仮託





 教経との会話は、脱線しながらも知盛についてへと戻ることを繰り返している。
 通盛の馴れ初め話を詳しく聞いた今では、腕輪の重みが違う。

「・・・やっぱり隠し事ばっかり!」
 口ではそういいながら、腕輪を弄る指は照れ隠しの様な動きをしている。
 歌も贈り物もない関係から始まったのに、大切な品を譲り渡されたのだ。
 そもそもがの告白による強引な馴れ初めだとしても、知盛が己の意志を持ってを妻として
迎えたという証。
 京では帝が主催した神泉苑での宴のお陰で、内実はどうあれ夫婦と認知されている。
 しかし、平氏の拠点として源氏と合戦の地になった福原では、平氏一門に縁がある証拠品になるそれは、
また別の意味を持つ。この地なら、少なくともある種の守りとなる事もあるだろう。
 紫水晶の指輪が人ならざるモノに対する護符だというならば、腕輪はこの辺りの人々に対する護符。
 誰かにお守りを持たせたい理由など、考えるまでも無い。
 
「隠す・・・のではなく、語らない。知盛殿は賢すぎる。それでいて横着だから、説明がない。決して神子様を
馬鹿にしたのではなく、誰にでも同じ態度。ある意味、裏表がないのかな」
 知盛の何事にも興味がなさそうな、どこか気だるげな態度は変わらない。
 唯一、彼の人物の感情と行動を変えさせているのはなのだ。
 それが教経の笑いを誘う。
「あ〜〜〜、また笑ってる!裏も表も真ん中も、何でもありまくりなんだから。私にだけすっごく意地悪で。
嫌味ったらしく丁寧な口調でからかうし。ホントにホントに捻くれてるんですよ。教経さんには・・・親切みたい。
経正さんには少し冷たい・・・かなぁ?」
「それは初耳だな。無関心ゆえに、嫌いなモノも少ないご様子でしたが。目に入らないというか、気にならないと
いうか。・・・それだけ相手に関心を示している証拠かな」
 が何かを感じたのならば、それは正しいのだろう。
 もともと人に興味を示さなかった知盛が好き嫌いの反応を見せるようになったのは、よい兆候ともいえる。

(過日の件で・・・なのでしょうが)
 切欠はが襲われた事件だろう。
 そもそも経正は、従来よりかなり知盛に気遣いを見せている。
 それが裏目に出たのだから、誰にもどうにも防ぎようがない。

「うぅ。経正さんが大人だからいいケド。普通なら喧嘩ものだよ、あの態度は。・・・そうだ。脱走の続き!」
 あからさまに口を尖らせるかと思えば、瞳を輝かせて話の続きを強請られる。

(知盛殿は見つけられたのか・・・・・・)
 知盛が惹かれたのは、の豊かな感情表現と、迷いの無い強い意志が宿る瞳なのだと確信する。
 この僅かな語らいの間でも、その鮮やかな変化に心が弾む。
 ついつい笑んでしまうのだ。

「ええ。いつもフラリと我が家へお越しでした。六波羅の一角は一門が占めておりましたが、子供の足では中々に
大変なのですよ。一つの邸の端から端まで、かなりの距離がある。ところが、ふらりと供も連れずに昼寝に来る。
今思えば、私の相手をするために来ていたのかもしれない。当時は私の弟が生まれたばかりで・・・業盛といって、
年は敦盛と同じです。乳飲み子がいると、家の中は自然と赤子中心になる。通盛兄上ほど年が離れていれば、それが
理解できたろうけれど。私はまだ手のかかる年頃だったから」
 が知っている六波羅は、焼け野原の跡地だ。
 あれだけの広さに邸が立ち並び、平氏一門の人々が宴を開いたりと栄華を極めていた頃の話。
 様々なところから当時の話を耳にするが、想像がつかない。

