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カタチも大切 梶原邸へ着くと、景時が大慌てで使用人に指示を始めた。 朔も使用人を呼びつけ、何事か指示をしている。 は呆然とそれを見ているしかなかった。 すると、訪問者があり荷物が運びこまれる。 「あ!もしかしてヒノエくんの〜?」 景時が使いの者と遣り取りをする。 朔に部屋は片付けるから入らないように言われてしまい、居場所が ないまま庭へ向うと、そこも大変な事になっていた。 「・・・・・・何?」 の婚儀の準備なのだが、にはわからない。 知盛が平氏という事もあり、都の貴族に習う事にしたのだから、当然 姫君側が婿君を迎える方になるのだ。 半日しか準備時間がないため、の相手を出来る時間のある者が いなかった。 庭の石に腰掛ける。 「つまんな〜い。毎日一緒だったのに」 ここに居ない知盛を恨めしく思う。 「白龍も譲くんと一緒だしなぁ・・・・・・」 ご飯を食べさせてくれる譲に一番懐いてしまった。 「お部屋の掃除って・・・・・・別に景時さんが居なくたってしてくれてたと 思うのにぃ・・・・・・」 主が居ない間に掃除をされていなかったと勘違いの。 たとえ三晩限りの事とはいえ、源氏の神子の住まいとなるのだ。 梶原邸の掃除という話ではなく、の部屋の準備に忙しい。 弁慶の計らいで、ヒノエが用意したものを運ぶだけでも、几帳から調度 品やら、すべてが新品と総入替だ。 まるで引越しのような喧騒の中、だけがする事がなかった。 庭で首が揺れているの傍へ、景時がやって来た。 「ちゃん?」 大きく首が揺れると、が景時を見上げる。 「あ・・・景時さん・・・・・・寝ちゃった・・・・・・」 景時は、の頭を撫でると隣に腰を下ろした。 「あはは〜ごめんね〜。退屈させちゃったね。そろそろ終るから・・・・・・」 が景時に寄りかかる。 「う〜ん。平気ですよ?何もしないのは退屈で・・・・・・眠いけど・・・・・・」 小さな欠伸をする。 「そっか。だよね〜〜。・・・・・・少し話をしてもいいかな?」 が頷く。 「君のね、本当の家族にはなれないんだけどさ。ここは君の家だと思って いいから。お嫁に行っても部屋は残しておくから・・・・・・だから、偶には遊 びに帰っておいで?朔も居るし」 寄りかかるのをやめて、景時の顔を覗き込む。 「あの・・・・・・」 「流石にこの年齢で父上は厳しいから。お兄ちゃんくらいにしておいてくれ ると嬉しいんだけどね〜〜」 大きな手での頭を撫でる。 「あ、そうそう。朔はね、お姉ちゃんのつもりしてるから。妹の役をしてあげてね? 誰かの世話を焼きたくて仕方ないみたいなんだよね〜」 景時が肩を竦める仕種をする。 「毎日・・・来てもいいの?」 「もちろん大歓迎!ただし!ひとりで歩いては来ない事。近いけど、それは 絶対にしないでね。何かあったら、皆が悲しいって事覚えておいてね」 景時が立ち上がり、の手を引いて立たせる。 「そろそろ部屋も片付いたろうし。お風呂の用意も出来たと思うよ?知盛殿 を驚かせないとね!源氏の神子姫様の嫁入りなんだから」 庭から邸の方へ歩く二人を朔が見つける。 「兄上!サボっていないで、働いて下さい。も。探したのよ!」 呼ばれるままに階へ近寄ると、の腕が掴まれる。 「よぉ〜〜くお手入れしないとね?お願いしますね」 「朔ぅ〜〜〜!!!」 朔の後ろから歩いてきた女房二名にそのまま腕を引き渡され、が引き ずられるようにその場を去った。 「・・・・・・あんまり無理強いしちゃ駄目だよ〜?」 景時が朔の頭を軽く叩く。 「いいえっ!婿殿がひっくり返るくらい綺麗にしてみせますっ!!!」 