対抗心





 夜明け前後、梶原邸へ文遣いがやって来る。
 当然親代わりとも思っている景時は、気が気でなく待ち構えていた。
 いきなり玄関で当主に迎えられる文遣いも珍しいだろう。
 大慌てしつつも、しっかりと宛の文箱と景時宛の文箱を手渡す。
「へ?オレ宛もあるの?」
 釈然としないながらも、不備があったのかとその場で文を読む。
「・・・・・・ぶわははは!やってくれるね〜」
 内容は文句とも笑い話ともとれるものだった。

 明かりに誘われるも 花隠れて───

ちゃんを退屈させちゃったからね〜。眠っちゃったのか)
 朔をの傍へ話し相手として居させるべきだったと反省しつつ。
(花嫁さんは、堂々としていらっしゃる・・・ちゃんらしいね〜)
 付きの使用人へ文箱を枕元へ置くように言いつけ、軽く休むべく自室へと
足を向けた。



「むぅ・・・・・・れ?今何時?」
 が勢いよく起き上がる。すると、枕元に見慣れない箱がひとつ。
 綺麗に細工が施してある文箱だった。
「何これ・・・・・・」
 紐を解くと、中からは桜の造花が添えられた文。
「わ〜、桜だぁ。ニセモノ?これなら散らなくていいね!飾ろっと。こっちは・・・・・・」
 縦にしても横にしても実に難解な文字。
「知盛の字だよね。ワザと読めないように書いたな〜〜」
 も楷書なら頑張れば読める。しかし、草書に近い筆字ではお手上げであった。
「もぉ、知盛のおばかーーーっ!読めなきゃ返事書けないってば」
 文を持ったまま、褥から起き上がり衣を手に取る。
「へへ。知盛の単・・・・・・じゃなーい!!!」
 さっさと着ると、朔を探すべく部屋を飛び出す。

「朔〜!さぁ〜くぅ〜〜!!!」
 の声に、朔の方が慌てて姿を現した。
「どうしたっていうの。、その格好は・・・・・・」
「だって、だって!これがね!」
「はい、はい。後で!」
 小袖姿で歩き回るの背中をぐいぐいと押し、の部屋まで連れて行く。
「これが読めないんだってばぁ〜!お返事書くんでしょ?こういうのって」
 が文を朔へ突き出した。
「・・・・・・。これは後朝の文なんだから、大切にしなくては・・・・・・」
 なおも突き出す
「だったら読めるように書くもんだよ。読めないもん、こんなの。返事書けないって!」
 の頬が膨らんできた。
 これ以上言っても、の機嫌が悪くなるだけと諦め、の文を読むために中を
改め始める朔。
「・・・・・・ぷっ」
 始めからが読めないだろうという想定で書かれた文の内容に、朔が笑いを漏ら
した。
「な、何?何て書いてあるの?!」
 が朔の手元を覗く。
「歌を書いても無駄になるだろうから、夫婦で花見をしましょうねって約束が書いてあ
るわ。それと・・・の返事は期待していないから、ですって。珍しく今日は起きられ
たのにね?」
 
 始めから朔が代理で読むだろうと想定し、しかもは朝起きないだろうから返事は
無くても構わない───

 、朔の手から文を取ると床に叩き付ける。
「知盛のやつぅ〜〜。すっごい熱烈な文書いてやるんだから!!!朔、手伝って!」
 足音を立てながら、文机に向うと硯を用意して墨をすりはじめる
 勢い余って水が弾けている。
?そんなに力を入れては・・・・・・」
「いいのっ!すっごい重い文書くんだからっ」
 の言う意味はわからないが、ここは逆らわないに限るとが叩きつけた文を
拾い文箱へ戻すと、の後ろへ控える。
「朔!ちょお〜〜〜長い紙ってないかな?」
「長い・・・紙?」
「そ!すっごい巻き巻きに長いの!」
 墨をすり終わったのか、が筆を選び始めた。
「紙なら写経用の巻紙があるにはあるけど・・・・・・」
 普通返歌に使うような、趣のある紙ではない。
「それ!それちょーだい。それがいい!」
「返歌に使うのは、もっと綺麗な料紙とかよ?」
「やだ!長いのがいいの!後は・・・・・・お花もだよね。何入れてやろう」
 花を添えるの間違いでは?と思いつつも、の勢いに言い返せない朔。
「とりあえず、巻紙を持ってくるから。お花はその間に考えたら?」
「うん!そうする。お庭に行ってもいい?」
「着替えてからよ。その格好では駄目。先に着替えましょう」
 の支度を手伝い、庭へ行かせると、巻紙を取りに朔がの部屋を後にした。

