願いと力





 ふらふらと京の町を歩く知盛と
 に至っては、まるで緊張感がなく、町娘そのものだ。
「ね〜、ちょっとは寄り道してもいいって言ってたよ?」
「・・・・・・だからって、思いっきり寄り道しようとするなよ・・・・・・・・・・・・」
 の頭に手を乗せる。
「ちょっとはいいって言ってくれたんだから。しようよ、寄り道!」
 知盛は溜息を吐く。正直、ここで先に狙われるのは帝だろう。
 だからといって、龍神の神子が狙われないという保証もない。
「・・・・・・何処へ行きたいんだ」
「神泉苑!」
(また、なんだって内裏のお膝元なんかへ・・・・・・)
 頭を押さえる知盛。がその知盛の手を掴む。
「あのね、行かなきゃいけないの」
「何も大内裏の目の前まで行かなくとも・・・・・・」
 神泉苑の場所をわかっていないのかと、知盛は確認する。
「うん。でも、いかなきゃいけない気がするの」
 一人で歩き出す
 顔を顰めつつも、その後ろを歩き出す知盛。
 町中でに声をかけようとする者たちもいたが、すぐ後ろの知盛の睨みに
あい、誰も手を出すことが出来ないでいた。
 


 ようやく神泉苑に着く。
 桜の花が咲く中、はある一ヶ所を目指して歩く。
 常には使われることがない祭壇を準備する場所へ。
 町の者たちにも開放されており、様々な人が入り乱れているのに、音が感じ
られない。
(───どういうことだ?)
 を見失わないよう、歩みを速める。
 しばらくすると、が一本の桜の木の前に立つ。
 両手を広げ、幹を包む。

 水の音、大地の鼓動、風の囁き、太陽の陽射し───
 全てのものに。
(帰って来たよ・・・・・・これから、本当の平和の為に。力を貸して下さい・・・・・・)
 の身体が幹から離れると、知盛の眼前に笛が現れる。
「知盛。笛吹いてね?」
 頷いて手に取ると、軽く息を吹き込む。
「へえ・・・いい笛だな・・・・・・」
 そのまま笛を吹き始めると、が扇を手に取り舞い始める。

 

 ハラリ、ハラリ───

 扇が起こす風に合わせて桜の枝が撓る。

 ハラリ、ハラリ───

 風が桜の花弁を舞わせる。

 ハラリ、ハラリ───

 水面がざわめく。陽射しが反射し、煌めく。



 天から声が響いた。いや、正しくは頭の中で声がする。
 ───神子。約束しよう。我等四神、常に傍にいる事を。

 ───神子。神子の望みは何?

「白龍。私ね、争いを元から正したい。争いをおさめるために争うのは、違うと思う。
もう、終わりにしないと争うことを止められなくなるよ・・・・・・」
 天へ手を伸ばす
 空から光に包まれ、宝珠が降りて来る。
 の手に触れると、煙のように溶けて消えた。

 ───神子の願い、聞き届けた。しかし、我に願わずとも叶うであろう。

「え?それって・・・・・・」
 そのまま現実の世界へ引き戻される二人。
「知盛、今のって・・・・・・」
 の手を取る知盛。
「俺たち・・・いや。お前の仲間たちが考えている事は、間違っていないって事
なのだろう。そろそろ行くぞ」
 知盛に手を引かれ、神泉苑を後にする。

