迷路





「本日はお招きに預かりまして・・・越前殿が大層残念がっておいででした。私だけ招かれずに留守居役とは、と」
 いかにも都の公達といった風情の重衡。
 過日の姿とは大違いだ。
 それは、慣れた言葉を紡ぐことで自分を誤魔化しているようにも見える。


「いや、別に後で呼ぶし。先に用事があったんだ。弁慶、頼むな」
「ええ。隣室へお願いします」
 着いた早々、ひとり別室へと案内される。
 どうにも腑に落ちないが、通された客間にの姿を確認できたのだ。
 それが兄である知盛と一緒だったとしても、重衡の胸に何か温かいものが広がる。

「何か?」
「いえ。こちらの邸へ参るのは久しぶりだと・・・・・・」
 南都以来、戦に出来るだけ出陣しないようにしていた。
 読経をして己の罪を悔いようとも、何もなかった時には戻れない。
 失われ、灰になってしまった都が現実だと重衡にその姿を突きつける。


 灰都───


 ボロを纏う人々。
 何もかも焼き尽くされた土地は、重衡に判断の間違いを思い起こさせる。
 あの独特の異臭は記憶を消すことを、忘却を許さないというかのように。
 あの灼熱と呼ぶに相応しい、夜空に浮かび上がる焔の熱さ。
 身体に刻まれた記憶は、あまりにも深く染み付いており、安らかな眠りすら許されない。



 褥に寝るように言われ、弁慶に診察をされる。
 程なく衣服を脱がされて、背中の傷を手当された。







「だから!私が思うに、回し蹴りだったから、玉積さんの旦那さんの時とは状況がチガウと思うの」
 必死に重衡の怪我は酷くないと言い訳をする
 考えてみれば袴が邪魔で、体調もイマイチだった。
 普段の実力からすれば六割程度だったと思う。
 
「なら・・・確認すりゃいい。弁慶・・・頼んでもいいか?」
「ええ。身体の怪我でしたらすぐに治りますよ。問題は気持ちの方でしょうね」
 記憶をなくして彷徨うほどの心弱りというのは、弁慶には経験がない。
 弁慶とて自分を苛む事はいくらでもあった。

(・・・人によって感じ方は違いますからね)
 自らの仲間を戦で切り捨てた事もある。
 大儀の前では小さな事だと割り切ってきた。
 それでもふとした時に思い出すのだ。
 都をひとつ消失させた罪とは、どれほどの重さなのか誰にもわからないだろう。

「出来れば戦力に数えたいのが本音だけどな」
 将臣は常に今と先を見ている。
 その大将の器たる資質をもつ将臣を頼もしい気持ちで誰もが見ていた。







 もともとはの蹴りの威力の話から脱線した話が戻ってきて現在に至る。
 怪我をさせられた本人が着いたと同時にというのは申し訳ないが、まずは手駒の数を知りたい。
 将臣が顎へ手をあて考え込んでいると、が立ち上がった。

「やっぱり・・・自分で確認してくる!行こう?知盛」
 知盛の手を引いて隣の部屋へと向かう
 返事こそしないが、知盛はに引かれるまま着いて行く。


「・・・・・・誰か行けよ。知盛がキレる」
「だったら兄さんがいけば?兄上なんだし」
 さらりと譲が将臣に意見する。
 将臣が見回すに、他に適任者がいない。

「・・・・・・チッ。しまったな〜、まただ。縛っとけっての。景時!兄貴同士、分かち合おうぜ?」
 膝に手をあて面倒そうに立ち上がる将臣。
 指名された景時の方は、いくつもりでいたらしい。
 素早く立ち上がると両手を頭の後ろで組み、鼻歌雑じりに隣室へ足を向ける。

「あんまり急がない方がいいよ〜。弁慶もいるし。一度・・・話し合わないと無理でしょ」
「まあな〜。もしもの備えに近くにいようって程度。さすがに隣じゃ乱闘に間に合わねぇ」
 溜息交じりの将臣が可笑しくて、その背を軽く叩く景時。
「大丈夫。最強の神子様がいるんだから」
「いや、アイツが大抵の問題のモトだ」
 将臣の頬が引きつっている。
「そんな事も・・・あるかもね〜。ははっ」
 乾いた笑いを残し、将臣と景時は欄干に寄りかかって座ると、中の様子を窺う事にした。





