あたたかい雪 京の冬は寒い。 よくよく考えると、場所がどうこうではなく、暖房器具に問題がありそうだ。 そう考えれば、昔はなんと怠けていたのだろう。 (でも。楽しいって知らなかったから!) 狸寝入りの景時の頬に軽く触れ、先に起きだす。 どう考えても寝たフリなのに、よくも今まで騙され続けていたものだ。 (景時さん、本当に寝ていることもあるから) 真実寝ている時もあるので、昔はまったく区別がつかなかった。 今ではわかる時もある。 違いを尋ねられて答えられるものではないが、双子の区別がつくような、微かな何か。 音を立てぬよう部屋を出て、朝餉の支度に向かう。 まだ日が昇る前でありながら明るい庭。 足元は冷えるのにどこか温かく感じ、つい眺めてしまう。 「うふふ。ママに起こされて学校へ行く頃は、雪がとけちゃってたのに」 足元がべしゃべしゃと、しかも、泥混じりの雪は、白くない分美しくなくなっていた。 電車も遅れ、何もかも面倒くさい日で、少しも楽しくなくなっており─── 「小学生くらいまでは楽しんでたなぁ」 将臣と譲、雪合戦をしながら学校へ向かう。 着いた頃は身体も温まって、寒さなど感じなかった。 あの頃のキラキラと眩しい雪が、今、目の前にある。 「よぉ〜し!今日はスペシャルにしようっと」 いつもの朝ご飯に追加を決める。 スペシャルという場合、こちらの世界の料理ではなく、たちに馴染みのあるもの。 粥に汁物、漬物と野菜の煮物は景時のためのメニュー。 そういった前日に準備出来るものばかりの中に、目玉焼きとベーコンが追加される。 さらに、得意のパンケーキをトリプルに重ね、シロップをたっぷりかければいい。 「おはよう、朔!景時さん、今日はお休みなの!」 「そう。それは・・・・・・」 面倒くさいと言わないのがせめてもの礼儀と、朔は火加減を見るふりをして視線を逸らす。 幸いといってはなんだが、に気づかれていない。 (あんな面倒くさい兄上の相手をしてあげて・・・・・・) 子供に戻ったような我がままを、大人な分、知能犯よろしく仕掛けている。 されている方が気づいていないのならと、朔は出来るだけ見逃すようにしていた。 「寝たふりしてて可愛かったよ。後で起こしに行ってあげなきゃ」 朔とすれば無視したい。 寝坊などに構う理由もないし、それがわざとともなれば不愉快だ。 が、は違うらしい。 「おはようって起こすとね、起きたくない〜って潜り込んじゃって。可愛いんだよ」 「蹴飛ばせばいいのよ」 つい本音が零れてしまう。 「大丈夫。衾を剥いじゃうから。寒い〜って言って、丸くなるのも可愛いの」 「そ、そう。寒ければ起きるしかないものね」 どうにか兄の所業に呆れている事実を誤魔化せそうだ。 朔の前では飛び起きていた景時が、には違う。 新婚の二人の邪魔をするほど野暮ではない。 よくもそこまで面倒な大男の相手をしてくれるものだと感心すらする。 「今朝はパンケーキなのね?」 「うん。私が食べたいし。景時さんも偶にはいいよ。もちろん普通の食事もあるケド」 テキパキと動き回るの隣で、普段の食事の支度に取り掛かる。 大抵の事は使用人たちがしてくれるが、味付けなど細かな部分は朔やの仕事。 それに、使用人たちが知らない異世界の料理だけは、朔とで作るしかない。 「あのぅ・・・今日は景時さんと二人で食べてもいい?」 「ええ!それがいいと思うわ。私たちは普段の食事にするから、は兄上と二人分だけ パンケーキを焼くといいんじゃないかしら」 デレデレしている兄の顔など拝したくない。 実に平手を打ちたくなる鼻の下の長さ。 弁慶や九郎なら、諸手を上げて平手打ちに賛成してくれるだろう。 つい本音が返事の早さに反映される。 「ごめんね?なんだかそんな気分なの」 「気にしなくていいのに。兄上がいない方が静かでいいわ」 「またそんなこと言って」 朔がつい景時に厳しい物言いになる気持ちがわからなくもない。 素直に甘えられない朔の少し捻くれた甘え方に、景時は慣れているようだ。 そんな二人の関係が羨ましく、眺めるのが好きな。 「兄妹っていいよね」 「えっ?」 今までの会話に羨ましがられる箇所があったのだろうかと首を捻る朔。 