紅蓮   





紅蓮って・・・・・・どうして紅蓮なのかな?
くれないの・・・ハスの花ってことだよね?
紅い蓮の花が炎に見えたとか?

炎なら・・・曼珠沙華の方が、焔が燃え立つように見えるよね───





「知盛〜〜、遊びに来たよ!あのね、途中で真っ赤な花が咲いてて・・・・・・」
 小さな足音を立てながら、先導の女房の案内もすっとばしで知盛の部屋へ飛び込む事が出来る人物はひとりしかいない。
 そして、常にだらしなく肘枕で寝転がっているのもこの部屋にはひとりしかいない。

 軽く手を上げるとを呼び寄せ、仰向けになりながらの手首を引く知盛。
 そのまま自然と抱き合う姿勢になる。
「・・・クッ・・・女童のような事を・・・・・・遊びに・・・ではなく・・・・・・」
 の頭を押さえつけるように抱きしめると、その耳元へ囁く。


「抱かれに・・・の、間違いだろう?」


 もなれたもので、少しも慌てず騒がず返事をする。
 知盛のたわごとを聞かない器用な耳を持ち、強引に話を進めてしまう、さらに上を行く我ままぶりを発揮。
「何でもいいんだけどぉ。あのね、今日はお散歩しながら来たの。そうしたら真っ赤な彼岸花が向こうの塀からずぅ〜っと
あってね?あれって・・・・・・」
「ああ・・・・・・曼珠沙華か。あれは・・・人を悪から遠ざける意味がある・・・・・・」
 にかわされて興味が失せたのか、知盛が動く気配はない。

「・・・一緒に見に行こうよ!何だかね・・・・・・」
 かつて知盛に景時の住む京邸に火を放たれたのは、だけがもつ記憶だ。
 知盛はもちろん、八葉の仲間にも無いだけの消えない、消せない思い出───


「・・・本来は天上界の花だったらしいが・・・・・・人間の欲であのような紅に染まったのかもな」
 知盛らしからぬ悟りを啓いた物言いに、の目が見開かれる。
「あんなにザクザク斬りたがりの知盛っぽくナイこと言っちゃって〜。・・・熱でもある?」
 “血の宴”とまで言った男の言葉とは思えずに、が手のひらを知盛の額へあてる。


「熱・・・ないね?」
 あまりに単純なの行動。
 だが、それこそがの美点であり、知盛が好ましいと思っているところでもある。
「・・・クッ、クッ、クッ。そう人を・・・奇異扱いするなよ・・・・・・お前が曼珠沙華の話をするとは・・・・・・
あれは毒を持つから食うなよ?」
 念の為に注意を促がす。
 飢饉の時に食べたという記録が朝廷にもあったが、同時に素人には扱えない毒であり薬にもなるのだ。
 だからこそいたるところに植えられ、見かける花。


「そんなに何でも口に入れないよ。ね〜、ね〜。私、他の色は見たことないよ。知盛はある?」
 知盛ならば、天上界の花といわれる曼珠沙華の別の色を見たことがあるのだろうかと尋ねる。
「いや・・・経典には法華経が説かれる時に天から降る天上界の紅い花とある。他は俺も見たことは無い・・・・・・」
「なんだ。だったら、空にあるのはたくさんあって、地上にあるのは赤だけにしたんだよ。赤ってお祝いの色だもんね。あの
花のカタチも火が燃えているみたいに見えるよね?ぴよよ〜んって周りに飛び出してるのとかが。他の色だったらどんな風に
感じるのかな〜。想像だけだと無理だよね」
 の言葉はそう難しくない。難しいのはの発想の方だ。
 言葉は単純でも、色々な想像をしないとついていけない。
 またも知盛が笑い出す。


「クッ・・・飛び出す・・・か。そうだな・・・・・・焔に見えなくもない」
「でしょ?そう、そう。それでさっき思ったの。紅蓮っていうじゃない?紅い蓮より彼岸花の方がファイヤーしてるよね」
 時々は難解な言葉も飛び出すが、大抵がたちの世界の言葉だ。
 意味さえ教えられれば、こちらは解決するものばかり。

「・・・ふぁいやーとは?」
「あっ!あの・・・火がね、よぉ〜く燃えている感じ。こう・・・メラメラって」
 手で火が燃え立つ感じをして見せる
 燃えたモノが灰になり、舞い上がる様でも言いたいのだろうと解釈し頷いてみせると、安心したのかが再び話を続ける。

「で、思ったの。紅い蓮っていうのも無いよね?濃い桃色くらいで。火が燃えているような蓮なんて見たことないよ?」
「紅蓮は紅蓮地獄の意味だ。蓮ではなく蓮華・・・・・・紫の方が近い色だな・・・・・・八寒地獄の七番目は、皮膚が爛れ
落ちて流血する色にも似た・・・・・・」
 が両手で知盛の口を塞ぐ。
「もっ・・・もうイイ。なんか、それ以上聞くと眠れない気がしてきた」
「面白い冗談だな・・・・・・」
 源平の大戦を潜り抜けてきたとは思えぬ弱気なの様子を訝しむ。
「あのね、こう・・・想像だけでしかわかんない系は夢に出てきそうで、なが〜く気持ち悪いから嫌なの。お散歩行こう?」
 起き上がろうと動いたの反動を利用して、知盛がを組み伏せた。


