title Promised day     page No. 003

「こんなに大きなパーティーだなんて・・・・・・」

 いつもの様に目覚めた。
 いつもの様にニクスの髪を整えた。
 いつもの様に仲間たちと朝食を食べた。
 違いはただひとつ。
 今日はニクスとの結婚の日だという事。
 仲間たちに見守られリースの教会で式を挙げた。
 移動したパーティー会場で目が眩んでしまったのだ。
 ニクスの理事長であり、篤志家であるという一面に。

「おめでとうございます、ニクスさん」
 誰もがにこやかにニクスに挨拶をする。
 ニクスの妻という立場のにも、それなりの
敬意を示してくれる。
 ただ、どこかでという人格を無視した
儀礼的なものに感じられ戸惑ってしまう。
 

(どうしましょう・・・ニクスさんに恥ずかしい思いをさせ
たりしてはいけないわ)


 学校というフィールドから一足飛びに大人である事を
要求されているのだ。
 どのように振る舞えばいいのかわからないが、まずは必死に
笑顔で挨拶を返す。
 その時ニクスが軽く片手を上げて、次に挨拶に来た人物の
挨拶の言葉を止めた。

「さて。そろそろ私たちは次の会場に移動しなくてはいけません。
ここにいらして下さった全員の方と挨拶をするべきところですが、
私たちは親しい友人たちを待たせておりますので、そろそろ失礼
させていただきますよ。後は秘書に任せてあります。何かござい
ましたら、何なりと申し付けて下さい。それでは」
 軽く会釈をしてからの手を取ると、素早く会場の
出口を目指して歩き出すニクス。
 一連の動作が優雅であったために誰もが騙されているが、よく
考えれば大変失礼である。
 仲間との語らいを優先するから、紹介のための会にはいられない
と、招待しておきながらそう言ったも同然なのだ。

「ニクスさん?その・・・私なら・・・・・・」
「どうしました?早く戻らないと、せっかくのジェイドのお料理が
冷めてしまいますよ。私は天ぷらをリクエストしたので、ぜひ
冷めないうちに戻りたいのですよ」
 に気を遣ってニクスが早めに予定を切り上げた事
などわかりきっている。
 ジェイドが天ぷらを先に揚げてしまうというのもありえない。
 彼ならば絶妙なタイミングで料理を並べるだろうからだ。

 喜びの日の今日。
 この場はニクスの優しさを素直に受け入れる事にした。

「私も今日はグラタンが食べたいですって言ったんです」
「おや、おや。もでしたか。それでは、今頃私の
リクエストよりも貴女のリクエストが優先されていそうですね」
 馬車に乗り込むと、すぐにを膝に抱えてキスをする。

「このまま隠してしまいたいくらいに綺麗ですよ、女王陛下」
「・・・その・・・女王陛下は止めて下さい。私は・・・・・・」
 真っ赤になって俯く。
 ただニクスといたい一心で戻ってきたのだ。
 女王と呼ばれると、女王本来の役目を放棄したことが思い出され
心臓の辺りがチクリと痛む。
「いいえ。私の女王陛下なのです。私のすべては貴女のために。宇宙の
アルカディアの女王など、私にとっては関係のない事ですよ?」
 確かに宇宙の新女王の出現を待ち望んでいた。
 タナトスに憑依されてからというもの、いつそれに精神を乗っ取られ
人々に危害を加えてしまうか憂いていた。
 アルカディアに女王は必要な存在ではあるが、タナトスが消滅した今、
人々の活力でよみがえる可能性もあるのだ。

(貴女がこの地に縛られる必要はないのです。もっとも・・・・・・
私だけの女王陛下と私が貴女を縛り付けてしまいそうですが)
 己の性格をよくわかっている。
 苦しさの中で目を開くと、いつもの眼差しがあった。

「この・・・温かい手は私だけに。いいですね?」
「ニクスさんにも・・・すっごく子供っポイところがあるって初めて
知りました」
 の手がニクスの頬に触れる。
「私は貴女の前でだけ本当の自分に戻れるのですよ」
「私は少しだけ背伸びがしたいです。ニクスさんの隣に似合うように」
 今日の式の後のパーティーでは、何も男性ばかりが挨拶に来たわけ
ではない。
 着飾ったご婦人方の中には妙齢の女性もおり、気後れした。
「おや?それは貴女らしくないですね。他人の目が気になりますか?」
 ニクスの穏やかな眼差しがの少しだけ重くなっていた
心を解放した。
「遠い未来にとって置く事にします。素敵なレディーになれるように」
 未来はまだ遠くにある。

