伊予の港へ 数日の船の旅も恙無く過ぎ、最初の寄港地である伊予へ着いた。 伊予は天候も穏やかで、合戦の場にならなかったことと、頼朝側の勢力地で あることから選定された。 源氏軍は船に慣れていない者が多い。この寄港を心待ちにしている者たちばか りだった。 「さて、ここで二日程度休んでまた出立しましょうか。早くしないと風向きが心配 ですからね」 弁慶とヒノエの打ち合わせは済んでいたようで、船の荷積み等を加味して最低 二日は必要との事だった。 「では、ここで二日。河野殿への挨拶は、俺と景時で行くとしよう」 九郎が源氏の大将代理として、この地の大名への挨拶をする運びとなった。 「そうだね。後の人は久しぶりの陸だし。ゆっくりしててね〜」 景時は軽口と共に、挨拶へ行く準備に向かった。 「あのさ・・・・・・」 将臣が九郎に訊ねようとすると、弁慶が遮った。 「正直に言えばややこしくなりますから。身分を偽って宿へ逗留できる手配をヒノ エの部下がしていますから。お待ちいただくようお願いできますか?」 「・・・すまないな。じゃあ、俺が伝言役するわ」 帝たちについて、気になっていたのだろう。将臣は、平家一門の船の方へ去った。 「随分と用意がいいな」 九郎が弁慶へ向き直る。 「京へ着くまでは油断できませんから。ここは源氏の勢力地とはいえ、用心に越し たことはありませんよ」 弁慶は、ヒノエを呼ぶと何事か指示をした。 「私は・・・何しよう?」 が朔の袖を引く。 「温泉でも行きましょうか?」 「え!温泉あるの?!行く〜〜〜!!!」 すっかり乗り気のは、ひとりはしゃいでいた。 「!危ないから・・・・・・」 九郎がそこまで言いかけると、リズヴァーンと知盛が黙って前に歩み出た。 「譲くんと白龍も〜。それならいい?」 が九郎の顔色を窺う。 「はあ〜〜先生が一緒なら景時も納得するだろうし・・・・・・」 今度は九郎が弁慶の方を窺う。 「ええ。こちらには僕と敦盛が待機しますし。いいのでは?」 「やった!弁慶さん、ありがと〜」 「場所はご存知ですか?」 弁慶が朔に問いかける。 「あの、先程ヒノエ殿が仰っていたので場所までは・・・・・・」 「仕方のない人ですね、ヒノエは。ヒノエが戻り次第案内してもらうといいですよ」 ヒノエが走って戻ってきた。 「何?俺、何か注目されてる?」 「ヒノエくん!温泉案内して。お・ん・せ・ん!」 がヒノエの腕をぐいぐい引っ張った。 「うわ、ちょっ!わかったから。姫君、少し待ちなよ」 ヒノエは弁慶の耳元へ何事か告げると、 「じゃ、行こうか。着いてきな」 ヒノエを先頭に、丘を目指して歩き始めた。 「ヒノエくん、まだ〜?」 が歩くのに飽きてきたらしく、ヒノエを呼ぶ。 「ん〜、後少しかな。飽きたなら、後ろ振り返ってみるといいよ?」 ヒノエがより遠くを指差す。は指の方向へ顔を向けた。 「わぁ〜〜、海だ〜〜」 丘から見下ろす港の風景は、船が小さく見えた。 「な!」 「うん!」 また元気に歩き出すと、すぐに温泉らしき場所に着いた。 「さて。いるかな〜。おっさん、いる〜?」 ヒノエがズカズカと建物の中へ入っていく。 「おや、ヒノエ殿。今日はどうなすった?」 奥から夫婦らしき二人が出てくる。 「俺の仲間。温泉入ってもいいかな?」 「どうぞ、どうぞ。ここは眺めもいいし、休んでいって下さい」 「じゃ、遠慮なく。姫君たちは向こうだから」 ヒノエはさっさと奥へ向かって歩いて行く。 「どうぞ、こちらへ」 奥方らしき人物に案内され、と朔は着いて行った。 「う〜みぃ〜〜〜!!!」 戸を開けた途端、目の前に広がる海。 思いっきり露天風呂なのだが、は駆け出していた。 「!危ないから・・・・・・」 転ばないかと心配だが、それよりも問題が。 「、せめて隠しなさい・・・・・・」 が放り出した手拭を拾う朔。 はざぶんっと温泉につかると、一番海がよく見える場所まで移動していた。 「朔〜、ここ!ここがよく見えるよ〜」 朔は諦めて、のそばまでゆっくりと湯の中を移動した。 「どうだい?気に入ったかい?」 隣からヒノエの声がする。 「わ〜、隣なの?」 が大声で返事をする。 「そうだよ。この壁は邪魔なんだけどね」 「・・・ヒノエくんの、えっちぃーーーーーーー!!!」 の大絶叫と、ヒノエの笑い声が響く中、それぞれ久しぶりの湯を楽しんだ。 「さて、戻って弁慶たちと交替してやらないとな!」 ヒノエが譲に声をかける。 「ヒノエくん、私たちは?」 「ああ。姫君たちはここに逗留しなよ。出発の前には迎えに来るから。リズ先生と 知盛殿に姫君たちを任せるよ。じゃあな!」 ヒノエと譲は帰っていった。 「どういうことなの・・・かな?」 が首を傾げる。知盛がの頭に手を乗せる。 「・・・クッ、お前の頭じゃ考えるだけ無駄だな」 「むぅぅぅぅ」 が脹れて知盛の手を払った。 「・・・大切にされてて、文句たれるなよ」 知盛がリズヴァーンを見ると、頷いていた。 「ほら。ちっこいの連れて部屋で休め」 の袖を白龍が握っていた。 「・・・うん。朔、白龍、行こ」 ヒノエが頼んでおいてくれたらしい部屋に、たちは案内された。 「朔ぅ、知盛怒っちゃったのかなぁ・・・・・・」 窓辺にもたれて外を眺めている。 「そうではないと思うけれど。心配なら、こちらから行くのはどうかしら?」 白龍と目を合わせて笑う朔。 「だって・・・・・・」 「あら?珍しいわね。いつも知盛殿を振り回しておきながら」 の手を引き、部屋の入口まで連れてくる。 「ほら!いってらっしゃいな。白龍と私はここに居るから」 を追い出し、部屋の戸を閉めた。 「朔ぅ・・・・・・」 とぼとぼと庭へおりてみる。 知盛とリズヴァーンが話をしていた。 が近づくと、二人が振り返る。 「・・・どうした?」 立ち止まっているのそばへ、知盛が歩み寄る。 「あのね・・・・・・」 「私は朔殿の様子をみてこよう」 リズヴァーンが二人を残して去っていった。 「・・・・・・あの、怒ってるの?」 「・・・・・・どうしてそういう話が出るんだ?」 「だって!」 知盛は軽く首を鳴らすと、の手を引いて景色がよく見える石に腰をおろす。 「怒ってはいないが。立場を考えろ。周囲がどれだけお前を大切にしてくれているか わかってるか?」 が頷く。 「ここもな、お前が来たいだろうと先に見張りの者を立たせて準備されていたと思う。 兵たちと同じ宿じゃ、船の延長で気が休まらないだろうと配慮しての事だろう。 他にも、いくつかの理由はあるが。・・・まあ、そういう事だ」 どこで情報が漏れているかもしれない。 院の手のものが龍神の神子を狙う可能性もある。 様々な危険要素がある中で、一番の安全策を考えてくれている仲間たち。 (実に鮮やかなお手並みですよ、弁慶殿───) 反省している様子のをみて、思わず笑みが浮かぶ。 「・・・・・・ほら。散歩にでも行くぞ。また直に船の上だからな」 知盛は、の手を取って立ち上がる。 「この丘の上まで行こうぜ」 の返事を待たずに歩き始めた。 「・・・海がよくみえるな・・・・・・」 知盛が手を翳し、眩しそうに海を見る。 「あのね・・・・・・」 適当な倒木に腰を降ろして、の手を引いて座らせる。 「・・・・・・お前は、笑ってればいいんだ」 知盛の手がの頭を撫でる。 「でもさ・・・・・・」 「まあ。お前の考えなんてバレバレだからな。思うとおりに動いてくれた方が、 仲間も楽だろうな。予定通りで」 「ひどぉ〜い!」 が拳を振り上げるが、軽くかわされてしまう。 「思うとおりにすればいいさ。帰りたければ帰ればいいし・・・な」 の手が知盛の腕に触れた。 「気がついて・・・たの?」 「・・・ああ」 「もしも・・・もしも帰りたいって言ったら・・・・・・」 知盛がを抱き寄せた。 「どちらでも・・・・・・ただ、俺はお前の傍にいる・・・・・・」 「・・・ありがと」 太陽がオレンジ色になるまで、二人はただ寄り添っていた。 散歩から戻ると、ちょうど弁慶と敦盛も部屋に居た。 「おかえりなさい。僕たちも温泉から出たところなんですよ」 弁慶の髪をはじめて見た。 「わ〜、弁慶さんって髪長かったんですね。敦盛さんも下ろしてると違う〜」 弁慶の髪を手にとって、三つ編をはじめる。 「さん?何をして・・・・・・」 弁慶の顔は笑っている。 「だって、だって!敦盛さんはサラサラですからね。三つ編をしたら・・・・・・あ!」 がにんまりと笑う。さっさと弁慶の髪で三つ編を二本作り終え、敦盛をみる。 「朔、紐。髪紐欲しい!」 朔から髪紐を受け取ると、敦盛の背後にまわる。 「み、神子。何を・・・・・・」 敦盛はがしたい事がわからないでいる。 さっさと敦盛の髪を小分けにし始める。 「ちょ〜可愛くしてあげますね!」 さくさくと細めの三つ編を何本も敦盛の髪で作る。最後にひとつに束ねて結ぶ。 「これでよしっ!敦盛さん、髪が乾いたら紐を解いてもいいですよ」 嬉しそうに笑う。誰にものしたい事がわからない。 「さんの顔もみられたし。僕たちは船の方へ戻りますね。後で九郎と景時が こちらへ寄れるかもしれませんし。一応部屋は三つお願いしてますから」 弁慶と敦盛が船へ戻って行った。 が朔といた部屋へ戻ろうとすると、朔に追い出された。 「兄上が来たら、こちらに寝ますから。白龍は私と一緒にね」 白龍の手を引いて、中へ入ってしまった。 「れ?朔?」 部屋の前で立っていると、知盛に腕を掴まれる。 「義経殿とリズ先生が一緒でよろしいですね?」 知盛はリズヴァーンが頷くのを確認すると、さっさと隣の部屋への手を引いて 入った。 「・・・・・・なんで?」 がわからないといった風に立っていると、額を知盛に指で弾かれた。 「・・・クッ、人の好意は素直に受けないとな?」 肘枕で横になる知盛。 「ん〜?好意?」 まだ考えているに焦れて、手招きをする。 「恐らく・・・明日には出航になったんだろうさ・・・・・・」 知盛の前に座る。 「ね〜、どうしてそう色々わかっちゃうの?ちっともわからないよぅ」 暴れ出しそうな。知盛の腕が伸びる。 「・・・二人でゆっくりしろって事。膝貸せよ」 勝手にの膝に頭を乗せる。 「ま、いっか!それに・・・きっと弁慶さんもビックリな事になってるハズだしね〜」 敦盛の髪のウエーブを想像して、笑いがもれる。 (あの弁慶が驚く?・・・・・・ほんとに、退屈しないよ、お前は───) 少し冷たい風が、部屋の中を吹き抜けていった。 |
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あとがき:伊予に寄らせたかったのは、遙2の翡翠さんを思い出しまして。ついv (2005.3.5サイト掲載)