title wedding night     page No. 005

  パーティーも終わり、各自部屋へ戻って事件が起きた。
「なっ・・・・・・」

 の隣の部屋がベルナールの部屋。
 それは間違いない。
 問題は、着替えの時まであったはずの部屋を分ける壁の
一部が消えた。

「・・・いつの間に」
 壁があったはずの場所に近づくと、そのドアをノックする。
 しばらくの間の後、向こうから扉が開かれた。

「こんばんは、
「こっ・・・こんばんは」
 どうやら慌てているらしいの様子に、今夜はこのまま
部屋へ戻ろうとしたのだが、
「あの!あの!」
「どうしたんだい?そんなに慌てて」
 出来るだけ平静を装い、話の続きを促がす。


「寝る場所がないんです」
 の言葉に、ベルナールの思考が停止した。





「あ〜っと・・・その・・・・・・」
「寝室が・・・ベッドが消えちゃったの!」
 着替えようとパジャマを探すべく寝室へ入ったらしい。
 そこには今朝まであったはずのベッドがなかったのだと言う。

「兄さん!泥棒さんだと思います?どうしよう。ニクスさんに
早く言わなきゃ」
「ちょっと待った!・・・その必要はないのかも」
 ベルナールが一度自分の部屋の寝室へ入る。
 もその後ろを着いて行くと、答えはすぐに出た。


「きゃっ!」
「これは・・・どうしたものかな」
 ベルナールのベッドも消えている。
 ただし、代替品のキングサイズのベッドが用意されているのが
の部屋との違いだろう。

「こういう時は・・・がここを使うといいよ」
「・・・兄さんは?」
 動揺している所為か、呼び名が戻ってしまっているのにも
気がまわらないらしい。
 そんなに、これ以上の気遣いはさせたくない。
「僕は・・・そうだな。ソファーもあるし。そういうのは慣れて
いるんだ。締め切り前なんて、会社のソファーで寝ているしね」
 シャツのボタンを外すと、ソファーに転がるベルナール。

「ダメよ、そんなの。あの・・・ここじゃ疲れるし、風邪をひいて
しまうもの。だから・・・向こうに・・・・・・そのぅ、パパと
ママも一緒だったから・・・・・・」
 ソファーの脇へ座り込み、ベルナールを説得にかかる。
「ねぇ?聞いているの?兄さん!風邪ひいちゃう」
 すっかり寝るつもりらしいベルナールの目蓋は開かれない。
 必死に身体を揺すって起こそうとする
 二人の攻防がしばし続いた。



「・・・降参だ!だから、自分の部屋で支度をしてからこっちへ
おいで?僕も支度をするから」
 起き上がってソファーに座りなおす。
 案外頑固なは、このままでは朝までここで
ベルナールを起こそうとするだろう。
 それこそ風邪をひかせてしまう。

(・・・こういう事は、後できっちり・・・ね)
 ニクスの配慮とレインのアイデアだろうと想像がつく。
 壁は絵でいつものように見えていただけなのだろう。
 も平日は学校の寮生活なのだから、この一週間の
間に改装され、パーティーの間に絵が取り除かれるだけ。
 種明かしが必要なほどのトリックは存在していない。

「はい!パジャマに着替えたら来ますね」
 最初の照れはどこへやら、ベルナールの身を案じる事で忘れて
しまったらしい。
 ドレスの裾を翻して自室へ戻る



「僕の方がツライか・・・なぁ?」
 もう小さなではない。
 幼い時に両親と死別し、その後はベルナールと共に成長したのも
束の間で、その後は女子寮暮らし。
 見た目と精神の成長バランスが合っていない。
 考えてみれば結婚後の初めての晩に、別々に休むのも変な話だ。
 ただし、それは世間一般のこと。

「シャワーでも浴びるか」
 立ち上がると、何年ぶりかに間近で見られるだろう
寝顔を想像する。


(おチビさんなんかじゃないよ。一人の女性としてみてるよ)
 どうしていいかわからず、つい昔と同じ態度をとってしまうのは
照れ隠しだ。
 それがには大人の余裕とやらに見えるのだとしても、
直せないでいる。



「ふぅ〜。女の子は時間がかかるもんだよな」
 先に寝ているのはが臆して寝られなくなるだろう。
 ベルナールはソファーで本を広げて読み始めた。



「あのぅ・・・兄さん?お仕事の本?」
 ウサギのぬいぐるみを抱えたが、パジャマ姿で立っていた。
「ごめんよ。これは・・・仕事じゃないよ」
 本を閉じてテーブルへ置くと、手招きする。
 素直に近づいてきたを、そのまま抱きしめた。

「ところで・・・僕の奥さんは、僕をどう呼ばないといけないんだったかな?」
 質問のようでいて質問ではない問いかけに、がウサギで
顔を隠した。
「ごめ・・・なさい・・・・・・」
「怒ってるんじゃないからね?そうだな・・・二人の時は練習しようか?」
 やんわりとウサギを顔の前から取り除く。
「さあ。呼んでみて?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ベルナール」
 たっぷり間が空き、小さな声で呟くように呼ばれた。
「あはは!よく出来ました。今日は疲れただろう?もう寝よう」
 そのまま抱き上げると、寝室へとを運ぶ。
 静かにベッドへ下ろして寝かせると、ベルナールも隣に潜り込む。
「おやすみ」
 ルームランプのみの薄暗い部屋。
 それでも、相手の顔は見ようと思えば見えなくもない。

「・・・ベルナール」
「ん?」
 ベルナールのパジャマを掴む
「あの・・・お医者さんを目指してるの。だから・・・知らないわけじゃないの。
だから・・・その・・・・・・だから・・・・・・」
 ベルナールの手が動き、大きな手のひらがの髪を梳いた。
「いいんだよ?知っているというのは知識だ。知識だけでは身体は
動かない。
走り方を知っているからといって、誰もが早く走れはしないのと同じ
だよ。は何も気にしなくていい。いつか・・・僕とそうなりたいと
心から思って、体もついてきたならその時に・・・ね。心配しないで、
おやすみ」
 わざとらしく離れていたのが原因かと、腕を伸ばして
抱き寄せた。

「ここまでは許して欲しいかな?ウサギもいる事だしね」
 二人の間には、が幼いころから大切にしていたウサギの
ぬいぐるみがある。
「はい。おやすみなさい・・・・・・」
 息を一度大きく吐き出すと、胸の支えが取れたのか小さな欠伸を
してから眠りについた
 眺めるくらいの褒美が欲しいベルナールは、呼吸音で眠りの深さを探る。
 


 ほどなくが眠った頃にそろりと目を開く。
 余程くたびれたのだろう。
 口を小さく開いている寝顔は、幼い頃の面影が重なる。
「まさか・・・自分の贈り物が番人になるとはね」

 が大切にしているウサギのぬいぐるみは、ベルナールの
贈り物だ。バイト代で買った誕生日の贈り物。
 そんなに高い品ではないのに、とても大切にされているのだろう。
 ほころびが繕われながら、まだと共にあるそれ。

「負けないからな?」
 ウサギに勝負を挑まねばならない。
 


 ウサギよりも近くに───



 あまりにささやかな願い。
 ウサギの額辺りを指で弾く。
(僕が家を出てからもといたんだろうけれど・・・・・・)
 確かにを騙すように家を出てしまった。
 忘れられても、恨まれても仕方がないと思っている。
 だが───


「お前が証拠なんだよな。複雑・・・・・・」
 に大切にされていたウサギこそがベルナールとの繋がりを
示す証拠なのだ。
「これからよろしくな?相棒」
 ウサギに挨拶をしてからベルナールは再び瞳を閉じる。
 腕には愛しい存在の温もり。
 体を休ませるための睡眠とは違う、どこか心地よい眠りに誘われた。



 今宵、夢の中でも会えますように───






 2007.03.11
 ライバルはウサギ?!そんなオチってどうでしょう(笑)