先手 「・・・お待たせいたしました」 着いた早々ではあるが、再びの旅支度。 朔は荷物をまとめ直すと、仲間が集まる客間へ戻ってきた。 「早いな。じゃ・・・リズ先生と一緒に浜辺まで移動してくれるかい?隼人と敦盛がいるから、 行けばわかるよ」 ヒノエがこれからの移動手段について朔へ説明をする。 浜辺で炊き出し以外の女性は目立ってしまう。 朔を誰の目にも触れさせぬように船へ乗せ、そのまま移動できるのが一番いい。 顔を知られるのは出来るだけ避けたい。 なんと言っても朔は黒龍の神子なのだから、知られれば危険が増すからだ。 リズヴァーンの力を使えば、朔の姿をそう曝すことなく移動することが可能になる。 「ええ。行くわ。リズ先生・・・お願いします」 朔が振り向くと、座っていたリズヴァーンが立ち上がる。 「少し・・・お待ちいただけますか?」 知盛がを抱え起こすと、その背を軽く叩いて目覚めを誘発する。 「んぅ・・・何?・・・・・・あれれ?寝ちゃった!」 朔がいるという緊張からか、覚醒してからの意識の切り替えが早い。 叱られそうな人物がいる方へ視線を移せば、すっかりもとの旅支度に戻っている。 「・・・朔?」 の首が大袈裟なまでに傾く。 珍しく目覚めがよいを微笑んで見つめていた朔は、傍へ歩み寄りその手を取った。 「私・・・黒龍を迎えに行くわ。誰かが黒龍の欠片を手にしているならば、それよりも大きな黒龍を 探しに行こうと思うの。これも・・・あるし、大丈夫」 に貰った腕飾りをつけた手首を、着物の袖を少しだけ引いて見せた。 「そっか・・・じゃ、応援しなきゃだね。大丈夫!絶対に黒龍は朔を待ってるよ。動けないで困ってる だろうから、朔が迎えに行ってあげないとね」 が朔へ抱きつく。 これから起きる事への心配もあるが、一番は朔との約束があるから引き止めたりしはしない。 (お互いの恋の応援をする約束だもの。朔が一番大切な人を迎えに行くの、止められないよ) 親友の背を撫でながら、朔が黒龍に会えるよう祈りをささげる。 「うふふ。がそう言ってくれるなら・・・頑張れそう。それに、この子たちもいるのよ」 にならって小さな篭を移動時の家代わりにし、景時に借り受けた式神を入れている。 「あれれ?あ・・・ちょこっと違うね。朔のこと、よろしくね?えっと・・・・・・」 まだ名前を知らない。互いを知るには、まずは名前からだ。 「サン太とウオ子にしたの。可愛いでしょう?」 「朔〜〜〜。それって景時さんと変わらないよぅ?」 朔にこのような発言を出来るのはだけだ。 「そうかしら?わかりやすいと思うのだけれど」 「そ、それは・・・そうなんだよね。うん。サン太くん!ウオ子ちゃん!朔を頼んだよ〜〜〜」 小さな足と握手をする。僅かながら反応があり、それは了承のように見えた。 「朔。待ってるからね?必ず・・・黒龍と戻ってきてね」 「ええ。ありがとう、。・・・・・・忘れるところでしたわ」 をさり気なく引き剥がし、知盛の正面に座り込む朔。 誰もが息を飲んだが、知盛だけは動じていない。 まさに覚悟はきまっているといった潔い態度。 「知盛殿」 「・・・お叱りでしたらいか様にでも」 胡坐のままではあるが、頭を垂れる知盛。 は朔と知盛が向かい合う様子に口が挟めず、二人を眺める位置に座り込む。 「ええ。平手・・・というのも考えましたの。でも・・・・・・」 朔の視線はへと移る。 大きな溜息と共に再び知盛へ視線を戻した。 「が好きだという顔に平手は出来ませんでした。ただそれだけの事です。次は・・・ございませんよ?」 「申し訳・・・・・・」 知盛が詫びる前に朔が言葉を紡ぐ。 「それはそれとして、お願いがございますの。に・・・の薬指にあう指輪を贈っていただけませんか?」 が慌てて親友の背中に飛びつくが、口を塞ぐことはできなかった。 その前に知盛が優雅に頷いたのだ。 