「わかりあってる感じがね。将臣くんと譲くんも、言い合いしているようでわかり合って るトコあるよね」 幼馴染と兄弟は少しばかり違う。 九郎と弁慶もわかりあっているが、兄弟の絆とは違う。 「・・・兄上がどうかは知らないけれど。将臣殿と譲殿は、言葉にしなくても了承してい る部分があるかもしれないわね」 まだ将臣が八葉の役目を半端にしていた頃からそうだった。 『兄さんはいつもあんな風だから。すみません』 朔の僅かな苛立ちを感じ取ったのか、姿を消した将臣に対し譲が詫びてくれていた。 確かに苛立っていたが、将臣の事情を知った今では、当時の事は仕方ないと割り切れる。 が頑張っていたが故に、幼馴染ならばもっと協力してくれるべきと勝手に苛立った のは朔なのに、譲からそのような言葉をかけられた時に、兄弟の絆とやらを感じた。 今では将臣の後始末が仕事になりつつある譲だが、譲に出来そうにない事は、他の者に 先に頼んでいたり、将臣に言われそうなことは譲も先回りしていたりと、実に興味深い。 「でしょー?私、ひとりっこだったから。いつも羨ましくて、やたら三人で遊びたくて。 高校生くらいからかな。何だか将臣くんが冷たくなって。少し寂しかったんだけど。別に 毎日学校であってるから、無視されたとかじゃないんだけどね?でも、最近は普通」 「そう。家が一緒だからかしらね」 当たり障りのない返事をしたが、将臣と譲の心情を知っている朔としては、何故に景時 に心魅かれてくれたのかと、感謝しつつも疑問が残る。 将臣も譲も、に対する恋心に区切りがついているようだ。 将臣は、梶原家に部屋があるが、誰の家でも自由に寝泊まりしている。 景時との仲をとりもつのが楽しいらしく、今ではお節介な小舅その一である。 譲は九郎の家にも出入りをし、武人なのか料理人なのか、不明な地位。 ただ、が景時に何を食べさせるか心配をしているのはわかる。 が暮らしていた世界の料理の材料を作れないか、常に気を配り、出来そうなものを 試しているのも。 が寂しくならないよう、かつ、景時が興味を持つよう世話をしている小舅その二。 どちらも手段こそ違え、結果は同じ事。 「義理でも私たちは姉妹よ」 「うん。朔がお姉さんだけどね」 照れたように笑う。 本来ならば逆なのだが、両者の性格的に姉妹が入れ替わっている日常。 「兄上みたいな事を言わないの!そんなに叱られたい?」 「だってぇ・・・教えてもらってばかりだもん」 口を尖らせ抗議の姿勢を見せられる。 「まったく。そういうところは兄上と同じなのね」 「そうかな〜?かな〜?叱られたいんじゃないんだけどな。構って欲しいのかな?」 口にして気づく気持ちに思い当る。 「あ、そうだよ。私、朔に構って欲しいの。でね、褒めてもらうのすっごく好き」 「褒められることをしていればね。手が止まっているわよ」 「あ!」 慌ててパンケーキを裏返す。 程よいきつね色で、焦げは免れた。 「上手になったわよね」 「うん。花断ちの時も思ったんだけど、練習して、練習して出来ちゃうと、出来なかった時 のことが思い出せないんだよね〜。不思議じゃない?」 舞もそうだ。 あんなに手や首の角度に指先まで、何度言われても出来なかったのにと振り返る。 「そうねぇ・・・覚えるって、そういうことなのかしら」 朔とて書や舞、読経に至るまで、何事にも初めてはあった。 「うん。景時さんって、練習してっていうのがないから、ちょっとズルイ」 先に焼きあげたパンケーキに重ねると、次の生地を流し込む。 「そうかしら。洗濯なんて、練習はいらないわ」 「そ〜じゃなくて。私の世界の言葉とかもね、何だかわかってる風なんだよね〜」 さすがに将臣たちから仕入れて覚えている所は見せていないのだろう。 ならば、朔がそれを告げ口するのは憚られる。 不意に間が空いてしまった時─── 「たぶんね、努力はしてるの。ただ、何度も何度もって感じじゃないんだ。すごいよね? 将臣くんと似てるかな。将臣くんって、テスト前に勉強していないのに、単語はしっかり 暗記済みっていうタイプで。年号とか暗記モノも完璧だったから、悔しかったなぁ」 「たぶん・・・なのね?」 