無声





「んぅ・・・・・・!!!」
 軽く手の甲で目頭を擦りながら覚醒した
 首を傾げながら知盛を凝視している。
 寝ボケていると判断した知盛が、恒例の儀式をしようとの額へ唇を寄せようとした瞬間、
「やっ!知盛っ」
 が声を上げてしがみついたために空振りに終わる。


「・・・・・・クッ、クッ、クッ・・・まだお目覚めではなかったか」
 の髪を梳きながらその背へ手を添えると異変を感じた。
「・・・?」
 知盛が着崩している単の襟元を必死に握り締めているのだ。

「そんなに俺が恋しいのか?」
 手を離させようとすると、今度は知盛の体に腕を回してしがみ付いてくる。
 いよいよ不審に思った知盛がを抱きしめた。

「そう力を入れ続けては疲れるだろう?それに・・・・・・」
 知盛が続きを言わなくとも、の腹の虫が鳴る。


「着替えて向こうへ行けばすぐに朝餉が食えると思うが?」
 知盛の問いかけに首を横に振る
 らしくない態度に、知盛はを抱えたままで起き上がる。


「そう寝所でしがみ付かれると・・・続きをしないといけないな?」
 が食事を選択するだろうとふざけてみたのだが、の首は縦に振られる。
 よもや承諾の返事がすぐに返されるとは思わなかった。
 が、違和感を感じた事を計算すれば半ば予想通り。
「遠慮なくいただくとするか」
 の単の襟元を無理矢理寛げ唇を当てる。


 『いか・・・ないで・・・・・・海はダメ・・・・・・』


 小さな声が聞えたが、構わずに事を進める。
 が疲れて転寝する程度に止めての行為。
 必死にしがみ付いてくる手は知盛を離すまいとしての事だ。
「好きなだけ俺を欲しがればいいさ・・・・・・」
 が寝付くまでと、朝の気配を感じながらも抱き続けた。







 が疲れて転寝をしている隙に按察使を呼びつけ、着替えをさせる。
 何かに怯えている様だが、朝方、こちらの部屋へ戻るまでは機嫌がよかった。

(何が・・・あった?)

 自らも着替えを済ませ、いつでもが食事にありつけるよう寝所を出る知盛。
 を膝へ抱え、ひたすら目覚めを待ち受ける。
 常に明るかったの異変に、部屋付きの女房たちも気づいている。
 朝からに知盛が無体を働いた理由もなんとなく察し、それについては誰もが触れない。
 部屋中の空気がの目覚めを今か今かと待っていた。



「・・・・・・れ?」
 目覚めて辺りを見回したが、着替えが済んで部屋にいる事がわかり頬を膨らませる。
「先に言っておくが・・・一度も離れてはいないぜ?」
 狩衣の片袖を抜いて着崩す知盛の腕はを抱きかかえている。
 それなりに納得したのだろう。
 が目を閉じて知盛の肩口へ寄りかかると、知盛の指がの鼻先を弾いた。
「おい・・・飯を食え。それに、そんなに離れたくないというならば・・・・・・」
 知盛が指差す先には按察使が男帯を持って控えていた。
 その意味がわからないらしいが首を傾げると、
「あれで二人を結んでもいいんだが?どうされるか?」
 人の悪い笑みでを見下ろす知盛の視線。
 いかにもからかっている風ではあるが、どこかでを気遣っているのがわかる。

「・・・いい。それじゃ犬の散歩みたいだもん」
 ようやくが口を開き声が聞けた事に、周囲から安堵の溜息が零れる。
 帯で結ぶ案は却下されたが、は知盛の袖を掴んだままで食事を始めた。
 やはりどこか変である。
 それでも食べっぷりはいつも通りで、誰もが口にはしないがそのまま様子をみることにした。





ちゃ〜ん。あのさ・・・・・・」
 景時が御簾前で氷りつく。
 誰もが御簾上げた景時に向かって、一斉に口を閉じろという仕種をしたからだ。
 両手で口元を押さえた景時が、足音を立てずに知盛に抱えられて転寝をしているの傍へと
近づいた。

「その・・・何かあった?」
「ああ」
 いかにも不機嫌な知盛の声に、景時が笑いを堪える。
 あの知盛の機嫌が左右される理由が、限定になりつつあるからだ。
 あまりにわかりやすい不機嫌の理由こそが笑いを誘う。
 そのまま笑いたいがそうもいかない事態らしい。
 景時は今朝方浜辺で思いついた事を実行に移すことにした。

「う〜ん・・・・・・まてよ?アレだな!」
 ひとり納得したのか景時が素早く部屋を飛び出して行く。
 程なく戻ってきた手には碗があった。

「ちょっと失礼するね〜〜〜」
 水が入った碗に指を浸し、その指をの額へとあて真言を唱える。
 あえて陰陽術ではないその呪文の効果は、闇のモノには覿面だ。
 が小首を傾げて景時を見ている。


