終わりから始めよう





 青い空の下で、と知盛は再び出逢った。いい天気なのに、周囲には戦っている人々。
 空や海が青いのは、水の粒子が光に反応するから。しかし、この海は青くはなかった───



 此処は現代では関門海峡がある所。平家蟹など、それなりに伝説は残っている。
 は、揺れる船上で反省していた。
(後は何かあったかなぁ。ちゃんと日本史を勉強しておけばよかったな)
 人間非常時には、どうでもいい事に思考を奪われるらしい。
 と知盛は向かい合っている。気を抜いたほうが敗れる。
(今は知盛と戦ってるんだった)
 は、刀を握りなおす。手は、じっとりと汗ばんできた。

「さあ、俺を楽しませてくれ」
 知盛は、両手に刀を構えた。
 戦った後の結末はわかっている。彼は勝敗に関係なく死ぬつもりだ。

(価値観違う人は、説得しにくいんだよね)
 は一歩踏み出した。
「戦う前に、少し話し合いましょう」
「クッ、無駄だ」

 知盛の考えは変らないようだ。ここで時間をとられては、この後の運命にかかわる。
 は、将臣を探し出し、清盛を止めなければならない。 
(全員助けてみせるんだから!龍神の神子をなめるなよ〜!)
 
 は、軽く息を吐くと、
「なら戦ってあげる。ただし、刀は要らないわ」
 刀を鞘に収める。知盛が望むのは、対等な勝負のはずだ。
「素手でやろうっていうのか?」
 知盛は構えていた刀を下げた。どうやら、話し合いの隙が出来たようだ。
「あなたを、退屈させなければ勝ち・・・っていうのはどうかな?」
「・・・・・・何を言ってるんだ?」
 知盛は、が突拍子も無い事を言い出したので呆れ顔だ。
「だって、戦いは『楽しい』から戦うんでしょ?」
 はわかっていた。彼は『楽しい』から戦うのではない。
 崩れ落ちてゆく、一族の栄華の果ての終末を見届けたいだけだ。
 この瞬間に自分を閉じ込めようとしている───
 死する事で、時間を止めようとしている───



「俺は・・・戦いの中でしか生きられない」
「戦いより楽しい事みつけてあげる。私と来るならね」
 ここは強気に限るだろう。
 は腰に手を当て、選択を知盛に委ねた。
(私は貴方に死んで欲しくない)

「源氏の神子の手伝いをしろというのか?」
「出来るわけないじゃない、この封印のチカラは神子にしかないんだし」
 は冷たい態度をとる。知盛は困惑顔だ。
「では、俺は何のためにオマエに着いて行くんだ?」
「それを今言ったら、もったいないもん!あなたの返事が先だよ。
戦いを諦めてくれるの?くれないの?」
 二人の間に沈黙が走る。
 傍からみれば、会話には聞こえないだろう。まるでかみ合っていない。
 
(ぴちぴちの女子高生がさぁ〜、あなたが気になるっていうのに)
 は、生田で初めて知盛に会った時のことを思い出していた。
(「気の強い女だ。美しい・・・と言ってもいいな」って言ったじゃない!)
 なんとも勝手な言い分だが、『美しい』といわれて嫌な人間もいないだろう。
(しかも、名前まで訊いたじゃない!・・・・・・あ!)

「クッ・・・・・・源氏の神子は、面白いな」
 ここまで来て、まだ知盛と駆け引きしようというのだ。
「俺と同類だと思ったが・・・・・・考え違いだったようだな?」
 時間が経つに連れ、知盛は戦いの最中だというのにどうでもよくなっていた。
(・・・もう・・・いい。この世も悪くなかったな)
 知盛は、一歩、二歩と船縁へと後退る。

「飛び込もうとしてるでしょ?なんだかなぁ〜。それって逃げるんだよね?」
 は喧嘩腰だ。戦わないのはいいが、死なれては意味がない。
「・・・クッ、楽しかったぜ、源氏の神子。じゃあな」
 もう面倒事はごめんだ。これ以上見るものも、得るものもないだろう。
 知盛は縁へ手をかけると、海へ身を投げる───


「だから、逃げないでって!」




 知盛は、しばらく自分に起きたことが理解出来なかった。
(なぜ生きている?・・・・・・空が・・・青いな・・・・・・)

「言ったでしょ、逃げないでって。言うこと聞かないからだよ!」
 知盛の目の前には、の顔があった。いや、が知盛を覗き込んでいるのだ。
 知盛は、船の甲板に寝かされていた。
「・・・俺は・・・いったい・・・・・・?」
 頭が痛い。しかし、身体は濡れていない。海から引き上げられたのではないようだ。
「ちょっとね!木箱を投げてみました。頭に命中って感じ?」
 知盛は、腕を上げて頭部を確認した。コブらしきものがある。
(こんなデカイ物ぶつけやがって。死ぬだろ?!)
 横に置いてある木箱を見つめながら、いくらなんでもこれは酷いと。
 文句のひとつも言わないことには、気がすまない。
 知盛が何か言うより早く、は知盛の額に手を当てながら、
「死ぬより楽しかったんじゃない?」
 は、知盛を気絶させておきながら、変らず態度が大きい。
「・・・・・・は?」
「だってさ〜、何か言いたそうだよ?知盛」
 
 そう、知盛は言いたいことが山ほどあった。あったハズだ。
 だが、よく考えてみれば、死んでいないからこそだ。
 の手が、彼の後頭部のコブのあたりを撫でた。
 癒しの力を使っているようだ。気持がいいと思う。
 知盛の死ぬ気は、一気にそがれてしまった。すべてが馬鹿馬鹿しくなってしまった。

「クッ・・・俺の負けだよ。源氏の神子」
 知盛は、そろりと身体を起こし、の頭を軽く叩く。
「最初から素直に言うこと聞けば、痛い思いしなかったのにね〜〜」
 は、知盛の両頬をつまみ、『うにぃ〜ん』と音がしそうなほど引っ張った。

「・・・・・・・・・・・・」
「何か言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・」
「言わないとこのままだよ?」
 心底楽しそうな顔をしたが、知盛の頬で遊んでいる。
 何か言うまで続けるであろう気配を察した知盛は、
「・・・わひゃったよ・・・」
 はようやく両手を離した。そのまま右手を差し出す。
「じゃ、仲直りしよ?」
 実に面白くない。面白くないのだが、知盛の顔は自然と笑っていた。
「・・・あぁ。仲直りだな」
 知盛は、の右手に手を重ねると、そのまま強引に引っ張った。
「きゃっ!」
 は知盛に倒れこむ。
「まぁ、油断はするもんじゃない」
 彼はを抱きとめると、そのまま額に軽く口付けた。
「な?源氏の神子殿?」
 ニヤリと笑うと、の腕を掴み、二人は一緒に立ち上がった。
「俺を楽しませてくれるんだろ?」
「もちろん!」
 今までの知盛は終わり。これからの知盛は次第。





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 あとがき:神子も知盛くんも、負けず嫌い同士ってことで     (2005.2.3サイト掲載)




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