女心は難しい





「さて。話ってなんだ?」
 将臣が切り出す。
「・・・の事なんだが」
「は?」
 将臣は、平氏一門の今後の扱いとか、あの場では聞きにくいことかと
思っていただけに拍子抜けした。
 知盛も、どう話をしていいか考えているようだ。
「まあ、聞いてやるから。言ってみれば?」
 将臣は、大きく欠伸をすると、どちらでもいいという態度をとった。
「・・・・・・あいつの、夢とやらについてなんだが・・・・・・・・・・・・」
 夢という言葉を皮切りに、朝起きてからしなければならない事。
 このあたり、既にに刷り込みされているという事になるのだが。
 その他諸々について語った。
「それは、将臣のいた世界では普通のことなのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
 将臣は耐えた。あの、まるでやる気がなかった知盛が。
 真剣に知りたがっているのだ。のために。しかし───
「ぶわっはっはっはっは!おまえ、ホントにそれしてんの?」
 人間の体は正直なもので、将臣は腹を抱えて笑い出した。
「・・・・・・・・・・・・なんだよ、笑うような事かよ?」
 知盛の表情は、だんだん面白くなさそうになっている。
「まあ、なんだ。俺はしねぇけどな。はそういうの好きそうだな」
 将臣は、指で涙を拭いながら答えた。
「そうだな・・・どこから話せばいいかな。ずっと一緒に育ったからな・・・・・・」
 将臣は、幼かった時のを回想する。
 そう、気がつけばいつも三人一緒だった。
 仲良く遊ぶ幼馴染を、守らなくてはと思ったのはいつからだったのか。
「あいつはすっげー負けず嫌いで。俺についてくるんだよなぁ。それで俺はよく
叱られたっけな。女の子に怪我させてって・・・な」
 知盛は黙って聞いている。
「でもな、あいつの誕生日会に行った時。ふりふりでビラビラの服着ててなぁ。
そういうの、俺の家じゃ見ないから。可愛いなとは思ったんだけど。褒めるタイ
ミングっていうのかな。外しちまってさ。泣かせちまったんだよな。いつも泥んこ
になって一緒に遊んでいたのにさ。急にお姫様みたいな格好されてみろよ?
どういう反応していいのか・・・・・・。あいつ、本当はそういうの好きなんだよ。
綺麗に着飾って。誰かにすっごく甘えたかったんだろうな・・・・・・」
「・・・俺が何でも叶えるからいいさ。ふりふりでびらびらねぇ・・・・・・・・・・・・」
 しれっと気障な事を言い放つ知盛だが、『ふりふり』や『びらびら』については
想像がつかないらしい。
「ああ。こう、リボンやら花やら忙しい服だ。こっちでいうなら十二単の正装が
それにあたるのかもな。でも、もっとふわふわっとした感じだけどな」
「・・・クッ、あいつの夢はややこしい上に忙しそうだ」
「違いない!」
 将臣と知盛は、その面倒だが可愛らしい夢を想像し笑いあった。

「そうだ。“おうじさま”ってなんなんだ?」
「おうじって・・・・・・王子様か?!まぁ、あんまり気にすんな。お前の事だ」
「なぜ俺のことなんだよ・・・・・・」
「ん〜?簡単に言うと。お姫様を迎えに来てくれるいい男の事だからな。
王子様はお前って事だ」
 知盛は、よくわからんといった風に顔をしかめた。
「で?いつ死んでもいいと思っていたお前が。ここにいる理由は?」
 将臣は、ニヤニヤと意地悪顔だ。がどのようにして知盛を助けたのかは、
将臣は現場にいなかったため知らない。
「ああ。あいつがな・・・俺を退屈させないでくれるらしいからな・・・・・・」
 思い出すだけで後頭部が痛む気がする。何とはなしに、手が自然と頭にいって
しまう知盛。その様子に将臣は、が相当暴れたのだろうと察した。
「そうか・・・・・・退屈より面倒って感じだけどな」
「・・・クッ、面倒なんて言っていいのか?」
 知盛が、暗に告げ口をにおわす。
「悪かったよ、に言うなよ?今晩どうだ?」
 将臣が酒を飲む仕種をする。
「そうだな・・・・・・今夜は月が綺麗だろう。琵琶があれば・・・・・・・・・・・・」
 知盛は、雲のない青空を見上げた。
「あるんじゃないか?知盛、弾くのか?」
がご所望だからな・・・・・・」
「あいつにわかるんかよ?」
 将臣が素直に疑問を口にした。
「さあ・・・・・・・・・・・・どうでもいいさ。あいつが喜ぶなら」
 知盛の顔は笑っていた。
「ほんとに王子様してんな〜。まあ、お前が船で手伝うっていったら、下仕事くらいだしな。
せめて楽でも奏でてくれるなら、この雑な感じも紛れるだろうさ」
 将臣は知盛の肩を叩く。
「・・・まったく人使いが荒いぜ」
「言ったな?に聴かせたいんだろ?他はついでぐらいにしか思ってないくせに!」
「・・・クッ、わかってるなら言うなよ・・・・・・」
 二人は顔を見合わせ、再び笑いあった。
「尼御前も喜ぶだろうさ」
 片手をあげて将臣が去っていく。
「母上か・・・・・・・・・・・・」
 知盛は、を母に紹介すべきか迷った。しかし───
(あいつは、あいつの世界に帰るかもしれないしな・・・・・・)
 琵琶だけを借り受けに、御座船に行くことにした。



「今宵は、知盛殿の琵琶が聴けるのであろう?お祖母様」
「そうですね・・・・・・」
 御座船では、琵琶を借り受けに来た知盛の話題で持ちきりだった。
 知盛が余分な話をすることなく、ただ『琵琶を借りる』といって去ってしまった為だ。
 船にいる平氏の女房たちも、久しぶりに聴けるであろう知盛の琵琶の話で浮かれていた。



「なんだか話がでかくなっちまったな?」
 将臣が甲板の様子を眺めている。
「う〜ん、やっぱりまずかった?なんかどんどん皆が参加したいっていうからさ〜」
 景時も、甲板の様子を眺めながら返す。
「いや。ヒノエが盛り上がった時点で、じっくり飲むなんてのは無理そうだったしな?」
「そう言ってもらえると・・・うん。悪いね。九郎もさ、雅な事には疎いから。知りたかった
んだと思うんだよね〜」
 
 遡ること、数刻前。将臣は、九郎に話したのだ。
 知盛と飲むということと。琵琶を聴かせてもらうということを。
 かねてより、詩歌や楽に逃げ腰だった九郎もいい機会だと参加したがった。
 そこへ源氏の面々が集まってしまい、後はヒノエが仕切るという方向になり、今に至る。

「また、大層な集まりになったもんだな?」
 知盛が将臣の肩に腕を乗せる。
「まあな。どうした?と一緒じゃなかったのか?」
「・・・朔殿に追い出されちまってな・・・・・・・・・・・・」
「朔殿に?」
「ああ。何でも支度があるらしいぜ?」
 二人ともよくわからんという顔をしていると、ヒノエがやって来た。
「わかってないな〜。当然だろ?姫君にはとびきりの支度してもらわないとね?」
 ヒノエが知盛の全身を眺める。
「う〜ん。兄さんもそれらしい格好して欲しいよなぁ。直衣か狩衣ないの?」
「は?・・・・・・何で俺がそんなもん・・・・・・・・・」
 知盛が面倒くさそうに首を回していると、弁慶が話に加わる。
さんも喜ぶと思いますし。九郎も宴での作法らしきが知りたいようですよ?」
 元々は九郎がこっそり知りたかった、都の貴族の遊び事。
 院や源氏方の貴族に呼ばれる事もあったので、宴そのものを知らないわけではない。
 しかし、東国の武士としての立場での出席であり、歌や楽が苦手なので出来るだけ
避けていたのだ。
「そうだ!将臣も一緒に着ればいいじゃん」
 ヒノエが、さも名案であるかの様に、指を鳴らした。
「知盛はともかく。俺が着てどうすんだよ・・・」
 逃げようとする将臣の首を、知盛が腕でがっちり押さえた。
「・・・クッ、ひとりだけ逃げようなんて・・・・・・らしくないなぁ?将臣殿」
「・・・・・・・・・・・・」
 将臣のこめかみに、いやな汗が伝う。
「・・・敦盛は・・・・・・参加だな?」
 知盛がしっかりと敦盛に目を合わせ、確認する。
「はい・・・あの・・・私の笛でよろしければ・・・・・・」
「ああ。よろしいぜ?だから・・・これの着替え手伝ってくれよ」
「これか?!俺はこれ呼ばわりか!」
 将臣の抗議に対し、知盛は将臣の額を軽く指で弾いた。
「・・・着るよな?」
 知盛が将臣を睨む。誰の所為で話がでかくなった?という、黒い気配を辺りに振りまき。
 いい獲物を見つけたと言わんばかりの視線が将臣に突き刺さる。
「あーーーーっ。たく!わかった!俺が悪かったよ。おら!行くぞ」
 観念した将臣を先頭に、三人が着替えるべく甲板を去った。
「さすがですね、ヒノエ」
「まあな。姫君に喜んでもらうためならね。でも、叔父上には言われたくないな」
 二人は、にんまりと笑い合う。
「それで、首尾は?」
「そこそこ準備出来たかな。たぶん風はなさそうだから、明かりは足りると思うし」
「よく平氏の方々が協力をしてくれましたね?」
「誰だって、楽しい事は好きだろ?」
 その後も、今夜の表の首謀者と裏の首謀者の密談は続いていた。





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 あとがき:次が長いので〜。ちょっと短いかも。チーム熊野とお呼びしたい(笑)     (2005.2.2サイト掲載)




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