「相国殿と二位尼君がいらっしゃる時は、知盛殿の対で相手をしてもらったな。・・・お二方は、重衡殿をとても
可愛がっておいでだったから、邪魔をしたくなかったのでしょう。こんなに小さな私の手をひいて向こうの邸まで
連れて行くのだから、酔狂なもんだ。知盛殿が居なくなったと、家長が真っ青になってよく我が家へ探しにきてお
りましたよ。勝手にフラフラと出歩く癖というか、自由というか。知盛殿の部屋で按察使に物語を読んでもらいな
がら眠ってしまい、そのまま泊まったり。言葉はなかったけれど、通盛兄上の他に兄ができたような、頼もしい
・・・というのが、一番しっくりくるのか・・・・・・」
 掴みどころの無い行動ばかりの知盛。
 後から考えると、そこには誰からも頼られていた重盛や実兄の通盛とは違った優しさがあった。
 本人の日頃の行いや態度の悪さから相手に伝わりにくいが、それはそれで知盛らしい。

「ふ〜ん。景時さんはね、朔に叱られてばっかりなの。発明が趣味で、失敗の方が多いから。花火の改良に
失敗した時なんて、箱の蓋がぽんって飛んじゃって。屋根を突き抜けて・・・天井がバラバラって落ちてきて。
あの朔が景時さんを追いかけまわして叱ってたの!お兄ちゃんも色々ですよね〜。でもね、景時さんもとっても
優しいんです。知盛もわかりにくいけど、景時さんもなの。だから、ここぞという時には皆に頼りにされてる」
 単純に考えれば、惚気と自慢。
 それを素直に言え、かつ、わかりにくいと評する二人を理解している事に繋がる。
 ついとの頬へと手を伸ばす教経。

「貴女には・・・知盛殿がどのように見えたのか・・・・・・」
「・・・え?」
 自然に手を添えられてしまったため、振り払うことなく首を傾げる。
 微かに触れているだけで不快感はなく、見つめ合っているものの、恋情には遠いといった不可思議な状態。



「・・・それ以上は、いくらお前でも赦しかねるな」
 教経の背後から伸びてきた手が、に添えられていた教経の手首を掴み引き離す。

「も、申し訳ございません!」
「知盛〜。別に、変なコトされてないよ?」
 教経が慌てて離れた隙間に入り、と教経の間に座り込む知盛。
 すぐにが知盛の膝の上へ座り直して抱きついた。
 ここで機嫌を損ねられても面倒だし、知盛が迎えに来てくれた嬉しさもある。
 何より、教経と知盛が仲違いしては困る。

に話したい事は済んだのか」
 の髪を梳きながら、教経が触れていた頬へ手を添える。
「何も無かったのではなく・・・私自身の問題だと思い直しました。それと、知盛殿が神子様へ腕輪を贈った
真意も・・・でしょうか」
「好きに解釈すればいい。それで?」
 今度はの顎へと手を添え、上向かせる。
「知盛が小さい頃から自分勝手だったのが、よぉ〜〜〜くわかったよ。将臣くんをいじめてた件とか」
 そう細かなエピソードを聞き出す時間はなかったが、知盛の性格がいかに屈折したものかとか、行動は読めない
のではなく、先を見すぎているため周囲には後から解るなど、言葉足らずによる誤解の受けぶりが再確認できた。

「クッ・・・有川は隙がありすぎるからだ」
「そうやって将臣くんの所為にして!将臣くんは、こっちで何もかも初めてだったんだよ?」
 初めてでも何とかなってしまう将臣に問題があるともいえるが、それにしても無体である。
「ご要望にお応えしただけだ。・・・どうでもいいから、一番早く覚えられる方法をと言われたんだ」
「将臣くんのおバカ発言、真に受ける方がどうかしてるよ。・・・言う方がもっとバカなんだケド」
 経正がいかに大人で親切にフォローしてくれたのか、考えるだけで申し訳ない。
 将臣の大雑把ぶりに、つい溜息が零れた。

「・・・っ。はっはっは!お二人の掛け合いが絶妙すぎて・・・・・・くっ」
 脇腹を抱えて顔を背ける教経。

「・・・私たち、笑われてるよ?」
「そうらしいな」
 がいなければ笑われたりはしないため、気に障りもしない。

(逸れた大切なヤツを探すため・・・だったんだがな)
 将臣が大切にしており、急ぎ探さねばならなかったのはと譲だ。
 “ヤツ等”とは言わなかったのだから、気持ち的にはの方をより心配していたことだろう。


「・・・神子様があまりに知盛殿と普通に話されるから。黙殺を恐れて、そのように気軽な物言いが出来る方は、
還内府殿ぐらいしか・・・っ」
「ええっ!?面白い原因、私?」
 心外だとでもいうように、が教経に向かって身を乗り出す。
 それが余計に教経のツボに入ったらしく、声ではなく、空気が漏れるような笑いが続く。


「・・・・・・ふぅ。笑い疲れてしまった」
「もぉ〜!教経さんを笑わせようなんて、し・て・ま・せ・ん!!!腹筋を鍛えられて、ようございましたね!」
 知盛が涼しい顔をしているので、あたり先は教経しかなく、教経に向かって軽口を叩いてみる。
「これは、これは。よい鍛錬法ですね。気持ちも楽しく、ここにもよい。くっ・・・また鍛えたくなりました」
 いよいよ耐えられなくなったのか、背を向けてしまった。

「うふふ。教経さんて面白い。教経さんこそ、どうして知盛のコト平気?」
 教経の話だと、そんな知盛にされるがままになっている。
「さあ?何故でしょうか。・・・ひとつは、私の興味は武芸にしかない事を承知で引き連れて下さるからでしょう。
他の事はそれなりに修得させられました。・・・ただし、舞だけは覚えが悪く、呆れられましたが」
 楽は正しく指を動かせば楽器からそれなりに音が出る。
 そこそこ体裁は保たれる点では修得しやすい。
 ところが、舞は正しく体を動かそうとも、付随する何かを表現していないことが相手にばれてしまう。


「武道の様で・・・舞には程遠い」
「うわ。何気にサックリ言ったよ、この人。・・・悪気はなさそうだけど」
 九郎の例もある。
 舞には遠いという意味がわからなくもないが、真剣に覚えようとしている者にしてみれば、あまりな言われようだ。

「教経さん。いつもこんなんだとは思いますケド。気にしないで下さいね?」
 教経の手を取り、もう片方の手で軽くその甲を叩く。
 教経が手を引く前に、知盛がの両手首を掴んで引き離した。

「・・・もしもし?知盛サン?」
 眉間に皺を寄せてが振り返る。

「先に言っておくが・・・俺はにしか興味が無い」
「そ?まだまだ楽しい事、たくさんあると思うけ・・・ど・・・・・・」
 ここにきて、ようやく知盛の行動の意味がわかる

(もしかして・・・私ってば、とんでもない男に好きって言っちゃった・・・とか?)
 戦以外、何にも興味を示さなかった男が、興味を示した唯一であると宣言されたのだ。
 想いが通じたのは嬉しいが、若干のズレを感じてはいた。
 の背にべったりと張り付く知盛は、教経の存在を気にしていないのかの首筋に齧りついている。
 教経は先の知盛の牽制で理解していたらしく、またも腹を抱えて笑い出した。

「知盛殿。その様にされると・・・神子様がお困りになるでしょう?」
「ああ。困らせたくてやっている。コイツの足りないオツムでもわかるように」
 誰にでも簡単に気を許すなと言いたいらしい。
 直接言葉にしてくれた方がマシである。

「・・・知盛と比べたら、誰だって足りない頭なの!」
 知盛の脇腹へ肘鉄を喰らわすと、知盛の片耳をつまみ上げる。
「あのね、別に教経さんと仲良くしたって、家族の一員っていうか。違うでしょ、その態度は!それに、私は
知盛の事が聞きたくてここで話してたんだし。知盛もいいって言ったじゃない」
 知盛は短く息を吐き出すだけで反応を示さない。
 ぴくりと片眉を上げたが知盛の膝から降りると、人差し指を知盛の眉間へあてる。

「・・・今なら言い訳きくよ?」
「・・・・・・」
 深く息を吐き出すだけで、知盛は口を開かない。

 両手で知盛の頬を挟みこみ、の方へ向かせると、
「とっても頭のよろしい知盛サン?そんなつまんない焼きもち焼くなら教えてあげる」
 静かにから唇を重ねた。


「・・・乙女にこんな恥ずかしいことさせて。先に戻ってるからね」
 くるりと背を向けると、将臣たちがいた母屋へと早い足取りで歩き出していた。



「・・・クッ。悪くない反撃だ」
 満足気に口の端を上げると、視線はの背を追っている。
「やれ、やれ。貴方の北の方様に手を出そうなどという、命知らずな行動はいたしませんよ。私は命がおしい」
 惹かれはするが、それは純粋に興味であり、憬れに過ぎない。
 その辺りはいくら恋愛に疎い教経でも区別がつく。

「アレは・・・自覚なしに面倒な男を誘惑するようだからな」
「それは知盛殿も含め?」
 も気づいていたが、知盛に対して気軽に話せる人物は、将臣の他に教経も該当している。
「・・・そうなるな」
「それでしたら、私は面倒をみる側の男ですので含まれませんね」
 大真面目な顔をして軽口を叩く。

「面倒をみられた覚えはないが・・・・・・お前は大丈夫そうだな」
 教経の頭を撫でる。
「ええ、ご心配には及びませんよ。通盛兄上が皆様の前であそこまで仰って下さった。これで私が迷っていては、
あまりに申し訳ない。私は、私に与えられた役割を全うするのみ。・・・知盛殿が抜けた場合の穴埋めも含めて」
 知盛が先にを母屋へ行かせてまで教経に確認したかったであろう事。
 武道派と言われた二人だから通じる何か。

「・・・クッ、クッ、クッ。・・・俺は戦場を放棄しそうか?」
「ええ。私の眼には神子様を追いかける貴方様の後姿が見えます。哀れ取り残された私たちは、戦闘中の兵たちを
取りまとめ、勝利に導かねばなりませぬ。此度ばかりは負けられない」
 武人特有の戦いに挑む眼差しが、教経の覚悟を知盛へと伝える。

「上々だ。今宵は・・・楽しい事になりそうだ」
「宵ではなく、昼にならない事を祈りますよ。・・・神子様のために」
 知盛たちは邸にいればいい。
 実際に宴の準備を取り仕切るのは、按察使をはじめとする女房たちである。
 将臣の配慮がいかにも裏目に出そうな暇っぷり。
 つい教経は口を滑らせてしまった。

「昼・・・か。悪くない」
 立ち上がると、軽く教経の頭を叩き、が歩いた後を追うように歩き出す知盛。
「・・・ふう。私としたことが、余計な事を言ってしまったかな?」
 余計とは思うが、ならばとも思う。

「そろそろ行かないと。神子様には・・・お詫びのしようもございませんね」
 既に姿がないに、知盛の行動に気をつけろとは助言できない。
 しかも、助言が必要な事態に導いたのは教経なのだ。
 階で知盛を迎えるの姿を確認しつつ、教経は母屋へは向かわず、直接馬屋へと向き直る。





 見えない絆に導かれ集った仲間たち。
 必然と考えてもよさそうだと、誰もが曇り空を見上げた。










Copyright © 2005-2009 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


 あとがき:武骨者とかいわれてますけど、教経は天然系だといいなという管理人の好みによる設定。     (2009.03.04サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる