伊予を離れて





 朝餉も終わり、各自部屋で寛いでいた。
「知盛〜、お散歩行こうよぅ」
 知盛の膝で寝ていたが起き上がる。
「・・・・・・ちっとも大人しくしていられないんだな」
 を膝に乗せる。
「だぁ〜ってぇ。お天気いいよ?」
「そろそろ迎えが来そうなんだ。大人しくしてろ」
 知盛が言うと同時に部屋の戸が叩かれた。
「は〜い!」
 退屈していたが、素早く戸を開けに行く。
「おはよう、姫君。ちょいと予定が繰り上がってね。迎えに来た」
 ヒノエが顔を出す。
「わ〜、ほんとに来た・・・・・・」
 立ち尽くす
「ん?ほんとにって?」
 ヒノエが首を傾げた。
「知盛が・・・・・・」
 が知盛の方を見ると、もう後ろに立っていた。
「・・・・・・クッ、面白い顔だな」
 の頭を撫でると、ヒノエの方を向く。
「そろそろ迎えが来るという話を・・・な」
「へえ〜、さすがだね。じゃ、ついでに。姫君のこの後もわかる?」
 口笛を吹きながら外へという仕種をするヒノエ。
「・・・・・・悪戯が弁慶殿にばれるくらいだろ」
「えっ?!何で!」
 知盛の言葉にが反応した。
「・・・クッ、お前が自分で言ったんだぞ、昨日。覚えていないのか?」
 腕にぶら下がるを見下ろす知盛。
「え?え〜っと。何したっけ?」
 本気で忘れているらしい。ヒノエが笑い出した。
「サイコーだよ、姫君。今朝の敦盛は!」
「あ゛!!!」
 が知盛を見上げると、知らないとでも言うように視線をそらされた。
「あ、あれは!そのぅ・・・いつもサラサラだからどうなるかなぁ〜って」
「くるんくるんだもんな。一応姫君が戻るまでそのままにしろって言って
はみたけど。もう戻しちまったかもな」
 玄関には、全員そろっていた。
「じゃ!ちょっと早くなったけど船に戻ろうぜ。すぐ出られる手筈なんだ」
「そうか。色々すまなかったな」
 九郎がヒノエを労う。
「いや〜?船の事は任せておけって」
 行きが登りなら、帰りは下りの道。のんびり船を目指して歩いた。
 


「お帰りなさい」
 港で弁慶たちに迎えられる。
さん、昨日は面白い悪戯をしていただき」
 弁慶の微笑が怖い。
「あ、あのね?そんなに大変だった?」
 知盛の背中に隠れながら、が様子を窺う。
「いえ?僕はもともとこういう髪ですし。ほら」
 被りをとって、髪を見せる。
「なんだ〜。でも、うねうね〜んだね!緩く三つ編にしよ。可愛いよ?」
 懲りていない。弁慶も諦めたらしい。
「はい、はい。好きに遊んで下さい。その前に、敦盛に会ってやって下さいね。
そのままでさんを待つように、しっかりお願いしましたから」
 その場に居た全員が思った。
(弁慶に悪戯出来るなんて!怖すぎる!!!被害がこっちに!)
 弁慶の本日の玩具になる人物に同情しつつ、自分にならない事を祈る面々。

 さらに己の身を振り返り、好き勝手に心の中で思うのも自由。
(可愛い顔してなくてよかったぜ〜、の生贄になるところだった)
(髪が短くてよかった・・・・・・)
(・・・・・・次は俺か?!)
 髪がある時点で全員生贄の対象という事に気がつかない辺りが、
まだまだを理解していないところである。
 そう言った意味で、弁慶はをよく理解している。
 やりたい事をさせておかないと、後で倍返しという性格を。
 知盛など、最高に理解しているのかもしれない。
 何でも好きにさせている。
 
 災難は、忘れた頃にやってくる───
 この悪戯は、後日他の人物もされたのであった。

「そうだ!敦盛さんどこかな〜」
 唯一この場にいない八葉を探す
「船に居ますよ。あまり姿を見せたくないらしいので」
「じゃ〜、ぱぱ〜っと乗って出発しちゃおうか!」
 景時が声をかけると一同、船に乗り素早く港を出発した。

「あ〜つぅ〜もぉ〜りぃくん!」
 くるくる髪の後ろ姿を発見し、が前に回り込む。
「・・・神子・・・・・・・・・・・・」
 敦盛を見ると、が叫んだ。
「きゃーーーーっvvv可愛い、可愛いよぅ。もう、美少女って感じぃ!」
 本日の生贄、昨日に引き続き敦盛に決定。
 弁慶の髪など、もう見向きもされなかった。
「ね〜、朔ぅ。着物着せたいくらい可愛いよね?!」
「そ、そうね・・・・・・」
 一同は、弁慶によって生贄にされた敦盛に同情した。
「あれしよ〜っと。髪紐、髪紐!」
 敦盛の肩を叩き座らせると、髪をまとめ始める。
「朔!櫛欲しい、櫛!」
「はい、はい」
 朔が櫛を手渡す。
「ふふ〜ん♪ふふふ〜♪」
 鼻歌混じりで楽しそうな

「終ったな・・・・・・」
「そうですね・・・・・・」
 有川兄弟、敦盛に向けて合掌。
「どういう意味だ?」
 九郎が訝しむ。
「まあ、あれだ。終ればわかる」
 将臣の言う意味がわからず、九郎が首を傾げていると、
「さ〜、早いとこ打ち合わせして。針路決めたりしよう!敦盛君には
悪いけどね〜〜。え〜っと・・・・・・」
「・・・俺が残ろう・・・・・・」
 知盛が景時に申し出た。
「ありがと〜。それじゃ、後をお願いして。行くよ〜」
 景時は、九郎の背中を押して弁慶とヒノエが相談している方へ連れ
て行った。将臣たちも後に続く。

「・・・・・・どうした?」
 知盛の足元で白龍が知盛の手を引く。
「・・・・・・・・・・・・神子、楽しそう」
「・・・ああ」
 
 敦盛の髪が、と朔の手によって見事なツインテールにされていた。
「みてみて〜、お姫様みたいでしょ!」
 の声に知盛と白龍が反応する。
「・・・・・・・・・・・・ずいぶんとでかい頭だな」
 白龍に至っては、声も出なかった。
「え〜、可愛いよぅ。ね!」
「えっ?!そ、そうね」
 朔も返事に窮した。
「・・・・・・その頭で平氏の御座船に行ったら面白い事になりそうだな?」
 知盛が意地悪い笑みを浮かべる。
「わ、私は・・・・・・」
「いや。今日の伝令は俺が代わろう。行くか」
 白龍の手を引いて、弁慶たちの方へ歩く。
「待ってよ〜。知盛と手を繋ぐのは私なのっ!」
 白龍を朔に預け、知盛の腕をとる
「・・・・・・クッ、子供相手に」
「誰でも駄目なのっ!」
 そっぽを向きつつも、知盛の腕を離さない
「・・・・・・お好きな様に?」
 
 遠く、伊予の辺りを振り返る。
 風向きがいいのか、港はかなり小さくなっていた。
「私たち、桜と追いかけっこしてるみたいだね」
 も遠くの山々を見ている。
「・・・ああ。間に合うといいがな」
「間に合うよ!京で桜を一緒に見ようね!」
「そうだな・・・・・・」
(暇があるといいが・・・・・・)
 今後の予定を確認すべく、仲間の輪に入った。



「最後に志度浦に寄港して。そこでお別れだ」
「え〜、ヒノエくん帰っちゃうの〜」
 の顔が脹れた。
さん。こう見えても一応ヒノエも熊野別当なので。ね?」
「・・・はぁ〜い。残念だけど。京に来てね!」
「もちろん!」
 ヒノエが片目を閉じた。
「それで?淀川から京へこの人数で移動するのか?」
 将臣が弁慶に訊ねた。
「目立ちますから。摂津で兵は徒歩で移動してもらいます。もちろん、
平氏の方にも源氏の旗をつけていただきます。まずは帝位を確約し
ていただかないことには、我々も動けませんから」
 弁慶が地図を広げた。
「石清水八幡宮までこのまま船で移動します。そこから我々は小船
に分乗して一気に京へ入ります。あえて夜に移動します」
「へ〜。で?帝だけ乗せるのか?」
「いえ。二位の尼御前と中宮もご同行いただきます。堂々と京へ入る
支度を、鳥羽で整えて入京します」
「兵と別れて入るんだろ?」
「そうです」
「どこが堂々なんだ?」
「噂が味方してくれるんですよ?」
 それ以上は言うつもりがないのか、弁慶は笑っている。
「ま〜、いいか。任せた。後はあれだ、住む所だけだな」
「六波羅の辺りで、ヒノエに動いてもらってますから」
「そ!とりあえず清盛邸は住めるようになってるハズだぜ?火事の後
だから、逆に人が近寄らなくて好都合だったしね」

(この二人、怖すぎる・・・・・・)
 弁慶とヒノエ。知略と行動。いったい何手先まで読んでいるのか?
 かと思えば、出来るのにのため以外には動かない男。
 ひとりで千人は倒してしまいそうな男。
「俺って普通の人間だなって実感したぜ・・・・・・」
「兄さん、俺のツッコミ待ってるとか?」
 譲が呆れ顔で将臣を見る。
(歴史ひっくり返そうとした人間のセリフじゃないよ・・・・・・)
 軽く頭痛を覚えた譲。
「・・・・・・九郎が真っ当な人間で嬉しいぜ、ほんと」
「は?」
 将臣の話の流れがわからない九郎。
(これだけのメンバーを慌てさせるが一番怖いけどな・・・・・・)
「このメンバーならなんとかなりそうだな!」
(平氏に恩が返せそうだよ・・・・・・)
 空を見上げる将臣。
「もちろんですよ。ひとつも取りこぼしません」
 弁慶が確約した。

「え〜!桜に間にあうように帰るってのもだよ〜?」
「は?」
 全員がを見る。
「知盛と京でお花見したいんだもん。早く帰ろう?」
 しばらくの間の後、全員が笑い出した。
「姫君の期待には応えないとね?」
 ヒノエが笑いながら船の先端へ走って行った。
「なによぅ〜、笑うトコなの?楽しい事は多いほうがいいでしょ〜〜」
 これから朝廷を相手に大勝負をしようというのに。
 には、花見も同じくらい大切な事らしい。
さん、そればかりは桜に聞いてくださいね?」
 弁慶がやんわりと駄目な場合もあることをにおわすと、
「ぜ〜ったい嫌。意地でも間に合わせて!皆でお花見するのっ!」
 腰に手をあて、がんとして譲らない
「ふう。さんには、敵いませんね。なんとか・・・・・・そう、鞍馬の桜
には間に合うようにしますね」
 弁慶の言葉に、リズヴァーンが頷く。
「うん!京ならどこでもいいの。皆で、お花見しよう」



 これから始まる新しい出発を桜に誓いたいの───
 の願いを聞き届けたかのように、追い風が吹きつづけていた。






Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


 あとがき:こちらの望美ちゃんはこうでなきゃ!と思うのです。元気をふりまくタイプ。     (2005.3.13サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる