皆無 「どうして俺なんだっ!」 九郎が立ち上がる。 「だって・・・何にもなさそうだから。そうすれば次の人になるし。後何人残ってるのかな〜って、 残りが多いと気が滅入るもん」 あまりの堂々とした言いっぷりに、仲間の方が笑い出す。 「まぁ〜ねぇ〜。確かにそれはそうかも〜。あたっ!」 朔の平手が景時の後頭部にとぶ。 「・・・朔、怖い」 「真面目な話をしているのに、何ですか!。まずは知盛殿の膝へ!!!」 起きていられないと言うからにはと、の居るべき場所を朔が手で示す。 慌ててが四足で知盛の膝へ移動して転がり込んだ。 それを確認した朔が、次は九郎へと向き直る。 「それで?九郎殿は何か気になることはないのですね?」 「うっ・・・そっ、そうだ。俺は・・・一日も早く国がもとの通りになるよう・・・・・・」 きちんと座り直した九郎が、朔の問いに素直に答えた。 「そうですか。それでは、話が無い方は先に・・・手でも上げていただこうかしら?」 朔の言葉に八葉の中では景時と将臣を除く全員が手を上げた。 「弁慶殿はないのですか?」 弁慶の情報網をもってして何もないとは思えない。 「ええ。僕の場合、漠然としたものしか掴めていないので。皆さんの話に付け足す情報はありますが、 僕が主体で話せる内容は何もありません」 「そっか。俺も異変の話を経正に聞いただけっつうか。まあ・・・清盛のおっさんの復活まで話が 遡るんだったら、俺もその時にって感じだな」 将臣も自ら異変を察知したわけではない。 弁慶と同じ立場だと話を切った。 「ふぅ・・・兄上はお話が長いのよねぇ・・・手短に」 「ひどっ!オレも何も知らないよ〜?だから、これまでに調べた事をここで報告をさせてもらえると 助かるかな〜。うん」 景時は視線で九郎と弁慶に訴える。 「ああ。頼む。何やら異変がというのが始まりだったからな。こちらで色々あったようだが、直接の 報告を頼む」 「御意」 景時が姿勢を正して語りだした。 物資が消える異変については、ヒノエの手助けで幻術も使われていた事がわかった。 誰がという所までは突き止められていない。 とりあえず怨霊がらみなのは呪いの反応で確認できた。 次に、源氏に恨みを持つ者が多い土地でもあるが、個人を狙う事件があったこと。 この犯人はわかっており、実行犯たちには監視をつけていたが、現在は監視の意味がなくなったこと。 残す式神は一体のみ。報告が途絶えているのは、景時の術の範囲を超えた距離への移動が考えられる。 推測ではあるが、海を渡った可能性が高い。 首謀者の女房・多岐の姿は今朝から確認出来ていない。 この件については調査続行中。 更に、知盛とに対する事件があること。 証拠が残っているのはこの件だけだ。 「こう・・・香炉が置いてあってさ。中味はこれだったんだけど」 懐から懐紙に包んだままの件の物を弁慶へと渡す。 「ちゃんは夢見が悪くて、知盛は夢ではなく記憶を操られた。今朝のちゃんについていたのは 夢魔だと思う。その香木自体の効果なのか、何かの呪いなのかはわからないけれど。ただ、これを 置いた者がいるんだよねぇ・・・怨霊ではなく人。あの対に近づけるとしたら女だと思うんだけど。 女房装束っていうのは、庭先でも目立たない。警護の者も見逃すとなればそれ以外は・・・ね」 それなりに推理をしていたのだろう。 そして、香についてもおぼろげながらわかっているらしい。 「反魂香・・・ですね。大宰府で消えたものでしょう」 弁慶がもとの通りに懐紙に包みなおした。 「大宰府って・・・お前・・・・・・」 将臣もあきれて口が開いたままだ。 「何でしょうか?将臣君。僕の情報網では、密やかに京へ運ぶ予定だったこれが消えたことも聞き及んで いますよ。もちろん・・・予定されていた届け先についてもわかっていますが、そちらは僕が押さえさせて いただきました。京のさるお方のところでしたが」 軽く反魂香を掲げてみせ、さらりとものすごい事を言いのける弁慶。 「それは・・・伯父上の術でも・・・・・・」 「使ったでしょうね。景時はこれについては?」 教経の問いに即答する弁慶。 続いて景時に向き直ったために、周囲の視線が景時に集中する。 「オレなんて、なんちゃって程度の修行だから。それを使える術者なんて・・・・・・」 陰陽師ならば誰でも使おうと思えば使える。 ただし、力量が見合わない場合の反動は大きい。 よって、正しくその効果を利用できる術者という意味の使える術者。 景時の顔色が変わった。 「いるんかよ」 「いや・・・いない。オレの師匠は京にいるけれど、彼じゃない。と、すれば・・・これもオレの推測で しかないんだけれど、死んだ術者の御魂を呼び戻したとか・・・それにしても、それにしたって・・・・・・」 将臣が深い溜息を吐き、景時は目を閉じて考え込む。 景時の師匠の兄弟子が優れた術者だったと聞いている。 それ以上の術者の噂など皆無に等しく、陰陽寮にもそこそこの術者しか居ないのが今の世だ。 占術も廃れつつあり、陰陽寮でさえ後継者選びに苦労している現状。 「もっと古の大物でも呼び出したか〜〜〜?逆に負かされちゃうよな。ほんっと力量がものをいうから」 呪術に優れた者の勝ち。弱き者は術を返され反動を受け負けを覚る。 景時の首がいよいよ傾いた。 「簡単だ。最初に術者の御魂を喰らってその術を手にしたのは我が父上だ。信心深くはあったが、まやかしの術を 使えるようになったのは甦られてからだ。その父上の御霊が誰かに憑依出来たのなら・・・・・・」 知盛が口を開いた。 「そう・・・でしょうね。今、この香を使った者がいる。使えた者が。ただ、香の効果は・・・・・・」 いつの間にか弁慶の仕切りで話しが進む。 「普通ならばそう考えたいよね。オレさ、思ったんだけど、生きている人間に試したんじゃないかな〜。 反魂の術を。ところが知盛には護符があり、記憶を抜き出す程度。忘れたんじゃなくて、記憶を抜かれた んだと思う。実際は知盛の記憶に蓋をする程度だったみたいだけど。そして、護符がないちゃんは、 夢の世界から魂に直接近づかれた。夢見が悪いのは魂と体が離れることを拒否してだったんじゃないかな。 今朝のはね、逆に向こうが送り込んできたんだ。夢魔っポイやつ。完全な夢魔ではないみたいなのを」 結界を破るというのが不可能と判断し、別の手で来たのだろう。 本当の夢魔を操れるほどではないらしい。そこそこの写しの夢魔を送ってきた。 「チッ・・・嫌な相手だな。だが。よくもまあ思いつくもんだ。そういうの得意だったな、清盛は」 とにかく頭が切れた。 相手の心理を読むのが上手いのだ。 そして、誰もが無理と思う時にこそ突破口を開く。 魂を引き剥がせないのならば、自ら出るように仕向けたと思われる。 「で?弁慶が押さえたのって?」 景時も気になるところは随時確認しておきたい。 「ええ。狸さんですよ。それこそ・・・相国殿にでもおすがりしようという・・・・・・」 弁慶の視線が教経へ移る。 最後の悪あがきをしようとしていたのは後白河法皇。 頼みの綱の貴族は弁慶によって捕らえられ、処罰が下されている。 あえて法皇自身は幽閉のまま。 何事が起きても責任をとれる便利な駒程度にしか思っていないが、それは知られてはならない。 「此度の件、おそらくそういう事なのでしょう。そうでなければ、黒龍の鱗は使われませぬ」 悲しげにその瞳を閉じた。 「しぶといジジイだな。母上は喜びそうだが、かつて父であったモノなど・・・・・・」 知盛の口元が楽しげに歪む。 「御魂を削られたニセモノだ。なぁ?そういうものだろう?」 戦場でのような鋭い眼光に将臣が一瞬肩を震わせる。 「・・・お前な、息子のくせにそういう言い方すんな」 「いや。だから言えるんだ。父上は利用するのはいいが、されるのは事のほか厭いだ。誰か・・・ この場合は宗盛兄上なのか、他の者かはわからんが・・・父上は大層ご不快であらせられると思うが」 もう少しで眠ってしまいそうなのために、蝙蝠扇で風を送る。 空いている片手で声を潜めるよう合図をした。 「黒龍の欠片が壇ノ浦に沈んでいるの。それで・・・波に寄せられて少しずつ長い時を経て私のところへ 戻ると約束してくれた。それなのに、その一欠けらが・・・悪しきモノの手に」 朔が悔しそうに唇を噛み締める。 「姉上。・・・熊野の者たちがいるではありませんか。泳ぎの達者な彼らならあるいは。一片の欠片が 向こうの手にあるというならば、こちらはより大きな欠片を取り戻せばいい」 知盛がやんわりと朔の腕を掴み、扇を握り締めるのを止めさせた。 「隼人!」 小さな声ではあるが、ヒノエが腹心の部下を呼びつける。 すぐにヒノエの前へ姿を見せた。 「敦盛。いいか?」 「もちろんです。朔殿のためなのですから。水の中ならば私が適任でしょう」 人外の姿を見られてもいいかという確認だったが、敦盛に迷いはなかった。 「景時。朔ちゃんを俺の部下たちと行かせてもいいか?敦盛もいるが・・・心配ならば・・・・・・」 「私が行こう。神子にもそう頼まれていた。問題はなかろう」 リズヴァーンが名乗りをあげる。 「よっしゃ。そっちは決定。出来る事から・・・だったな」 将臣が軽く拳を上げた。 「で〜〜〜。隼人には何日やればいい?」 くるりと首を返したヒノエが部下に問う。 「お頭。せめて5日は欲しいですぜ?」 誰もがこの返事に目をむく中、ヒノエだけが満足そうに頷いた。 五日で壇ノ浦まで往復して、なおかつ探し物までするなど不可能に等しい。 それを五日はと言ってのけたヒノエの部下。 「じゃ、今すぐ出ろ。目立たないよう沖の船へ乗り換えるんだぞ?」 「へい」 素早く身を翻し、隼人が邸から飛び出して行く。 「朔ちゃんは着いた早々悪いんだけど・・・行けるね?」 「行くわ。私・・・諦めてばかりだったもの。今度は諦めない!」 その強い視線に景時も止める事を諦めた。 「朔。ちゃんが作ってくれた護符・・・あれだけは常に身につけていてね。それと・・・朔にも 式神をつけるから。朔のいう事をよくきく子たちだよ」 景時の式神なので、どうしてもアレになる。 煙と共に景時の手のひらへと現れた。 「・・・兄上。この子たちはいいわ。私は大丈夫」 景時を気遣って首を横に振る。 それでなくとも景時はあちらこちらへ式神を使って調査をしているに違いないのだ。 これ以上疲れさせたくない。 「そういわないで・・・今のオレじゃ、これしかできないんだから・・・さ」 無理矢理、朔の手のひらへ式神をのせる。 二匹が新しい主を見上げる視線と目があった。 「・・・うふふ。ではないけれど、目があると駄目よね。名前、つけようかしら」 「うん。そ〜して。オレって、ねーみんぐせんすないらしいから」 受け取ってくれた事に安堵し、いつもの軽口に戻る。 「サンショウウオなのよね?だったら・・・サン太とウオ子。どうかしら?」 「いいね〜、それ」 梶原兄弟以外の者たちは、血は争えないと思い黙っていた。 「さんは・・・・・・」 「ああ。そろそろ寝たな。多少の事では大丈夫だと思うが・・・今朝方の事を考えるとわからん」 知盛が軽く髪を梳いてやると、身動ぎをするが目覚める気配はない。 「さんに聞かれたくない話が?」 「そういうものでもないが・・・・・・の事件については俺が悪かったからな」 すっかり消えているの項を指でなぞる。 「女は面倒」 「おや、おや。さんも?」 弁慶の切り返しに、一瞬目を見開き、 「こいつが一番面倒・・・だな」 「そうでしたか。それは、それは」 面倒といいながらもの面倒を看ている知盛が可笑しくて、弁慶が小さく笑った。 「さて。黒龍の件は敵より先手が打てそうですが・・・・・・そもそもの敵は宗盛殿ですか?」 弁慶の問いに答えたのは教経だった。 「恐らく・・・としか申し上げられません。ただ、異変の地は屋島でしょう。私が部下を何人か 斥候に行かせましたが、誰もまともに戻ってきませんでした」 ただ戻ってこないという返事ではない。 僅かに弁慶が首を傾げた意を汲み取り、教経が続けて話す。 「浜辺へ打ち上げられたのは骸骨でした。いくら波にもまれたとはいえ、僅か十日でその様な 姿にはなりますまい」 「骸骨・・・何の儀式なのでしょうねぇ・・・・・・」 骨など誰の体内にもある。 必要だったのは骨以外という事だ。 「いや〜な流れになりつつある話題だな」 将臣が顔をしかめる。 「そう・・・ですね。一門の問題をまだ引きずっている・・・父上の御霊は何処を彷徨って おいでなのか・・・・・・」 目を閉じれば、清盛が甦ったあの時を鮮明に思い出せる。 術者の断末魔の叫びが耳に木霊するほどに。 そして、壇ノ浦で散った父・教盛の姿が目に浮かぶのだ。 これらが一連の流れとなり、夢にまで見る記憶。消える事のない教経だけの記憶─── (父上を斬ったのは・・・この手か・・・・・・) ふと手のひらを見つめる。 何もない。見た目には何もないが、その時の手ごたえは手の記憶として残っていた。 教経の様子が想い出に耽っているようなので、将臣が他の者へと話を向ける。 「経正は・・・他に何か覚えてないのか?その・・・儀式でもなんでも・・・・・・」 他といっても人数は限られている。 先ほどから俯いている経正を見た。 「私は・・・目覚めた時の天井の印象しか・・・・・・あの子の時も几帳の外からでございました。 お役に立てず申し訳ない・・・・・・」 俯く経正の肩へ手を置く将臣。 「いいんだって。覚えていなけりゃその方が。実際、敵が利用しようとしているのは清盛の魂と それを可能にする黒龍の鱗。最後に・・・・・・と白龍ってことで間違いないな?」 将臣が事件の核心を簡潔にまとめた。 「ええ。陽の気とは・・・困ったものですね」 弁慶も呻くように声を絞り出す。 戦うにはの封印の力が必要ではあるが、敵はの陽の気を必要としている。 「いや〜、悩ましい限り。白龍も気をつけないとな〜。それより、白龍の力を引き出すちゃん かな。やっぱり」 「さあな。こいつは知ったら余計に行くだろうな」 仲間たちが力なく微笑みを向けた先では、知盛が楽しそうに笑いを零した。 最初から止めるつもりはないらしい。 「どこまでも・・・行きたいように行けばいい。俺は、それを見るためにここにいる」 の手が知盛の手を探し当て、その指を握り締めた。 「神子殿に望まれなければ塵と消えた命など、惜しくもない」 曇り空とはいえ、一日が終るべく空の色が変わり始める。 誰もが近く決戦があることを覚悟した。 |
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あとがき:やっぱり疑問点はあるのですよ。 (2008.03.01サイト掲載)