(焦らずに頑張ればいいのよ!ニクスさんからすれば、私なんてコドモ
に違いないんだから)
 付け焼きよりも大切な事がある。
 そう決心した心は表情に見事に表れていた。

。私は貴女を子供と思った事などないですよ?」
 の良いところである前向きさ。
 最近ではくるくるとよく変わる表情に映し出される。
「やっ、やだ。どうして・・・・・・」
「私の大切な女王様の気持ちはわかるようにならなくては。貴女の願いは
何でも叶えたいのですから」
 再びキスをすると、
「今日からニクスさんのお嫁さん・・・・・・」
「ええ。そうですよ。少し派手目に登場するとしましょう。今日の主役は
私たちなのですからね」
 馬車から降りると、を抱き上げるニクス。
「あの・・・重いですから・・・・・・」
「羽のように・・・でしょうか?ヒュウガ。ドアをお願いしても?」
 振り返ればパーティー会場からそのまま警備をしながら着いてきていた
ヒュウガがいた。
「ああ。レインが先に大急ぎで戻っていたから・・・・・・」
 ヒュウガがドアに手をかけると、逆に扉が押された。


「おめでとう!もう待ちくたびれたぜ。ご覧の通り」
 恭しくレインが手で中の様子を指し示す。
 先に集まっている仲間や友人たちが、花弁のカゴを抱えて待ち受けていた。
「これは、これは。見知った顔ばかりというのはいいですね」
 花弁のシャワーの中を堂々と進むニクス。
 は両手で顔を隠しているが、耳がその表情を代わりに
仲間たちへ知らせてくれる。


「・・・・・・茹蛸って言葉を本で読んだんだ。海でしてみりゃ一発で
意味はわかったけど」
「さすがだね、レイン君。自分で確認をするなんてね。一瞬で真っ赤に
なっただろう?」
 レインとベルナールがニクスに抱えられているを見ながら
語り合う。
 どこか不安げな瞳をいつもしていた。
 この陽だまり邸で仲間たちと暮らすようになってからもそれは変わらなかった。
 変わったのはニクスの提案で始めた夕食会の後から。

「まあ・・・オレとしては負ける勝負には参加しない主義なんでね」
 ニクスがした提案と、その晩からが変わった理由など容易く
想像がつく。
「僕は・・・あの子が幸せならそれで。あんなに年相応の表情をするように
なったことの方が嬉しいかな」
 大人たちのなかで反抗などしたことのない子供だった。
 両親を亡くした不安定な自分の立場を知っていたのだろう。
 頭が良いからこそ自らの気持ちを閉じ込めた振る舞いを身につけてしまった。

「レイン。サボる暇があるなら他にも仕事がある。ベルナールは挨拶を任されて
いるのではないか?」
 ヒュウガが会場の壁際に立つ二人を迎えに来る。
 口調は厳しいが顔は笑っていた。
「料理を出す役なら買って出たいくらいだ!」
 レインが早足で会場の輪の中へ戻ってゆく。
「確かにそれはいい役だね。僕はの親族だからどうなのかな?」
 招かれた方なのだから接待する側にはなれはしない。
「ジェイドは人手が欲しそうだったが?」
「だっだら・・・・・・の料理を運ぶ役は僕がしたいね。とびきりの
笑顔が見られそうだ」
 ルネもその素性を偽ってこの陽だまり邸へ来ている。
 ヒュウガは警備の担当を外れるわけにはいかないのだ。
「そろそろ顔を見せてやってはどうだ?が探している」
 ニクスの袖を掴んだまま辺りを見回している様子が目に入る。
「もちろん!ただし・・・このメモを書き終えたらかな。記事にしたいからね」
 ニクスはアルカディアで有名人だ。
 あえて記事にすることでニクスの結婚を伝えつつ、その活動について広めたい。
「・・・オーブハンターの出番はまだまだありそうだ」
「もちろん。ボランティアなんだろう?オーブハンターは」
 人助けにお金をとるつもりなど無いのだろう。
 二人の馴れ初めの記事を連載する事が、オーブハンターに対する
一部の誤解を解くことにも繋がるだろう。
 ニクスの背に隠れたりしている姿が微笑ましい。

 必ず自分が戻れる居場所の存在。
 これからニクスと二人で築いていくだろう場所こそが陽だまり邸になる。



 君は安心できる居場所を見つけられたんだね?───






 2007.03.11
誰が主役なんでしょう。贔屓が出てしまう(笑)