「あの・・・重衡さん?弁慶さん?どんな感じですか〜?」
 教経の計らいで、これでもかというほど使用人は極力遠ざけられている。
 恐らくこの対には誰もいないのだろう。
 誰かに繋ぎをつけるならば、渡殿の向こうへ行くしかなさそうだ。
 周囲の様子を窺いながら隣室の扉を開ける。
 
さん?・・・大丈夫ですよ。貴女が心配する怪我の痕はないですから。もっとも・・・別の痕が
ありますけれどね」
 几帳の向こう側では、弁慶が重衡に軟膏でも塗っているのだろう。
 いつものようにクスクスと小さな笑いを零しながらに返事をしてくれた。

「よかったぁ〜〜〜。妻のお詫びは夫がするものだと思って。知盛連れて来たんですよね。・・・別の痕?」
 打撲は大した怪我ではなかった事が確認できた。
 が、弁慶は他にも何かを言っていた。
 振り返り知盛を見上げれば、知盛にはその意味がわかっているらしい。
 口の端を上げ、意味ありげな顔をしているからだ。
 それでもの問いかけの視線を無視するものでもなく、の頬へ手を当てると額へ唇を落とした。


「お前には知られたくないことだろうさ」
「へ?」


 口ではそういいながらも、几帳を跳ね上げ、うつ伏せになり手当てをされている重衡と弁慶が見える位置へと
歩み寄る。
 別段も気にする風でもなく知盛に連れられるまま重衡の傍へと座る。
 ぼんやりと重衡の背に視線を移せば、その背にある引っ掻き傷ですべてを理解し赤面した。


「神子様?誤解なさらないで下さい・・・・・・」
「やっ・・・その・・・はい。別にいいんです。その・・・お見舞いとお詫びっていうか。・・・知盛ぃ〜」
 隣にいる知盛の膝を叩き、本来の目的であるお詫びをしてもらおうと促がす。

「さあ?のおかげでまともに戻れたんだ。感謝されこそすれ・・・・・・」
「知盛!どうしてそういう風にしか言えないかなぁ?知盛の弟なのに。家族だよ?」
 家族だからこそ煩わしいという事もあるのだ。
 重衡の思いを理解していないに、それがわかるはずもない。
 諦めた知盛の行動は早かった。

「妻が・・・お世話申し上げたようで・・・・・・無事で何よりというところか?」
 の肩へ手を回すと、わざとらしく頭を下げた。
「神子様のお優しい御心のおかげで・・・私は己を取り戻せました。お礼も申し上げずに申し訳ございませんでした」
 弁慶の手当てが済み、起き上がった重衡は自分で支度を整え始める。

「何もしてないですよ、私は。住吉の神様が助けてくれたんですから」
 知盛の腕に自分の腕を絡めて寄りかかる
 住吉であの知盛が表情を変えたのだ。本当は心配していたに違いないと信じている。


「じゃあ・・・向こうで待ってますね。将臣くんから大切な話がありますから。・・・行こ?」
 重衡への用事は終ったと、はさっさと立ち上がり知盛の腕を引く。
 重衡にしてみればにとっての自分の位置づけを、まざまざと思い知らされただけの逢瀬。
 遠ざかる二人を見送る重衡の視線に、弁慶の方が溜息をつきたい。

さんにとっては家族・・・なんですよねぇ・・・・・・)
 これだけの美丈夫を見ても、なびくことがない。

「さあ。隣へ行きましょうか」
 切なげな視線をいつまでも戸口へ送っている重衡へ声をかける。
「ええ。その・・・弁慶殿。神子様は・・・・・・」
「少なからず具合が良くない時に貴方を浄化したのですから。まして、暴れる貴方に静かにしていただくためには、
無理をしたと思いますよ。結果としてそれが手加減になりましたが。貴方が起き上がれなかったのは怪我の所為ではなく、
体内の精気が奪われていた方が大きい。さんの心配は、杞憂でしかないのはわかっていましたけれどね。
面白いでしょう?さんは」
 が面白いから乗ってやったといわんばかりの弁慶。
 思わず重衡が笑ってしまう。

