title Meat pie of memories     page No. 010

 キッチンではジェイドが野菜などを切り刻む手伝い、
ヒュウガはパイ生地を捏ねる手伝いをしている。
 よって、サルーンで待機をしているのはニクス、それと
仕上がったミートパイ、時にアップルパイを頬張る
レインとなる。
 こちらの二人はベルナールを引き止める役目を
請負っていた。



「うわ〜〜〜、いい匂いがします」
 丁寧に、丁寧にニンジンを炒め、たまねぎを追加しと、
徐々に旨味が集まったところで肉を入れる。
 するとどうだろう。
 単純にまとめて炒めていた時とは香りすら違っている。

「いい感じに仕上がりそうだね。さっきのは確かに手早い
けれど、丁寧とは言えなかったかな」
 いつも通りに一度作られたミートパイ。
 出来栄えは悪くはないが、が言う処の
優しくて美味しい味には疑問だ。
 今度は先ほどの全員のアイデアをいかして作っている。
 一度アップルパイを作って手を休めたのは、切り替えの
ためと、お茶菓子用。
 続けて作ると勘が狂うから、あえて野菜スープも
このタイミングで作り置きをした。

「嬉しい〜〜〜。これなら兄さ・・・・・・」
。懐かしい料理だから、ついついそう呼んで
しまうのはわかるけれど。ベルナールだよ?」
 鼻先をつつかれ、またもが赤くなる。

「だって・・・これ・・・二人で食べたんです。それで、
あの時すっごく笑ってくれて・・・だから」
「貴女は貴女のままでいいと思う。彼はそんなに拘っては
いないだろう。貴女との思い出に繋がる料理が食べられる
のなら、尚更に」
 念の為ともう一回分の生地を捏ね終えたヒュウガ。
 冷蔵庫にそれをしまうとエプロンを外す。

「後は任せても?」
「もちろん!と料理をするのは楽しいからね」
 ここまてくればそう人手は必要としない。
 ベルナールの帰宅に備えて、第一報を早く知らせられるよう
ヒュウガは庭へと槍の修行をしに出て行った。

「ありがとうございました!」
 ヒュウガの背中を見送りながら、炒める手を止めは
しない
 
(今度は上手くいきそうだもの)

 フライパンの中で程よく炒められたパイの具材。
 ジェイドに味見を頼むと、目を丸くしてOKサイン。

「これはとても美味しく出来てるよ?も少し
食べてみて?」
 スプーンで差し出された一口分を口へ含み、丁寧に
咀嚼して味を比較する。

「これ!この甘味がある感じ!!!」
 飛び跳ねたいほどに嬉しいが、まだパイと合わせて
焼き上げていない。

「どうしよ〜〜〜、この味が近いと思うんです。でも、
パイと一緒になったらどうなんでしょう?」
「大丈夫。パイもヒュウガがとても丁寧に捏ねて仕上げて
くれたんだ。後は焼き加減だけど、俺がいるからね?
時間も温度も正確だよ」
 ジェイドが片目を閉じる。
「そうですよね。帰るまでに出来るといいな」
 パタパタと再び忙しげにキッチンで動き回りだした。





「あれ?こんな時間にまだ修行ですか?」
 いつもは中庭か、奥の森に近い庭で修行をしている
ヒュウガが、何故か花壇に近い庭で修行をしている。
 当然、正門から歩いてきた人物とは一番に出会う事になる。
「ああ。・・・今日は遅かったのだな」
「ええ。悪いニュースほど早く届けないといけない。
まだ瓦礫に埋もれている町があるから。早く人々が普通に
生活出来る様に、僕たちは知ってもらうことから始めないと
いけないですからね」
 なんとなく二人並んで歩き、玄関のポーチへたどり着く。
 ヒュウガが玄関でベルナールの帰宅を知らせた。



「お帰りなさい、ベルナール」
「よっ!」
 まずはお茶があるとサルーンに案内されて顔を出すと、
ニクスからすぐに紅茶が差し出され、レインはひたすら
アップルパイを食べているといったところに出くわす。
「・・・随分変わった時間にお茶会ですね?」
「ええ。レインがパイを食べたいと駄々をこねるものですから。
こうしてお茶会を開いていたところです」
 先にミートパイを食べ終えておいて正解だ。
 ベルナールはニクスの言葉を疑うことなく紅茶を一口
飲むと、息を吐き出しリラックスする。

「ここは本当に落ち着きますね。ところで、
まだ・・・・・・」
「もちろん旦那様の夜食を作るのに張り切ってキッチンに
おりますよ?何でも特製野菜スープをジェイドに教えて
もらうと、ディナーもそこそこに特訓中です」
 嘘は言っていない。
 野菜スープがメインではないだけだ。
「あはは!それは悪い事をしたかな。僕が遅いと
手を煩わせてしまう」
「そうじゃない。アイツ、ベルナールに食べて欲しくて
楽しそうだぜ?オレたちは味見担当」
 大きな口で最後のアップルパイの端を一息で放り込む。
「そうなら嬉しいんだけれど」
 出迎えがないのは少しばかり寂しい。
 そう考えていたところへが自らトレーを
もってサルーンへとやって来た。


「お帰りなさい!あの・・・お腹空いてますよね?」
「ただいま。そうだな、空きすぎてわからないくらいに」
 実際、食べ物を口にしたのは、遅くなった夕方の昼食が最後。
「あの・・・こっちでにします?それとも・・・・・・」
「お邪魔じゃなければこちらで、皆様のお茶会に参加しながら
がいいかな。一人でダイニングは寂しいからね」
 トレーに並ぶ食事を見れば、ベルナールの事を考えてか
軽食にしてくれている。
 別段、畏まって食べなくともいいものばかりだ。
「じゃ・・・ここにしますね。えっと・・・・・・」
 ベルナールの前に料理をセッティングすると、隣に座る。
 遅れてサルーンに来たジェイドが、新たに作ったのであろう
クッキーを並べた皿をテーブルの中央へ置いた。

「では、ベルナールは夕食を、我々はお茶会といたしましょう」
 ヒュウガが着替えて戻ったのを合図に、それぞれが自由に
食事と会話を始めた。



「どうしたの?に・・・ベルナール?」
 野菜スープは普通に飲んでいた。
 サラダも食べていた。
 ミートパイを食べた時からベルナールが無口になった。

「これはが?」
「そう。上手に焼けたの」
 時間も温度も正確に、パリッと仕上がった。
 想像以上の出来栄えだったが、が味見をする
時間はなかった。
 そこだけが不安でベルナールの表情を窺う。

 ベルナールの手がの手を掴み、その手を
じっくり確認する。

「火傷もナシ。少し・・・赤くなってるけど、これは火傷
じゃない。・・・とても頑張ってしまったようだね?
どれぐらい練習したの?はこれの作り方を覚えて
いる年じゃなかったよね」

 いつもながらベルナールの洞察力には感心する。
 ニクスの目が一瞬見開かれた。

「あの・・・これ・・・・・・」
「うん。の家のミートパイの味。パプリカを入れる
所為か、少し違うんだよ。お菓子のような仕上がりで。
この味は・・・覚えてるよ。うん。驚いたな」
 フォークを置いて、片手で掴んで食べだすベルナール。
 手の方が断然美味しい。

「えっと・・・私も思い出しただけで・・・あの・・・
みんなに手伝ってもらって出来たの。だから無理はしてなくて。
良かった・・・・・・」
 安心したのだろう。
 ようやくジェイドが焼いたクッキーに手を伸ばした。


「さて。これで我々もミートパイがいただけますね」
「すぐに用意してくるよ。王子様も認めたなら間違いない。
のお家の魔法のレシピの完成だ」
 ジェイドがキッチンへ仲間の分のミートパイを取りに行く。


「・・・あはははは。それでこの時間にお茶会を?」
「ええ。次はコーヒーを飲みながら、まだまだ深夜まで
語っていただきますよ?お二人のままごとの話しでも何でも」
「ええっ?!や、やだ。そんなの覚えてません!」
 ニクスに誘導されないよう、慌てて顔を背ける


「そうか・・・じゃあ僕が覚えている限りの事を。
さしずめ僕がにプロポーズされた時の事からが
いいのかな?ね?。確か・・・
決めたんだったよね?私が花嫁さんになってあげるって」
「きゃーーーーーっ!!!知りませんっ、そんなの」
 エルヴィンを抱えて一目散に二階へと駆け上がって
行ってしまった

「おや、おや。お部屋に入れなくなっても知りませんよ?」
「大丈夫ですよ。ドアの前に座り込めば、僕の身体を
心配してすぐに開けてくれますから。それより、この懐かしい
味をもう一度食べられるなんて。これは僕が小さなお姫様に
出会った時の思い出の味なんですよ」



 花冠を作ってくれたあの日の。
 始めは真っ赤になって木の後ろに隠れていた君が、
僕のために花冠を作ってくれた。
 両親に大切にされていた頃の君の笑顔に繋がる
大切な思い出の味───



「幸せって増えるんですね」
「もちろん!」
 ジェイドが胸を叩いて請け負う。

「皆で幸せの味をいただくとしましょうか。すぐに姫君も
下りてくるでしょう」
 ニクスの言葉通り、も懐かしの
ミートパイを食べたかったのだろう。
 階下の様子を窺いながら再びお茶会に参加した。



 少しだけタイムスリップをしたある週末の出来事。




 2008.07.21
 かなり間があいてしまいました。ひと騒動完結です(笑)