鼻息も荒く朔が言い返した。 景時の手が、朔の短くなってしまった髪に触れる。 「・・・妹が増えて嬉しいよね、うん。でもさ、知盛殿を驚かせる事については、 ちゃんに敵わないと思うけどなぁ」 景時の手を払う事もなく、朔が続ける。 「驚かせ方に問題があるんです。のは、私たちも息が止まりそうですもの。 そうではなくて、を自慢したいんですわ」 「それは賛成。じゃ〜、後は知らないふりの準備でもしますか!庭に明かりを 用意しても、知らないふり〜〜〜♪」 庭の方の準備を指示するべく、景時は庭に消えた。 「兄上ったら・・・・・・ごめんね」 景時が触れていた髪を軽く撫でると、今宵の準備をすべく朔も簀子をの 部屋へ向って歩いて行く。もう日が傾く時間になっていた。 の部屋には香が焚かれ、夕餉を食べるの後ろでは手伝いの女房が 髪を乾かすべく、せっせと布に包んでは叩く作業を繰り返していた。 「、入るわよ」 朔が部屋の中を確認しに来た。 「朔〜、あれ何?ずっと気になってたんだよね〜」 ヒノエの手配によって準備された用の調度品の数々。 「の箪笥とか、化粧台とか。新しい物を準備するのが習わしらしいのよ。そ れに、ここがの家ですからね。気兼ねなく、これからも来てね」 「うん、景時さんもそう言ってくれた。毎日来るよ〜」 朔はの手を取った。 「無理しなくていいのよ?向こうの・・・・・・将臣殿のお邸には、皆が居るし」 「違うよ。私が来たい時にいつでも来ていいんでしょ?それに、朔が向こうへ遊び に行ってもいいんだよ。どっちがどっちでもいいよぉ、そんなの」 の言葉には無理がない。 悲しくて殻に閉じこもり、世間から離れたくて髪を下ろし、家族にも心配をかけて ばかりいた。 世話を焼くことが楽しく、心が氷解していく─── 「の・・・姉のつもりだったのに。がお姉さんみたいね」 朔の目から涙が零れた。 「朔がお姉さんだからね!それに、私は変らないもの。えっと、知盛の奥さんって 呼ばれるかもだけど、それでも。私は私のままだよ」 「そうね。はよね。これからは、梶原家の一員として恥かしくないように、 しっかりしてもらわないといけないわね」 「ええっ?!これ以上、しっかり出来ないよぅ〜」 が朔の膝に倒れこむ。 これから嫁入りだというのに、気負いがないのが、いかにもらしい。 「花嫁さんなんだから、しゃんとして知盛殿をお待ちするのよ?それと、これを渡す ようにって頼まれていたんだったわ」 は小箱を手に取ると、開けてみる。 「・・・・・・何コレ・・・・・・意味不明なんだけど・・・・・・」 そこに入っていたものは─── 「ああ、それは・・・・・・ヒノエ殿らしいわね。香油だわ。使ってみる?」 朔の説明で、小瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。 「わわわっ!甘くていい感じの香りだよ〜」 朔に手渡すと、少しだけ耳の裏につけられた。 「今日は部屋に香を焚いているから・・・・・・あまり色々混ざるとね?」 蓋をして、へ返す。 「うわ〜、なんか大人な感じだよねこういうのって」 コロコロと転がっては、残り香を楽しむ。 大人といいながら、行動は子犬の様であり、朔から笑いが零れた。 「大人はそういう事しないの!さて、明りの油も足したしね。私たちは下がらせても らうわ。明日の朝、知盛殿の着付けは手伝えるの?」 朔がの額を軽く叩く。 「いつも勝手に一人で着てたもん。平気だよ〜、そんなのしなくても」 朔が大きな溜息を吐く。 「・・・これからは、きっちり覚えてもらうから。も自分で着物が着られないと困る でしょうしね。