 行きと違い、手を繋いで歩く二人を目にする町の人々。
 喧嘩して仲直りと、勝手に想像して噂する。
 根性のある者が、知盛に話し掛ける。
「兄さん!何か見ていかないかい?」
 小物を取り扱う店の店主らしき男が、二人に声をかけた。
「・・・・・・・・・・・・」
 知盛が黙っていると、が手を引く。
「ねえ、ねえ。見ていこうよぉ〜」
「・・・・・・クッ、仕方ないな。少しだけだぞ?」
 手を離すと、は店内へ入った。
 くるくると見て回り、忙しそうなこと、この上ない。
(何が楽しいんだかな───)
 しかし、に何も贈った事がないと思う。
「・・・何か欲しいのか?」
 小袋を手に取っているに話かける。
「別に。見てるだけで楽しいんだよ、こういうのは」
 気にする様子もなく、また違う色を手に取る。
 ひと通り見て満足したのか、知盛のところへ戻ってきた。
「行こ?」
「・・・・・・いいのか?」
 考える素振をする
「ん・・・・・・お金ないし」
「そういう心配はしなくていい。どれだ?」
 おずおずとが髪を結う紐を手に取る。
「これ・・・可愛いし。あると便利かなって・・・・・・」
「・・・そうか。これを頼む」
 二人のやり取りを見守っていた店主へ声をかけると、砂金と交換する。
「どうしてそんなの持ってるのよ?」
「・・・・・・五月蝿いな。これでいいのかよ」
 髪紐を手渡される。
「うん!ありがと」
 その場で髪を一まとめにして結ぶ。
「似合う?」
 知盛に背中を向ける
「・・・さあ?悪くはない・・・・・・・・・・・・」

 ベシッ!───

 知盛の背中に激痛が走る。に叩かれたのだ。
「どうしてそう素直に褒めないかな〜。可愛いくらい言いなさいよ!」
 店主が笑いを堪えている。
「・・・わかったから。そう怒るなよ・・・・・・」
 の後に続いて店を出る。

 髪に銀色が映えてとても似合っている。ただ───
(髪に触れないだろうが・・・・・・)
 知盛はの髪に触れるのが好きだった。それだけの話。
 またの背中を見ながら歩く。
 一度も振り返らないにイライラする。
 距離を保ったまま、目的地である六波羅に着いてしまった。

「遅かったな」
 将臣に迎え入れられる。
「・・・・・・早いと思うがな」
 が何も答えないので、知盛が返事をした。
「何だよ、また喧嘩か?!いい加減にしろ!わかってんのか?」
 将臣がを怒鳴ると、知盛が立ちはだかる。
「・・・俺が悪い。そう怒鳴るなよ・・・・・・・・・・・・」
「だったらさっさと仲直りするんだな。明日にでも計画を実行するかもしれない
状況なんだ。弁慶、次は何をすればいい?」
 知盛とを残して、将臣と弁慶は出て行ってしまった。
 予想通りのに、弁慶だけは笑っていた。
(誰かの記憶に残っているといいんですけどね?)
 まだまだ含むところがある様子に、将臣が肩をすくめる。
「何手先まで考えてるわけ?」
「おや?将臣君がそれを僕に聞くんですか?」
 軽くかわされた。
「・・・目立たないって言ってたが。考えてみれば、やっぱり目立つんだよ、あの
二人は」
「そうですねぇ・・・・・・」
 将臣だけに真実が告げられた。



。その・・・・・・・・・・・・」
 女を褒めるなんて簡単だった。
 今までは簡単に口に出来たのに、相手だと言葉が出ない。
「知盛って・・・・・・生田でしか、私の事褒めてくれた事ないんだよ・・・・・・」
 が俯く。
「・・・お前が聞かないからだろ?」
「思った時に言うのがほんとなのっ!聞かれて答えるものじゃないでしょ!!!」
 が今度こそ向こうを向いてしまった。
「・・・・・・だから!髪紐は似合ってた。ただ・・・・・・・・・・・・」
「ただ?」
 先を促され渋々答える。
「・・・髪に触れるのが心地よい・・・・・・邪魔だ」
 知盛はを抱きしめ、髪紐を解いた。
「こうするのが!気に入っているんだ」
 髪に指を通す知盛。ひと房掴むと、指に絡める。
「・・・・・・ちゃんと言わないからだよ。髪紐だって、知盛の髪の色に似てるから、
なんとなく欲しくなっちゃったんだし」
 軽く知盛の胸をついて離れる。落ちている髪紐を拾い上げる。
「ね?知盛の髪の色と似てるでしょ。乙女心がわかんないかな〜」
 紐を知盛の目の前に見せる。
「・・・・・・それこそ言わなきゃわからないだろうが」
 片目をぴくりとさせ、知盛が言い返す。
「そこを察するのが恋人なのっ!」