「・・・お散歩って言ったんですけど」
「行くとは言っていない・・・・・・」
 あっさりの胸元を寛げると、散歩どころか知盛の思惑通りの体勢が整いつつある。

「どうしてこうなっちゃうかなあ・・・・・・」
「・・・したいから」
 何をしたいのか言わないところがいかにもである。

「・・・・・・・・・・・・ふぅ。いいよ。今日は涼しいからさ・・・・・・そのかわり、お泊りするからね?」
 諦めたが知盛の両耳を引いた。
「クッ・・・もとより帰すつもりもない」
 の唇に軽く唇を合わせると、顔を反らされてしまう。

「明日になったら帰るよ?明日は朔と約束してるんだもん。知盛の相手は出来ないの」

 から知盛を尋ねてきたからといって、の優先順位は知盛に重きを置かれている様子は無い。
 が、ここは大人の駆け引きというものだろう。
 の明日の予定に興味がないふりをして、続きのコトに及んでその日は暮れて終わった。







 数年後、知盛がの世界へ来て半年が経つ九月のある日。
 知盛が暮らすマンションを週末に訪ねてくるのがの日課。
「知盛〜!あのね、明日のデートは植物園にしよう?見せたいものがあるんだ〜〜〜」
 玄関を開けると同時に靴を脱ぎながら声を張り上げる
 部屋の主がいると信じているから出来ることである。

「・・・植物・・・・・・水族館とやらは止めたのか?」
 ソファーで顔に本を開いてのせて昼寝をしていた人物が、片手で本を閉じながら返事をした。
「うん!ちょっと思い出したことがあって、調べたの。だ・か・ら!植物園に変更しよ?知盛だって、まだちゃんと決めて
ないでしょ?」
 知盛が閉じた本は、が知盛の部屋へ置いていった情報誌だ。
 たまには遠くの水族館へドライブしながら行きたいと、がわざわざページに印までつけた本。
 開かれたのはさっきで、土曜日の予定を考える前に寝ていただろう事は予想済み。
「・・・クッ・・・畏まりましたよ、姫君」
 伸ばした知盛の手を無視して、が知盛の腹の上にどっかりと座る。

「ね、今日はね?いいことしてあげる。私が豪華な夕食を作って、そのままお泊り。明日の土曜日は朝から一緒ね?」
 体を揺らしながら、知盛の様子を窺っている
 お世辞にも上手とは言いがたいの手料理となれば───

「夕餉の他が・・・重要だな・・・・・・」
 が張り切ると、余計に心配なのだがそこは言わないでおく。

「もぉ〜〜〜。仕方ないなぁ・・・先にコレあげるよ」
 学校の鞄から取り出したのは、いかにもが描いたらしいハガキサイズのカード。
 手渡されるままに黙読する知盛。



 『お誕生日おめでとう、知盛。何かあげたいけど、知盛は何でも買えちゃうし、興味なさそうだから。様の一日ご奉仕
  券にしま〜す!土曜日、誕生日だって覚えてた?様の時間をあげる。超豪華プレゼントだよvvv』



「・・・クッ・・・ご奉仕・・・ねぇ?」
 奉仕を依頼出来るならばともかく、の場合、依頼を選択、もしくは却下しそうで素直に喜べない。
 けれど、好都合であるにはある一枚の紙。
「なによぅ・・・文句ある?嬉しくない?」
「いや・・・ぜひ使わせていただくぜ?この・・・ご奉仕券とやらを」
 が拒否できないよう話の流れを作ればいいだけのこと。
 なんとも便利で都合がよい紙切れだ。

「それで?・・・これは・・・いつの一日だ?」
「えっ?誕生日に決まってるでしょ。明日だよ、明日。ただね、明日はデートしたいから手料理は今夜。明日はさ、新しく
出来たお店に行ってみようよ。夕ご飯の話なんだけどね。それで・・・・・・あの・・・そのぅ・・・・・・」
 の財布では知盛の酒代が出ない。食事だけならば問題ないのだが───

「そう気にする事はない・・・・・・姫君の財布は必要ない」
「やだ〜!まるまる知盛じゃ誕生日の意味ないもん」
 なりに安いながらもコースを予約していたのだ。
 ケーキは食べないかもしれないが、誕生日だからせめて小さなモノをとまで考えて。
「意味はある・・・・・・お前が祝ってくれるのだから・・・・・・好きなように決めておけ」
 
 相変わらずの態度である。
 知盛はデートのプランを決めてくれない。
 から行きたい場所を言わないと、知盛の部屋で一日が終わってしまうのだ。
 それでも、行きたいと言えば連れて行ってくれるという、なんともややこしい性格をしているのが知盛だ。
 知盛なりに精一杯に合わせてくれているのだろうと、最大良い方に解釈をする事にしていた。

「じゃ、そ〜しよっと。予約しておくね。後はぁ・・・水族館は日曜日にして・・・・・・」
 土曜日と日曜日の両日ともに出かけるつもりらしい

(残念だが・・・日曜日はないな・・・・・・)
 携帯を片手に明日の予定を段取り中のには、知盛の口元が笑っていたことは見えていなかった。





 たいした料理ではないが、が和食を作るのはかなり大変である。
 その大変な料理は食べるのにはそう時間がかかるわけもなく、リビングで寛ぐ時間の方が長い。
 知盛が好きなコーヒーをブラックで用意し、のコーヒーにはチョコレートを入れた。
「はい!」
 知盛にマグカップを手渡して隣に座る。
「ね、明日はさ・・・ココに行きたいの。その後はどうする?」
 朝から出かけられると思っているらしい
「さあ・・・適当」
「何それ!もう少し行きたいトコとか、したいコトないの?」
「別に・・・・・・」
 レジャーというものに興味を示さない知盛には慣れたつもりでいたが、誕生日ぐらい何かないかと思う。

「・・・いいよ。テキトーにカフェとかで、おなかちゃぷちゃぷになるまでコーヒー飲めばね」
 やけっぱち気味に言い捨てると、軽く舌を出して風呂場へ向かう
 知盛の家に来た時は、家の中の事を出来るだけしてるのだ。
 の後姿を見送りながら、その視線は獲物を狙う野生動物のような知盛。

(日付というものは・・・0時からなんだぜ?)
 一日券ならば、今夜から有効なはずだ。
 知盛は知盛で、上手く時間を潰させるために知恵を絞っていた。





 知盛が何も決め無い事がお気に召さなかったらしく、は知盛と背中合わせで雑誌をめくっている。

「・・・・・・・・・・・・何?」
 十分に間をおいてからのそっけない返事に、知盛が前屈をするとが反り返ってそのままラグの上に崩れた。

「・・・・・・痛いんですケド」
 知盛を見上げて睨みつける
 知盛は軽く目頭を上げただけで涼しい顔だ。
 片腕でを抱えると、一気に膝の上に座らせた。


「そう・・・冷たい態度をとるなよ・・・・・・この世界で俺はひとりきりなんだぜ?」
 困った時のキメ台詞だ。
 知盛にとってはどこで生活しようが変わらないのだが、は負い目があるらしい。
 後は少しだけ寂しげに視線を落とすだけでいい。

「・・・ごめん。だって・・・知盛がしたいコトいわないのが悪いんだよ?それじゃ全部退屈みたいじゃない」
 知盛の首にきゅっとしがみ付く
 またもは知盛の表情を見逃していた。
 明日までの残り時間を計算しながら時間を過ごす男の表情を───


がいればいいと・・・いったはずだが?」


 軽く知盛の項にキスすると、
「変な人。なんだかとってもお手軽だよ、ソレ。お風呂入ろう?」
 すっかり機嫌が直ったは、笑いながら知盛の瞳を覗き込む。
「・・・もちろん一緒だな?」
「なんだか嫌って言えない雰囲気。・・・いいよ、そろそろ準備できてる」


 ただいまの時間、午後十時。日付変更線までの二時間が勝負だ。
(風呂で仕掛けるには・・・早すぎるな・・・・・・)
 すべてを程よくのペースが一番いいらしいと判断すると、寝室へ向かった。







「知盛〜?茹だるよ・・・・・・」
 を湯船で抱えたまま離さない。
「・・・これだけぬるいんだ・・・問題ない・・・・・・」
 の希望により入浴剤を入れたが、泡も無くなりかけているほど長く入浴している。
 はじめは引き伸ばしのつもりだったが、浮力との体温が心地よいと感じてしまったために離せない。
「・・・指がふにゃふにゃだよぅ」
 指先に皺が寄っている。手を眺めていると、知盛に手首を掴まれ指を食べられた。
「なっ・・・・・・美味しくないよ、指は」
 指など食べるくらいなら、風呂から出して欲しいのだ。


「・・・クッ・・・どこなら・・・美味い?」


 瞬時にが水面で手を上下させる。
 あたり一面水浸しで、知盛も頃合だとその手を離した。

「ばかーーーーっ!!!そういう・・・そういう・・・もういいっ!!!」
 風呂から飛び出す
 口では怒っているようだが、耳が赤い。
 そのままさっさと上がってしまった。



「・・・ふぅ・・・・・・まぁ・・・嫌がってはいないな」
 雫が零れる前髪をかきあげ、知盛も風呂から上がった。





 バスタオル一枚の姿で、知盛に背を向けて髪を乾かしている
 かなり慌てて飛び出したらしく、バスローブを着ていない。
 想定外の出来事だが、悪くは無い。
 音を立ててソファーへ座り込むと、が髪を乾かす様子を眺めていた。






「ん!・・・使いなよ。風邪ひくよ」
 使い終えたドライヤーとブラシを知盛の前へ突き出す
「面倒・・・・・・」
 手を上げることすらしない知盛。はなから受け取る気はないらしい。
 懲りずにが再度つきだす。
「髪が濡れてると風邪ひくってば。はい」
 何でも面倒というが、が来ない平日は自分でしているハズだと考えている。
 使い方がわからないという事はなだろうと、言葉なくもう一度つきだす。

「いつもの・・・・・・」
 軽く首を振るうだけで、そっぽを向く。

「〜〜〜〜〜〜!!!我ままオトコっ!待ってて。何か着てくるから」
 パジャマを取りに行こうとする
 知盛がの手首を掴んで阻止する。
「何?」
「乾かさないと・・・風邪をひくのだろう?」
「だから。そのために・・・・・・」
 手首を離させようとするが、しっかりと掴まれてしまっている。

「今すぐだ」

 知盛の言葉に、は空いている方の手を思い切り振り上げて降ろした。
「もう、もう、もう!ほ〜んっとに我ままオトコっ。いいよ、座って」
 ようやく自由になった手にドライヤーとブラシを握ると、知盛の髪を乾かし始める。

「どうして・・・こう素直じゃないのかな?乾かして下さいって言えばいいのに」
 知盛の頭上でが文句を言いながら乾かしている。
 その声の振動すら心地よいと感じてしまうのだ。
 聞えないフリを決め込むと、が手で知盛の髪の乾きを確認する感触を楽しんだ。



「終わり〜!サラサラだよ〜。いいよね、知盛の髪」
 風呂での出来事をもう忘れてしまったのか、軽く知盛の髪へキスをする。
「シャンプーもおんなじなのにね〜。知盛だと違う気がするぅ」
 手にとっては髪を落として遊ぶと、微かに音がする程にサラサラなのだ。
「んふふ〜ん!明日はデートだっ。寝よ?」
 ドライヤーを片付けている。

「・・・クッ・・・賛成」
 静かに立ち上がると、の背後の位置を取る。
「早めに寝ないと・・・起きられないからな?」
「そ!植物園はちょっと遠いから」
 


 時計の針は、0時になっていた。







 朝日が射しこむ寝室。
 ただし、は眠っている。
 知盛の腕で眠る様子を眺めてから、時計へと視線を移す。

(八時・・・か・・・・・・)
 着替えて食事の支度をすべきだろう。
 十時前には家を出ないと、植物園は遠い。そして、夕食の時間は決まっているのだ。

(どうせなら・・・時間をすべて贈って欲しかったな?)
 行き先と予定が決められている知盛の誕生日。
 と過ごすことには賛成だが、過ごし方は知盛が思う最上級のものではない。
 しかも、一日奉仕券の効果を三分の一使用済みである。

「起きるか・・・・・・」
 静かに腕を引き抜くと、の肩が出ているのを直してやりベッドから起き上がる。

「姫君には・・・・・・今朝は洋食だな」
 が好きなマフィンが買ってある。
 いかにもなブレックファストの用意が整えられつつあった。





・・・・・・」
「・・・・・・んぅ・・・・・・・・・・・・」
 髪に触れると、モグラのように被っているものに潜り込む
「起きろ。出かけなくてもいいのか?」
 の機嫌を損ねない程度に、そのなだらかなラインにそって手を滑らせると、反応がある。

「・・・・・・なん・・・じ?」
「そろそろ九時近い」

「ん・・・九時・・・・・・くじぃ〜?!開園十時だよっ!!!」
 被っているものを蹴り上げるように飛び起きる
「ど〜して起こしてくれないの!?」
「今・・・起こしている。メシを食ったら出かけるぞ」
 軽くの唇を掠め取ると、知盛はベッドから立ち上がり先に食卓へと移動していた。





「もうすぐだね〜。・・・もう、お昼になっちゃうよ」
 窓の外の風景を眺めながら、知盛運転の車でドライブを楽しむ
 風がさらりと気持ちがいい。
 目的は二つある。
 ひとつはの過去との決別。もうひとつは、新しい始まりのため。

(曼珠沙華には・・・・・・花言葉、たくさんあるから)

 こちらの世界へ来て、夏休みに思い立ったのだ。
 知盛の誕生日を祝うために、こっそりバイトもした。
 そして、誕生花を調べたのだ。
 九月二十三日の誕生花は曼珠沙華だった。
 他の花もあったが、はこの花しかないと思っている。
 かつて、知盛と散歩に行けなかった時に話した記憶が蘇る。


 『天から降る天上界の紅い花』


(そう・・・これは、私と知盛のために決まっていた事なんだ・・・きっと)
 隣で車を運転している知盛の横顔を見つめてみる。

(どうして・・・この人はあっさり向こうの世界を捨てられたのだろう・・・・・・)





 知盛とお互いの住いである邸を通い合う仲でもよかった。
 けれど、すべてが終わった後に留まる理由は無い。
 かぐや姫のようにある日突然姿を消すのがいいと、壇ノ浦から一年目の日に神泉苑から帰ろうとした。
 その時、知盛がの前に現れたのだ。

「昨夜の・・・名残を捨てていかれるか・・・・・・神子殿・・・・・・」
 知盛の指は、によってつけられた口づけの痕に触れている。
「気づいてたんだ・・・嫌がらせだったのに。それがあれば・・・しばらくは女の人のトコ行けないでしょ?」
 の足は既に地に着いていない。水面に浮かぶ光の上にいるのだから。
「・・・クッ・・・行けるぜ?試してみるか?」
 が目を見開いた瞬間、知盛がに向かって飛び込んできた。


「・・・ほら・・・出来ただろう?」
 を抱きしめているのは知盛の腕だ。
「馬鹿・・・お持ち帰りしちゃうんだから」
「好きにするがいいさ。俺も・・・好きにさせてもらう」





「知盛って、お馬鹿さんだよね〜。何があるかわかんないのに」
 の視線を感じていただろうに、まったく見向きもしないで運転を続けている知盛が、初めて余所見をする。
「さあ・・・馬鹿と言われる覚えはないが・・・な・・・・・・」
 視線を前方へ戻しつつ、しばし会話もないまま車を走らせ続ける。
 目的地の外観が目の端に捕らえられる距離になっていた。





 入り口で園内の案内図パンフレットをもらうと、早速広げて目当てのエリアを確認する
 行きたい場所はたったひとつなのだが、せつかくココまで来たのだからコース順にまわるつもりでいる。
「東南アジアエリア〜とかあるんだね。蘭ってどんなのだろ〜。高いんでしょ?」
 ホンモノを目にするような場所に住んでいないのだから、初物づくしだ。
「すべて・・・花と木。それだけだ」
「うわ〜。趣の時代の人とは思えない発言だよ」
 平安から鎌倉期までといえば、女流文学も華々しく、紫式部に清少納言は嫌でも覚えさせられる。
「いとをかし〜って時代の人でしょ?知盛って。それなのに・・・花と木ってひとくくりってさ〜」
 文に花をつけて、季節を楽しみをしていたのだろうかとあやしむ
「・・・クッ・・・文の遣り取りするほど暇じゃなかったさ。いくぞ」
 手を繋いで園内を歩き始めた。





 の目的の花まであと少しだ。
(知盛は覚えてるかな・・・・・・)
 天上界の花の話をした、同じ季節のあの日を───

 少しだけ緊張を走らせながら歩を進める
 手を繋いでいるからには、知盛にもその変化は伝わっていた。



「・・・あれだ・・・ほんとに白い・・・・・・・・・・・・」
 の探していたものは曼珠沙華だ。ただし、問題は花の色。
「これのために?」
 知盛も初めてお目にかかる白い曼珠沙華の花。
 説明書きが記されている小さなプレートを読む。

「白花曼珠沙華・・・か・・・・・・白があったんだな」

 白は高潔な色。
 何色にも染まらない高潔さを保つモノ。
 知盛にとって、こそが白であり───

「赤も悪くないがな」
「うん。赤も好きなんだけどね・・・自分で確認したかったの。赤って楽しい色だから」
 白い花は今日限りと考えての行動だとは言えないのだ。

(曼珠沙華の花言葉は二つあるんだよ?ひとつは・・・悲しき思い出・・・・・・)
 白い花にこの意味を封じるため。
 知盛に火を放たれた思い出と、壇ノ浦での出来事を封じたかった。

(もう・・・死なせないもの・・・・・・)
 知盛の手を強く握り締める。

「・・・どうした?」
「うん。白・・・綺麗だね。でもさ、やっぱり私は赤がいいかな。赤って・・・・・・」
 知盛がを抱きしめた。



「何を考えてここへ俺を連れてきたかは知らないか・・・ファイヤーでいいんじゃないのか?」
「覚えてたの!?」
 額へキスされ、知盛を見上げたままの

「ああ。・・・クッ・・・なんだ、その顔は。に関して忘れたものはない・・・・・・」
 何事も無かったように手を繋ぎ直すと、再び順路を歩き始める。
 知盛に手を引かれるままに歩けば、いわゆる彼岸花と呼ばれている紅い曼珠沙華が咲いている一画だ。



「あのね。誕生日には誕生日の花っていうのがあって。知盛の誕生花は曼珠沙華なんだよ?」
「ほう・・・この花が・・・・・・」
 見れば見るほど焔と見紛う紅い花。
「うん。でね、花には花言葉があるの。それがね、この花は陽気な気分なんだって。楽しいって事だよね」
 今のと知盛だと信じたいのだ。
 少なくともは毎日が楽しい。
 けれど、知盛に楽しいかを確認したことなどない。半分は怖くて出来ないでいる。
 すべてを捨てさせただけの価値ある日々かなど尋ねられない。


 知盛が軽く肩を竦める。
とでは・・騒々しいの間違いだろうな・・・・・・」
「ひどーーーい!何よぅ、楽しいって言いなさいよ!!!」
 振り上げた拳を知盛を叩く事無く降ろした。


「お誕生日おめでとう、知盛。それでね・・・あのぅ・・・コレ、もらって?」
 ごそごそとバッグから取り出された小さな包みを受け取る知盛。
 中にはバングルタイプのプレスレットが入っていた。
 確かに知盛はアクセサリーを好んで身につけている。
 のプレゼントというなら悪くはないのだが、ある事に気づく。


「コレは・・・ひとつだけ買ったのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・どうして?」
「いや・・・ここが・・・・・・対になっているのだろう?」
 ブレスレットに書かれている文字は半分だと思われる。
「ぎゃっ!そんなの見てなかった!!!あっ・・・・・・」
 慌てて口を手で塞ぐが、時すでに遅し。
 知盛の口の端が僅かに上がっているのだ。
「ほう・・・そういう事か。ならば・・・・・・有り難く頂戴するか」
 すぐに身につけてくれるとは思わなかったとしてはとても嬉しい。
 けれど、ブレスレットを選んだ意味にも気づいて欲しいのだ。

「ね!どうしてブレスか聞かないの?」
「・・・クッ・・・馬鹿らしい。こんなもの無くとものものだ。安心しろ」
 手錠の様にみえなくもないバングルは、それだけが知盛を欲している証しなのだ。



「お前の・・・紅蓮の焔に焼き尽くされてもいいと・・・そう思ったからここにいる」



「そういう事は、もっと早く言ってくれればいいのにぃ。これから知盛の誕生日は全部私が祝うんだからね?」
 の頬を涙が伝う。
「だったら・・・お前はこの俺でいいのか?」
「えっ・・・・・・」
 突然何を言い出すのだろうと、意味がわからないでいると、
「お前が所望した知盛は・・・俺でいいのかと訊いているんだが?」
 今度こその涙は止まり、その目は見開かれたままとなる。

「まあ・・・どうでもいい事だがな・・・・・・」
 先へ進むもうとすると、その背をに掴まれ引き止められる。

「私がいま掴んでる知盛だよ。私が探していたのは・・・・・・私を好きって言ってくれる知盛だけなんだから!」
 最後は大声で叫んだため、周囲の客が一斉に二人を振り返る。


「・・・クッ・・・よくもまあ・・・目立つことがお好きなようだな?」
 どこにいようとも知盛の視線を惹きつける存在。
 時に炎の様に激しく、巻き込まれてしまう。

(焼き尽くせと・・・・・・まだ解っていない様だが・・・・・・)
 知盛のすべてはに委ねたと宣言しているつもりなのだが、どうにもは不安らしい。
 今回の贈り物にしても、ブレスレットである意味がすぐにわかる程に。

「知盛の所為だよ。ばかーーーっ!!!」
 知盛の手首を掴むと、順路を駆け出す
 この様な場所を走っている方がさらに悪目立ちだ。

「クッ、クッ、クッ・・・・・・ハッ!はとことん目立ちたいらしいな?」
 出口で知盛が足を止めると、の足も止まった。
「・・・違うもん。・・・・・・知盛はおバカなんじゃなくて、恥ずかしいんだって解ったよ」
 知盛の手首を離すと、その腕に絡みつくように寄り添った。

「・・・恥ずかしい・・・か。・・・クッ・・・恥さらしだとでも?」
「それも違うの。・・・言う事が恥ずかしいんだよね、時々。しかも勘がいいから面倒」
 の考えを見透かされている様で困る。
「だったら・・・隠し事はしないことだな。の分は持っているのか?」
 ブレスレットを指差され、仕方がないのでバッグの中からの分のブレスを取り出した。

「これは・・・持ち歩くものではない。こう・・・身に着けるものだ」
 知盛によっての腕にもブレスレットがはめられる。
「・・・指輪にすればよかった。知盛につけてもらえるなら」
 軽く腕を上げると、そのシルバーの輝きが眩しい。

「お安い御用だ。・・・行くぞ」
「えっ?!え〜〜〜?今、何て?ね!知盛ぃ〜〜〜」
 前を歩いていってしまう後姿を追いかける。

「・・・そう驚くこともないだろう?珍しくが欲しいモノを言ったんだ。買いに行く」
「え〜〜〜?!知盛の誕生日なのに、へん!すっごく変だよ、それって」
 それこそ意味不明な知盛の行動を止めるべく、知盛の服を引っ張る

「時間はある。俺の誕生日だというなら・・・俺の自由だろう?」
 まさに知盛の自由に車に押し込められ、予定のカフェでは無くアクセサリーを買いに行くことになった。





「知盛ぃ・・・何を探してるの?」
「石」
 まったくもって会話にならない。
 知盛が何をしたいのかわからないままにジュエリーショップを巡ること数軒目である。
 しかも、性質が悪いことに段々と店のグレードが上げられつつあり、にとっては敷居が高くなっていた。

「使えんな。次だ」
「はあ?知盛!こんなにぐるぐるするほど高いのなんて・・・・・・」
「値段じゃない。・・・行くぞ」
 またも移動となり、いい加減にくたびれ果てていた時に知盛の携帯へ電話が入る。
「・・・・・・見つかったのか?そうだ。指輪・・・・・・間違いないか?」
 知盛の秘書らしく、いつの間に探させていたのだろうとは顔をしかめる。
 ここまで大事になるとは思わなかった、そんなひと言だったからだ。
「ここからなら・・・歩いて十分だ。すぐに行くからと用意させておけ」
 再びショッピングモールを歩き始める事になる。

「知盛ぃ・・・何を探しているの?」
 この質問以外にしようがない。
「・・・指輪」
「だからぁ・・・・・・」
 指輪なら、今まで何百個単位で見てきたはずだ。
「そう文句を言うな。次に・・・ある」
「うん・・・・・・」
 今更言った事を取り消せるわけもなく、知盛についていくしかなかった。



 一歩店に入れば、待ち構えられていたらしくいきなり最奥の小部屋へ通される。
「お話を伺ってこちらをご用意させていただきましたが・・・・・・」
 ピンクの宝石がついている宝石が数点。
 ご用意という割には数が少ない。
 よくわからないまま知盛の隣で商品を覗き込む

「どれか・・・気に入ったものがあれば・・・いや、これだな」
 小さな蝶を模って石を羽に見立てている一点を手に取る知盛。そのままの指へとはめられる。
「どうだ?」
「どうって・・・可愛いよ、とっても」
 も並んでいる中ではこれが可愛らしいと思っていたのだ。

「これにする。ケースは別で用意してくれ。支払は後から来る・・・・・・」
 その時、扉がノックされる。
「失礼致します」
 案内されて入ってきた人物へ向けて、
「遅い。俺たちはもう行くから、後は適当に」
「はあ・・・これでも頑張ったんですよ〜〜〜?」
 ハンカチを取り出し、汗を拭っているのは知盛の秘書だ。
「こんにちは!木村さん。あの・・・ごめんなさいっ。私の所為なんです」
「いっ、いえ!そういう意味で言ったのでは・・・なくて・・・はい。あの、後はお任せ下さい」
 知盛に睨まれ、小さくなっている。
「ど〜してそういう顔するかなぁ、知盛は。あのですね、私が指輪欲しかったな〜って言っちゃったの」
 探してくれたらしい木村へは理由を説明すべきだと、が気軽に話してしまった。
「ああ!それで!!!それはよかったです。はい。もう、後の事は・・・はい!」
 突然木村がしゃっきり元気になる理由もにはわからない。
 何もかもがよくわからないまま、宝石店を出る羽目になった。



「姫君は・・・何が不満なんだ?」
 が喜ぶと思ってしたのだ。
 それなのに、先ほどからは首を傾げまくっている。
「なんか変なんだもん。嬉しいんだけど・・・木村さんまでお休みなのに呼び出しちゃったしぃ・・・・・・」
 指に輝く指輪を眺める。
 確かに嬉しいのだが、この色ならば最初に入ったジュエリーショップにもあった。
「俺の誕生石とやらなんだが?祝ってくれるのだろう?」
「えっ?知盛の誕生石って・・・九月はサファイアだよ?」
 青く輝く石がサファイアである。
 の指にある石は、どう頑張ってもピンク。さすがに色は間違えない。
「・・・クッ・・・まがい物ではないさ。そろそろ帰るか」
 知盛の家へ帰ると、再び徒歩で街へと出かける。
 のんびり歩くと十分程度の場所にあるのが新しいレストランなのだ。
 予約済みだったためにすぐに窓際への席へと案内された。



「美味しいかな〜。美味しいといいね!最近ね、こういう創作料理っていうの?流行ってるんだって」
 和食でもなく、洋食でもなくといったプレートが並び始める。
 知盛はそう好き嫌いをハッキリ言わないが、食べないのでそれなりに好みは解っているつもりの
「腹に入れば大差ない・・・・・・」
「もう!もう少し美味しそうな顔しなよ〜〜〜」
 にとっては最上級の部類だ。
 友人達とではせいぜいがファーストフード。ちょっと頑張ってもチェーン店のレストラン。
が満足なら・・・いいさ・・・・・・」
 早々とアルコールのメニューを手に取り注文する。
「もう少し食べてからにすればいいのにぃ・・・もったいないよ?」
「飲むものが無い」
 確かに何も飲んだ様子がない。
「・・・大人になったら・・・一緒に飲むからね」
「クッ・・・お待ち申し上げますよ」
 用意されたワインを静かに飲み始めた。



 食事も終わろうかという時に、小さなケーキがテーブルへ運ばれる。
 わざわざ頼んだものらしく、しっかりメッセージが書かれていた。
「クッ・・・これは、これはご丁寧に」
「だって・・・誕生日はケーキだよ。食べて?」
 特別に作ってもらった小さなケーキ。
 苦めのチョコレートでコーティングした丸い艶のある台に、僅かに塗された金箔と粉砂糖。
 クリームでかかれた文字は誕生日を祝うメッセージ。

 肘をついて顔を前に出す知盛。
「食わせたければどうぞ?」
 口を軽く開いて待ち構えていた。
「〜〜〜食べさせろって?!押し込んでやるっ!」
 押し込むといいながらも、一口サイズにフォークで切り分けると食べさせてやる。
 一瞬顔をしかめたもののしっかりと食べた知盛。
「・・・甘すぎ?出来るだけ甘くないチョコって頼んだんだけど・・・・・・」
 知盛は天然の果物の様な甘いものなら食べるが、砂糖菓子の類は苦手らしく口にしない。
 それでもケーキだけは記念に食べて欲しかったのだ。
「食えばわかる」
「あ、そっか。私も食べる〜」
 続いても頬張るが、の知っているチョコレートケーキの味ではない。
「にがい・・・何チョコなんだろ。え〜〜〜!甘くないよ、コレ。でも美味しい。謎〜〜〜」
 リキュール類で香りと甘味を演出し、極力甘さを感じさせないよう工夫された一品。
 本来のチョコレートは苦いものなのだ。
 フォークを銜えたままで不思議そうにケーキを覗き込みながらも、しっかり笑顔になっている。
 知盛が大きな溜息を吐いた。

「何?」
「それぐらい・・・喜ぶかと思ったんだがな・・・・・・笑わなかった」
 もう一口とばかりにケーキを頬張ったまま、が首を傾げた。
「あっ!もしかして、これの時?だって・・・木村さんにも迷惑かけちゃったし・・・嬉しかったけど」
 指輪へ視線を落とす
「俺への贈り物に・・・笑うのは嫌か?」
「そんな・・・そういうんじゃなくて・・・・・・えっと・・・うん。嬉しい。アリガト」
 真っ赤になって右手で指輪に触れている。
「無理強いするものではないな・・・・・・」
 窓の外へ視線を移す知盛。
 はなんとなくだが、知盛が消えそうで怖くなった。
「ねっ!あの・・・まだ誕生日中だから。そのぅ・・・・・・」
「何を慌てている・・・・・・」
 知盛の瞳が向けられ、小さく息を吐き出す
「だって・・・怒っちゃったのかなって」
「クッ・・・何に?」
「これの時・・・すっごく嬉しかったのに、その場で喜ばなかったから・・・・・・」
 指輪をもらった事は嬉しかったのだ。
 ただ、買った店でそのままだったり他の人の手を煩わせたことで、肝心の贈り主の気持ちまで思い至らなかった。
が気に病むことはないさ・・・・・・枷が欲しいのは・・・俺の方だ」
 を縛り付ける枷を欲していたのは知盛。
 に贈られたブレスレットの意味が即座にわかったのは、知盛も同じ事をしたかったからに他ならない。

(指輪ひとつ程度では・・・捕まらないか・・・・・・)
 の指に輝く石を眺める。

「知盛ぃ・・・あのね?この指に指輪をしてもらう事に意味があってね。だから・・・そのぅ・・・指輪が欲しいって、
指輪なんだけど・・・指輪じゃなくて・・・ああっ、もうっ!何が言いたいのか自分でもわかんない!」
 知盛に知って欲しいのか、知られたくないのか。
 指輪が嬉しいのだが、どうすればもっと嬉しい気持ちになれたのか。
 面倒になって、いよいよテーブルに突っ伏した。



 知盛がの左手を取り、静かにその指に口づけた。
「俺の花嫁は決まっているんだがな・・・・・・誕生日には貰えないらしい」
「・・・・・・はい?」
 が顔を上げると、知盛が親指で指輪を撫でている。


「時間を・・・一日しかもらえないのだろう?」


 が片手を上げて店員を呼びつける。
「あのっ・・・このケーキ、持ち帰りたいんですけど。もう帰りますから」
「はい。すぐに」
 知盛は一度だけ瞬きをした。
「・・・帰るのか?」
「うん!知盛は?お腹空いてる?」
「いや・・・もう食べたが・・・・・・」
「じゃ、帰ろう!でもね、ケーキは欲しいんだ。まだ誕生日だから。それより早く帰ろう!!!」
 さっさと席を立つと、荷物をまとめて会計へ歩き出す
 知盛は後からテーブルへ手をついて立ち上がる。
 その時、店員が小さなボックスへケーキを入れ始めた。
「・・・可愛い恋人さんですね?かなり前にこれ、注文されたんですよ」
「これを?」
 しっかりと箱へ収められたケーキの箱を見つめる。
「ええ。甘くないようにって・・・ケーキで甘くないって無理があるんですけどね。かなり工夫したんですよ」
「そうか・・・・・・」
 手渡されたケーキの箱を持ち会計へ向かうとが払おうとしていた。
「これ・・・外にいろ」
 ケーキの箱をへ渡すと、支払をする知盛。
「・・・うん。ありがと」
 知盛に払ってもらうのも変な話だが、確かにお財布が痛い金額だ。
 素直にご馳走になり、外で待つこと数分。
 知盛が涼しい顔で店から出てきた。



「誕生日なのにぃ・・・ありがとう。ご馳走様でした」
 頭を下げると、知盛にその頭を軽く撫でられた。
「それで?早く家に帰る理由は?」
「誕生日だからだってば。後・・・三時間とちょっとだ〜。大変、大変」
 口では大変といいながら、が歩く方向は知盛の家ではない。

「・・・おい。どこへ向かっている」
「ちょっと寄り道なの!すぐだよ、すぐ〜」
 が立ち寄ったのは花屋だった。
「これ・・・欲しかったの。すみませ〜ん。これ一本お願いします!」
 真っ赤な薔薇一輪だけだ。

「はい、今度こそ帰ろう。急がなきゃ」
 引き回されるという表現がピッタリに、の行動につき合わされている知盛。
 気づけば家の玄関前まで帰り着いていた。



「ただいま〜。急がなきゃ。はい、知盛は座って、座って」
 知盛をソファーへ座らせると、が知盛へ先ほど買った薔薇を差し出す。
「・・・・・・俺に?」
「そう、知盛に!私もね、知盛のお嫁さんになるつもりだし、知盛以外考えたことないから。定番でしょ?」
 男性から女性にというのが定番なのであって、女性から男性へ花を持っての求婚は聞いたことがない。
「クッ、クッ、クッ・・・・・・婿取りか?」
 花を受け取り両手を広げれば、が飛び込んでくる。
「だって・・・ちゃんとしようよ〜。全部半端になっちゃってるからスッキリしないんだよ。ね?」
 指輪を引き抜くと、知盛へ渡す
「妻問いをお望みか?」
「うん。そうしたら・・・・・・知盛にあげるよ?私を全部」


(・・・らしくなく、回り道をしたもんだな・・・・・・)


「・・・俺のモノになれ」
「やーだー!そういんじゃなくて。ちゃんとしてよぅ。結婚してくださいでしょ、ここは」
 いかにも直接的過ぎる知盛の言葉に、が口を尖らせて抗議する。

「・・・クッ・・・注文が多いな。・・・嫁に来い」
「ちょっと違うけどぉ・・・いいよ!」
 とびきりの笑顔で知盛の首に腕を回す
 その背を撫でながら、忘れ物に気づいた知盛はの背を軽く叩いた。

「何?」
「・・・花嫁のシルシをお忘れだ」
「あっ!そ〜だ。それ、それ。着けてもらうんだった」
 知盛の膝へ座りなおし、期待に満ち溢れた目で左手を出して待ち受ける
 その手を取り、知盛が指輪をはめた。

「今は・・・ごっこみたいだけど。卒業したら・・・ほんとになるからね」
「ああ。もうしばらく・・・お待ち申し上げるさ。こっちは待てないがな」
 そのままをソファーへ沈めると、深く口づける。


「・・・まだ時間あったんだ」
「あれは・・・無効だろう?永久の時間を約束したんだ。いつでもの時間は俺のモノだ」
 の贈り物であったカードの有効期限は必要なくなったのだ。
「お誕生日・・・終わっちゃうね」
「いいさ・・・欲しいモノはいただいたから・・・な・・・・・・」





 陽気な気分というのは・・・こういうものなのだろう?神子殿───



 思い出されるのは真っ赤な花々。
 教えられた誕生花であり、の求婚を受けた紅の薔薇。



 赤には・・・焼き尽くされる以外の意味が込められている・・・か───



 『お祝いの色だよね』



 心から祝われ、欲しいモノを手に入れた別世界での初めての誕生日が終わる。
 燃え立つものは、何だったのだろうか?
 そう遠くない未来に、二人は永遠の時を誓い合った。






Copyright © 2005-2006 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


知盛くんのお誕生日って・・・こんなんでいいのでしょうか?この人、感動薄そうなんだもの〜。ちょっとした続きはココからどうぞ。     (2006.09.11サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる