華の宴での約束





 太陽もすっかり海に姿を隠し、明かり取りの燈台に火が入れられる頃。
 裳唐衣を着せられたは、動きがとれず部屋でじっと座っていた。
「朔〜。こんな重いの動けないよぅ〜〜〜」
 ヒノエが連れてきてくれた、平氏の女房たちに着つけられ。
 始めこそお姫様気分で嬉しかっただが、だんだん身動きが出来なくなり。
 今では、一枚でもいいから脱がせてくれと騒ぐ始末。
「困った人ねぇ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
 朔も、どう誤魔化すか限界にきていた頃。戸を叩く音がした。
「誰?」
 朔は、戸まで歩き相手を確認する。
。お迎えが来たから、行きましょう」
 朔の手によって開かれた戸の向こうには、直衣姿の知盛が立っていた。
「よう・・・・・・」
 の手から、檜扇が落ちる。
 普段の知盛を知るに度に、とんでもない男だと思う。
(この人、絶対タラシだよ───)
 がガクリと項垂れた。
「なんだ、重くて動けないのか?」
 知盛がの傍まで来て腰を降ろす。
「そ、そうなんだけど・・・・・・・」
(見惚れて腰が抜けたとは言いたくないのっ!)
 楽しみにしていた知盛の琵琶だが、だんだん面倒になってきた
「ん?どうした」
「・・・普段の十倍は重いと思うのよね。一枚でもいいから脱ぎたい・・・・・・」
 溜息とともに前に倒れようとしたを、知盛の腕が抱きとめる。
「・・・・・・脱ぐならいつでも脱がしてやれるけどな?」
 がばっとが顔を上げると、したり顔の知盛。
「・・・・・・そんな事、頼んでませんっ!」
 の顔が背けられたが、耳が赤い事から怒っているのではないと察し、構わず
を抱き上げる知盛。
「あまり皆を待たせるのも悪いだろ?」
「お、重いからいいよ!」
 が降りようと暴れだす。
「・・・・・・煩いな。俺がしたいんだから黙れ」
 知盛がの額に口づけた。の手足の動きが止まる。
「俺のものってひけらかしに行くんだ。大人しく頼むな?」
 静かになったに、満足そうに知盛が告げ、歩き出す。
「朔殿。失礼した・・・・・・」
 部屋の戸口で知盛は、朔に礼をとる。
「いえ。が我侭で困ってましたの。よかったですわ」
 朔がさっさと先導するかのように歩き出した。
「むぅぅぅぅぅ。朔の意地悪ぅぅぅぅ」
 が口の中でもごもごと言うと、朔が突然くるりと振り返った。
?何か聞こえたような気がするんだけど?」
「な、何でもないっ!」
 聞こえたと思っていなかったは、慌てて知盛に抱きついて顔を隠した。
 朔と知盛が目を合わせて笑っていたことには気がつかなかっただろう。



 船の甲板にでると、狭いながら明かりが並べられ、小さな宴といった用意がされていた。
 知盛は、周囲に構わずさっさと将臣と九郎の方へ歩み、を傍らに座らせた。
「将臣くん、その格好・・・・・・」
 戦支度の将臣しか見たことがなかったは、両手でズリズリと将臣の傍へ近づき、
袖やらを引っ張ったりして、感嘆の声を上げる。
「へえ〜。将臣くんも、こういうの着るんだ・・・・・・」
「なんだよ、似合わないって言いたいんだろ?」
 杯を片手に、煩いなといわんばかりに手でを払う仕種をした。
「あ〜、そんな人を犬みたいに!せっかく褒めてあげようと思ったのにぃ」
 が将臣に拳を振り上げようとした瞬間、知盛に腰を掴まれ引き寄せられた。
「姫君は、琵琶をご所望なんだろ?」
 知盛を見上げて、じっと顔を見つめる
「もしかして・・・ヤキモチ?!」
「・・・さあな」
 知盛は、黙って琵琶を手に取り弦を爪弾き始めた。
 知盛の左側では、九郎が真剣に知盛の手元を覗き込んでいる。
 黙って酒を飲む者、目を閉じて聴き入る者、それぞれが自由に楽しむ。
 近くの船にも、風に乗り琵琶の音が流れていた。



 最後の弦が弾かれ、音の余韻が消える頃に周囲から溜息が零れた。
「・・・・・・いかがでしたか?姫君」
 そろりと琵琶を置くと、の方を向く知盛。
「不思議な感じがした〜。船の上じゃないとこにいたみたいな気分・・・・・・」
 が知盛に寄りかかる。
「ご褒美は下さらない?」
 の髪に手を伸ばす知盛。
「・・・・・・え?」
 意味がわからず、がぽかんとしていると、横から将臣が口を挟んだ。
「知盛〜、お前わざとしてんだろ。あんまり見せつけるなよ」
 将臣が知盛へ杯を渡す。
「・・・・・・クッ、ここじゃあきらめるか」
 知盛が杯を手に取ると、が酒を注いだ。
「ご褒美!」
 が無邪気に笑っている。
(・・・・・・酒じゃないんだ、この場合)
 知盛の頭の中では、姫君からの口づけを狙っていたのだが外したようだ。
 相手だと、今までとは勝手が違い上手くいかない。
 そこがまた新鮮で面白くもあるのだが。
「・・・・・・敦盛」
 知盛に名前を呼ばれ、心得たとばかりに今度は敦盛が笛を奏で始めた。

「知盛殿」
 九郎が、真剣な顔で知盛の傍に詰め寄った。
「・・・・・・なんでしょう、義経殿」
 杯の酒を飲み干すと、九郎へ顔を向ける知盛。
「琵琶は・・・楽の心得といったものは、どのように学べば・・・・・・」
 首を傾げ、杯を置く知盛。
「・・・まぁ、耳で親しみといったところでしょうか・・・・・・・・・」
「耳?」
「常に周囲にありましたので。意識したことはないですね・・・・・・・・・・・・」
 知盛と九郎の会話がおかしくて、将臣が笑い出した。
「と、知盛!頼むから九郎相手に丁寧に話すのヤメロ。面白すぎだ」
 膝を叩いて笑っている。
「・・・失礼な奴だな。こちらの源氏の大将に、礼を尽くすのが礼儀だろうが・・・・・・」
「そうですよ、兄さん。兄さんが砕けすぎなんです」
 譲は、またも兄の無神経ぶりに慌てて小言を言った。
「いちいち細かすぎなんだよ、譲は。九郎だって、普通に話す方がいいだろう?」
「俺は別に・・・・・・」
 九郎が俯く。九郎にとって、知盛は理想の男なのだ。楽にも秀で、雅を解す。
 しかも、あの剣の腕前だ。
 それでいて、源氏の兵たちの手前、若輩者の九郎を立てた物言いをしてくれる。
 その場の空気が、知盛を中心に変な方向へ流れそうになった。
 流れを変えようと、景時や弁慶が口を開こうとするより前にが知盛に飛びついた。
「知盛は私のだって言ってるでしょ!!!」
「は?」
 その場の全員の口がそろった。
「将臣くんは。知盛がちゃんとしたくてしてるんだから。いちいちつっかからないで!」
 びしっとに指摘される将臣。
「はい。すいませんでした」
 将臣は素直に謝る。
「九郎さんも。知盛は、全部言わなくても教えてくれるよ?九郎さんのやる気の問題」
「あ、ああ。すまなかった・・・」
 九郎も頭を下げる。
「それに、譲くん。将臣くんのいいところだと思うの。すぐに仲良くなれるのは。もう少し
言い方気をつけようね?」
「はい、先輩」
 譲も素直に返事をする。
「知盛もね、ここは宴の場なんだよね?もう少し馴染む努力しようね?」
 がもそもそと動いて知盛から離れた。
「は〜い。みんなで仲良く、楽しくね?」
 がにっこりと周囲を見回す。

 最強伝説───

 その後を景時と弁慶が引き継いだ。
「だよね〜、楽しくいかないとね!」
「そうですね、この後の楽しみもありますし・・・・・・」
 弁慶が隣の船に視線を向けた。
「この後って・・・まだ何かするの?」
 が興味深々で弁慶の方を見る。
「もうじきわかりますよ」
 いつものように微笑むと、弁慶は船の端へと去っていった。
「ん〜、また弁慶さんに誤魔化されちゃった」
 がぼやく。しかし、こういう時の弁慶は、口を割らない。
「ね?」
 が知盛の膝を叩く。
「・・・・・・そうなのか」
「ん!でも、だいたい楽しいこと隠してる時の顔なんだけどね」
 は、ころりと知盛の膝の上に横になった。
「疲れたのか?」
「重いんだ〜、これ。石か何か背負ったままみたいだよぅ」
「似合ってるのにな?」
「ん〜、それならもう少しこのままでいようかな・・・・・・」
 知盛の袖で遊びながら、はゴロゴロしていた。

 飲んでは話をして過ごす。
 しばらくすると、何処からか筝の音が聞こえてきた。
「あの筝の音は・・・・・・」
 知盛が顔を上げる。
 すると、弁慶の案内で幼い帝と尼御前がこちらへ来るのが見えた。
 は知盛の膝から身体を起こし、音のする方へ耳を傾けた。
「義経殿。此度はお招きいただき、すまない」
 安徳帝が義経に挨拶をする。
 九郎は知らされていなかったらしく、慌てて礼を取り、席を用意させた。
「景時、どういうことだ?」
 こっそり景時を肘でつつくが、景時も知らされていないらしく、首を横にふる。
「さて。そろったところで婚約の宴でもはじめますかね!」
 今まで何処にいたのか、ヒノエが姿を見せた。
「筝の音は、中宮様からのお祝いなんだ。もちろん、姫君の衣装もね」
「・・・どういうことだ?」
 知盛がヒノエに説明を求めると、弁慶が前に進み出た。
さんは、源氏の大切な神子姫なんです。お二人のことは、ここでは知らない者は
いませんが、他ではそうはいきませんから。きちんと決めておきたかったんですよ」
 弁慶は、さらっと言い難いことを言い放った。
 院や鎌倉の頼朝に利用される前に、弁慶は手を打ちたかったということだろう。
 九郎にも言わずに事を進める辺り、油断ならない。
 しかも、帝から祝辞を賜れば、文句のつけようがない平氏と源氏の和議にもなる。
「・・・・・・クッ、何から何まで。実にあり難い事で」
 知盛は、弁慶の策を理解したと言わんばかりにを抱き寄せた。
「知盛?」
 は心配そうに知盛を見ている。
「まぁ・・・・・・俺はお前のものなんだって事の証明・・・いや。帝が証人って事だな」
「ええっ?!何でそんな大事になってるの?」
 が『帝』という言葉に反応し、知盛の直衣を握りしめる。
「・・・・・・向こうがしたいって言うんだ。今くらいは姫君らしくしてろ」
 知盛の指が、の頬をつつく。
「むぅ、馬鹿にした〜。すっごいおしとやかにして頑張ってたのに」
 ただ重くで動けなかっただけだろうとは言い返さず、黙って帝に向き直る。
「知盛殿!そちらが源氏の神子殿なのだな」
 まだまだ幼い帝である。知盛の前まで自ら近づき、と知盛を交互に見る。
「・・・・・・帝、あまりそのように間近でご覧になられると困ります」
 を袖で隠す知盛。
「・・・いいではないか〜、知盛殿の想い人なのであろう?」
 将臣の方へ、見たいといわんばかりの表情で訴える安徳帝。
「知盛、少しぐらいいいだろうが・・・・・・大丈夫だ、帝」
 将臣が、知盛の腕をつつく。がぴょっこり知盛の腕から抜け出す。
「ぷはぁ〜〜〜。苦しいよぅ、知盛」
 いきなり現れたの姿を見て、帝は驚いて扇を落とした。
 がそれを拾い上げ、帝に差し出す。
「はい」
「・・・・・・・・・・・・」
 今まで、こんなに気軽に声をかける者は、将臣以外にいなかった。
 安徳帝は、どう返していいのか、驚きのあまり扇を受け取る事にも気がつかないでいた。
 は、安徳帝の手をとって扇をのせる。
「はじめまして。です」
 にっこりと挨拶をする
「う、うむ。そなたが知盛殿の想い人で、源氏の神子なのだな・・・・・・」
 帝は、に話しかけたいが、どうしていいのかわからず、もじもじと下を向いていた。
 その様子をみていた将臣は、額に手をあて天を仰ぐ。知盛の顔を見るのが怖い。
 指の隙間から知盛の様子を覗こうとした瞬間、が誰も予想つかない行動に出た。
 自身の膝を叩き、帝に両手を広げている。
(おいおい、まさか───)
 将臣の背中に冷たい物が流れた。周囲に緊張が走る。
 九郎に至っては、倒れる寸前だ。
 帝は、に引き寄せられる様に近づくと、すとんとの膝に座っていた。
「ね!皆で楽しく聴こうよ〜。とっても綺麗な音色だよ?」
 幼い帝を抱きかかえ直す
「私の母上の筝の音だ」
「そうか〜、上手だね」
 はそのまま瞳を閉じて、筝の音に聴き入っていた。
 周囲から安堵の溜息がもれた。ただひとりを除いて。

(お前の方が心配だろうが───)
 知盛の視線に気がつかない

 違う意味で周囲が凍りついた。知盛の機嫌が悪くなっては大変だ。
 しかし、帝のご機嫌を損ねるのも得策ではない。
 どうしたものかと弁慶も思案していると、筝の音が止んだ。

「優しい音だったね・・・・・・」
 の目が開かれる。
 帝はの膝から降りて、その右手をとる。
「貴女も優しい手をしているよ?」
「え?」
「知盛殿と幸せに。時々は遊びに来るといい」
 の手を離すと、帝は、数歩あゆんで知盛の前に立った。
「知盛殿。神子殿を大切になされるがよい」
「・・・・・・ありがとうございます」
 知盛が帝に頭を下げた。
「そろそろ戻りましょう、お祖母様」
 弁慶が案内すべく、さっと前に歩み出た。
「ご案内仕ります」
「うむ、頼む。邪魔をした」
 しっかりとした足取りで帝は船へ戻っていった。

「帝、可愛かったね」
 がくるりと知盛に顔を向けると、知盛の額には皺が寄っている。
「どうしたの〜?顔見せたから怒ってるの?」
「・・・・・・」
「知盛〜?」
 が膝立ちで知盛の首に抱きついた。
「何か言いなよ〜?わかんないよ?」
「・・・・・・別に」
 の背中に腕を回す。は知らなくていいと思う。
 政治的な意味、思惑など、知らない方がいい。
「う〜ん、じゃあね・・・・・・」
 が知盛の耳元で囁く。
「・・・・・・ね?」
 知盛の目が見開かれ、の背中をすっと撫でた。
「・・・・・・もう少し飲むかな」
「少しだけだよ」
 が知盛から離れようとすると、逆に知盛の膝に乗せられた。
「やれやれ。まったくお前等には冷や冷やさせられるよ」
 将臣が、思いっきり伸びをした。
「・・・・・・いつ冷や冷やさせたんだよ」
 将臣から杯を受けながら、知盛は覚えがないため言い返す。
「あ〜、もういいさ。これは苦しくてな」
 将臣は前を寛げ、ごろりと肘枕で横になった。
「リズ先生、飲みなおそうぜ」
 だらけた状態で、手酌で飲む将臣。
 貧血寸前だった九郎も、なんとか持ち直したようだ。
「た、頼むから。大人しくしてくれ・・・・・・」
 九郎は大きく一息ついて、座りなおす。
「でもよかったね〜。ちゃんの嫁入りは盛大になりそうだ」
 景時が、うんうんと頷く。
「景時。あいつの礼儀作法他、梶原家で面倒みるように。俺の心の臓がもたん」
「え〜〜〜」
 景時が、朔に視線を合わせる。朔は心得たとばかりに頷き返す。
「なんとかなるかな〜」
 景時も、弁慶とヒノエの行動の意味には気がついていた。
 九郎が知らなくてもいいことだ。皆が笑っていられるのが一番いい。
「さ〜て。オレも飲もうかな〜」
 
 宴は、深夜まで和やかに続いていた。
 寄港予定の日まで、あと数日の夜の出来事───
 





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 あとがき:弁慶さん、何気に好きなのですよね。仲間のためなら、すっごい悪知恵働かせてくれそうv     (2005.2.26サイト掲載)




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