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詭道と機動 一夜明けての東の対。知盛がを起こす。 「・・・・・・どうしてこう起きないかな・・・・・・・・・・・・」 揺するくらいでは目覚める気配すら感じられない。 「今日だけは時間がないんだ・・・・・・・・・」 を抱き上げ、口づける。 「・・・・・・・・・・・・ぅう!・・・・・・うぅーーーーーー!」 ようやく目覚める。 「おはよう、姫君。今日くらい起きて欲しかったぜ?」 素早くの額にキスを落とすと、立たせる。 「・・・・・・眠い・・・苦しい・・・死ぬ・・・・・・」 目を擦りながら文句を言い続ける。 「わかったから。今日は朔殿がいないんだ・・・・・・」 軽く手を叩くと、女房が数名入ってくる。 「後は頼む」 を几帳の内側に残し、知盛はさっさと支度をすべく歩いていく。 半時後には支度が整い、昨日の部屋へ移動する二人。 は、まだ半分寝ている。 「、寝てんのかよ・・・・・・」 の額を指で弾く将臣。 「・・・・・・痛い・・・起きてる・・・もん・・・・・・」 知盛に支えられてようやく立っている状態。 船の生活の時より早い起床で、意識すら危うい。 「朝餉を食べてから行きましょうね。貴族の皆様の参内が済む頃にここを 出立しましょう」 居眠りしながらご飯を食べる。 本来ひどく緊張すべき日なのだが、を見ていると食事も喉をすんなり 通ってしまう面々。 譲は尊敬の眼差しを向ける。 「先輩はすごいですね!今日は歴史を引っくり返す日なのに!」 「感心するトコじゃねえし」 本日は、将臣が譲にツッコミした。 「・・・・・・譲、すまないが・・・・・・・・・・・・」 「はい!俺、おにぎり用意しますから。先輩に」 知盛の言いたい事を先に理解する。はお腹が空くと煩い。 「譲、同じくらい兄を大切にしろよ・・・・・・」 「尊敬できる人物ならね」 将臣、形無し。 隣室で食事をとっている帝も似たようなものだった。 違いは目を覚ましてご飯を食べたという所のみ。 将臣が大丈夫と言えば、大丈夫と素直に信じている。 清涼殿へ戻れるのだ。一門が仲良く過ごしたあの場所へ─── 和やかに食事も済ませ、一同が寛いでいると先触れが駆け込む。 間もなく兵とともに、帝の輿も到着した。 「さて。将臣君の先導で参りますか」 馬上の将臣を先頭に、朱雀大路を練り歩く。 京の町の人々に、帝の行列を、龍神の神子を見てもらわねばならない。 知盛と馬に乗っているを見て、数人の者が噂する。 昨日の二人である事を─── 「源氏の神子様と、平氏の公達だったらしい・・・・・・」 行列の意味がわからない町の人々は、言いたい放題となる。 群集の中を通りすぎ、堂々と大内裏の朱雀門から内裏へ向う。 行列が消えた後、ヒノエの部下が町の者に混ざり、噂をばら撒く。 戦を起こさせたのは後白河法皇。 戦の勝者は源氏だが、和議を申し出たのを帝が了承した事。 それと───源氏の神子の恋物語を少々。 とくに最後の噂に飛びつかない訳がなく。 が髪紐を買った店は大繁盛だった。 内裏の中でも上へ下への大騒ぎ。 中でも平氏討伐に組した貴族は大慌てである。 将臣はさっさと歩き、帝を清涼殿の昼の御座の玉座へ座らせる。 「さあ〜てと!無事の還御だな」 「還内府殿、大儀であった」 帝はご機嫌で、隣に将臣を控えさせる。 「面倒はさっさと終らせねぇとな!まずは法皇だな」 将臣が平伏している貴族へ述べる。平伏すままで動きがない。 「そこのアンタでいいや。名前は?」 将臣に指さされ、やや顔を上げる者があった。 「藤原に縁の・・・・・・」 「あっそ。アンタでいいや。まずは後白河院、追捕の宣旨を。それと、アレだ。 和議の件の使者を立ててくれ。その前に別の宣旨もだな。源氏の大将、頼朝に 位を。官位は、『征夷大将軍』だ。間違うなよ?」 別の者が何やら書き付け、使者の準備をさせた。 「肝心なこと忘れてたぜ。後鳥羽天皇の件だが。もちろん白紙に戻してもらう。 尊成親王には、三種の神器もないだろう?」 将臣が見回すと、震える上がる者多数。 「・・・・・・細かいことを言う気はない。しいて言うなら、この顔に見覚えがある なら従ってもらいたい。後は、和議を兼ねた婚儀の件だ。神泉苑に勅使を立て てくれ。龍神の神子の婚儀を執り行う。一般にも開放するが、準備の場所は 確保しておけってな!これでいいか?」 帝を見ると、大きく頷く。 「・・・って事で。帝の勅旨だからな。俺の官位も忘れてたな。何だっけ?」 首を捻る将臣。位が欲しいわけではないが、この部屋に居並ぶ者達より低く ては話にならない。 今まで黙っていた知盛が口を開いた。 「・・・兄上。記憶が少々混乱されているようです。内の大臣でございましょう」 知盛の言に、将臣が手を叩いた。 「あ!そうだったな。左の大臣と右の大臣は・・・・・・」 将臣が一歩踏み出すと、その場にいた者たちが一斉に平伏したまま後に下 がり出す。 「・・・・・・また決めなおすとして。知盛と敦盛もなんかしろ。人手は多いほうが いい」 ひらひらと手を振り、近くに招くが、知盛だけは動かなかった。 「知盛!忙しいんだっての。早くしろ」 将臣が再び手招きする。 「・・・・・・しばらくは俺の好きにさせてくれよ。これでも北の方を迎える身なん だぜ?」 口の端を上げて笑うと、を抱き寄せて額に口づける。 「なあ?神子殿」 座ったままで将臣に視線を投げかける。 沈黙を破ったのは。 「・・・・・・知盛!働かない人は、食うべからずって言うんだよ〜!!!働かな い旦那様なんて、願い下げなんだからっ!」 知盛の肩を掴み、睨みつける。 大きく息を吐き出し、知盛が両手を上げた。 「・・・・・・クッ、わかったよ。俺もせっせと出仕すればいいんだろ?」 が知盛の首に抱きついた。 「うん!皆で頑張らなきゃなんだから。我侭言わないの〜」 その場に居るを知っている者たちが笑い出す。 普段の二人を知っていれば、どちらが我侭なのかをわかっているからだ。 敦盛は堪えられたが、将臣は笑い出してしまった。 「お前、よくそんな事が言えるよなぁ〜・・・・・・あ〜、苦しかった」 ようやく笑いをおさめた将臣がを見れば、しっかり知盛の上に座っていた。 「将臣くん失礼だよ。だいたいね、人手が足りないっていうなら和議も済んでる んだから。源氏の人にも手伝ってもらえばいいだけだし。私だって何かできるか もだし。ここに居る人たちだって、お願いすればちゃんと一緒に働いてくれるよ」 龍神の神子の言葉で、今まで朝廷側で平伏していた者達が顔を上げた。 働けという事は、命の心配は無いという事に繋がる。 端に座っていたものが口を開いた。 「神子様、我々の命は・・・・・・それと、神子様のお相手は・・・・・・」 が立ち上がる。 「面倒だから一回で済ませよ〜。皆、顔を上げて下さいね?」 の掛声で、朝廷側として座っていた者たちが、一斉に顔を上げた。 「あのね。命ってとっても大切なものなんだよね。一人ひとつしかないの。悪いと 思ったなら、いっぱい反省して、良くなるように努力するのがスジってもんでしょ? わかった?」 周囲の反応を待つ。誰もが目を見開いており、動かない。 「・・・・・・返事は?返事!」 焦れたが怒鳴った。 既に将臣は、に背を向けて笑っていた。 声を堪えるので、肩が面白いくらい揺れている。 敦盛も口を抑えて堪える。に知れれば、とばっちりが来る。 また髪で遊ばれたり、玩具にされては敵わない。 「ちょっとー!口あるんでしょ?口が!はいとか、いいえとか!」 が床を鳴らし、仁王立ちとなる。 (龍神の神子は、清らかで?───) 文献の一文を思い出し、知盛の顔が緩む。 (ハッ!とんだ暴れん坊の神子様だ・・・・・・) 偉そうにしていた者たちが、返事も出来ずにいるのだ。 しないのではなく、出来ない・・・・・・龍神の神子の怒りが恐ろしくて。 が本格的に怒り出す前に仲裁に入ることにし、知盛が腰を上げる。 の背中から抱き寄せ、耳元で名前を呼ぶ。 「。・・・龍神の神子が怒れば、普通怖がるだろうが・・・・・・大人しくしろ」 頬に唇を寄せ、のご機嫌を伺う。 身体の力を抜いて、知盛に背を預ける。続けて知盛が言葉を発した。 「龍神の神子は、俺が嫁にもらう。平知盛がな。他に質問は?」 勇気ある者が意見を述べた。 「恐れながら・・・・・・神子様におかれましては、嫁入りという事は、その身に穢れ を受けるという事になりますので・・・・・・」 将臣が止めようとしたが、間に合わなかった。 「穢れって何?」 が質問をして返してしまった。 「・・・・・・神子様は、清浄なる者にして・・・その・・・男女の・・・・・・」 「うわーーーーーっ!!!」 叫んで誤魔化そうとした将臣。あっさり知盛に封じられる。 「・・・・・・男と契ったら駄目って意味だ」 首を傾げる。将臣が息を飲む。 が暴れ出す結末が脳裏を過ぎる。 本気を出されたら、内裏くらい軽く吹っ飛ぶ。清盛を封印した時の様に。 「・・・・・・じゃ、私もう穢れてるんだ。やだなぁ、穢れって言い方。大好きな人と えっちするのが穢れ?ばっかみたい!知盛とはえっち済みだから。もうね、お式 いらないの、ほんとは。ただね、皆に知ってもらいたいかな〜ってくらいなんだよ ね。帝にも認めてもらってるし。何か問題アリ?」 知盛の方へ向き直ると、が背伸びをした。 黙って知盛がと唇を合わせる。 貴族たちが息を飲む番だった。『もう穢れている』─── 斎宮にしても、神を身に降ろす者が男と交わるなど前例が無い。 「しかし!それでは、もう神を宿すことが・・・・・・」 が振り返り、微笑む。 「した事も無いのに、あなたにはわかるのかな?」 「は?」 龍神の神子の問いの意味がわからない。 「・・・龍神の神気をその身に受けたこともないのに。どうして穢れを受けたら神子 じゃないって思うのか。根拠ないこと言わないでよ」 「しかし!!!」 知盛の腰に回るの腕に力が入る。知盛はを止める事を諦めた。 「・・・意味のないことに力を使いたくいなんだけど。白龍!雨を」 知盛から離れ、白龍と手を繋ぎ外へ向けてが手を伸ばす。 一条の光が天を貫くと、たちまち暗雲が立ち込め雨が降り出した。 「・・・・・・龍神の神気、この身に受けられるけど?穢れの件、訂正してもらえる?」 首が壊れたかのように全員が頷く。 「白龍、ありがと。もういいや」 再び手を伸ばすと、雨が止み日が差す。 「で、手伝いたくない人はこの場から去って下さい。そういうの、迷惑。やる気がある 人まで引きずられちゃうんだよね。帝に従えないって言うなら・・・この京を、平和で住 みやすい町にする協力が出来ないと言うなら。せめて私たちがしようとしている事の 邪魔はしないで下さいね?」 がきっぱり言い放つと、将臣が大きく手を鳴らす。 「・・・悪かったな、。まあ、そういう事なんで。嫌なら出ていってくれ。従う気があ るならここに残って、今後についての話を聞いてくれ。直に決めて欲しいところだが・・・ 人には事情ってもんがあるしな。源氏の将が後からここへ来る予定になっている。 それまでに決めてくれ。明日の予定だったが、人手は欲しいから今すぐ呼び出す。半時 かからないで参内してくれるだろうから、それまでに決めろ。じゃ、帝は弟宮に挨拶に 行くから。ここは知盛にあと頼むな。敦盛、行くぞ」 帝を片手抱きにし、その場を辞した。 取り残された面々は、知盛と神子の前から動けない。 変に居づらい部屋の空気に、がまたも怒りを爆発させる。 「もぉ〜!うじうじしないでよ。一旦みんな出て行って!やる気がある人だけ来てくれ ればいいから!!!」 戸口に控えていた平氏の者が戸を開くと、貴族たちは蹴散らしたように姿を消した。 「イライラするぅ〜!なんであんなにハッキリしないかなぁ〜〜〜」 知盛は譲を呼び寄せ、弁当を出してもらう。 「。今日は朝が早かったからな・・・・・・」 手の上の物を見えるように持ち上げると、が飛びついた。 「わ〜!何?それ何?」 知盛の前に座ると、さっさと包みを広げ始める。 中から現れたのは、おにぎりとおかずが少々。 「美味しそ〜!そうだぁ、私朝ご飯食べてないよ〜」 ここで『食べた』とはツッコミしない譲は大変賢い。 お茶の用意をすべく、女房を探しに出て行った。しっかり白龍も連れて。 忙しく口を動かしているを見つめる知盛。 は実にわかりやすい性格をしていると思う。そうは思うが─── (自分に一番正直・・・その瞳には何が見えているんだろうな・・・・・・) すぐに九郎たちもここへ来てくれるだろう。 (弁慶殿の計算通りか・・・・・・) のおかげで、予定より早く九郎たちが参内できる。 貴族を説得し、明日には参内という段取りだったのだが、問題の貴族たちがに 逆らえない。雨まで降らせて見せたのだ。 の短気も、神子の件も少し考えれば思い当たることばかり。 (計略そのものがかなり余裕をもって組まれているしな・・・・・・) 弁慶の策そのものに無駄がない。見込み違いの時間までしっかりとってある。 余分な時間をかけなければ、花の下での婚儀は確実。 ただし、天気だけは神のみぞ知る。 (吉日をしっかり選んで合わせてくれて、まぁ───) の後ろに腰を下ろし、肩に頭を乗せる知盛。 「・・・どうしたの?知盛?」 大きく開けた口へ食べ物を入れずに、急に肩にかかった重みの原因に声をかける。 「このまま・・・・・・少し休ませろ・・・・・・」 「変なの〜。いいよ、背中温かいし」 気にせずにまたおにぎりを食べ始める。 知盛の想いを、穢れではないと言う。 「・・・・・・クッ、穢れじゃないか・・・・・・・・・・・・」 自然と口をついて出た知盛の言葉に、が反応した。 「うん。あの変な人たちの方が、とぉ〜っても内裏の穢れ。大好きって気持ちが穢れ のわけないでしょ!」 知盛の頭を撫でると、またおにぎりを頬張る。 「・・・・・・よく食べるな。朝も一応は食べたはずなんだがな・・・・・・・・・・・・」 が食べる振動が心地よく、うとうとしかけると動きが止まった。 「・・・・・・私、朝食べたの?」 「・・・ああ。半分寝ながらだけどな・・・・・・・・・・・・」 正しく答える知盛。 「体重増えたらどうするのよぅ〜〜〜」 前屈みになり、知盛の頭を肩から落とす。 「運動すれば問題ないだろうが・・・・・・」 の腰に腕を回し、顎をの肩に乗せる知盛。 「・・・それって・・・・・・」 「・・・クッ、それだな?」 昼間から内裏でいちゃつく二人。 他の者を寄せ付けない空気に、平氏の者はいつもの事と受け流し。 戻ってきた貴族たちは、奔放な神子に驚きつつも親しみを感じ。 まずまずの顔合わせ初日となった。 |
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あとがき:“詭道”と“機動”は、どちらも“きどう”と読みます。片方は孫子から。弁慶っぽいので♪ (2005.4.10サイト掲載)