どうやらは景時の事をよく見ているらしい。 何もしないでとは思わないが、その習得の早さや器用さに感心している様子。 「私の前じゃ見せないよ、きっと。そう、そう。それで、さっき気づいちゃった!」 「何?嬉しそうな顔して」 が楽しそうに笑んでいるため、朔も頬が緩んでしまう。 「景時さん、朔に構われるの好きなんだな〜って。ほら、叱られるのとか」 「随分と腹立たしい構われ好きだこと」 いくらなんでも、いい年をした兄が構われたいとは思えない。 「ん〜〜〜。うっかりまた〜って変。あんなに何でも出来ちゃって、覚えちゃうのに」 の言い分に思い当り、口ごもる朔。 (だったら、に対してもそうなのに) そこまで考えが及んでいながら、自身を蚊帳の外においておける天然ぶり。 譲の言葉が朔の頭の中で駆け巡る。 『先輩はどこか鈍いんですよ。近いものが見えていないというか』 「ふう。・・・どうして兄上がいいのやら」 「えっ、何?私じゃ役不足?景時さんに釣り合わない!?もちろん、釣り合っているとか 自惚れていないけど・・・・・・」 「逆よ。それに、そういう意味じゃないの。ごめんなさいね」 どこを間違えばそのように受け取れるのかと、先にやんわり否定をする。 「兄上は、私よりもに構って欲しいのよ」 「私のはいいの。私も嬉しいから。今日は寝たフリなのもわかってるもん。無理に合わせ てくれてるんじゃないなら・・・いいの。何でも話そうねって、約束してるしぃ」 照れつつも、嫌ではない事は即座に断言する辺り、なりに理解しているらしい。 (・・・肝心なところがわかっていないのよねぇ) 景時のに構われたい内容は、寝たフリは極めて単純。 にでもわかるようにしている。 つまり、そこは計算されているわけで─── 「兄上はもう嘘を吐かないわよ。あなたに家出されたら困るから」 「だといいんだけどぉ。お仕事で嫌味言われていたのとか、そういうの言ってくれないか ら、私じゃ頼りないんだなって・・・・・・」 何でもと言いつつ、何気に隠されているような、気遣われているような、景時の態度は 読み難い。 「それは・・・言ってくれれば惚気られるもの。嫌味を言われたいのよ、兄上は。だから、 が気にすることはないの。頭に花が咲くほどの浮かれっぷりですもの」 に何か害があるならば、弁慶を凌ぐ冷徹、非情な仕打ちをするだろうが、景時自身 にその手の攻撃をされても、周囲に笑いをとりつつかわす周到さ。 実は、一番性質の悪い性格だと知っている。 「朔ってば〜〜〜。景時さん、そう見せてるだけだよ。時々、庭の方を静かに眺めていた り、考え事してるんだよ?真剣で格好いいんだけど、心配なんだ」 「兄上の悩みなんて、休む口実考えているだけよ。さ、そろそろ起こしに行ったら?」 が景時用のパンケーキ一枚を焼き終えたところで声をかける。 「あ、そうだ。今日はすぐに起きてもらわないと冷めちゃう!行ってくるね」 手を拭きながら部屋へ向かうを見送る。 邸の主には違いないが、景時の膳が二つの理由が可笑しくてならない。 「兄上ならご飯じゃなくても平気なのに」 いつもの食事の他に、と同じようにパンケーキとベーコンと目玉焼き。 パンケーキが一枚なのは、食べ過ぎを心配しての事。 二人で食べると宣言しているのに、何故にいつもの食事まで揃えるのか。 「兄上はがいれば何を食べても美味しいに違いないのに。ね?譲殿」 戸口を振り返ると、譲が顔を出した。 「まぁ・・・食事はするけど、拘りがあるようには見えませんでしたしね。先輩は自分が 食いしん坊だから、景時さんも食べたいだろうって思いこんでるだけで。もっとも、景時 さんも俺たちの世界の事は何でも知りたいだろうから、パンケーキは食べたいかな」 「雪、酷くなってます?」 「いえ。景時さんが出る程じゃないですよ。九郎さんから、休みは休みのままでいいと」 肩の雪を払いつつ、包みから卵を取り出す譲。 「卵・・・ですわね」 「ええ。九郎さんの朝ご飯を作った帰りに台所で頂いたんです。少し考えがあって。昼に これで作ってみたい料理があるんですが・・・・・・」 譲が指で眼鏡の位置を直す。 恐らく、朔が知らない料理で、に真っ先に話したかった様子。 「私がお手伝いでは無理かしら?」 「いえ。もう少し数があると、全員分つくれるかなと・・・まずは雪で凍らせたいんで」 「うふふ。楽しみね。じゃあ・・・卵を用意してきますわ。朝餉、白龍たちと食べて下さ いな。は兄上と二人で食べたいみたいなの」 本日、将臣は留守。 譲も九郎と食べてしまっているかもしれないが、そうではない可能性もある。 「汁物だけいただこうかな。これを凍らせてみようと思うくらい寒いですしね」 いなくなったの代わりに譲が台所の手伝いに加わった。 「景時さん、朝ですよ。今日は二人で朝ご飯しませんか〜?」 眠っている景時の横に膝をつく。 いつもなら眠いと起きない景時も、 「ほんとに?!朝ご飯な〜に?」 飛び起きてを抱きしめた。 「うふふ。そんなにお腹が空いてたの?いつものご飯におまけのパンケーキですよ」 「ぱん・・・けーき・・・君が好きなのだ!」 を抱きしめたままで褥に転がる。 「もぉ〜〜〜、今日は雪だから冷めちゃいます。起きて、起きて」 そうきつく抱きしめられているわけではないので、腕を突っ張り起き上がると、 「起きたらご褒美?自分で着替えるから、隣で食べようよ」 正座したの膝へちゃっかりしっかり転がり込まれた。 「雪見もしましょう?食後のお茶。雪が細かくてサラサラで綺麗なの」 「寒いから君を抱っこでならお茶してもいい」 どう考えても寒そうな夜着のままで平気な様子。 それなのに、寒いから温かくなる何かがないとお茶会に加わらないという条件は 矛盾している。 「・・・そのつもりです。私が寒がりなの知ってるでしょう?はい、起きて下さい」 ついと耳を摘まんで注意を惹きつけた。 「起きます!すぐに顔洗って支度するから。ほんと、すぐ!!!」 拍子抜けするほど素早く起き上がり、部屋から飛び出て行く景時。 「う〜ん。今日は放してもらえないかも」 邸の中でも景時との部屋がある対は、人の出入りが少ない。 だが、まったくいないわけではない。 少し恥ずかしくても、景時に抱きかかえられての雪見は温かく楽しそう。 心が決まればも行動が早い。 「私もご飯の用意!」 景時が戻る前に準備すべく、も簀子を小走りした。 「すごいよね〜、これ。同じ粉なのに」 「ちょっと違うんですけどね。景時さんはお好み焼きの方が好きそうでしたよね」 粉を溶いて焼く。 手順だけならパンケーキもお好み焼きも変わらない。 「ん〜〜〜、どっちも好きだよ。ただ、お好み焼き?の方が、食べたって気になる」 「色々混ぜてますからね。パンケーキはフルーツをのせたりするのもありなんです けど、私はシロップた〜っぷりが好きなんです。果物の水分でぺしゃって苦手」 ふんふんと頷きながら、が使った語彙の確認を欠かさない。 果物とフルーツは同じ意味だと瞬時に頭の中であてはめる。 は無意識に使ってしまっている異世界の言葉。 しかし、聞き返すのは九郎か白龍くらいで、他の八葉もそれなりに学習していた。 「オレもそうかもね〜。そんなに拘りないんだけど、甘いものは甘いまましっかり 食べたいかな〜〜〜」 「パンケーキ、残してもいいんですよ?ご飯のおまけなんですから」 もりもり食べてくれるのは嬉しいが、食事の後にさらに軽食のようなメニューに なってしまい、並べてから反省している。 「ん〜?寒いと甘いもの美味しいよね」 気にする風でも無く、器用に箸で切り分けて摘まんでいる。 「景時さんって・・・今日は違うモノが食べたかったな〜とか、そういうのないで すよね」 世間と比べるのもなんだが、折角用意していたのに食べないなどよくあるらしい。 他家の話を聞くにつれ、景時はいかにも主らしくない。 まず、威張るというのがない。だが、命令しないのとも違う。 「へ?また食べたいな〜とか、そういう?」 「違うの!こうやって用意してあるのに、今日は魚じゃなきゃ食べないとか。用意 していたのに、食べないとか。帰ってこないとか・・・色々」 聞きかじりのため、抽象的で説明が下手になる。 「それ、何のために?」 「えっと・・・我がまま?」 どちらも疑問形で首を傾げたままで時が過ぎる。 「・・・パスタはまた食べたいかな〜。赤い方」 「トマトですね?じゃ、夕食はトマトパスタにしますか?」 珍しい景時のリクエストにの腰が浮く。 「君といる時間が減るんじゃ嫌だよ〜だ。・・・こんな感じ?」 「うわわ!試しましたね?ひどぉ〜い」 膝立ちになったを上手く抱き寄せる。 「試すっていうか・・・そういう意味かと思って」 「たぶん、今の感じ・・・なのかなぁ?」 何を尋ねたかったのか、いよいよわからなくなり、が先に笑い出した。 「うふふ。景時さんは景時さんなのに。変な事聞いちゃいました。ごめんなさい」 「武士らしくないって朔にはよくいわれるから、そういうのならわかるんだけど」 武術が下手で押しが弱い。 見た目も軽いとなれば、良いところナシであろう。 が言いたい事もわかっているが、そのようにしてを傷つける理由がない。 景時の傍にいると異世界を捨てて残ってくれた彼の人を、大切にしたいと思う事は あっても、一時の負の感情をぶつけたりする無駄な時間は持ち合わせていない。 「雪見お茶をして〜、いちゃいちゃして〜、物語読んで〜、いちゃいちゃして〜、 ご飯食べて〜、いちゃいちゃして〜、おやつ食べて〜って、どう?」 頬を擦り合わせて強請ると、は笑いを堪えた呆れ顔。 「何だか食べるか二人でくっついてるかしかないですね」 「だって、それが休日だよね」 「それだけじゃないと思うんですケド。今日は雪だから・・・ありですね」 会話が途切れると、音が無くなる空間。 庭に降り積もる雪に思いを馳せる。 「ありだよね!うん」 「今日は!ですからね。お家の事、何も出来なくなっちゃいます」 洗濯は意味がないので、午前中は片づけと昼の用意だけで済みそうだ。 掃除を見逃してもらおうと考えていると、景時が突然後ろ手に両手をついたまま で身を反らせた。 「と、いうわけで。これと他の事、頼んでもいい?」 「ちゃっかりしてますこと」 突如聞こえた親友の声に、も慌てて振り返る。 「朔!?」 「朝餉の片付けはもちろん、本日はすべてお休みで大丈夫よ。昼餉は譲殿が卵で何か 作ってみたいと言っていたし。雪見用のお茶はこの後届けてくれるわ」 すっかり空になっている膳は、重ねても運びやすい。 手早く辺りを片づけると、簀子の方を手で示しつつ朔が部屋を出て行く。 「朔がいるならいるって・・・・・・」 「あ〜、何となく?朔は歩くの静かだよね〜」 が気配に気づかなかったという事は、安心の証し。 何やら景時の方が気分が浮き立ってしまう、嬉しい出来事だ。 「そういう問題じゃありません!」 「ま!それは後でね〜。ほら、お茶を届けてくれるっていうことはさ」 の手を取り、そのまま簀子を目指して部屋を出る。 敷物が敷かれ、火鉢がひとつと羽織が置いてあり、まさにお茶が届くのを待つだけ に準備されていた。 「・・・朔に言ってないのに」 「そう?今日は言っていなくても、前に言ったとか」 目を見開いて驚いた様子のに、謎解きの手助けをする。 景時もそうだが、朔もが言った事、特に、願い事の類は、しっかり覚えている。 「かも」 「でしょ?雪だるま作ってくれた事あったしね」 「あ!」 悪戯はした方が忘れる。 階に雪だるまが並んでいたのを見た時、景時の疲れはすっかり吹っ飛んでいた。 雪だるまを見た時の景時の反応が楽しみで、手を赤くしつつ、せっせと小さな雪だ るまを作って並べているの姿が目に浮かんだから。 帰宅後、体が冷え切っていたのも忘れ、腹を抱えて笑ったのはいつだったか。 「だって・・・雪見の約束したから。雪見の時に見せるつもりだったのに、景時さん 庭から帰ってきて見ちゃうんだもん」 「いや〜、服についた雪がとけてびしょ濡れだったからさ。部屋に近い庭から入って 着替えようと思ってね」 約束の雪見をした時と同じ場所で、景時に包まれるように座る。 「雪、寒くてキライだったんですけど、好きになったかなって朔に言ったかも」 「ふ〜ん。次は梅かな。こんなに綺麗な雪、この冬最後かもしれないね」 雪が降っても、日々の日差しに春の気配を感じる。 この後降る雪は、水分が多く、重い音がするようになる。 「梅のお花見の時は・・・香合わせがしたいです」 「いいね〜。そういう季節が来たかぁ」 が決めた恒例行事の季節がやって来る。 「確かに暖かくなると花見もできますからね。お茶をどうぞ」 お茶の用具一式を景時たちの隣へ置き、鉄瓶を火鉢へ用意する譲。 「ありがとう、譲くん」 「いえ。一杯目だけお湯を注いでますから。次は好きなタイミングでどうぞ。それと、 お茶受けはクッキーにしました。白龍に食べたいと強請られたので」 説明を済ませると、さっさと譲も行ってしまう。 「紅茶だ〜。もうポットにお湯が入ってるってことは。すぐに飲めますね」 「これも不思議だよねぇ。甘くしてもいいお茶って」 紅茶にはちみつを入れたものが白龍のお気に入り。 景時たちにとって、糖分がある飲み物は馴染みがない。 「そうなんですよね。小さい頃は甘くないと嫌だったのに。自然と甘くしなくなった んですよ。まだ白龍には甘い方がいいみたい」 「あはは!実際は違うのに、見た目と味覚は同じになるのかもね」 白龍の実際の年齢など、本人とて覚えていないだろう。 見た目が子供故に周囲も子供扱いをするが、それが正しい気がしてしまう。 茶器に注ぐの手元を眺めつつ、湯気が立ち上る気温なのだと庭へ視線を移す。 「こうして君と過ごせる時間があるなんてね。・・・数年前の大騒ぎの時は、思いも しなかったなぁ」 が茶碗を置いたのを確認し、再び包み込むように抱きかかえる。 「景時さん帰ってこなかったから、ひとりでお花見しちゃいました」 「嘘だ〜!オレ、君が守護邸に来てたっていうから、大慌てで家に帰って君を見つけ たよ?向こうの桜の下に立ってたよ。で、お風呂もいっ・・・・・・」 景時の言葉は最後まで言う前にの反り返りにより邪魔をされた。 「そういう事はしっかり覚えていて。朔に叱られた事は忘れちゃうの?」 ここぞとばかりに聞いてみたかったことを口にすると、軽く肩を竦められ、あっさ り答えてもらえた。 「だって、直すつもりないし。大抵が君に早く会いたいな〜とか、そういうのでしょ。 その場だけ謝ってるからね〜。簀子走っても、少し煩いだけだって」 本気で気にしていない景時の様子がおかしくて、笑い出してしまう。 「うふふ。繰り返してると本気で叱られちゃいますよ」 「え〜〜〜っ。それは・・・正座がつくくらい?」 がここまで言うのは何かの予告かと、景時もようやく考える方向に切り替える。 「どうでしょう?」 「う〜ん。今日だけは朔の機嫌を損ねないようにしないとなぁ。君との時間を邪魔さ れそうだ」 特大の溜め息と共に、の肩へ額をのせる。 「朔は・・・しないですよ。ただ、ものすごぉ〜く嫌そうな顔をするかも」 ポツリと漏らされたの言葉。 確かにそうだと思い、そっとの頬へ口づけた。 「いいこと思いついた!」 「ん?」 景時の大好きな瞳が、よりいっそう期待感で輝いてみえる。 「朔たちがおやつの用意をしてくれると思うんですよね〜。お庭に雪うさぎの大行列 とかあったら・・・楽しそう!」 「そ〜きたか。じゃあ・・・オレは足跡を残さずに並べられる方法を考えないと。そ うすればもっと不思議で楽しそうじゃないかな」 この手のお遊びに知恵を使うのは好きだ。 戦術でも使える事がある。 が、一番はの笑顔が自分だけに向けられること。 「わっ!それ、すっごくいいです。真っ白なままのお庭ってことですよね?うさぎが 勝手にきて並んでるみたいに。いいかも〜、すっごく楽しくなってきました」 「そうと決まれば!作戦を考えながらいちゃいちゃしよ〜。午後から頑張らないとい けないからね」 都合よく話を元に戻し、休日の計画を立て直す。 結局、二人でいられるなら何でもいい。 「お花が咲いたら・・・どんな悪戯しましょうか?」 「そうだなぁ・・・何がいいかな」 とたわいない会話をして過ごす。 それが一番楽しく寛げる、景時にとって最高の休日。 もう次の休みを待ちわびながら─── |
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今年も遅刻でサイト6周年記念。雪の日の朝はとにかく遅刻しないようにって大慌て。余裕があるならこんな風にという願望(笑) (2011.04.29サイト掲載)