「知盛のやつぅ〜。箱いっぱいに花つめて返してやるっ」
 梶原邸の庭木を吟味する。桜を入れられたからには、桜以外の花で返したい。
 庭を隅々まで散歩する。すると、小さな花を発見した。
「わわわ!これ何だろ〜?スミレかな?」
 がしゃがんで花をつついていると、庭掃除の使用人が答えた。
「神子様、それは“ヒナスミレ”です」
「ひなすみれ?ちっちゃーい、可愛い〜。これ、取ったら駄目ですか?」
「神子様に摘まれるなら、スミレも本望でしょう」
 たくさん取りたかったが、大きな木の下でひっそりと咲いているスミレが可愛くて、茎を
折るのが躊躇われた。
「そうだ!これって他所のお庭に植えられるように持っていきたいんですけど」
 が立ち上がり、使用人に提案をすると、嬉しそうに請け負った。
「そうですな。その方が花も枯れずに済みますから。小さな鉢に入れたらお部屋の前の
階へお持ちしますよ」
「ありがと!ちょっと急いでもらってもいいかな?文と一緒にしたいの!」
 が両手を合わせて頼む。
「神子様が文を書き上げるまでにご用意します」
 に頭を下げると、そのまま邸の裏の方へ辞した。
「やった!ピンクっぽいような色だけどスミレだもんね。えへへ〜」
 スキップしながら部屋へ戻ると、朔がいくつか巻紙を用意して座って待っていた。

「わわ!ありがと〜朔。そうそう、そういう重たい感じのが欲しかったんだよね」
 一本を片手に取ると、重さを確かめる。
「本当にそれに書くつもり?お花は用意出来たの?」
「もちろん!お花はもう少ししたら、お庭にいたおじさんが持ってきてくれるんだ」
 は床に巻紙を一気に広げた。
「んふふ!腕が鳴るわ〜〜。知盛もビックリなお手紙書いてやるんだから」
 この時、朔の頭の中では昨日の景時の言葉が繰り返されていた。

 知盛殿を驚かせるのは、には敵わない───

(まったくその通りです、兄上・・・・・・)
 こめかみを押えながら、筆遣いも乱暴なの様子をただただ眺める事しか出来ない
でいた。



「できたっ!どう?」
 が腰に手を当て、朔に訊ねる。
「どうって・・・・・・」
 最早何も言うまいと頭を振ると、景時がやって来た。
ちゃん?何だかね、お花預かったよ。入ってもいいかな?」
「あ!景時さん、どうぞ」
 景時がの部屋に入って目にしたものは、巻紙に書き連ねられた返歌らしき文字。
「・・・・・・これ」
「返歌で〜す!やっぱり、ガツンッと返歌してやろうかと思って」
 景時に向って堂々と披露する
「これは大至急届けないとね!」
 知盛にしてやられた景時としては、これを見たときの知盛の驚愕が目に浮ぶ。
「でしょ〜!景時さん、さすが話のわかる兄って感じだよ〜」
 二人が手を取り合って喜んでいる姿を、少し離れた場所で朔が眺めていた。
(兄上・・・・・・諌めなくてどうするんですか・・・・・・)
 梶原家の行く末を案じる朔だった。





