子に、こっそり胸を撫で下ろす。 事後ではどうにもならないし、調子が良さそうなのがせめてもの救い。 再びが寝込むような困った事態にならずに一安心した。 「まあいい。言付け無しで自らこちらへ来たのは上出来だ。・・・。教経とここで待つんだな。水晶が 見つかり次第、思う存分に仕事をさせてやる」 「えっ?私、探すの参加できないの?」 「イイコにしてろ。さすがに・・・開くかわからんものでは時間がかかって退屈だろう。ここで教経が白湯を 飲む時間ぐらい待て。退屈なら水晶を入れるための袋作りを手伝ってやるんだな。按察使に頼んだ針仕事の 方にも人手がいる」 「う〜ん・・・わかった。針仕事は・・・気が向いたらする」 するりと知盛の膝から降りて座り直すと、知盛が立ち上がる。 「重衡。行くぞ」 「はい。それでは、御前を失礼いたします」 に礼をして重衡も知盛の後に着いて行く。 朝に続いて、再び教経と残されてしまった。 「あの・・・おしゃべりで時間を潰すっていうのもアリ?」 「・・・針仕事はお嫌なのですか?」 按察使が白湯を手にやって来たので、ここぞとばかりに身を乗り出す。 教経は柔らかに微笑んでくれているのだから、我侭は先に言ったもの勝ち。 按察使もいるから、があまりにもお行儀がよろしくない事をしでかした場合は助けてくれるはず。 「苦手っていうか、出来ないし。期待されても困るっていうか・・・それより、何かおしゃべりしてたら 楽しいかなって。教経さんって、私がひとりにならないように来てくれたんでしょう?」 「さすが知盛殿の北の方様。ですが、雨降りでうんざりも本当です。宝探しの方が楽しそうでしょう?」 片目を軽く閉じられ、針仕事ではなくていいのだと確証を得たが手を合わせて喜びの声を上げる。 「ですよね〜。それなのに、どうして私が探すのは駄目なの?私がいたら邪魔?」 「その説明のために私がこちらへ参ったのです。水晶の箱はあの戦の後、源氏軍にて検分してから我等に 返されました。誰も・・・開けられなかったそうです。必要な鍵二つは、還内府殿、経正殿がそれぞれ 持っており、それも預け、鍵穴に合うにも関わらずです。宝探しというより、相国様との知恵比べなの ですよ。最後に箱に鍵をかけたのは、相国様なのですから」 他にも、困った仕掛けが施されているかもしれず、迂闊に近づかせられない。 源氏軍の検分時に死人が出た話はないので、毒が塗られている、噴出す等の仕掛けはなさそうではある が、それにしたって鍵穴に鍵を入れて回しても開かないし、それ以上の事も出来ないままだ。 その箱は鉄製で、剣の刃のほうがこぼれてしまう頑丈なものなのだから─── 「うわ!行かないでよかった。箱があるのに開かないなんて〜。呪文とかだったりして」 「呪文・・・ですか?」 「そ〜です。小さい時に絵本にあったの。“ひらけゴマ”って。盗賊さんたちが隠した財宝がある場所の 岩戸の呪文だったかな。そう言うと開くの」 新たに用意された白湯を含み、楽しげに笑う。 「ごま・・・ですか」 「ゴマなんです。意味わかんないんですけど。 だから余計に面白いですよね。絵本っていうのは、子供 向けの絵がたくさんのかんたん物語で、こっちの絵巻物みたいなヤツなんです。寝る時に読んで聞かせて もらう感じの小話?」 「ああ。でしたら・・・韻が良いのかもしれません。護摩は護摩の修法にも使われますから」 知盛と話すのと変わらぬ程度に楽に話せ、教経はとても頭が良いのだとわかる。 将臣の影響で、変わった語彙に対するなじみもあるのだろう。 思い出すに、“シリーズ”という言葉にもすぐ反応を示し、簡潔に理解を確認していた。 となれば、が気になったことについて質問をしてもいい。 「ごまって、ごま〜ですよね?食べるやつ・・・胡麻和えとか・・・・・・」 「ああ。確かにそれも胡麻ですね。私が言った護摩は、護摩木です。不動明王の前に護摩壇を設えて、煩悩 を祓ったり、息災を祈ったりする時に焚くものですよ。眠る前に語るというならば、護摩木の護摩という 響きは、悪いものを撥ね付けてくれそうではないですか?」 「そうなんだ〜。木なんですね〜。なむなむ〜って、もくもく〜」 手を合わせて拝む仕種をする。 「ふふふっ。少し違いますけれど、もくもくという煙は正しいかな。知盛殿は相国殿主催の護摩修法で居眠り するのが上手で。子供にも退屈ですが、元服してもあの手のものは私も退屈にしか感じられなかった」 「そ、それ!聞きたい、聞きたいです」 こうしての護衛兼話相手役として、知盛の望む仕事を果たす教経。 近くに按察使も控えており、にとっては過ごしやすい環境で知盛のふてぶてしい幼少期の話を聞け、 大満足である。 菊王丸は複雑だろうが、を惹き付けられる話題を持っている教経の方が適任なのは確かだ。 「性格って、変わらないんだなぁ」 の感想はにも該当するのだが、自分は除外しているらしい。 「そう・・・ですね。誰しも、そう大きくは変われません。ただ、覚ることはできるかと」 「それもそうかぁ。でも知盛は神経太いっていうか、厚かましい感じのままです」 大きく頷いて、自信たっぷりに断言する。 「神子様。それは知盛殿にお伝えしても?」 「やっ、それは・・・駄目っていうか、あのぅ・・・・・・内緒?」 人差し指を立てて、小首を傾げる。 「はっはっは!それでは、交換条件と参りましょう。すべて片付いたら、ぜひ剣でお相手下さい。神子様の 花断ちの噂は聞き及んでおります」 「いいですよ。約束です!」 小指を差し出し、約束の仕方を教える。 外は相変わらずの小雨。 将臣たちは、復興の仕事を進めつつ、情報を集めつつと雨空の下、働いていた。 |
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あとがき:やっぱり教経贔屓かもしれない。うむ。 (2009.04.25サイト掲載)