欲しいモノあげるよ





 源氏と平家の戦いは、清盛の怨霊を封印することで幕を閉じた。
 後でわかったことだが、平家の武将の殆んどが怨霊だった。
 清盛の命を奪った流行病は、平家の他の人々をも死に至らしめていた。
 一門の総領たる清盛の死を隠すべく、復活させたのが今回の争乱の始まり。
 人ならざるものの力を使ってまで───
 復活した清盛は、その手に持つ黒龍の力を使い、次々と一族の者の魂を
呼び出し、人型と成した。

「こなくていいよって言ったのに・・・・・・」
 は知盛の気持ちを思い、清盛との対決を彼の目に触れないようにしたかった。
 しかし、知盛は舞台まで来てしまった。
「ハッ!父親だからって理由なら、心配には及ばないぜ?」
 知盛は、消えてゆく暗雲を見つめつづけていた。
「一族の間違いの・・・・・・最後は・・・見届けないとな・・・・・・」
 は、そっと知盛の左手に自分の右手を重ねる。
 握り返してはくれなかったが、振り払われることもなかった。



 空に青さが戻ると、そこには白い龍と黒い龍がいた。
 まるで舞いを舞うかのように絡まり合い、応龍となる。

 は知盛から離れ、舞台の端まで行く。
 空からゆっくりと応龍となった白龍が舞い降りてきた。
「神子の願いは何?」

(私の願いは・・・・・・)

先輩!」
 が振り返ると、譲が近くまで来ていた。
「もとの世界に、帰らなくていいんですか?」
「・・・あ、そ、そうだよね・・・・・・」
 譲の言う通りだ。
 そのためにたちは、慣れないこの世界で頑張ってきたのだから。
「この世界を見守ってくれるかな?平和が続きますようにって」
「叶えよう」
 応龍はさらに問う。
「神子、他の望みは?」

(どうしよう、私が帰らないと、将臣くんも譲くんも帰れなくなる───)

「俺さ、こっち残るわ。色々世話になったからさ、何かしたいんだ」
 の後ろに、将臣が照れくさそうに頭に手をやりながら立っていた。
「しょうがないな、兄さんは。そうやって、いつもひとりで決めてしまうんだから」
 譲はやれやれとでもいうように、将臣の隣に並んでいた。
先輩、急いで結論だすことないですよ。・・・もうしばらく先輩に時間をくれないか?」
 譲は数歩前に歩むと、と応龍に提案した。
「そうしよう。神子も、それでいいか?」

 は、応龍に向かい大きく頷いた。こういう時、幼馴染はありがたい。
 本人より、自身をよくわかってくれている。
「ありがと・・・二人とも・・・・・・」
 涙が頬を伝う。 
「何もしてね〜けど。感謝されるのは悪くないな!譲!」
 将臣は譲の背中を景気よく叩く。
「はぁ〜〜。兄さん、もう少し空気読めよ・・・・・・」
 譲は、少々無神経な将臣に辟易していた。
 将臣がいない間、とともに行動してきたのは譲だ。
 譲はが好きだ。
 ずっと見ていたから、が誰を好きなのか、嫌でもわかっていた。

「神子っ!!!」
 小さな姿に戻った白龍が、に駆け寄って来た。
「神子っ!願いが決まるまで、神子といるね」
 元気よくに飛びついた。
「は、白龍!?どうして小さくなっちゃったの?」
 白龍は、きょとんとしながら、
「大きな応龍の姿では、神子といられないよ?」
「そ、そうじゃなくて。あの・・・熊野で大きくなったよね?力が戻ったって」
 は、白龍の力が無くなってしまったのかと慌てて白龍を抱き上げる。
「神子が、かわいいって言ってくれるから・・・・・・」
「は?」
「この姿の時は、神子と一緒に寝られるし。かわいいと言ってくれてたよ?」
 は、目の前がクラクラした。
 この龍神は、神様なのに『かわいい』が嬉しいらしい。
(そ、そういう問題なのかな・・・・・・あは、は・・・・・・)
「神子は、この姿キライ?」
 小首を傾げる白龍の姿を見て、嫌いと言える人間はいないだろう。
「大好きだよ!」
 は、白龍に頬擦りをする。
「うん。私が神子を守るからね!」
(やっぱり私が守られるんだ)
 は、小さな白龍の物言いに可笑しくなった。


「白龍!浜辺の方を手伝ってくれないかな?」
 譲がすかさず白龍に声をかけた。
「うん!頑張る!」
 白龍は、の手を離れ、譲の方へ走る。
 譲が右手を出すと、素直に手を繋いできた。
 そのまま左を向くと、まだ将臣は突っ立ったままだ。
「行くよ、兄さん。邪魔だって気づけよ・・・・・・」
 譲は、なおも何か言い出しそうな兄を止めるべく、将臣の肩に手を置く。
「な、なんだよ?!譲!」
「いいから!行くよ!!!」
 頼むから、誰かこの人を何とかしてくれ!と、譲は心から思った。
(とにかく、仲間の所へ連れて行くに限る!)
 譲は将臣の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張っていった。
 
 他の者たちは、もう気を利かせて浜辺にいた。
 いや、忙しくてそれどころではないというのが本当のところだ。
 九郎は、この後の始末をつけるべく、景時と共に兵たちに指示を出している。
 ヒノエも熊野水軍に、船の準備をさせているようだ。
 弁慶と朔は、怪我人の手当てをしている。
 この浜辺だけは、源氏も平氏もなく、怪我人は平等に手当てをされているようだ。
 敦盛とリズヴァーンは、平家の兵をまとめるべく、小隊に分けなおしている。
 大将が全員いなくなったのだ。統率がとれないのだろう。

 遠目に浜辺の様子を確認すると、譲は、
「兄さんもさ、平家の人たちのために、敦盛とすることあるんじゃない?」
「ああ。そうだな。敦盛はどこだ?知盛も・・・・・・」
「知盛さんはいいから!俺が手伝うから、行くよ!」
 本日何度目かわからない溜息をつきながら、今度こそ邪魔にならないようにと、
譲は将臣と白龍を引き連れて、浜辺へ歩みを進めた。



「お前はこれからどうするんだ?」
 知盛は、なんとなく舞台を後にする時機を外し、留まっていた。
「しばらくは、源氏と平氏が仲直りするように協力するよ・・・・・・」
「・・・そうか。まぁ、源氏の神子の腕前をみせてくれ・・・・・・」
 相変らず捻くれた言い方だ。
 は、そんなことより、ずっと気になっていたことを確認することにした。
「私の名前は『お前』じゃないよ?」
 は、知盛の鼻先へ指を突きつけた。
「知盛、生田で私の名前きいたよね?忘れたの?」
「ふん。“源氏の神子殿”とでも呼べば満足か?」
 軽く肩をすくめながら、知盛は名前など、どうでもいいような態度だ。
「『殿』をつけるとか、『神子』とかそういうことじゃないんだよ、私が言いたいのは!」
 
(また面白い事をいい出しやがる・・・・・・)
「・・・俺に、どうしろと言うんだ?面倒な女だよ、お前は」
 知盛は、の真意が掴めない。わざと『お前』と呼んでみる。
 だよ!私自身を示す名だよ。大切に呼んでよね!」
 代名詞でもなく、役職名でもなく、己自身を指し示すもの。
 は、名乗ったのに名前で呼ばれないことが気になっていたのだ。
「そうか」
 知盛の返事はそっけなかった。

(ちょっとー。ひどいんじゃない?その扱い!!!)
 は、なんだか腹が立つような、悲しいような、複雑な気持ちになった。

「クッ・・・俺を退屈から救ってくれるんじゃなかったのか?
 知盛は、の指を軽く掴んで、自分の鼻先からよけた。
(───今、名前呼ばれた・・・・・・)
 の指からは力が抜けていた。
「もう俺も名前で呼ばれているしな・・・」
 知盛は、彼女の指を離すと、今度は髪を手にとって遊んでいる。
「なぁに?気に入らないの?知盛って呼ぶの」
「いや、珍しいと思って」
「知盛殿とか、知盛様とか、新中納言殿とかがいい?ならそうするよ?」
 は知盛の顔を覗きこむように訊いた。
 そんな風に呼ぶつもりは、まったくないのだが。
「いきなり俺を呼び捨てにした女は、初めてだったな・・・・・・」
 知盛は髪を弄っていた手を離して、人差し指で軽くの眉間を突いた。
「な、なによ!文句言いたかったわけ?」
 は、両手で眉間を抑えながら慌てて反撃した。
「・・・・・・いや。悪くはないな」
 知盛は、笑っていた。

(こんな顔だって、出来るんじゃない───)
「わかればいいのよ」
 は、思いっきり踏ん反り返って返事をした。

 知盛は思い返すように、自分の顎に手を当てながら、
「有川のことは『将臣くん』って呼んでいたよな?」
「あ〜、それは・・・・・・。幼馴染だから習慣っていうか・・・・・・」
 は下を向いて、しどろもどろに返事をした。
 
(知らないふりして、案外しっかり聞いてる。変なトコ細かい!)
 は、呼び捨ては諦めねばならないかと身構える。

 さらに疑問を口にする知盛。
「他の奴等はどう呼んでいるんだ?」

(はぁ?!なんて事聞いてくるかな〜。何か言わなきゃ!)
 は、話の辻褄を合わせるべく、
「名前で呼んでるよ、仲間だもん。リズ先生だけは先生だけど」
「・・・・・・先生ねぇ・・・・・・」
 知盛は、の頭を撫でながら、顔を覗き込んだ。
 
(頭の上の手をなんとかしてぇ!耳真っ赤だよ、きっと!)
 出来ることなら、この場から脱兎の如く駆け出したい

「・・・・・・クッ、をみていると、退屈はしないな」
 知盛は、を面白いと思う自分が不思議だった。
 戦のときは、戦女神のように雄々しく、彼を魅了した。
 こうして話してみれば、意味不明の謎かけばかり。
「・・・悪くない、悪くないよ、
 知盛は、船上での仕返しを思いつく。の両頬を引っ張ることにした。
「・・・まぁ、顔は十人並みだがな」
 知盛の両手がに伸びた瞬間、彼女は勢いよく顔を上げる。
 知盛の仕返しは、空振りに終る。
「乙女になんてこと言うのよ!だいたいね、あなたが欲しかったものは・・・・・・」
 は、ここまで口にしてから後悔した。
(自分から言うなんて、私のバカっ!)

「何だよ、途中で止めるなよ・・・」
 知盛は、の顎に手をやり、上向かせる。
「そんなこと、自分で考えなさいよ!」
 なんだか悔しくて、は逃げようとした。
 が、右手を知盛の左手に掴まれ、失敗に終る。
「逃げるなよ、。どうやら、俺が欲しかったのはみたいだぜ?」
 とっくに知盛だって気がついていた。
 自分を退屈という名の偽物の世界から、現実へ引き上げた存在に。
 
 は嬉しかった。『気になる』のは『好き』の始まり。答えは簡単。
「欲しいモノ、あげるよ!」
 は知盛に抱きついた。
「これは、これは。随分と暴れん坊の姫君でいらっしゃる・・・・・・」
 知盛が、そのまま彼女を抱きしめようと、両手を伸ばした瞬間、
「なんかムカツクー!」
 という、謎の言葉と共に、にまた両頬を引っ張られていた。
 の瞳が、知盛を睨んでいる。

(退屈より厄介なモノを手に入れたようだ・・・な・・・・・・)
 知盛は、頬からの両手を取ると、を荷物のように担いだ。
「きゃっ!」
 の悲鳴も気にせず、知盛は歩き出した。
「煩いし、暴れるし。面倒な女だよ、は」
「こんなの嫌〜〜!どうせなら手ぇ繋ごうよぉ〜〜!!」
 まただ。とにかく主張が激しい。には敵わない。
 知盛は、肩からを下ろした。
「で?どうしたいんだ?」
「こうしたいの!」
 は勝手に知盛と手を繋いだ。
「皆のところに行こう?」
 手を繋いだままで歩き出す。

 知盛は、に振り回される日々を手に入れた。





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 あとがき:これで知盛くんとラブラブ展開が書けるぞっと!     (2005.2.5サイト掲載)




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