単の交換だけ忘れないように」 それだけ言い置くと、早々と朔は退出していった。 ころり・・・・・・ころり・・・・・・ が部屋で寝転がる。 「退屈だよぉ〜、何してるのよぅ!知盛ぃ〜〜〜」 以外はしっかり働いているのだが、そんな事を仲間が知らせるわけも無く。 「寝ちゃうよぉ〜〜〜」 ころり・・・・・・ころり・・・・・・ 書物を読むなり、髪を梳くなり、しようと思えば何でもありそうなものだが、は そんなことをせず、ただ床の上を転がる。 ころり・・・・・・ころり・・・・・・ころん・・・・・・ぱたっ! 腕を伸ばしたまま、丁度たどり着いた褥に突っ伏す。 「・・・・・・もぉ、寝るもん」 朝も早かったため、はそのまま衾を被り眠りについた。 遅れる事、半時後。 実際時間に遅れている訳ではないが、が眠りについてから知盛は梶原邸の 門を潜る。 ご丁寧に庭には微かに明かりが用意されており、の部屋までの道を照らして いた。 (へえ?粋なことを───) この婚儀に関しては、両家、いや、源氏も平氏も帝までも公認である。 こそこそするのもわざとらしいが、あまりに堂々というのも趣がない。 景時の人柄が表れる、程よい心遣いに感謝しつつの部屋へ入ると─── 「・・・・・・?」 既に寝息を立てて眠るが居た。 「・・・・・・クッ、姫君を待たせすぎたか・・・・・・」 狩衣を脱ぎ捨て、の背中から褥へ滑り込む。 「何の夢を見てるんだろうな・・・・・・」 寝顔は穏やかだった。 夜明けまでまだ時間があるが、知盛はの単を着込む。 「今日は怨霊の封印があるそうだ。もう少し寝ろ」 帰ろうとする知盛の狩衣の裾を掴む。 「・・・・・・帰らないでっ」 知盛は、自分の単をに被せた。 「・・・のろま男にさせるなよ・・・・・・」 溜息と共に、寝ているの隣に腰を下ろす。 「だって。今までは居てくれたじゃない。何で今日は駄目なの?」 「今日はじゃない。最後の晩が明けた時が露顕しで夫婦と認められるんだ。それまで は、知っていても知らないって決まりなんだ・・・・・・」 が衾に潜る。 「・・・・・・そんなの変だもん。居て欲しい時に居ないなんて」 潜ったままのの背を撫でる。 「・・・・・・俺やお前だけの問題ならいいんだがな。梶原殿の・・・源氏の評判を落とし てもいいのか?」 男君が愚図なのは、男の評判が下がる。それだけならいいが、男君を帰さなかった 婚家側の評判にもかかわる。黙っての判断を待つ。 「・・・明日も帰っちゃうの」 ようやく衾から顔を出す。 「・・・ああ」 「明後日は?」 の額にキスする知盛。 「二人で景時殿に挨拶して・・・そのまま邸を移って。神泉苑で花の宴がてらの婚儀だな・・・・・・」 「・・・・・・じゃ、我慢する」 「そうしてくれ」 の手を取り口づけると、戸を開けてまだ暗い夜明け前の庭を帰って行く。 「・・・・・・ほんと、憎たらしいくらいイチイチ格好いいんだよね」 手を伸ばし、知盛の単を掴むと抱きかかえてまた眠りについた。 が起きる時刻まであと一時以上─── 知盛からの文が届くまでに時間はかからなかったが、は深い眠りの中。 「・・・クッ、急いで書いても、もう寝ているんだろうがな・・・・・・」 寝ているだろうとは思うが、用意させておいた桜の造花を添えて文遣いへ文箱を渡す。 (目覚めた時に、枕元にあればいいさ───) 本日の出仕に差障りが無い程度に身体を休めるべく、知盛も眠りについた。 春霞の夜明け前─── |
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あとがき:そして一日目終了(笑)寝る子は育つ。望美ちゃんは、よく食べてよく寝ますねぇ。 (2005.4.26サイト掲載)