経験とハッタリ 淀川を上ること数日。兵たちと別れた後、最初の予定地へ到着。 さらに小船に乗り換える手筈だ。 「で?ここからは・・・・・・」 「陸路だと目立ちますから、鴨川から法性寺へ入ります。藤原氏、縁の 寺ですから安心して下さいね。そうそう、兵たちが陸路で目立っている から、人々の噂にもなるでしょう?それを源氏の凱旋ととるか、報復に 来たととるかは院のお心次第。僕等は目立たずに京へ入れるというわ けなんですよ。さて、僕等はお参りでもして時間を潰しましょう。あの船 には別の者たちが乗って帰ってくれますから」 弁慶が山頂を指差す。 「あまりまとまって歩くと目立ちますからね。そうですね・・・将臣君は 帝と尼御前と中宮様とご一緒がよろしいでしょう。少し離れて後ろから 敦盛と譲君にもついてもらおうかな。他は先を歩きますよ。あまり離れ すぎないくらいがいいでしょう」 道を知っている弁慶を先頭に、一同山頂を目指して歩き出した。 「うひゃ〜、初めて来たよ。すごい広いね〜。桜も・・・・・・」 が本殿の広さに感心して声を上げる。 「勅祭社ですから。流石に帝ご自身が参る事はありませんけどね」 弁慶が後ろを振り返る。安徳帝が将臣と手を繋いでいた。 「お前なあ・・・・・・」 九郎が弁慶に呆れ顔だ。 「いいじゃない!自分で見て知ることも大切な事だよ?」 九郎を覗き込む。 「ば、馬鹿!それくらい、わかってる!」 赤くなって、九郎が照れた。 「さて、厄除けの神様ですから。お参りしましょう」 弁慶に倣い、各自御参りを済ませた。 「思わぬお花見が出来ちゃったね」 「そうだな・・・・・・」 知盛と歩く。 「京へ戻れるの・・・嬉しい?」 「・・・さあ。何処であろうと、そう変わらないだろう・・・・・・・・・・・・」 一門の栄華を極めた京。 どこで道を誤ってしまったのだろうか─── 「でもさ、皆で楽しく暮らせたら嬉しい?」 「・・・・・・クッ、『みんな』は余計だがな」 指での額を弾いた。 「もう!真面目に聞いてよぅ。どうして皆が余計なのよ〜」 「・・・・・・そんなに多くは守れない事がわかったからな」 身に余るほどの名声も財も地位も。 何一つ知盛を満足させてはくれないものだった。 この世に未練もなかったのだが─── 「・・・責任、取ってくれるんだろう?」 「・・・・・・いつまでもコブの一つや二つで。大袈裟だよ。もう治ってる じゃない!」 が飛び跳ねて知盛の後頭部を軽く叩いた。 「・・・痛いんだよ、まだ」 を手に入れて知ってしまった感情が。 (失うことが怖いんだよ───) の手をとる。山頂は、思ったより気温が低かった。 「・・・冷たくなって・・・・・・・・・・・・」 「まだちょっと寒いもんね〜。どうして知盛の手は温かいんだろうね?」 珍しく知盛から手を繋いだ事で、かなりご機嫌の。 「・・・さあな・・・・・・・・・・・・」 「でも私が体温もらっちゃうもんね〜」 腕を振りながら歩き、川岸へ着いた。 小船に分乗して、夕闇を法性寺目指して進む。 百鬼夜行とはいわないまでにも、怨霊もまだ数多く残っていた。 応龍となり力を取り戻した龍神の力を揮う。 問題なく夜には寺で休むことが出来た。 翌朝になり、弁慶がこれからの作戦の全容を明かす為に仲間を集める。 隣の部屋で尼御前と中宮は帝の相手をしており、手早く済ませる必要 があった。 「さて。そろそろ兵も京に入った頃でしょう。院を驚かすのはこれからです からね。譲位などさせませんよ」 六波羅へ将臣たちは速やかに移動。帝の支度を整える。 九郎と梶原兄弟は、近くの蓮華王院へ。清盛建立の仏堂である。 後白河上皇の法住寺殿のそばに、源氏の将を隠す。 明日にも鳥羽へ着く兵たちは、源氏の旗を降ろし、平氏の旗を上げる。 各地からの噂では、源氏の勝利と伝わっているはず。 しかし、実際に戻って来るのが平氏だとしたら? 福原へ都落ちしたはずの帝が、六波羅から出てきたら、人々はどう思う だろうか? 悪者を仕立て、正義を翳すのが手っ取り早い。 「院は兵をあまりお持ちではありませんからね。帝にも、堂々と御所へお 戻りいただきます・・・還内府殿の先導で」 絶対的な兵力を誇示して、御所へ戻る帝。三種の神器を掲げるのだ。 「・・・三種の神器、足りないだろうが」 将臣が口を挟むと、弁慶が箱を前に出す。 「ヒノエに頼んで用意させた偽物です。勾玉の形さえ整っていれば、誰に も見分けはつきません。本物を目にしたことがある人なんて、限られてま すから。ましてや判別出来る人物など、そうそういませんよ」 将臣が蓋を開けると、そこには赤色の勾玉が収められていた。 「用意がいい事で・・・・・・」 手にとって眺めると、また元に戻し蓋をした。 「それで?俺たちは何を?」 九郎が弁慶に話の先を促した。 「源氏の出番は後です。先に和議を成立させてましたというのは切り札です から。頼朝様からの文もまだですしね」 九郎が身を乗り出した。 「兄上に?いつの間に文を書いたんだ?」 弁慶が口へ指を立て、声を落とした。 「頼朝様の望みは、武士がこの国の政治を行うこと。我々の和議だけでは 頼朝様を説得するのは難しいでしょう。しかし、帝からの権限委譲が得られ るなら話は別になるかと思いまして。帝もまだ幼いですし。過去、摂政や関 白といった形で実際の政治を動かされていた事を思えば、堂々と代理として この国を治めていいのですよ?悪い話じゃないはずなんですけど・・・・・・」 言葉を切り、九郎を見つめる。 本当は、九郎にこの国を動かして欲しい。 しかし、これだけ兄の頼朝を慕う九郎に、頼朝を排除すべきとは言えない。 頼朝は、同族の木曽義仲を討つ事を平気で命じたが─── (九郎にそこまでの非情を求めても・・・無理でしょうしね) 万が一、武士による政治支配が失敗した時の捨て駒に、頼朝は適任だ。 「さて、打てる手は打ちましたし。今日は各自分れて移動しましょう。そうで すね、自然な組み合わせに見えるようにしないと・・・・・・」 帝と尼御前と敦盛。出家した尼と孫たちに見えなくもない。 中宮と将臣。夫婦者に見せかける。 弁慶と朔は薬師と手伝いといった風。 「九郎と景時とリズ先生は、闇に紛れて移動してもらって。白龍と譲くんは 兄弟ってことで」 が手を上げる。 「は〜い!私と知盛はどうすればいいのぉ〜?」 「そのままで」 にっこり弁慶に微笑まれる。 「そのまま〜?目立っちゃうよ?」 「そうですね。でも大丈夫ですよ。六波羅へ二人で移動して下さい。少しなら 寄り道してもいいですよ」 目立つからこそ目立たない。は、着替えさせれば町娘に見えるだろう。 知盛の顔も見知っている町の者などそうそういない。 しかも、の前で見せるような表情を知るものは皆無だ。 容姿は目立つがに振り回される様子で、周囲も貴族は貴族でも、平氏 とは思わないだろう。 「知盛殿が一緒ですからね。さん、今回ばかりはちゃんと知盛殿の言う事 を聞いてくださいね?町中は物騒ですから」 弁慶が知盛を見る。知盛は黙って頷き返した。 「え〜?それって私がいつも言う事聞かない人みたいだよ?」 早速のの文句に知盛が返した。 「・・・クッ、それだよ。・・・今回ばかりは余計な問題起こしてくれるなよ?」 「わかったよぅ。すっごくおしとやかにするんだから」 の頭に手を置いて、顔を覗き込む知盛。 「ああ。期待してるぜ?」 口の端を上げて笑うと、に手を払い除けられる。 「失礼しちゃうっ!知盛が謝るくらい、すっごいおしとやかにしてやるんだから!」 それが既に『おしとやか』ではないとは、誰も突っ込まない。 「さて、それでは行動開始です。まずは将臣くんと帝ご一行から。僕と朔殿が到 着するまでは、のんびりしていて下さい。帝の方は敦盛の名前で門を通るように。 将臣くんも還内府の名前は使わないで下さいね」 「ああ。じゃ、行くか!」 敦盛を従えて部屋を出て行く将臣。 「気をつけて下さいね」 将臣の背中を見送りつつ、弁慶が声をかけた。 「さて。さんには支度が必要ですね。朔殿、お願いしますね」 朔は頷くと立ち上がり、の手を引いて隣室へ消えた。 「・・・すぐに決着つきそうだな」 知盛から言葉が零れる。 「そうですね。お花見に間に合わせないと、僕が叱られてしまいそうですから」 残りの仲間から笑いが漏れる中、九郎だけが不機嫌だった。 「・・・あいつはこの状況をわかっていないとしか思えん!」 九郎が顔を背ける。 「まあまあ。ちゃんらしくていいじゃないの〜。おかげでさ、戦わずして勝負が 決まりそうだしね?」 景時はごろりと横になる。 「・・・っ、そういう問題じゃないだろう!」 九郎が腰を浮かせると、知盛が手で制した。 「・・・・・・まあ、そう言うなよ。あれで一応考えている様だしな・・・・・・・・・」 知盛が下を向き、思い出し笑いをする。 「だが!」 「・・・・・・少なくとも。弁慶殿を本気にさせたし。仲間も動いてるぜ?」 弁慶を見ると頷いている。周囲を見回すと、誰もが頷いていた。 大きな溜息をつく九郎。 「そう上手くいくか、わからないじゃないか・・・・・・」 拳で床を叩くと、そのまま俯いてしまった。 「・・・・・・上手くいくように動くんだろうが。あいつは諦めないぜ?」 「えっ・・・・・・」 知盛の声で、九郎が顔を上げた。 「とにかく諦めが悪くて性質が悪いんだよ、は。少しは見習えよ、大将?」 その時、隣の部屋の戸が勢いよく開いた。 「なぁに〜?!何か私の悪口言ってた?今、名前呼んだでしょ〜!」 が仁王立ちしている。 「いや?おしとやかにするんじゃなかったのか?」 欠伸をしながら訊ねる知盛。 「なっ!外に出たらちゃんとするもんっ。知盛の方がやる気がない態度だよ」 知盛の隣に腰を下ろすと、知盛の膝を叩く。 「きっちり、しっかり、しゃんとして頑張るのっ」 の腕をとり、横抱きにして膝に乗せた。 「・・・わかったから。もう少し待て。ぞろぞろ出て行ったら目立つ」 納得したのか、が大人しくなった。 (きっちり、しっかり・・・か・・・・・・) 九郎が一人で笑い出すと、が怪訝な顔で声をかけた。 「九郎さん?・・・大丈夫?」 流石に頭が大丈夫とは聞けないので、言葉を濁す。 「ああ。またに教わったな。そうだ、始める前に諦めたら駄目だな」 景時と弁慶が目を合わせて頷きあう。 (九郎に足りないものを、さんは持ってますね───) (ほんと、いい所でいい言葉を使うよね〜〜。うん) 「では、譲くんと白龍。知盛殿とさんも出発して下さい」 弁慶の合図で、二組が部屋を後にする。 「御三方は、日が傾く頃に移動して下さいね。景時殿、朔殿は僕が送り届けま すから安心して下さいね」 弁慶が朔の手を引いて部屋を後にした。 「あんまり安心じゃないなぁ・・・弁慶とじゃ。まだ時間はたっぷりあるし。昼寝で もさせてもらうよ〜」 そのまま景時は目を閉じた。 「先生は、いかがされますか?」 九郎はリズヴァーンへ伺いを立てる。 「今のうちに休むほうがいいだろう。これから忙しくなる・・・・・・」 「はい」 寺の境内で刀を振り回して素振りをするわけにもいかない。 事実、この後の事を考えれば気が抜けない。九郎は刀の手入れを始めた。 京へ戻り、それぞれが行動を始めた─── |
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あとがき:情報戦を重んじたのは信長さんだったらしいですが。弁慶さんは参謀役がよく似合いますね〜v知盛夢なのに、出番多いですよ(笑)
(2005.3.25サイト掲載)