title Give a sigh of relief     page No. 004


 ベッドから優しく呼ぶ声に振り返る。
「少し待ってて下さいね」
 タオルを手に取りベッドの上に正座をした。

「はい、手を出して下さい」
 ニクスは言われるままに手を出すと、の膝へ
敷かれたタオルの上で手のひらを丁寧に揉み解される。
「今日はお疲れ様でした。あんなに大きなパーティーだ
なんて思わなくて・・・・・・」
「本当に貴女は優しい人ですね。私ならば疲れてなど
いませんよ。貴女を正式に妻に出来た喜びの日ですから」
 やんわりとの手を握り締めると、すぐに
は耳まで赤くなる。
「だって・・・私、まだ礼儀作法も・・・・・・」
「今すぐではなくてもいい事は後でもいいのではないでしょうか。
学びたい、知りたいという気持ちさえあればどうにでもなるもの
ですよ。今でなくてはいけないのは・・・私はひとりでは休めない
のですよ。助けていただけますね?」
 ニクスの隣の場所を示され、頷いてその腕を枕に潜り込む。

「ふう・・・ようやく落ち着きました。こうしていつも通りが
一番ですね」
「やだ・・・ニクスさんも緊張するんですか?」
 大きく息を吐き出し、本当に今まで気を張っていたのだという
仕種のニクスに驚き、その頬へと手を添える。
「もちろんですよ。貴女がいないと、休める場所がないと言った
でしょう?私は今まで誰にも頼れはしなかった・・・・・・」
 タナトスに憑依されてしまったニクス。
 その生命の終わりは人と同じではない。
 友人たちとも徐々に距離を置かねば、老いない体の秘密を隠せ
なかったのだ。
「私がいますよ?だから・・・・・・」
「ええ。私にも夜が・・・休みの時が訪れるようになったのです。
ただ、あまりに安らかに眠らない日々が長かったものですから、
目を閉じるのが怖いのですよ」
 ニクスの腕がを引き寄せる。
「大丈夫。また明日の朝におはようって。二人で花壇にお水を
撒くんです。明日は何色のお花が咲くかな〜って」
「そうですね。また明日・・・・・・」
 不意に眠気が訪れ、そのまま心地よい眠りへと誘われた。





「うふふ。ニクスさんがまだ眠ってる」
 昨晩の言葉からして、ニクスにとっての眠るという行為は
どこか恐怖を感じるものだったらしい。
 普通は体を休める、いわば大切な休息の時間であるそれが
怖いというのは、には正直にいうと理解できない。
 それだけにニクスの恐怖は計り知れない。
 そのニクスが隣で眠っているのだ。
「髪・・・柔らかいから絡まっちゃう・・・・・・」
 起き上がってニクスの寝顔を覗き込みながら、その髪を梳いて
いると、
「何を悪戯しようとしているのですか?私の可愛い奥さんは」
「ひゃっ!起きて・・・・・・」
 手首を掴まれたが声を上げた。

「当然ですよ。私に黙って抜け出そうとしたでしょう?」
 を引き戻すと、抱きしめてその温もりを確認する。
「違います!だって・・・ニクスさんが眠ってるのが嬉しくって
・・・その・・・見ていようかなって」
 眠ることが普通ではなかったという事を、ニクスから話して
もらえたのが何より嬉しいのだ。 
「おや、おや。私の寝顔などつまらないですよ」
 二人の距離を縮めると、軽く唇を触れ合わせる。
「お花にお水・・・・・・」
「そうですね。その前に・・・もう一度」
 今度は、深く、深く唇を合わせた。





 誰もがニクスとを二人だけにしようと、
上手く距離を置く。
「あれだよな。ニクスの顔、どこか変わったよな〜」
 レインはヒュウガが用意した煎餅を齧り緑茶を飲みながら、
サルーンでの膝で寛ぐニクスについて述べる。
「そうだね。やわらかくなったかな。の魔法だね!」
 ジェイドも賛同し、夕食のメニューを書き付ける。
「いいことだ。常に緊張していては体がもたない」
 いかにも武人らしい考え方に、レインとジェイドが笑い出す。
「まあな。そういうのもあるだろうけど、安心できる場所って
ことだな。陽だまり邸の居心地も最高だし。もうしばらく居候
させてもらうとするかな」
 ジェイドが書いたサラダにアスパラの文字を見つけ、いらないと
仕種で伝える。
「ふう。好き嫌いは良くないからこれは入れるからね?」
 料理はバランスだ。
 ひとつの食材が減る事により全体の味が変わってしまう。
「ちぇっ。ま、いいさ。デザートはアップルパイにしてくれよ」
 勢いをつけてイスから立ち上がると、階段を上り自室へと
戻るレイン。
 以前と変わらぬ引き篭もりぶりだが、食事の時間には必ず顔を
出すようになった。
 
「レインも変わったよね。食事に降りて来ないこともあったのに。
仲間と過ごす時間というものを、とても大切にしている」
 ジェイドがヒュウガにスープのレシピを見せる。
「我々は時間の重さを知ったから・・・だからだろう」
 スープはヒュウガが担当するつもりらしく、ペンで丸をつけた。
「そうだね。だからこそ・・・二人のために美味しい食事を作ろう」
 二人が二人で過ごせるようにとは、あまりにわざとらしくて声に
出来ない。
 それでいて二人を祝福している気持ちは表したい。
 そんなジェイドらしい気遣いに満ちた言葉にヒュウガが黙って頷く。
「俺が買い出しに行こう。この食材は無かったと思う」
「ああ。お願いするよ。俺は仕込みをしないといけないからね」
 ジェイドとニクスが同時に席を立った。



 ニクスは仲間の動向に気を配りつつ、視線は
見つめたままだ。
「・・・
 愛称で呼んでもいいのだが、本来の名を正しく呼びたいと思う。
 ニクスにとって、名前に対する想いは深い。
「はい。・・・ピアノのレッスン・・・今日はまだですね」
 行儀作法のひとつというよりは、ニクスの奏でたあの美しい音に
憧れてピアノを習いたいと思ったのだ。
 毎日練習しなくては、とても演奏するという領域の音は出せはしない。
「ええ・・・そうでしたね。それでは、私の部屋へ行きましょう」
「はい」
 僅かな距離でも手を引かれて歩く。
 それはに安心を与えるが、どこか他人行儀だ。
 からニクスの手を握り締めると、軽く階段を数段
上へと駆け上がる。
「・・・・・・どうかしましたか?」
 積極的な女性と接したことがないわけではない。
 だが、は違う。
 意思は強いが奥ゆかしいタイプだ。
 問いかけに対し、答えが返るのを待つニクス。

「だって・・・ニクスさんの手に手を添えているだけより、この方が
一緒って気がしませんか?」
 首を傾げながらニクスを見つめる瞳の威力に、ニクスの方が完敗した。
「確かにそうですね。これからはエスコートの時以外はこうしましょう」
「はいっ!」
 鼻歌交じりでニクスの隣を歩く存在に、ニクスの方が癒される。

(手を繋ぐ・・・繋ぐのは手だけではありませんね)
 の言うとおり、何かがもっと近くなったと感じる。

「さあ。今日はどの曲にしますか?」
 のピアノの練習は、まったく弾けないわけではない。
 その日の気分で好きな曲を練習曲にしている。
「えっと・・・今日は何がいいかな・・・・・・」
 本棚に並ぶスコアブックの背表紙を眺め、月の文字を見つける。

「月の・・・光・・・・・・」
「いいですね。私も好きな曲ですよ」
 が真剣な表情でスコアを見ながら弾き始める。
 
(ニクスさんが好きな曲・・・頑張らなきゃ!)
 気合が入りすぎてしまい、常よりも肩に力が入る。
 そんな時に肩にふわりとニクスの手が置かれた。

「・・・あの・・・・・・」
「ええ。手を繋ぐのと・・・似たようなものでしょうか?それとも、
隣の方がよろしいでしょうか?」
 背後に立っていた人物のために、が座る位置を
ずらして場所をあける。
 すぐに隣にニクスが座った。

「さて。二人で音を奏でるとしましょうか?マドモアゼル」
「はい!」



 片肘を張らずに、いつもの貴女でいられるよう、
 私がお守りしましょう。
 だから───



「花壇を増やしましょうか?」
「うふふ。お庭の道がなくなっちゃうかも。次はどんなお花に
しましょうか?またお買い物にいきましょうね」
「そうですね。苗も植えてみたいのですよ」
 と花の種を買いに行った時に見かけていた。
「苗は早くお花が見たい時にいいですよね!」



 その花の様な笑顔を私のために咲かせて下さい。
 ───






 2007.06.10
大人なんですよ、ニクスさん。何気に甘え中ですが(笑)