は朔の背中で動けなくなっていた。 「すでに別当殿にお願いをしてございます。絵図も頼みましたので、後は届くのを待つのみ・・・なのですよ」 朔がヒノエを見れば、ヒノエが軽く口笛を吹く。 「まあ・・・紫水晶でこんな風にっていうのなんだけどね。姫君には仕上がってから見せたいだろうから」 肩を竦めるだけで、預かった絵図を出しはしない。 朔の表情が柔らかいものに変わった。 「。よかったわね?指輪・・・下さるって」 「朔〜〜〜。いいのに・・・これあるし・・・・・・」 欲しいモノを強請らない親友のためにと思ってしたことだが、知盛は気づいていたらしい。 「。私がいないからといって・・・怠けたり、お転婆をしてはだめよ?」 「・・・たぶん。なんとか・・・守るよ・・・・・・早く帰って来てね!」 抱きついて誤魔化す。 朔はそれを再びさらりと引き剥がし、親友を知盛へと預ける。 「・・・このように、残念ながら兄上に近しい性格ですの。よろしくお導き下さいませ。それでは」 朔が立ち上がると、景時が駆け寄る。 「朔!」 「兄上もですわよ?しっかり働きなさいませね。それと・・・出来ない事は引き受けないように」 「は、はい。もちろん・・・たぶん・・・・・・」 こちらも誤魔化し気味で後ずさる。 「それでは皆様。すぐに戻って参りますので。それまで兄と・・・私の大切な妹で親友をよろしくお願いいたします」 きちんと礼をとり、リズヴァーンと共に姿を消す。 別れに時間をとると辛くなる。 リズヴァーンは朔がどうしたいのか理解していたようだ。 「行っちゃった・・・朔・・・頑張ってね」 手を握り合わせ、あと数分で浜辺に着いて船に乗るのであろう親友を思い浮かべる。 知盛はを抱き寄せると、その背に頬を寄せて黙り込む。 朔の心遣いに感謝をし、の温かさを確認する。 誰もが一時の別れに言葉がなかったが、それはそれで此度の勝負の一手でしかない。 弁慶がヒノエを見れば、ヒノエは何かに気づいているようだ。 「ヒノエ。五日とは・・・いくら何でも無理があるのではないのですか?」 「いや。一応最悪の事態を考えれば壇ノ浦ってだけで。考えてもみてくれよ。敵はどこで欠片を手に出来たか。 宗盛殿だというのなら・・・壇ノ浦じゃないと思わないかい?」 さっさと種明かしを始めるヒノエ。 「島に波が当たれば流れができる。潮の満ち引きで海流も変わる。ならば・・・欠片はこの瀬戸内海を 流れてきているはずだよ。後は・・・黒龍が朔ちゃんの呼びかけに応えない訳がないだろう?」 安心したのだろう。 が大きく息を吐き出し、知盛へと寄りかかる。 「そういうことなら・・・五日も可能ですね。それと・・・通盛殿と重衡殿はこちらへお招きしなくて よろしいのでしょうか?」 弁慶が教経へ問いかけをする。 教経も悩んでいたようで、返事代わりに頷くと将臣を見た。 「通盛は・・・ダメなのか?」 「いいえ。ただ・・・父上の事がございましたから。私が一方的に兄上に負い目があるのでしょう」 通盛は昔も今も変わらない。この地に戻ってきた時、教経の邸に滞在したこともある。 歪むことなく姿を保っているのが、通盛の人格が変わっていない証拠。 「その・・・喧嘩でもしたのか?」 「いいえ。兄上と喧嘩にはなりはしません。兄上はとても穏やかな方ですから。こちらにしばらくは滞在いただいて おりましたし。どちらかというと、巻き込みたくないのですよ。今、兄上は幸せに暮らしておいでですから」 怨霊になってしまったとはいえ、最愛の妻と共に怨霊になっている。 二人は以前と変わらず穏やかに、仲睦まじく過ごしているのだ。 万が一、兄の人格に影響が出るような事態になる事こそが怖い。 「・・・本人に確認しとけ。アイツは・・・隠し事の方が嫌いだと思うぜ?」 将臣は軽く前髪をかきあげると、くるくると人差し指を回しながら教経の眉間辺りを指差す。 その指は次に知盛へと向けられた。 「お前もだ。重衡を・・・どうするつもりなんだ?ん?」 このような時、大将の風格があるのは将臣の方だ。 誰もが付き従いたくなる、清盛の力による支配とは別の力がある。 「別に・・・あいつとてに浄化されている。ここへ来ることはできるだろうさ」 重衡を戦力に数えられるなら心強い。 ただ、迷いある者は足枷になる。 南都の一件以来、重衡の心に巣食った弱さ。 守るべきものを見出せない弱さこそを憂いているのだ。 (敵に・・・つけこまれるだろう・・・な。あれでは・・・・・・) 知盛の考えは将臣もわかっていたのだろう。 だが、将臣の意見は正反対のものだった。 「まあ・・・信じてみれば?あれで案外打たれ強いさ。重衡は」 「ご冗談を。妻に横恋慕する輩を近づけるいわれはございませんよ」 実のところ、面倒を避けたいというのもある。 「へえ?自信がないんだ。メズラシ。知盛サンにしちゃ・・・な」 「クッ・・・どうとでもお受取りいただいて結構」 将臣が知盛へ向けて挑発の視線を送るが、知盛とて誘いにのるほど愚かではない。 将臣の視線を受け流し、口の端を上げて皮肉った笑みを浮かべる始末。 ついに呆れた将臣が溜息を吐くと、の指が知盛の鼻を摘まんだ。 「・・・人手不足なんだよ?それにぃ・・・私が信じられない?」 暗にの気持ちを否定された様で、心の奥の不安に気づかれているようで、いつもとは打って変わって 穏やかに知盛の真意を探る。 「まあ・・・姉上様がいらっしゃらない事だしな」 「すぐに帰ってくるよ。それにぃ・・・重衡さんも怪我さえ治れば動けるよ。ていうか、動けないと困る。 私が怪我させたんだもん・・・・・・一応助けたつもりなんだけど・・・・・・」 誰もが重衡の錯乱を静めた一件を知っている。 のしょげぶりは寧ろ笑いを誘うものでしかない。 「・・・姫君の蹴りだしなぁ・・・あとひと月は無理そうか?」 ヒノエが顎に手をあて、完治には時間がかかるだろうと茶化す。 「そうですねぇ・・・僕の薬を使えばあるいは。それにしても、一撃でと聞き及んでおりますし。御大将として 名を馳せた重衡殿を・・・ですからねぇ。さすが源氏の戦女神と称されただけの事は」 弁慶もわざとらしいくらいに追随する。 「み、神子!大丈夫。昨日起きてた。ご飯食べたよ、一緒に。ほら、夕餉の宴で」 白龍が必死に取り成すが、の落ち込みは進むだけだ。 「玉積さんの旦那さんも先輩に蹴られて痣が残っていたそうですからね・・・俺にはなんとも言えません」 しっかりの行状を述べる譲。 「まあ・・・自分の足で歩いてたしな。起きられる程度にゃ元気なんだろうさ。で?どうする?」 こればかりは将臣が決めるつもりはないらしい。 兄弟の間の事は、外野が口を挟むべきではないと身をもって知っているからだ。 「・・・誰か呼びに行かせるんだな」 渋々ではあるが知盛が承諾したのだ。 教経がすぐに家人を呼びつけ、重衡への使いを出す。 だけが不安げな顔をしているが、それは己の行動の責任を感じての事で、重衡を意識しているのではない。 小声で知盛の耳元へ囁く。 「ね・・・背中に私の足形の痣があったらどうしよ?」 の心配事の単純さに、知盛の口の端が上がる。 「さあ・・・どこぞの女房に確認させるか?」 「そうじゃなくて。知盛が温泉一緒に入って確認してくれたってさ・・・・・・」 出来るだけ知られずに確認して欲しいのに、誰かに頼んでは意味がない。 「残念ながら・・・弟君とではつまらん」 「知盛が楽しいかの問題じゃないしぃ・・・だからぁ・・・・・・」 二人でこそこそ話しをしているのは、傍目にはいちゃついているだけにしか見えない。 「そこ。そろそろ話を戻すぞ?」 白湯を飲んで少々休憩した仲間たちは、これからの行動を決めるための話し合いを続けるべく姿勢を正す。 「あ。ごめんね、将臣くん。え〜っと、とりあえずはまた宴とかするの?九郎さん来たから」 の思考は、短期的な方向に進む傾向にある。 「そうだな・・・そっちもか。今日の天気じゃ明日の晩にした方がいいんだけどな」 将臣が経正を見れば、こちらも同意見らしく大きく頷く。 「九郎には悪いが、準備に時間もかかる・・・それに、事件があった後だからな」 「いや。そう歓待されても困る。俺は・・・・・・」 慌てる九郎に言葉を足してやる弁慶。 「将臣君。九郎は歌や楽が苦手なので、出来れば宴は避けたいようですよ」 「ああ。そういう事か〜〜。別に九郎に何かしろなんてのはないから安心してくれ。こいつらが舞うから」 将臣が知盛とを指差した。 「・・・知盛殿が?」 九郎の目が見開かれて固まった。 笛や琵琶、詩歌の他に、舞まで舞えるというのだ。 特大の溜息が九郎から零れた。 「九郎さん?そんなに知盛と比べなくたっていいのにぃ。この人が変なんだし」 何でもそつなくこなす知盛。 言い換えれば得手なモノもないということになる。 「それは・・・その・・・・・・」 何故か九郎が紅くなり俯いてしまう。 兄の頼朝を尊敬している事に変わりはない。 ただ、京で過ごした日々は、院に招かれる度に貴族に囲まれ、気が休まることがなかったのだ。 東夷と謗られるのは己の不徳と思い、何度か修練に努めたが無理だった。 壇ノ浦の決戦からの帰り、何かと平家の武将の雅やかさに当てられ、中でも知盛に憧れを抱いたのは 自然な流れだろう。 「な〜んだかモテモテくんだね?知盛。譲くんもキラキラした目で時々みてるよね〜〜〜。うふふ」 嬉しげに知盛の衣を掴んで擦り寄る。 日頃の怠惰ぶりは忘れているらしい。 知盛は知盛で、理由はどうあれの機嫌がよければそれでいい。 まったく九郎に関心を寄せることなく、の髪を指に絡めて遊んでいた。 「宴はいいんだ。宴は。適当になんとか済ませばいい事だ。問題は・・・敵がいつ行動を起こすか」 将臣がへ向かって手で払う仕種をし、さっさと肝心な話題へ切り替える。 「あ、それは簡単。ヒノエ君たちが来たって荷物が消えたんだ。そして、今朝方のちゃんの夢。 いつどころか、向こうは余裕がなくなってると思うよ〜。どちらかというと」 景時があっさり言うと、弁慶も口を開く。 「でしょうね。かなり焦ってあの手、この手と試しているともとれますし。その辺り、ヒノエの情報は?」 「俺の方はなぁ・・・イマイチうまくない話しかないな。人を喰らう山神様とか。何でも屋島の山側で 巨大な獣を見たって話でね。けっこうな人数が神隠しにあっていたみたいだぜ?」 鴉からの報告よれば、女子供ではなく男が消えているという。 「そいつはビンゴだな。こっちも攫われたしなぁ・・・チッ。陽の気集め・・・か」 最後は独り言に近い呟きとなっていた。 「罠・・・仕掛ける?」 「仕掛けるも何も、どっからどうくるかわかんねぇし。それこそ、どんな罠をだよ」 景時の意見に首を傾げる将臣。 「うん。名付けてちゃんがいっぱい作戦。気配だけを残す呪いがあるんだ。こう・・・人形を使って。 部屋にいないとなれば、後をつけて仕掛けてくると思う。それも、出来ればちゃんを誘き寄せたい みたいだからね。まずは、どこからあの香炉を持ってくるのかとか。どこへ帰るのかとか。あまり深追いは できないけど、方角くらいはきっちり知りたいよね〜〜〜」 「時間稼ぎにやってみるか。こっちは朔が切り札もって帰って来るのを待ちたいしな!」 将臣が指を鳴らすと、その場の全員が頷く。 まずは守りの布陣から。夕刻には重衡が教経の邸へやって来る予定─── |
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あとがき:ちょう久しぶりの更新。重衡くんの登場待ち! (2008.09.28サイト掲載)