 過去並べ立てたものは、美辞麗句でしかなかった。だからすんなり口に出来た。
 真実の気持ちを伝えるのは、なんと難しい事であるか───

 知盛が笑い出す。知盛を堂々と『恋人』と言ってのける
(一応認められてはいるって事か───)
 素直に嬉しいと思う。を抱き寄せ、想いを告げる。
「・・・何もなくても。そのままで充分綺麗だ」
「うん。知盛も綺麗だよ」
「は?」
 の顔を見つめる。
「知盛って綺麗な顔してるよね。アップでもOKな顔って、そうそうないよ?」
 知盛に抱きつく
 この褒められ方に複雑な思いがする知盛。
「将臣くんに謝らないといけないね〜。・・・その前に!」
 が背伸びをする。知盛がキスで応えた。
「じゃ!行こ。早ければ明日なんでしょ。それなら桜に間に合いそうだもんね」
 
(わかってない・・・・・・その後が問題なんだよ・・・・・・)
 しかし、言わなくていい。またお人よしな周囲がなんとかするだろう。
(・・・クッ、言うだけなんだがな?)
 は思いを口にするだけ。それだけの事。
(龍神の神子は、人使いが荒くていらっしゃる事で───)
 周囲は、自分の意志でを助ける。命令されているわけではない。
「・・・・・・間に合わなくても文句言うなよ?」
「ぜぇ〜ったい大丈夫!弁慶さんが何とかしますって言ったもんね〜」
 知盛の手を引いて部屋の戸口へ向う

 人を信じる事、信じてもらう事───
 にとっては、いたって普通の事らしい。

(全てが弁慶殿の思惑通りって事か・・・・・・クッ・・・・・・)
 乗る気はないが、といると自然と予定通りの行動をさせられているだろうと
考えるだけで笑いが出る。

「知盛〜〜?」
 が振り返る。
「ああ。将臣くらいだろ、五月蝿いのは」
 手を引かれたままの知盛が、いきなりの前に出て戸を開ける。
「なあ?兄上」
「!!!」
 戸の前に立っていた将臣が後退った。
「・・・で?兄上、“あっぷ”とは何だ?」
 立ち聞きのような格好になってしまい、体裁が悪いのか、将臣が目線を合わせ
ずに答える。
「すっげー近い距離って事だよ・・・・・・兄上って呼ぶな!」
「へえ?どれくらいの距離を言うんだろうな?」
 将臣に顔を近づける知盛。しかし、将臣の両手に阻まれた。
「だーーーーっ!わかったよ、悪かったって。入りにくい感じだっただろうが!」
「きゃーっ!触らないでよ、知盛の顔に!!!」
 に突き飛ばされる将臣。
「・・・・・・ったく。何で俺ばっかこんな目に・・・・・・」
 ぶつぶつと言いながら立ち上がる。
「私の!私のなのっ!」
 腕を振り回しながら暴れる
「・・・・・・謝りに来たんだろ?」
 背中から抱きしめ、暴れるのを止める知盛。
「うっ!でも、将臣くんが悪いもん・・・・・・」
「・・・・・・顔なら好きなだけ触ればいいだろうが。これからの事が先だけどな?」
 ようやくが静かになり、黙って知盛に抱えられる。
 弁慶以下、そろそろ話に加わってもよさそうだと判断したらしく近づいてきた。

「そうですね。何だか予定より上手くいってしまって。探らせた所、後白河法皇は
隠れてしまったようですよ?困りましたねぇ・・・・・・」
 ちっとも困っていない様子の弁慶。
「えっ?!じゃあどうするの?」
 が身を乗り出した。
「それも考えていましたので。少々別の筋書きに変更しますけど、内裏に行くこと
に変更はないですよ。鎌倉からの報告待ちといったところですねぇ」

 そこへ来客が告げられ、書状が弁慶に手渡される。

「動きましたか・・・・・・困った方ですね、本当に。お迎えに行って差し上げないと」
 冷たい笑みを浮かべる弁慶。
「じいさんか?」
 将臣が訊ねる。
「ええ。しかも、ヒノエと鉢合わせですね。京へ来る予定のヒノエに、途中で会って
しまうんでしょうねぇ?ついでですから、連れてきてもらいましょう」
「わ〜い!すぐに終っちゃいそ〜。よかったね」
 
(か、軽っ!)
 将臣は周囲を見回した。
 譲は目を輝かせて弁慶を見ている。
 弁慶へ弟子入り決定。第二の参謀の道を歩むだろう。
 朔は出家している。俗世とは縁がないはずだが、が笑っていればそれでよし
なところがある。さり気なく知略を働かせる。
(俺って地味キャラだよなぁ・・・・・・)
「弁慶の頭ってどうなってんだか・・・・・・」
 将臣が弁慶を見ると、弁慶は被りを取った。
「こんな感じですけど。今日はさんに悪戯されてませんしね」
「・・・・・・わざとだろ。あ〜、俺ってマトモで出来た人間だなぁ〜」
 軽く手を上げると、敦盛に任せてある帝たちが待つ部屋へ足を向ける。

「兄さんって、どうして自分だけ普通だと思うんでしょうね〜」
 譲が溜息を吐く。
「そうですね。あれだけの行動力をお持ちで普通と言われては困りますね」
 弁慶が賛同する。
「神子!神子の願い、叶うよ」
 白龍がに飛びついた。
「うん。ありがとう、白龍」
 が白龍の頭を撫でる。
「何の話ですか?」
 首を傾げる弁慶に、知盛が神泉苑へ寄った話をした。

「それは、それは。白龍のお墨付きなら、上手くいきますね」
「うん!来るよ、お使いの人が」
「使いが・・・・・・」
 弁慶が全てを言い終わらないうちに、また来客が知らされる。

 書状を読み終えた弁慶が、目を閉じる。
(これで───全て上手くいきます。戦はもう終わりですね)

さん。お花見は神泉苑でしましょうか?そうですね・・・・・・五日後くらいなら
ヒノエも京へ着くかな?」
「え?熊野ってそんなに近くないよ?すっごい足ぱんぱんになるくらい歩いたもん」
 白龍の言もあったことで、弁慶はに真実を話す。
「ヒノエは熊野に帰ってませんよ。源氏と平氏の軍を率いているのは水軍の者です。
院を探っていたのがヒノエです。実は、院が逃げてくれるのを待っていたんです。どん
な者であれ、追い出すのは人聞きが悪いでしょう?しかし、逃げたとなれば話は別で
すからね」
「えっ?じゃあ・・・・・・」
 が目を見開いて固まる。
「熊野の別当殿は、神出鬼没で有名ですし。しかも大手柄で凱旋ですね」
「五日後には花嫁だ・・・・・・」
 知盛がの頬を撫でた。
「はぁ?!お花見じゃないの?え〜?何で?わかんない!」
 意味がわからないでいるをそのままに、弁慶と知盛は何か通じ合った様だ。
「俺はここに?」
「ええ。東の対を。景時の家とも近いですし。元々この辺りは平氏の方々のお住まい
があった場所ですから、広めに取ってありますよ」
 庭を見る知盛。
「・・・九郎殿の京都守護邸の隣だしな・・・・・・・・・・・・」
「よくご存知ですね。京を離れて日が経つでしょうに・・・・・・」
 肩をすくめると、を抱きしめる知盛。
「こいつだけもらえるなら、何でもいいさ」
「・・・それこそ今更ですけど。外堀も埋めないといけませんからね」
 弁慶は書状を火桶で燃やした。
「さてと。朔殿を送ってきますので。譲君と白龍は西の対へ案内しますよ。知盛殿
はどうしますか?」
「・・・・・・造りなど、そうそう変らんだろう」
 の手を引いて知盛が出て行った。
「ん〜、全部わかってて乗ってる感じですねぇ。さて、行きますか」
 


 深夜到着した九郎一行と打ち合わせをし、弁慶が六波羅へ戻る。
 都を騒がせるまで、あと半日───






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 あとがき:すんなり行かない知盛×神子が好きでしてv     (2005.4.3サイト掲載)




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