夢は果てなく 知盛は、が寝ているのを確認すると、そっと腕を抜いた。 (よく寝ていやがる・・・・・・) そろそろも起きるだろう。問題は─── 「の着替えか・・・・・・」 知盛は、そろりとの隣から抜け出し、袴を拾い仕度をした。 上も昨日脱ぎ捨てた、黒の一枚を着る。 「・・・クッ、これは無しでいいな・・・・・・・・・」 指で甲冑を弾くと、可笑しくなった。 「・・・世話になったのにな・・・・・・・・・」 京を追われたあの日から、ずっと着用していた甲冑だ。 まさかこのような形で要らなくなる日が来るとは、思っていなかった。 その時、部屋の前に気配を感じた。 (───?) 念のため、気配を殺して近づき、戸を開けると、そこには・・・・・・ (着替え?) 籠に着替えが入れられ置いてある。 見回しても、もう誰かはわからなかった。 (ずいぶんと大切にされているようだな、───) 着替えを持ち中へ戻ると、は目覚めていた。 「よう、起きたな?」 知盛が声を掛けても、は返事をしない。 の隣に並んで寝転ぶと顔を覗き込む。 「なんだよ?」 「いなかったー」 が膨れっ面だ。知盛がの頭を撫でる。 「いなかったー」 「誰がいないんだよ?」 「知盛」 「は?」 何やらは怒っているらしい。しかも、知盛がいないことを。 じゃあ、ここにいる人間は誰だ? 「・・・いるだろうが・・・・・・」 「私が起きた時に、いてくれなかったー」 益々訳がわからない知盛。間違いなく部屋にいた。 知盛の額に皺が寄る。の指が、知盛の眉間の皺をぐりぐりと押し始めた。 「目が覚めた時にいないのは嫌」 知盛はの指を掴み、止めさせる。 「・・・あのなぁ?愚図愚図している男の方が変なんだぜ?」 この時代、朝遅くに恋人の家を出るのは、恥かしく、まぬけな事なのだ。 「そんなの知らない。私は嫌」 が思う恋人同士の朝は、朝起きておはようのチュウ ![]() それなのに、目が覚めたら隣に知盛はいなかった。 いきなりこれでは、夢の達成が遠ざかる。 「むぅ〜〜〜〜〜」 このままでは、の機嫌が悪くなる一方だ。 旗色が悪くなってきた知盛は、がしたかった事を聞き出す作戦に変更した。 「・・・・・・悪かったよ」 を抱き寄せて、腕枕をした。 「これからは・・・・・・必ずいる。それでどうだ?」 の額にキスをする。 「どうしたかったんだ?言わなきゃわからないだろう?」 の耳元で囁く。の膨らんだ頬が戻ってゆく。 知盛が指での頬を軽くつつく。 「ほら?」 今までの知盛なら、我侭を言われたらその女のところへは二度と行かなかった。 面倒事は嫌い。別に女に困ったこともない。 (・・・クッ、この俺がこんなに辛抱強く待ってるなんてな?) の髪を梳きながら、何か言い出すのを待った。 「あ、朝はね。『おはよう』って。一番最初に言うの。でね・・・・・・」 が、もじもじしながら上目遣いに知盛を見る。 「知盛もね、『おはよう』って言ってね、額にキスして欲しいの・・・・・・」 「で?朝の他は何だよ?」 わざわざ“朝は”と断るくらいだ。他にもあるのだろうと、知盛は先を促す。 「そ、外から帰ってきたら『ただいま』って。でね、『おかえりなさい』って・・・・・・」 「の額にキスすればいいのか?」 「う、うん・・・・・・出かける時もだからね!」 「ああ、姫君の仰せの通りに。さて、おはようからだな?」 知盛は、わざとの耳に息を吹きかけて囁く。 「おはよう、・・・・・・」 (ぎゃーーーー!朝から心臓に悪すぎっ!) がジタバタ暴れだした。 「違うの、違うの!もっと普通でいいの〜!」 「・・・クッ、俺はちゃんと言ったぜ?お前は無しかよ?」 「・・・・・・おはよ」 の額に知盛の唇が触れた。 「ただな?今朝は、お前の着替えが必要だと思って・・・・・それだけはわかってくれよ?」 は、自分の状態を確認した。 (な、何も着てない!!!) 知盛を見上げる。 「昨夜寝る時に小袖がなくて、そのままって事」 「だ、だったら。いつも着ている着物の一番下だけでも着せてくれたって!」 「あれじゃ疲れるだろ。しかも、袴用の上だから短いぜ?」 「・・・・・・」 衾に潜りこむ。 「誰かが着替えを戸口に置いてくれたからな・・・・・・行かなくて済んだが・・・・・・」 知盛は勢いよく右手で衾を剥ぎ取った。 「着替えないとな?」 肘枕で知盛は、ニヤリとを眺めている。 「バカーーーーーーーーーッ!!!」 は知盛の手から衾をとると、知盛の頭にバサリと掛けた。 枕もとの籠から着替えの着物を掴み、急いで着替えた。 肩でぜいぜいと息をしながら、振り返って、知盛の前に座る。 「と、知盛も早く着替えなよ」 「・・・残念・・・・・・・・・」 知盛はゆっくりと自分に被せられた衾を取ると、着替えの籠を引き寄せた。 「直垂か・・・・・・」 知盛は、さっさと脱ぎ始めた。慌てる。 「な、何で脱ぐのよー!」 「脱がなきゃ着替えられないだろ?」 は、慌ててくるりと背を向けた。知盛の着替えの音がしている。 (さっき・・・・・・私の着替え、見ないでくれてたんだ・・・・・・・・・) が知盛に掛けた衾を、の着替えが終るまで、取らないままでいたのだ。 (どうしよう・・・・・・やっぱり知盛格好いいよぅ〜〜〜) 大切にされているなぁと思うと、嬉しくてまたもジタバタしそうだった。 「静かだな。腹でも減ったか?」 知盛の手が、の頭に乗せられる。 は、着替えが終ったと解釈し、振り返ると絶句した。 「と、とも・・・もり?」 「ん?今日は立てるのかよ?」 九郎と違って、上着を着崩した知盛の直垂姿は、あまりにセクシーでは動けなかった。 「た、立てる・・・・・・よ・・・」 は、立ち上がろうとしたが、着替えの時は立てたのに、立ち上がれなくなっていた。 「あ、あれ?」 かくんと膝から力が抜けて、知盛の方へ倒れこんでしまう。 「・・・クッ、待ってろ。ここへ持ってくるから」 を座らせ、知盛が立ち上がる。 「だ、駄目!や!絶対駄目!!!」 が首をぶんぶんと振りながら知盛の袴の裾を掴む。 「・・・駄目って、行かなきゃ食べられないんだぞ?」 知盛は、の前に屈むと、の頭を撫でる。 は知盛をみんなに見せたくなかったのだ。ここには下働きの女たちもいる。 昨晩宣言したとはいえ、この姿の知盛を見たらと思うと、心配で仕方がない。 「大丈夫だ。皆俺と『仲良く』してくれるんだろ?ここじゃ」 知盛は、の心配は、知盛に対する危害だと思ったようだ。 「そう・・・だけど・・・・・・」 「いい子にしてるんだな・・・・・・」 知盛はに口づけると、部屋から出て行った。 「ん、もう!コドモ扱いしたー!!」 は、知盛が出て行った戸を見つめていた。 「さて、誰に頼むかな・・・・・・」 八葉の誰かを探せば話が早いかと、甲板に出て見回した。 朔の方が知盛を見つけ、近づいてくる。 「起きられました?よくお似合いですよ」 知盛は、朔が着替えを用意してくれたのだと理解する。 「・・・あっ・・・・・・朔殿・・・だよな。すまなかった。それで・・・・・・」 知盛が、食事を頼もうとするより早く朔が話し出す。 「今日はの大好きなオムライスなんです。部屋へ私が運びます。だから、知盛殿は のところへ行って下さい。それと。すぐに私に会って頼めたからとに言わないと、 駄目ですからね?食事を届ける時には戸を叩きますから。よろしいですね?」 知盛は、朔の頭のよさと気づかいに感謝した。 「すまない・・・俺の分はいいから・・・・・・」 「あら!それではの機嫌が悪くなりますよ?」 「はぁ?」 何故知盛が朝餉を食べないと機嫌が悪くなるのだろう? 知盛が、わからんといった顔をしていたのだろう。 朔は、説明することにした。 「は、知盛殿に他の女性と仲良くして欲しくないんです。それと、の夢をご存知? なんでも、好きな人と向かい合ってご飯を頂きたいそうなんですよ?あと、言うまでもない でしょうけど。はこの世界の人ではありません。誰と多くの時間を過ごしたいか、おわ かりになりますでしょう?」 の夢がまだあったのかと思う反面、朔の言うことはもっともだ。 将臣と同じ世界から来たのだ。いつ決断をするのかは、まだわからないが。 「・・・わかった。いろいろと、世話をかける」 知盛は、軽く頭を下げた。 「いいえ。みんなが大好きなんです。を泣かせたら、全員が敵になりますわね?」 朔は、くすくすっと面白そうに笑うと、頭を下げて去っていった。 「戻るか・・・・・・」 知盛は踵を返し、が待つ部屋へ戻った。 「もう少ししたら、朔殿が運んでくれるそうだ」 知盛は、部屋の奥へ進みながらに告げる。 「朔に会ったの?」 「ああ」 「他には?」 「・・・誰にも会ってないぜ」 知盛は、がヤキモチなどないだろうと思っていた。 しかし、朔の読みに感心することになろうとは。 「なんだったかな・・・そうそう、“おむらいす”とか言ってたな」 「え!オムライスなの!嬉しいな〜。知盛も一緒に食べようね!」 またもや冷汗をかいた知盛。 朔以外の人に頼んでいたら、今日一日、の機嫌は直らなかったことだろう。 「朔殿は・・・頭がいいな・・・・・・」 「うん。お姉さんみたいなの。景時さんもね〜、頭が上がらないんだよ」 「そうか・・・・・・」 俺も上がらないとは言わないでおこうと知盛は思った。 上がらなくもないのだろうが、敵に回すとかなり面倒な相手だ。 とこうして過ごす事は出来なくなるだろう。 「譲くんはね、お料理が上手なの。今度は違うもの作ってもらおうかな〜」 はご機嫌だ。知盛は、を膝の上に乗せた。 「あと〜、景時さんはね。お兄ちゃんなの。癒し系かな〜。なんか面白いんだよ」 は指折り、数えだした。 「将臣くんは知ってるよね。敦盛さんも。九郎さんはね、真面目でブラコン」 「“ぶらこん”?」 「うん、鎌倉のお兄さんが大好きなの。弁慶さんは謎なんだよね〜〜〜。でも、薬をね、 配ったりしてて。優しい人だよ。リズ先生も謎だな〜。でも言ってることは正しいの。 やっぱり先生だね。人としても、剣も先生。ヒノエくんは熊野の別当さん。女の子みると 口説いてるよ。ホントは強くて、頭がいいのにチャラいんだ、普段は」 「“ちゃらい”?」 「みたまんま。フラフラ〜っと、遊び人って感じかなぁ?」 「・・・・・・それは、褒めてるのか?」 「あれ?」 知盛とは顔を見合わせ、ふき出した。 その時、扉を叩く音がした。 「朔殿だな・・・・・・」 知盛は、を降ろそうとした。 「や!朔と話したい!!」 やれやれと言わんばかりに、を抱き上げて戸口へ歩く。 「朔!」 が呼ぶと、戸が開いた。 「」 朔が、コラッという顔でを見る。 「?知盛殿にご迷惑をかけては駄目でしょう?」 「だ、だって・・・朔とお話したかったんだもん・・・・・・」 が見る見る小さくなる。 「申し訳ございません、知盛殿。中へ運ばせていただきますね?」 朔は、さっさと二人分の膳を運ぶ。 テキパキと辺りを片付けると、今度は別の用意を奥に運ぶ。 「知盛殿。お手数をおかけしますが、を此方へ座らせてくださいな」 土敷には、新しい褥が敷かれ、籠には衾他一式があった。 知盛は、を褥の上に座らせた。 「知盛殿はあちらをお使い下さい」 入ってすぐのところに、洗顔用の桶と手ぬぐいが用意されていた。 黙って朔の言う通りにする知盛。 「はこっち」 に顔を洗わせ、髪を整えてやる朔。 「朔〜〜〜」 「今日は・・・そうね。天気がいいから。午後にでも甲板に出れば景色がいいと思うわ」 朔はそれだけ言うと、余分なものを片付け、知盛へ向かいお辞儀をして出て行った。 (の操縦法が知りたいもんだな・・・・・・) 知盛は、鮮やかに去る朔に感心した。 「う〜〜〜、朔が冷たい」 知盛は、の傍へ行き、 「冷たいんじゃなくて。心配してくれてるんだ。ホラ、おむなんとか食べるんだろ?」 「そうだった!温かいうちに食べなきゃ卵がかわいそうなの。午後は朔と話せそうだし!」 途端に元気にになる。 知盛も、将臣を見つけて、いくつか質問しようと考えていた。 「いただきます!」 元気にオムライスを頬張る。 (ま、この様子なら、あと少し寝れば起きられそうだな・・・・・・) 知盛もオムライスを口に運ぶ。 「・・・・・・」 「駄目そう?」 が心配気な顔で知盛を見る。 「・・・・・・いや。悪くない」 実際、なんだっていいのだ。腹に入れば。 「よかった〜」 美味しそうに食べ続ける。 ───が笑っているなら、なんでもいいさ。夢も色々あるようだしな? 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あとがき:まだまだ吐けるな、砂(笑)振り回されていますな〜、知盛くん。 (2005.2.16サイト掲載)