「景時・・・さん?」
「うん、そう。ちゃんは夢の世界にいたんだね〜ってことで。知盛のそれ、他にない?」
 知盛の首にある紫水晶を指差す景時。
 知盛がそれを外そうとすると、
「いや、いや。それはそのままがいい。絶対に外さないこと。他にあったらちゃんにもって
思うんだけど・・・別にそんなに大きくなくていいから」
 知盛が考えるより早く按察使が動く。
「若君。あれが残ってございましょう?指輪が」
 知盛の衣装箱の中を探し始める按察使。
 知盛の方はのんびりとしたものだ。
「・・・・・・まあ出来そうではあるな」
 の手を取り、その指の周囲を順に確かめる。

「何?指輪・・・ちゃんには無理?」
「いや・・・幼い時に護符代わりにさせられていたものなんだが・・・・・・」
「ああ、なるほど」
 知盛が幼少の頃の大きさとなれば指輪は小さめだと推測できる。
 出来れば毎日身に着けていられるものがいい。
 景時は按察使が探し出すのを待った。


「ございましたよ。やはりこちらにあったのですね」
 福原への引越しのどさくさで紛失したかと思っていたが、まだ残っていたらしい。
 按察使から知盛へ手渡された指輪は、かなり小さめだがの小指に丁度よさそうだった。

「それで?これをどうすればいい?」
「そのままちゃんがすればいいだけ。別にオレが何もしなくても大丈夫なんだ。水晶だから」
 魔を撥ねつける水晶の指輪。
 知盛にこの宝玉をつけさせたのは清盛だ。
 あまりに美しい和子が魔物に魅入られないようにとの親心で、その瞳の色に肖り紫水晶を与えた。
 紫水晶には安らかな眠りを司る意味もこめられている。
 知盛はの小指へとその指輪を嵌めた。

「・・・結婚式みたい・・・・・・えへへ」
 手をかざしてその輝きを確認する
 知盛が幼い時にしていたものとなれば尚更嬉しい。
 小指だとしても、指輪というものは特別な意味を見出せる。


 いつものに戻ったのを確認し、景時と知盛が目で合図を交わした。
「お昼には朔が来るんじゃないかと思うんだよね〜。でさ〜、朔が疲れてたら可哀想だし。
温泉入りたいかな〜っと思うけど、一人は心配だし。ちゃんが一緒だと安心なんだけどな〜」
「入る!朔とたくさんおしゃべりしたい。久しぶりだもん」
 元気なの声が響く。
 景時の考えとしては、近場の温泉は龍神の泉と水源を同じくしているだろうと推測している。
 よって、最初に入れば清めの効果が得られるだろう。
 特に朔は黒龍の神子であり、陰の気に敏感だからだ。
「ほう・・・俺はいいのか?」
「冗談は止めてよね〜。知盛は外で見張り番くらいはさせてあげるけど」
 先ほどまで怯えてしがみ付いていたのは誰だったのかと思うほどの変わりよう。
 少し寂しく感じないこともないが、何があろうとの手は知盛へ伸ばされる。


(意識が現になくとも・・・俺を見つけてくれるのだろう?)
 このまま軽口を叩くことに決めた。


「無論・・・誰にも見せはしないさ。なあ?兄上様」
「そういう時だけ兄上とか呼ばないでよ〜、怖いなぁ」
 景時が知盛の豹変振りに苦笑いをする。
「早く来ないかな〜、朔。これ・・・見てもらおうっと。これ、温泉でも外したらダメ?」
 が景時に向かって手のひらを返して指輪を見せる。
「温泉は外してもいいよ。逆に、水は清めだから何もない方がいいね」
 景時の言葉に安心したのかが大きく頷く。
「ですよね〜。失くしたり、温泉成分で色が変わったりしたら嫌だもん。知盛の色・・・・・・」
 偶然にもの護符に必要だったのは紫水晶である。
 これには正直景時も驚いたが、暗示めいたものはあったのだ。

ちゃんのひとめぼれだもんねぇ・・・・・・)
 知盛の顔は確かにいい。
 だからといって、いきなり命をかけるほど好きになれるものだろうか。

(運命のって・・・あるもんなんだねぇ・・・・・・)
 知盛とじゃれあう様子を眺めるにつけ考えさせられる。
 がどのような思いでこの地に留まっているかはわからない。
 けれど、導き出した答えに否は唱えたくはない。
 例え、異世界へ帰るという事になったとしてもだ。

 知盛の腕から逃げ出したが景時の背に隠れる。
「知盛のおバカっ。そんなにぎゅうぎゅうしたら苦しいでしょ〜」
 しっかり景時の背に寄りかかって座り込む
 鼻歌を歌いながら朔のために何やら組紐を編んでいる。
「・・・何か作るの?」
「うん。朔にもお呪い。後で何か石を探してこなきゃ。何の石がいいですか?」
 ついつい景時の顔が綻ぶ。
「オレが探してくるよ。腕輪にしようとしてるんだよね?」
「そ〜です。朔にも必要だもん。魔よけの護符っていうんですか?」
 今朝方の事はよく理解していないらしいが、護符になるものがあればいいのだとはわかったらしい。
「そうだね〜、朔には何色がいいかな〜。水晶なら何でもいいといえばいいんだけどね」
 その時、再び知盛の部屋の御簾が動いた。

「そういう事なら俺に言ってくれればすぐにご用意いたしますよ?ちなみに朔ちゃんには黒水晶なんて
どうだい?滅多に手に入らないんだけど、何故かこちらへ来る前に手に入ったんだよな〜」
 ヒノエが景時へ投げて寄越したのは黒水晶の勾玉だ。
「あ・・・すっごいイイものだね、これ」
 玉の大きさではなく、その護符としての質の意味でだ。
「さあね。・・・モノが持ち主を選んでやってきたんだろうね。そういう事もあるんじゃないかと思うよ」
「ありがとうね〜、悪いね」
「いいえ〜。姫君に手作りの護符をいただけるなんて羨ましいね。俺にはないの?」
 さり気なくヒノエがの前に座った。
「・・・ないよ。ヒノエくんってばジャラジャラたくさんついてるし。男は自分で何とかしてね」
 一度顔を上げてヒノエを見たものの、すぐに手元の組紐へと視線は戻る。
 こちらでは組紐というらしいが、がしているのはヘンプ編みだ。
 組紐より簡単で三十分程度で完成する。


「ちぇっ。ほんと姫君は俺に厳しいよな〜」
「ば〜か!だからチャラチャラしすぎなんだって言ってるだろ?邪魔するぜ」
 将臣も部屋へとやって来た。
「な〜にぃ〜。例の件なら知ってるよ〜」
 景時が将臣にさり気なく牢の囚人が消えているのは知っているぞと伝える。

「そうか。こっちには・・・・・・」
「ない。何事もあるわけない。式神が一匹を残して戻ってきてるから〜」
 軽い口調で景時が返事をしているので、もさして気にならないらしい。
 黙々と紐を編み続けている。
 朔が到着する前に完成させたいがためだろう。

「それってつまり・・・・・・」
「そうね〜。いないんだね〜、これが。どうしたんだろうかね〜?」
 どこまでも軽い調子で続ける景時。
 知盛も詳しく話を聞かずとも景時の発する言葉の端々から異変を察した。
 立ち上がるとを景時の背中から引き剥がし、自分へ寄りかからせるよう座り直させる。
 はかなり集中しており、知盛の行動も気になっていない。



「姫君は朔ちゃんが来るってのしかないみたいだねぇ・・・・・・」
 がすっかり別世界にいるのをヒノエが笑う。
「まあね。朔が疲れているだろうから一緒に温泉入ってもらおうと思ってるし。ヒノエ君はここで
留守番だからね。覗こうなんて考えていないよね〜〜〜?」
 景時がヒノエの両肩を掴んで揺する。
「・・・おっさんの頭の中を知りたいよ、俺は。どうなんだい、その俺に対する評価は」
 努めて笑いをとるヒノエ。
 この部屋の空気をいつも通りにするのが目的だ。
「だから。日頃の言動を考えろっての」
「将臣もかよ。ヒドっ!」
 ヒノエが不貞腐れて転がると、装飾品が音を立てる。
 がその音に反応してヒノエを見た。
「・・・やっぱりジャラジャラって鳴るね」
「姫君までかい?参るねぇ」
 口とは裏腹にまるで堪えていない様子のヒノエ。
 待っているのは仲間の到着だ。
 適当に会話を楽しみながら時間を過ごす面々。
 

(豊成たちには逃げられたけど・・・豊成につけた式神だけが戻ってこないって事は)
 口に出しはしなかったが、他はもう命はないと見ていい。
 式神が返されたならば景時にも影響がある。
 それがないということは、術が返されたのではない。
 残すところ景時の与えた任務が終ったという事だ。
 追随する必要がなくなるとすれば───

(どういう理由かまではわからないけれど。死んでるって事だよね。豊成以外はさ)
 脱獄してから死を選ぶとは考えにくい。
 脱獄の手引きをした者がいたとして、その狙いはなんであったのか。


「朔に会いたいよ〜〜〜!」
「このシスコン!叫ぶな」
 将臣が景時に向かって手袋を投げつける。
「だってさ〜、心配で心配で心配で死にそう」
 またも景時が笑いをとる中、知盛がに問いかける。

「シスコンというのは・・・・・・」
「うん。女兄弟が大好きな兄弟とかの事かな〜。一番多いのは妹大好きなお兄ちゃんって感じ。
景時さんそのものをいう言葉だよ」
「ほう・・・あれをシスコンというのか・・・・・・」



 知盛に正しいような違う様な知識が増えた午前中。
 霧雨の景色が梅雨らしく庭を彩っていた。








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 あとがき:さてさて。残りはどうした?!(笑)     (2007.11.23サイト掲載)




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