title Weekend     page No. 009

 週末になると陽だまり邸に帰るという生活をしている。
 それはそれでもいいのだが、卒業まではまだまだかかる。
 
「お料理・・・なかなか上手にならないわ・・・・・・」
 寄宿舎で料理をそうそう練習することはできない。
 外出も門限があるので制限される。
 女学院というからには、それなりに花嫁修業の要素がある
授業もないわけではないが、料理は別だ。

「うぅ・・・何か・・・何かが足りない」
 よく母親が作ってくれたミートパイ。
 思い出しながら作るのだが、家庭料理には各々の家庭に
伝わるレシピがつきもの。
 残念ながらは伝授をされていない。
 よって、記憶を頼りに再現するのだが、いまひとつ
思い出の味とは違って感じる。
 今日もそろそろ各自の部屋へ戻らねばならない時間。
 調理室の使用時間は決められている。
 時計を見上げれば、片付けを始めないと週末帰宅の許可が
取り消されるペナルティーが科されてしまう頃合。

「兄さんも好きだと思うんだけど・・・・・・」
 まだ両親が健在の頃、ベルナールがの家へ
来たことがある。
 記憶が曖昧ではあるが、かなり有名な学校の入学試験に
受かった報告であった。
 よほど嬉しかったのだろう。
 ロバートが自ら連れて歩いていた。

「あの時、美味しいって食べていたと思うの」
 皿に残るミートパイを見つめる。
 子供たち用にと母親が作ってくれたミートパイ。
 近所の野原で遊んでもらった後に食べたパイは、とても
美味しく感じた。

「そうだ!もしかしたら・・・・・・」
 手際よく片付けを始めると、急いで自室へ戻って手紙を
書き始めた。





「ただいま〜」
「お帰りなさい、。何やら張り切っておいで
ですね?」
 週末の金曜日、が元気に陽だまり邸の玄関を
開けての第一声。
「はい。あのぅ・・・私宛に手紙が届いてなかったですか?」
 挨拶もそこそこに、邸の主であるニクスに尋ねる。
「ええ、届いていましたよ。すべていつものレターケースに」
「ありがとうございます!」
 くるとり向きを変えると、一目散に陽だまり邸の自室へと
駆け出した。

「・・・何だろうね?」
 ジェイドが肩を竦めながら紅茶のセットをニクスの前に
用意する。
「恐らく・・・何かお願いしていたものなのでしょう。
フルールの知り合いからの手紙のようでしたし」
「ああ。あの気のいいマダムから」
 に“おばちゃん”と呼べと言った、かつて
の近所の住人である婦人。
「ええ。楽しみな週末になりそうです」
「人が悪いなぁ、ニクスは。それに、毎週末楽しいから、
今週だけが特別じゃないけれどね」
 指定された茶葉はセイロンだ。
 が帰ってくる刻限に合わせて準備して
いたのだが、本人はサルーンを素通り。
「ミルクティーにしようと考えていたのですが」
「大丈夫。俺の予想では、紅茶の香りでおりてくるよ。
あと三分でスコーンも焼きあがるから」
 ジェイドはキッチンへ戻ってしまう。
 入れ替わるようにヒュウガも陽だまり邸へ帰宅し、
レインもティータイムの刻限だと部屋から出てきた。

「あれ?はまだ?」
「・・・着替えたらすぐに来ますよ」
 ティーポットの中で、紅茶の茶葉が揺れているだろう。
 のんびりとした手つきで温めていたカップを並べ
はじめるニクス。
 砂時計の砂がすべて落ちた瞬間に、階段に気配がする。

「わぁ!今日はミルクティーなんですね?」
 エルヴィンを連れたが指定席に座る。
「ええ。ジェイドがスコーンを焼いていたので。ディナーには
早すぎますし、こちらでお茶を楽しみましょう」
「賛成!甘いものが必要だなんだ、脳には」
 甘いもの好きのレインは待ちきれないのか、指を鳴らして
ジェイドが来る方角の扉を指差す。
 タイミングを計ったかのようにジェイドが現れた。

「お待たせ。クリームでもジャムでもお好きなものと
どうぞ。あえてプレーンだけにしたんだ」
 焼きたてスコーンの香りと紅茶の香りが漂うサルーン。
 はレシピについての相談を持ちかける
事にした。

「あの・・・私、ミートパイの練習をしたくて」
「・・・突然だな」
 何故ミートパイなのか。
 まずはそこから話しをする事になった。





 金曜日のディナーは、ベルナールの帰宅時間に
あわせられつつある。
 平日よりは少し遅めではあるが、新聞社から帰ってくる
ことを思えば、もう少し遅めにしてあげたいところだ。
 そうしないのは、逆にその人物に気遣わせてしまうから。
 彼抜きでのディナーはを気落ちさせる
だけだと仲間も心得ている。
 よって、電報がない時は少し遅めの夕食。
 電報があった時はいつも通りの夕食で、遅く帰る彼に
が夜食を作るのが定番。
 今日は残念ながら夜食コースのスケジュール。
 ところが、今週末に限ってはその方が都合がいい。
 何故ならば、は今日の夜食に作りたい
料理があるからだ。

「・・・と、いうわけなんです」
「具の中身の分量だろうな」
 まさに隠し味の部分の詳細がわからないのだ。
「おば様なら何か知っているかと思って、手紙を書いた
んです。だけど、パプリカとか、何でもだなんて」
 結局のところ、冷蔵庫の中の材料をすべて使っていた
らしいのだ。
 ただし、ポイントは具材の細かさと炒める時間。


 『とにかく何でも好き嫌いなく食べさせようとして工夫
 していたよ?料理を丁寧に作る人だったし』


「つまり、炒める順番なんだろうね」
「そう・・・ですね。赤ワインの銘柄がわかれば」
 仲間たちは真剣に考えてくれる。
 次々にヒントの欠片がみつかり、嬉しくなる。

「たぶん・・・ニンジンからかも。私、固いお野菜が
苦手だったし」
「それじゃ、バターで最初に丁寧に炒めるといいかな」
 ジェイドがすかさず適した順番を計算する。

「パパはそんなにお酒を飲んでいた風じゃなかった
から・・・高級なものじゃないと思うんです」
「でしたら、程よいものを使ってみましょうか」
 子供も食べる料理なのだから、肉に柔らかさと風合い
が加えられればいい。
 ニクスが蔵にあるワインリストの中から適した一品を
選ぶ。

「パイの形にも工夫があったのでは?」
「そういえば・・・家のパイはデニッシュみたいだった
かも。包んであるのではなく、こう・・・のせてるの」
 食べやすい形にしてあったと思い出す。

が好き嫌いなく、美味しく、楽しく
食べられるようにしてあっただけじゃん?」
 レインにすべての意見をまとめ上げらた。


「ママ・・・・・・」
 思わず涙が溢れてくる。
 今更ながら、とても大切にされていた自分を知る
ことになろうとは、思ってもみなかったから。


「さあさ!旦那様のお帰りまでには時間がありますが、
パイシートの準備を済ませておかないと、間に合わなく
なりますよ。ね?奥方様」
 ニクスが軽く手を叩いて、注意をひきつける。

「そう、そう。先に準備して、いくつか試してみようよ。
しか味をしらないんだから。たくさん
味見しないといけないよ。残りはレインが責任を持って
食べるから」
「残りって・・・別にいくらでも食えるけどな?
何なら夕飯にミートパイ尽くしだって構わないぜ?」
 に協力が出来るならばと、誰もが
進んで自らできることを提案してくれる。

「そんなにたくさん作れるかしら?」
「時間は十分ある。それに、生地を捏ねるのは貴女で
なくともいいのでは?」
 の瞳が輝きだす。


「皆さんに相談してよかった。兄さんが好きかもって
お料理を思い出せたのに同じものが作れなくて・・・
頑張らなきゃ」
「にゃん」
 エルヴィンまでもが返事をしたので、仲間が笑い出す。

「エルヴィン用は魚のパイか?」
 どこまでも真面目なヒュウガ。
「え〜〜〜っ!?猫にパイかよ?・・・つか、呼び名。
もとに戻ってるぜ?」
 レインにはエルヴィンから猫キックが見舞われた。
「や、やだ。いけない。練習しなきゃ」
 真っ赤になりながらも、口の中で呪文のように
唱えて練習を始める
 エルヴィンに蹴られたレインの事は忘れてしまった
らしい。


「そうですね・・・まずは私たちの分担を決めましょう。
すべてはそれからですよ」
 当主の仕切りでの思い出の一品作りが
始まった。




 2008.02.10
 突然記憶がよみがえり・・・なんて事があります。