はじめが肝心





 の軽い嵐があった後の内裏。
 早々と九郎たちが内裏へ参内する。
 清涼殿で見たものは───
 ひとりだけご飯を食べて、知盛にからかわれて。
 訪れた睡魔に素直にしたがい、知盛の膝で昼寝をする

「バッ・・・・・・!」
 九郎の口は、弁慶の手によって塞がれた。
 最後まで怒鳴らせれば、『バカモノ』だったかもしれない。
「まあまあ。九郎?さんのおかげで僕たちはこんなに早く参内できた
んですから。休ませてあげましょう」
 起こしたとしても、面白いものが見られたかもしれないが、ここは早く片
付けたい問題があるため、そちらを優先と瞬時に計算する弁慶。
「さて。僕たちはどこへ座ればいいでしょうか?」
 将臣の指示を仰ぐべく、まずは御前で頭を下げる弁慶。
「ああ。もうそんな面倒な事ナシ!こっちに座ってくれ。な、帝」
 招かれるままに足を進め、御前に座る源氏方の一同。
 居並ぶ貴族の者たちは、田舎武士よという好奇の目で見つめる。
 
 に見つからなくて幸いと、将臣が話を始めようとした。
 が、それはまたもかなわない。
 の目は開かれていた。

 目を擦るの額に知盛がキスする。
「ようやくお目覚めですか?姫君は・・・・・・」
「うぅ・・・・・・足音が・・・した・・・・・・」
 首をゆっくりと動かせば、そこには見知った顔がそろっていた。
「九郎さんおそぉ〜い!退屈で寝ちゃったよぅ・・・・・・朔!」
 朔へ駆け寄ると、膝へ倒れこむ
「よかった〜、やっぱり朔が居ないとね!今朝はね、やたら早起きさせら
れてね。こんなの着せられて。大変だったんだよ〜〜〜」
 そのまま、またもや目を閉じてしまった
 知盛が立ち上がり、回収に向う。
「・・・クッ、寝ぼけてたのか・・・・・・・・・・・・」
 大切そうに抱き上げ、そのまま元の場所へ腰を下ろす知盛。
 かつての知盛は、このような男ではなかった。

(あれは、本当に知盛殿か?───)
 目を疑う者、多数。
(神子に逆らえないという様子でもないですぞ?)
 貴族たちの小声のやりとりなど気にせずに、知盛はの髪を撫でる。

(・・・まぁ、からかうのも面白いかもな?)
 今朝と同じようにの口を塞ぐ知盛。しばらくすると、が起きた。
「うぅーーーーーー!!!」
 知盛が唇を離すと、が大きく呼吸する。
「ぷはぁ〜〜〜・・・・・・知盛!苦しいってば!」
 今度こそしっかり目覚めたに、肩を竦めて見せる知盛。
「・・・・・・義経殿一行が到着している。昼寝は終わりだ」
 わざとに言い聞かせる。
「あれれ?なんだか夢と同じ感じぃ〜〜〜。よかった。これでみんなそろったね!
それで?どうするの、これから!」
 
 の声に聞き耳を立てていた貴族たち。『みんな』という表現を聞き逃す
訳がない。源氏の者を神子の前で愚弄すればどうなるか、わからない程の
馬鹿では宮廷生活は覚束無い。

 が居るだけで、自然と調和の取れた環境が出来てしまう。
 弁慶は、笑いたいがここは顔には出さないよう努める。

「おい、。お前、寝ぼけてるのか?」
 九郎の眉がつり上がる。
 この大切な場で、まるで緊張感がないが信じられないのだろう。
「え〜、細かい男はモテないよぅ?九郎さんたら」
 逆ににからかわれ、周囲から笑いがもれた。
「う、煩い!そんな事、お前に心配してもらわなくても・・・・・・」
「なくても〜?」
 言葉尻をとらえて、首を傾げながら九郎を追いつめる。
 知盛が助け舟を出した。ここは宮中で、後々の九郎の立場もある。
「・・・、あんまり義経殿を困らせるな。花見がしたいのだろう?」
「うん。そうなの。だから弁慶さん、よろしくね?」
 花見のためには・・・・・・弁慶に任せるに限る。

 の後を引き継いで、弁慶がさっさと段取り始める。
「はい。四日後に神泉苑でお披露目ですからね。さんは、本日から景時の
家で過ごしてもらいますよ」
「どーして景時さんのお家なの?」
 の発言に、その場にいた弁慶以外の全員が固まった。
「お披露目まで四日ですよね?三日目は引越しの日。では、夜は何回過ごしますか?」
 が手を開いて、指を使い数えだす。
「え?四日でしょ〜、じゃあこの四本が日にちで・・・三回だよね!」
 元気に手を上げて答える
 あまりにもわかっていない様子に、将臣が溜息を吐き質問する。
「おまえさぁ、古典で習った基本的知識思い出せないわけ?この時代の婚儀の
ルールっつうか。あるだろうが・・・・・・」
 こういう場合、いつもは譲が解説するのに、何故か真っ赤になって俯いている。
「う〜ん。なんか将臣くんに授業の事いわれるとムカツキ〜。いつも寝てたのに」
 将臣はこれ以上言うつもりはないらしい。今の譲に聞き出すのも無理だろう。
 後ろを振り返ると、知盛がの髪を梳く手を止める。
「・・・・・・姫君の家に通うんだよ。一応俺が貴族扱いされるならな」
 が首まで赤くなった。
 この時代の貴族といえば通い婚。しかも、三日契って結婚成立である。
(今日から三日“します”って言ってるようなもんじゃないっ!!!)
 そのまま知盛に抱きつき、顔を隠す
 まったくもって弁慶の予定通りには静かになった。

「さて。景時殿には申し訳ないですが、花嫁の父親・・・いえ。兄という事で。源氏
方での準備は僕と九郎が補佐します。朔殿にはさんのお世話をお願いしたい
のですが」
 朔が嬉しそうに頷く。かなりやる気である。
「平氏方は、敦盛君と譲君とリズ先生お願いします。通う方なので当座の準備は
これといってないんですけど。新居の方の準備がありますので」
「・・・俺は?」
 名前を呼ばれない将臣が手を上げた。
「将臣君は、朝廷の方を全てですから。大変ですよ?神泉苑での仕切り全般を。
僕等も手伝いますけど、結局は勅命という形でお願いしたいわけですし・・・・・・」
 弁慶が言葉を濁していると、帝が玉座を下りて歩いてきた。
「還内府殿、私も!私も神子のために何かしたいぞ!」
「はぁ?!」
 帝を抱き上げる将臣。
「そうは言ってもなぁ・・・・・・」
 弁慶に視線を移すと、微笑まれた。
「お気持ち、うれしゅうございます。婚儀の勅命を発していただければ、手伝いを
申し出る者たちがいるかと思いますので・・・・・・」
 貴族たちが小声で話し出す。自分を売り込む好機である。
 おずおずと前に進み出るものが二名。
「え〜と、アンタとアンタが手伝ってくれるのか?」
 将臣が二名を指差す。短く承諾の返事がされた。
「んじゃ、この二人を大臣にするか。どうだ?」
 帝に将臣が訊ねると、帝が弁慶を見る。
 誰が信頼できるか、幼いながら考えているようだ。
「そうですね・・・・・・大変なお役目になるかと思いますが。自ら申し出て下さるくらい
ですから、きちんと遣り遂げて下さるでしょう」
「源氏の義経殿。いかがかな?頼朝殿の代理である貴方の意見も述べて欲しい」
 帝が九郎にも確認を求める。
「・・・・・・異議はございません」
 弁慶が釘を指している。今後間違いがあれば、その時の方が断罪されるだろう。
「ふむ。では・・・・・・神子殿は?」
 知盛から離れ、後ろを振り返る
 平伏している為、二人の貴族の顔は見えない。二人の傍まで行き、正座する。
「あの!お顔見せて下さい」
 の言葉に、顔を上げる二人。
「う〜んと。よろしくお願いしますね」
 手を差し出す。二人はどうしたものかと、動けないでいる。
「あの!こういう時は、よろしく〜って握手するんですよ?」
 がさらに手を前に出すと、一人が手を重ねた。
「はい!よろしくお願いしますね〜〜〜」
 繋いだ手を上下に振る
「そっちの人も。はい、よろしくです〜〜〜」
 に倣うべく、帝も将臣に下ろしてもらい二人の重臣の傍へ歩む。
「私もだ!」
 帝と握手など聞いたことがない。しかし───
「まあ。何もかも新しくする予定だしな。俺も握手するかな」
 将臣も手を出す。代わる代わるの握手会となった。
「知盛もしなよ〜〜〜」
 が知盛の手を引っ張ると、腰を上げる知盛。
 見れば知っている顔の二人だった。
「ああ・・・藤原の。それと九条殿か・・・・・・」
 興味はないが、の言う通りに握手を交わす。

「それでは。さんは景時と朔殿と共に梶原邸へお願いしますね。ヒノエから荷物
が届く頃ですから」
「え?何が届くの?」
「それは楽しみにとっておくものですよ」
 弁慶に促され、退出する。
 去り際に知盛に抱きつく。小声で囁く。
「ちゃんと来てね?」
「ああ」
 の手の甲に口づけを落とし、見送ると部屋へ戻る。



 知盛が加わると、また打ち合わせを始める。
「さて。今度はこちらの話も決めませんとね。知盛殿のお住まいの対に新しい調度品
を揃えるとして・・・・・・。そうそう、お手伝いいただけない方々は退出いただいてかま
いませんよ。人数ばかりいても無駄ですしね」
 が居なくなった途端、弁慶の表情が一転した。
「そうですね・・・・・・さん風に言うなら・・・働かざる者ってやつですよね?」
 清涼殿の気温が、一気に真冬になった。

(うわ〜、容赦ねぇ・・・・・・)
(弁慶さん、師匠と呼ばせて下さい!)
(・・・・・・・・・・・・)
(私も煩いのは少々煩わしいですね・・・・・・)
(味方でよかった・・・・・・)
 八葉たちの心に、様々な思いが過ぎる中、知盛が笑った。
「・・・クッ、あいつは変な言葉を思いつくな・・・・・・・・・・・・」
 続く言葉、『食うべからず』をどう解釈すればいいものか。
(飯を食わせないくらいの意味だろうにな・・・・・・)
 が言えばそれくらいの意味でも、弁慶が使うともっと重い意味にとれる。
(食わせねえから覚悟しろって?官位剥奪の上、流刑にでもされそうだな)
 堪えていたが、たまらなくなり声を上げて笑う知盛。
「・・・知盛。笑うトコじゃねえだろ?」
 将臣が知盛を窘める。
「・・・クッ、そうは言っても。無駄に人がいても仕方ないのは事実だろう?兄上」
 上目使いに将臣を見る。
「あ〜やだ、コイツ。本性出しやがった。以外どうでもいいんだもんな」
 またも貴族たちが震え上がる。
 知略の将と言われた知盛が、龍神の神子以外に興味がない───
 神子に逆らって興味をもたれたら、確実に排除されるだろう。
 どちらに付くか?誰につくか?という選択肢がない状態に、貴族たちは動けないで
いた。



「何やってんの?あれ〜、姫君はいないのか。少し手間取っちまったからな」
 何故か戸口にヒノエが立っていた。
「お前・・・・・・どうやってここまで・・・・・・」
 将臣が首を傾げる。
「ああ。一応熊野の別当なんてしてるもんで。ついでに、土産もあるしね?」
 ヒノエの部下に縛られた縄の端を持たれた後白河法皇が姿を現す。
「お祖父様・・・・・・」
 安徳帝が将臣の足にしがみつく。
 信じていたのに、帝の位を勝手に譲位し裏切られたのだ。
「おや、お手柄ですね。さて・・・・・・どう致しましょうか?」
 処分を帝に委ねる弁慶。
「・・・・・・還内府殿。あのような者は知らぬ!」
 将臣が座り、帝の頭を撫でる。
「でもな・・・たぶんなら。龍神の神子なら何て言うと思う?」
 帝が俯く。
「まあ・・・ここに居ないから断言はできねえけどな。少し落ち着いて考えた方がよさそ
うだな?」
 黙っていた帝が、顔を上げる。
「・・・祝いの儀がある故・・・・・・」
「だな。しばらく保留しておこうな」
 将臣が帝を抱き上げるのを合図に、役人に引き立てられ法皇が連れられていった。

 しんみりとしてしまった空気の中、九郎が切り出す。
「それで手始めは何をすればいい?」
 弁慶が京の町の地図を広げる。
「ヒノエ?調べた結果を」
 ヒノエが進み出て、朱でバツ印をつける。
「印をつけたところが、怨霊が残っている所。ここは早くなんとかしないとヤバイと思う」
 さらに丸印をつける。
「こっちは戦で荒れてる。死体とかね、片付けないと。まずは町中を人が住めるように」
「それと、食料の不足を確保ですね」
 ヒノエの部下が札を並べた。
「戦火を逃れた熊野方面の物資の手配分です」
「用意がいいですね。では、九郎。東国からも物資を運ばせましょう。人手は、町の人々
にお願いして。報酬を食料で配給しましょう」
 素早くこれからの事を取り決め、婚儀の話に移る。
「基本はお花見ですから。一般の方々にも開放して、楽しくしましょうね。さんは堅
苦しいことはしたくないでしょうし」



 と知盛の婚儀の花の宴まであと四日。
 今まで利を貪ってきた貴族たちには、厳しい日々の始まりとなった。





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 あとがき:京まで遠かったなぁ・・・・・・(ホロリ)でも、婚儀まだ(笑)     (2005.4.17サイト掲載)




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