 来客の予定が無いにもかかわらず、遠くでざわめく音がして知盛は身体を起こした。
 面倒だが、本日からは京の為に出仕しなければならない。
 梶原邸から帰宅して寛いでいたが、将臣辺りの急用かと大きく伸びをして立ち上がる
と、戸を叩く者があった。
「文が届いてございます」
 嫌な予感が当たったと、中へ招き入れると文箱を受け取る。
 ずしりと重いそれに首を傾げつつ、他に差し出された小鉢が目に入った。
「・・・何だよ、ソレは」
「神子様からでございます」
が?・・・・・・文もか?」
 頷く女房を手で払い、退出させると文箱を開ける。
 入っていた物は巻物がひとつ。
「・・・・・・クッ、わけがわからんな」
 花と巻物に何の関係があるのだろうと、巻物の紐を解く。
「・・・・・・何も書いてないのか?」
 手で少しずつ開いても、何も書かれていない文。
「姫君はご機嫌斜めで返歌なしか・・・・・・・・・・・・」
 文を床へ投げ、小鉢を手に取った。
「・・・スミレ・・・だな・・・・・・」
 何の謎かけか解けないが、再び巻物に目をやると勝手に転がり、最後まで開かれた
状態で床にあった。
「・・・・・・クッ・・・・・・何だよ、。これが返歌か・・・・・・」
 知盛が声を立てて笑い出す。

 巻紙二本分を繋げて、一本目には何も書かず、さらに内側にまかれる二本目に書か
れた巨大文字。

 知盛大好きv───

 下に小さくスミレについて書かれていた。
(枯れないようにこちらの庭へ植えろか・・・・・・花言葉?愛ねぇ・・・・・・)
 スミレをもう一度手に取り眺める。
(起きられたのか・・・・・・)
 あのが今日は起きられたという事実だけでも驚きである。
 加えて、諦めていた返歌まで早々と届けられた。
(これは・・・一本とられたか?・・・・・・景時殿も笑っていそうだな)
 小鉢を持ったまま簀子へ出ると、庭掃除をしている下働きの者を呼びつける。

「これを・・・枯れない様に庭の何処かへ植えてくれ」
「はい」
 両手で小鉢を受け取ると、下働きの男はそのまま知盛の部屋の正面の木の根元へ
植え始める。
 
 ヒナスミレが一足先に知盛の元へ嫁入りした。



 梶原邸では、のんびり朝餉をとりつつ本日の予定が伝えられていた。
「・・・というわけで。ちゃんは、オレと譲君と怨霊退治。ごめんね〜嫁入り前に」
「いいんですよ?だって封印は私のお仕事ですからね〜!」
 口を忙しく動かしつつも元気に答える
「他の方々は?それに、私も・・・・・・」
 朔が自分の役割は無いのかと、景時に訊ねる。
「朔は、今夜の準備だよ。まだ二晩目だからオレがいなくてもいいでしょ。頼むね。皆は
京への食料調達とかね、色々働いてるから。ちなみに知盛殿に会いたくなったら内裏に
いるハズだよ?」
 景時は、知盛の所在をに教える。
「・・・いいもん。知盛が何処にいたって・・・・・・でも、お手紙驚いたかな〜〜〜」
 が思い出し笑いをする。
「驚いたと思うよ〜〜〜。すっごい大きい字だったしね〜」
 景時の顔も綻んだ。
「はぁ〜。二人とも!源氏の常識が疑われるって事には思い至らないのですか!」
 と景時が顔を見合わせる。
「だって・・・ねぇ?」
「いまさらですよねっ」
 反省の色、まるで無し。
「それよりさぁ、知盛殿の顔を見に行きたいよね〜。ちゃん、頑張って怨霊退治して
見に行こうよ〜」
「景時さん、何でそんなにノリノリなんですか〜?」
 が首を傾げて景時を見る。
「え〜!オレじゃ絶対に知盛殿には勝てないもん。見たいんだよね〜、普段冷静な彼み
たいな人がどんな顔しちゃうのかなって」
「景時さんたら!じゃ、キリキリ封印しちゃいましょぉ!」
 二人は片手を上げて気合を入れあう。

 ひとり朔だけが溜息を吐く。花嫁がこんなに威勢がよくていいものかと───
 朔が幼い頃より想い描いていた嫁入りは、もっと静かで厳かなるもの。
は花嫁なのに・・・・・・)
 花嫁の憂いが微塵も感じられない元気よさを見ているうちに、朔も口元が緩んだ。
(そうよね。嬉しいことだもの!)



 の元気が振り撒かれるだろう、京の一日の始まり───






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 あとがき:負けず嫌いって、可愛いと思うんですv     (2005.5.1サイト掲載)




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