title 今日からは     page No. 003

「いってきます」
 ベルナールは頭を下げ、は仲間へ手を振る。
 二人の姿を見送ってからの仲間たちの行動は、実に素早かった。



 ウォードンまで入籍の書類を出しに行くのだ。
 残念ながら普段着のままだが、この世界の状態を考えれば仕方がない。
「あの・・・帰りに、皆さんにお土産を買いたいです」
「そうだね。何がいいかな」
 結局何にするか決まらないうちに首都へついてしまった。
 目的の役所へ着くと、書類を提出する。
 今、この瞬間から二人は夫婦だ。

「おめでとうございます」
「ありがとう」
 係の言葉に、余裕で受け答えするベルナール。
 一方のは真っ赤になって俯き加減。
 以後、ベルナールのベストの後ろを掴んで着いて歩くだけになっていた。


。そろそろ新聞社だよ?写真を撮ってもらおう」
「は、はい。その・・・・・・」
 新聞社のビルの入り口で、ベルナールはを抱き寄せた。
「ごめん。きっと、色々と夢があったんだろうけど。今は何も出来なくて」
 結婚式も、誓いの言葉もない、二人の始まりの日。
 確かに、ここまで何もないのはひどいと思うが、を奪われ
たくはないのだ。
 それだけのために、先に結婚の事実を急いてしまったことを悔いた。
「ちっ・・・ちがっ・・・・・・その・・・・・・」
「遠慮なんてしなくていいんだ。言いたいことがあれば・・・・・・」
 の顔が上がるかと思っていたのに、は言葉も
なくベルナールへと倒れこんだ。
?!」
 そのままを抱えて新聞社へと駆け込んだ。



 は、応接室のソファーへ寝かされていた。
 記者たちの仮眠室もあるが、ベルナールがそこへ寝かせたがらな
かったのだ。
 曰く、には相応しくないらしい。
 仲間達も、ベルナールも普段使っているだろうにと笑いを堪えるのに
必死。
 そんな時に、の目蓋が開かれた。

?大丈夫かい?」
 ベルナール以外なら問題はなかったのだ。
 が、目覚めて最初に視界にあったのはベルナールの顔である。
「きゃあ!!!」
 真っ赤になって毛布に潜り込む。
 誰もがその場で息を飲んだ。

「・・・?」
「ごっ、ごめんなさい。その・・・写真までには・・・・・・」
 とはいえ、どう考えても新聞社の中だろう。
 明らかに動揺しているのために、写真を頼んでいた仲間へ
手で今は無理という仕種をしてみせるベルナール。
「少し・・・待っててくれるかい?飲み物を持ってくるよ」
 一人にする時間が必要だろうと、応接室を後にした。


「どうしよぅ・・・恥ずかしくて死にそう・・・・・・誰か・・・・・・」
 仲間の顔が思い浮かぶ。
 ベルナールが見られないのだから、頼れる先はオーブハンターの
仲間達しかない。
 書類にサインをする時には考えていなかったのだ。
 それがどういうことなのかということについて───



?冷たいオレンジジュースにしたんだけど・・・飲めそうかい?」
 ノックの後にベルナールが入ってきた。
 今度こそ言わなければ、さすがに優しいベルナールも怒るだろうと、
身体が硬く緊張してしまう。
 顔まで被っていた毛布を持つ手が震えてしまっていた。

「・・・そのままでいいよ。その・・・気分が悪いんじゃなければいいんだ。
身体の具合は大丈夫かい?」
 やや距離を置いて声をかけると、毛布が僅かに動く。
「そう・・・なら安心した。ここへ飲み物、置いておくから。僕は来たついで
に少し仕事をしてくるよ」
 ベルナールの足音が遠ざかる。

 慌てて起き上がると、
「待って!あの・・・ごめんなさいっ」
?」
「私・・・わかってなかったの。こんなに何にも出来ないのに、お嫁さん
なんて。ど・・・どうしようって。隣にいるのが恥ずかしくて・・・・・・」
 ベルナールの目が見開かれ、静かに首を左右に振られた。
「だとしたら・・・僕の方が悪い。正直、君を誰にも奪われたくなくて、焦り
すぎていたんじゃないかって。反省していたところなんだ・・・・・・」
 ドアの前で額へ手を当てて、言葉を選びながらベルナールが寂しげに
微笑む。
「ごめんよ、。貧血するほど緊張させてしまって」
「兄さんが謝ることじゃないの!私が・・・兄さんが旦那様なんだって
思ったら、意識しすぎっていうか・・・その・・・なんだかよくわからなく
なって」
 駆け寄ってきたを腕に閉じ込めると、わざと鼓動を聞かせる。
「ほら・・・僕もね、平気な顔してるけど、ココはこんな状態」
「ほんとだぁ・・・・・・」
 安心したのか、瞳を閉じてその音に聞き入っている


。聞いて欲しいんだ。僕が急ぎすぎてしまったことは事実だ。
それはもう過ぎてしまったことで、取り返せない、けれど、人の数だけ、
夫婦の数だけ色々な生活があっても不思議じゃない。僕たちは、
僕たちの速度で進もう?」
「はい・・・・・・もう、大丈夫です」
 大きく頷いたのを確認してから、を解放する。

「それじゃ、飲み物を飲んだら出発だ。さっき電報が届いてね。急いで
帰らないと、主役がいなくてもパーティーをはじめてしまうそうだよ?」
「えっ?!それって・・・・・・」
 ベルナールが軽く片目を閉じた。
「君の仲間たちの仕業さ!さあ、早いとこ写真を撮って帰らないと」
 ベルナールが額へ口づけると、両手で隠すように額を押さえる
「変わってないね?は。呼んでくるからここで待っていて」
 踵を返して部屋を出て行くベルナールを見送る。

「変わっていないのは・・・兄さんの方・・・・・・」
 いつもが寂しくないよう、大切にしてくれた。
 安心できる笑顔だったのに、たった一枚の書類によって変えられて
しまった。
「兄さんが・・・旦那様・・・・・・きゃっ!」
 幼い時のままごとではなく、現実にそうなのだ。
 再び熱を持ち始めた頬に手を当てて、冷ましながらベルナールの
戻りを待った。





 写真を撮り終えると、写真を撮ってくれた新聞社の仲間たちまで
招待されているらしい。
「俺たちは別に行くから。出来るだけ早くな?少し遅れそうとは伝言して
おく」
「ありがとう!お土産を買いたいからね」
 手を振って仲間を見送り、急いで街中へ繰り出す。

「え〜っと・・・・・・ニクスさんには紅茶・・・ストロベリーティーかしら。
レインはリンゴにしよう!リンゴでスイーツを・・・ジェイドさんには・・・
粉砂糖のセット。ヒュウガさんは・・・点心の材料・・・・・・」
 に言われるままに土産を買う。
「すごいね。皆の好みも知ってるんだ?」
「はい!夕食会をいつもしてもらって・・・皆さんとお話してたら自然に
わかったの」
 の品物を選ぶ手が止まった。


「・・・あの・・・兄さんは何が好き?」


 いくら何でも、幼い時の好みをそのままとも思いがたい。
 コーヒーが好きなのはわかったが、食事ともなれば話は別。


「それを僕に聞くのかい?」


 軽く首を傾げ、質問には答えてもらえない。
「ごめんなさい・・・兄さんの好きなお料理から練習しようかなって・・・・・・」
 俯くの肩へ手を置くと、
「そういう意味じゃなくてさ。何が好きかという質問には、っていう
答えしかないからね。お料理なら、お料理って言ってもらわないと、
全部答えが同じになるかな?」
 軽くウインクをされた瞬間に、の頭からは湯気が噴出した。
「あの、あの・・・えっと・・・はい。そのぅ・・・お料理についてです。
質問・・・・・・」
 反応が可愛くて、ついついかまいたくなるが、あまり悪戯が過ぎ
ては負担になる。
 引き際を心得てか、買い物が済んだの手を引きながら歩き
出すベルナール。

「そうだなぁ・・・僕は案外、簡単なものが好きかな」
「簡単って?」
 二人で帰る帰り道は、おしゃべりには絶好の機会だ。
「仕事柄、そうのんびり食べている時間がなかったんだ。サンドイッチ
とか片手ですぐに食べられるものが多かったしね。それ以外だと・・・
なんだろう?」
 確かに、以前ランチに誘われた時もそうだった。

 
(体を大切にしてもらわなきゃ!)


「色々作れるように頑張りますね!だから・・・気に入ったのがあったら
・・・教えて下さい。そういう順番もありですよね?」
「あはははは!そうだね、そういうのは楽しそうだ。それよりも!」
 の鼻先へ人差し指をあてる。

「さっきから僕のこと、兄さんになっているけど?」
「えっ・・・・・・ああっ!!!」
 気を抜くと、呼び名が戻ってしまうのだ。
 せっかく朝までは覚えていたというのに、また頑張らねばならない。

「出来るだけ早めに呼び方を変えてもらえると嬉しいかな。可愛い
奥さんに兄さんって呼ばれるのは、少し残念だからね?」
「はい・・・ベルナールさん・・・・・・」
「ん?聞えないな〜〜〜」
 の手を引いて、半歩先を歩む人は聞えないフリをした。


「ベルナール・・・・・・」
「なんだい?」
 小声で呼んだつもりが、返事が直ぐにきた。
 明らかに先ほどは聞えないフリだとわかる。


「兄さんのイジワル!!!」


 に背中を叩かれても痛くはない。
 またも「兄さん」という枷を外させることが出来なかったことにガッカリ
するベルナール。
 けれど、今日は結婚の記念日だ。

「そうだなぁ〜。帰り道に練習しながら帰ろうか?パーティーの時に、
兄さんていうのは格好がつかないかな」
「ああっ!」
 策にはめられた気がしないでもないが、確かに夫を兄と呼ぶのは変だ。


「ベルナール・・・・・・」
「うん」


 何度も繰り返される儀式の様なそれは、通り過ぎる人々にとっては
初々しい恋人同士の遣り取りに見える。



 もう直ぐ仲間が待つ陽だまり邸だ。
 暖かい出迎えまであとわずか───






 2006.10.15
 脱、「兄さん」が目標!アンジェの初々しさが好き