「お気遣いいただきましたが・・・この想いは・・・・・・」
「だからですよ。貴方の背に別の痕を見た時に、僕にはわかりましたけれどね。貴方はまだわかっていない。
唯一絶対のモノがまだ見つけられていない。自分でお探しなさい。人に言われても、こればかりは無理でしょうから」
 薬箱を手に持ち、弁慶が立ち上がる。
 重衡に隣室へ戻れと促がしているのだ。

「皆様、私に難題ばかり・・・・・・」
「さあ?答えは各々違いますよ」
 珍しく弁慶が他人に声をかけてやりたくなるほど重衡は沈み込んでいる。

(僕よりもさんに既に何か言われているようですね・・・後は・・・貴方次第ですよ)
 平家の将の一人として名を馳せていたほどの人物だ。
 これ以上の助言は不要とばかりにもとの部屋へ戻ると、円座に座った。







「ん〜、なんか顔色悪いなぁ。飯食ってんのか?重衡」
 将臣の前に座った重衡の頭を撫でる。
 実際は重衡の方が年上なのだが、南都の事件以来、将臣の方が重衡に気遣いを見せている。
 周囲にも将臣は還内府として認められてしまっていたため、目上のような態度を示しても違和感を持たれはしない。

「は・・・い」
 振り返る重衡の視線の先にはがいる。
 誰を見ているかなど、以外は誰もが理解している。
 はといえば───



「ね・・・寒くない?」
「ん?」
 この梅雨時に多少は肌寒い時もあろうが、震えるほどではないはずだ。
 知盛はを膝へと横抱きにすると、額へ手を当てた。

「・・・譲」
「は、はい。すぐに用意してきます」
 素早く譲が立ち上がり、弁慶から薬の包みをひとつ貰い受けると部屋を飛び出してゆく。
 すでにこの邸の勝手口まで知っている。迷いなく譲が駆け出していた。

「れ〜〜?知盛の手、気持ちィ・・・・・・」
 知盛の左手を両手で掴み、自らの額へ当てて目を瞑る
 さほど高い熱ではないが、だるい程度にはあるようだ。
 知盛ものしたいようにさせていた。





「・・・あ〜〜〜、その・・・重衡?」
「も、申し訳ございません。私とした事が・・・・・・」
 重衡が将臣に対し礼をとる。
「いや、別にいいんだけどよ・・・その・・・ここに来てもらったのは、最後の大仕事を手伝ってもらいたくてな」
 どこから説明すればいいのかわからないが、平家の、一門の問題の後片付けのような仕事だ。
 この件を頼朝が聞きつけ、せっかくの和議を壊すような事をしないとも限らない。
 頼朝だけならいいのだが、後白河法皇にまで出しゃばられると面倒が増す。
 都の貴族は全員が今の和議に納得したわけではないからだ。
 政権を東の武士に奪われたと見ている者も多い。
 実際は今までの職務が従来通りに進められるほど国は豊かではないし、朝廷の人員にも限りがある。
 なんといっても、今までの貴族社会の政務から人心が離れてしまっているのだ。
 騒動が起きれば、二大勢力であった源平以外の勢力が頭角を現しかねない。
 争乱が長引くのは必至。それだけはなんとしても避けたい。

「将臣。俺たちは席を外そう」
「いや。いてくれ。これは・・・西国の問題だ。つまり、九郎が治めるべき統括地の問題でもある」
 九郎が立ち上がろうとするのを手で制す将臣。
 源氏の将がいるのといないのでは違うのだ。
 共に先の大戦の問題を片付けてこそ、今後に繋がる。

「ぱぱっと簡単に説明すっから。その後に身の振り方は決めてくれ」



 まさに将臣らしい簡単すぎる説明に、弁慶や教経が説明を加えてようやくひと通りの説明が終る。
 いよいよ陽は傾き、雨上がりの空には僅かに茜色が見て取れる時間になっていた。










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 あとがき:重衡くんにもタネ明かし!     (2009.01.01サイト掲載)




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